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 弊著『部下を育てる! 強いチームをつくる! リーダーのための行動分析学入門』(日本実業出版社)の中国語版が台湾で出版されました。

 表紙からはまるでかつての宝島のようなムック本的印象を受けますが、ぱらぱらと頁をめくった限り、中身はそのまま訳されているようです。なんといっても中国語が読めないので、留学生のゼミ生に頼んで内容を確認してもらおうと思います。

 検索したら、このECサイトから注文できるようです。日本から注文できるかどうかは不明です。

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「教育と医学」(2016年3月号, 2/27発売)に「子どもの気になるクセをなおす方法」という記事を書きました。習慣逆転法について、このブログでも公開した過去記事をまとめたものですが、興味のある方はどうぞ。
 ちなみに、この号では「子どもの困ったクセ」という特集が組まれていますが、私はまだ他の先生方が書かれた記事を読んでいません。

教育と医学のHP:https://www.keio-up.co.jp/np/kyouiku.do

 『部下を育てる! 強いチームをつくる! リーダーのための行動分析学入門』を書くときにたいへんお世話になった、CLG Japan代表のダニエル・ガイスラー先生が慶應大学ビジネス・スクール(KBS)で担当されている授業が日経ビジネスオンラインで紹介されています。
 日本たばこ産業(JT)の新貝康司副社長をゲスト講師として迎え、大型のM&A案件を成功させる方法についてお話しいただいた後の授業が取材されています。
 新貝氏のお話もこのシリーズのその前の記事として読めます。無料会員登録すれば購読できますので、興味がある方はぜひどうぞ。
 2015年も残すところあと3日となりました。
 今月中旬に何年かぶりに風邪で寝込んでしまったせいもあって、大晦日ぎりぎりまで仕事が終わりそうにありません(涙)。
 振り返れば今年は公私共に色々なことがありました。京都で国際行動分析学会があったなんて、もう遠い昔のような気持ちさえします。
 徳島では大きなプロジェクトが始まりました。4月に四期めを迎えた飯泉知事のマニフェストにも書き込まれた、県をあげての発達支援プロジェクトです。11月には奥田先生と一緒に表敬訪問も行い、飯泉知事とプロジェクトの方向性や現状について話し合いました。

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 専門家によるアドバイザーチームの常設や事例研究支援、PBISやeラーニングなどなど。行動分析学の先生方も何人も巻き込んでの巨大プロジェクトです。詳細は追ってご報告しますが、とりあえず今年度の報告会についてご案内します。
日 時: 平成28年2月12日(金)13:00〜16:45
      2月13日(土) 9:00〜12:15
講 師:徳島県発達障がい教育・自立促進アドバイザーチーム
○法政大学 島宗 理
○行動コーチングアカデミー 奥田健次
○畿央大学 大久保賢一
参加費:無料
申込み:所定の様式でFAXまたはメールで
詳しくはこちらを
 ↓   ↓   ↓

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 京都ABAIの招待シンポジウム "Improving Education in Every Classroom: Right Here, Right Now"で紹介された資料がwebページにまとめられました。
 Evidence-based Kernelsは、行動分析学の研究や実践で効果が実証されている基本的な要素です。
 他にも、Twyman先生が紹介していた数々のアプリへのリンクや、Heward先生が紹介していたActive Respondingに関する資料などが満載です。
 小中高大の授業で気軽に使えるものばかりですので、ぜひ参考にして下さい。
 京都ABAIでのこのシンポジウムの反響に気をよくされたHeward先生に、来年のChicagoABAIでもやろうよと誘われてしまいました。一度限りの美しさという日本人の価値観を説明したのですが逃れ切れず、もう一度やることになりました。シカゴだとウォシュレットや舞妓さんのジョークが使えないので、また何か考えないと...

