定義
危険や不快な状況、内的な衝動を満足できないときに、自己を守ろうとする、無意識的な手段(『キーワードコレクション心理学』(新曜社), p. 232-235)。
精神分析の用語であり、“心理学の基礎概念”と言えるかどうかは定かではないが、臨床におけるさまざまな具体例は行動分析学から解釈する価値が十分にある。スキナーとフロイトは一見対極にいるように見えるが実はその考え方に共通点が多いという指摘もあるし(Overskeid, 2007)、臨床行動分析(ランメロ・トールネケ, 2009)、弁証法的行動療法など、最近ではこうした領域にも行動分析学的なアプローチが用いられ始めているからだ。
そこで、以下、防衛機制のいくつかの例について、行動分析学的に解釈を試みる。ただし、もちろん、行動分析学では「自己」や「無意識」を“実体”としてとらえるわけではない。たとえば、「抑圧」の解釈をしても、それは「抑圧」として分類されている例の解釈であって、「抑圧」そのものの解釈ではないことに注意すべきである。
“抑圧”の例:
(例ではないが)受け入れることが苦痛な考えは意識にのぼらないように防ぐ。
行動分析学的解釈:
思い浮かべたり、考えたりする行動の結果(思い出されたこと、そこからさらに連想されたこと、引き起こされる情動的反応)が嫌子であると、思い浮かべる行動や考える行動が、内在的随伴性によって弱化される。そして、そのことが言語化できないことがある(強化同様、弱化も言語化されずに生じる)。
“否定”の例:
「息子の戦死」を知らされても信じない。
行動分析学的解釈:
思い浮かべたり、考えたりする行動の結果が嫌子であると、それと逆のことを思い浮かべたり、考える行動(「息子はどこかで生きているに違いない」など)が、不安という嫌子の消失や、嫌子出現阻止の随伴性によって強化される。
“投射”の例:
母親に対して自分が敵意をもっていることを抑圧し、母親が自分に敵意を持っていると考える。
行動分析学的解釈:
「お母さんが嫌い」というタクトは社会的には強化されにくく弱化される可能性もある。そのため、「お母さんが嫌い」というタクトの自発頻度が下がるだけでなく、行動内在的に罪悪感などの嫌子出現によっても弱化される。母親に対して悪態をついたり、暴力をふるう行動も社会的には強化されにくく弱化される可能性が大きいため、悪態をついたり、暴力をふるった後で罪悪感(自己嫌悪感)が生じる。「お母さんは私のことを嫌いなのよ」というタクトは、こうした罪悪感を低減させたり(嫌子消失による強化)、あるいは母親に向かってそのように言うことで母親が悲しむ様子によって強化されたり(攻撃性好子による強化)、母親からの“攻撃”と受け取るような行動(「いつまでもテレビ見てないで早く宿題しなさいよ」など)を回避したりすることで強化される。つまり、マンド的に多重制御されている。
“合理化”の例:
イソップの「すっぱいぶどう」。
行動分析学的解釈:
キツネが葡萄を跳び上がってとろうとするが、とれない。消去とバースト。攻撃性好子の確立操作により、“捨て台詞”が誘発される。「どうせすっぱくてまずい」というタクトには攻撃性の確立操作の効果を打ち消す効果があるのかもしれない。だとすれば、やはり、マンド的に多重制御されていることになる。
“知性化”の例:
夫が癌であることを宣告された女性が癌に関する知識を一生懸命に求める。
行動分析学的解釈:
調べる行動が少しでも希望をもたらせば(効果のある治療法や生存者の存在など)、調べる行動は間欠的に強化される。また、調べ、考えているときには、両立しない、より不安をふくらませる行動の頻度が強制的に低下するため、不安という嫌子消失によっても強化される。
“抑制”の例:
会話をしているとき「核戦争のことは明日考えよう」と言って話題を変える。
行動分析学的解釈:
不安が確立操作となり、話題を変えるきっかけとなる言語行動が不安の低減により強化される。
“補償”の例:
(例ではないが)自分弱点をカバーするために他の望ましい特性を強調する。
行動分析学的解釈:
“弱点”を発見されたり、指摘されるという嫌子を回避する行動(他のことに注目をひく)が強化される。また、望ましい特性に注目をひくという行動は注目や社会的承認によって強化される。
防衛機制の下位分類はまだまだ続く(“反動形成”、“置き換え”、“昇華”、“同一化”、“逃避”、“退行”、“隔離”、“打ち消し”)。基本的には不安や罪悪感などの嫌子を出現させる何かしらの確立操作が作用し、その不安や罪悪感を低減させたり、回避させる行動が強化される随伴性がその背景にあるようだ。機会があれば、また今度。
Overskeid, G. (2007). Looking for Skinner and finding Freud. American Psychologist, 62(6), 590-595.
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