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Photo by J. S. Twyman

 9月27日から29日までホテルグランヴィア京都で開催されていた第8回国際行動分析学会には、最終的に600人を遙かに超える研究者、実践家、学生や院生が参加し、盛況のうちに幕が閉じられました。
 それまでずっと米国内で開催されてきた年次大会に加え、2001年からほぼ隔年で世界各地で開催されているこの大会の歴史においても、記録的な数の参加者数となりました。
 国際学会の開催に関与するのは、2012年のBehavior Change for a Sustainable World Conference についで2回目です。あのときは開催地がオハイオ州立大学だったこともあり、Program Committeeの仕事だけを開催前の準備期間中にするだけでよかったのですが(しかもホテルには巨大なスイートが用意されていましたが)、今回はさすがにそうもいかず、あれよあれよという間に仕事が増えていき、開催前も開催中も(終了日翌日さえも)、大忙しの毎日でした。
 なにしろ国内の心理学系学会でいうところの、いわゆる大会事務局にあたる組織は存在せず、KalamazooにあるABAI事務局本部がすべて仕切るのです。当然、日本語を話せるスタッフはいません。ABAIは年次大会だけではなく自閉症関係の大会も毎年開催していて、最近ではその他にもいくつかのテーマに特化した小規模な大会も開催しており、そのすべてを事務局長のMaria Malottとその回りの数名のスタッフのみで運営しているのです。
 今回の京都の大会でも、事務局スタッフはMariaを含め、なんと4人だけ。日本からはいくつかの大学から9名の院生さんが会場ボランティアとして参加してくれましたが、彼らの研修も初日の2時間のみでした。ものすごく極度に人的資源を節約した運営なのです。当然、あちこちで問題が発生しますが、ラテン系Mariaのモットーは「何があっても楽しむこと。問題はバレなければOK」(本人談)。とかく完璧を目指そうとする日本人の心意気とは大きな違いがあることが身にしみてわかりました。

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 大会の前日と翌日には霊長類研究所と日本モンキーセンターへのツアーが組まれました。これもある日突然(こちらには相談もなく)決まっていて、驚かされました。あとからでてくる様々な問題に、霊長研の松沢先生、モンキーセンターの赤見先生をはじめ、スタッフの皆さまのご協力と、このツアーに同行して下さった Invisible Hero社の清水先生、愛知大学の吉岡先生、明星大学の竹内先生、急遽招聘された大学院生ボランティアの皆さまのご尽力で、一人の迷子をだすことなく、総勢50名以上の外国人参加者を犬山まで送り届けることができました。今だから明かしますが、ABAI事務局は、当初、霊長研が京都にあると思い込んでいたようですよ(確かに京大附属の機関ではありますけれども)。

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 裏方の仕事が忙し過ぎて、シンポジウムや発表はあまり聞くことができなかったのが残念でしたが、個人的なハイライトは、初日のチュートリアルセッションでの奥田先生 vs(おそらく)BCBAセラピストたちの攻防と、Bill Heward、Janet Twymanという二人の元ABAI会長と一緒にやらせていただいた招待シンポジウムでした。両方とも、こういうのは、打ち合わせなし、出たとこ勝負のライブ感が大切であることを再認識しました。"攻防"については、またいつか詳しく書くことになるかもしれません。
 この学会の開催にご協力して下さったすべての方々へ、参加して下さったすべての方々に、今は感謝の気持ちでいっぱいです。
 特に、会場で、ツアーで、ボランティアとして活躍して下さった大学院生の皆さまへ、この成功はみんなのものだよ〜 おめでとう。
 

 京都で開催された国際行動分析学会(ABAI)も大盛況のまま終了し、この夏、というか春から、ずっと続いてた常識を越えた忙しさも一段落。ようやく一息つけそうです。

 というわけで、9月17日に刊行された拙著のご紹介です。

 『リーダーのための行動分析学入門』(日本実業出版社)は、副題にあるように、部下を育て、強いチームをつくる方法を解説したビジネスパーソン向けの本です。

 行動分析学をベースにしたコンサルテーションをグローバル企業に提供しているCLG(Continuous Learning Group)のアジア進出に伴い、彼らの協力を得て、大企業への介入事例も掲載しています。

 CLGは以前にも日本の某大手企業にコンサルを提供したことがあり、その会社の大型M&A案件を成功に導くことに貢献しています。このとき、CLGを起業した当時のCEOの一人、Leslie Wilk Braksik博士に頼まれて、彼女の著書『Unlock Behavior, Unleash Profits』の日本語翻訳をお手伝いしました。クライアント企業内の研修に使うためでした。
 LeslieはWestern Michigan University大学院時代の同級生で、右も左もわからないままKalamazooに着き、アパートが見つかるまで学部生用のドミトリーの部屋で寂しく暮らしていた私をテニスや食事に誘ってくれて、友達づくりを後押してくれた恩人です。その恩返しにでもなればと思い、お手伝いさせていただいたのです。
 今回、日本と韓国にオフィスを構え、本格的にビジネスをスタートするので色々と手伝って欲しいという彼女の要請に応え、最初は彼女の本の翻訳を正式に出版することも検討していました。ですが、日本の経営者やビジネスパーソンにとって、よりわかりやすく、伝わりやすい本にするためには、日本の文化や慣習も考慮し、日本での事例も加えた方がいいだろうということになり、『Unlock Behavior, Unleash Profits』に紹介されている、CLGの考え方や方法論、用語や事例などを使う許諾をいただき、オリジナル本として書き下ろしました。

 先々週、Amazonの「売れ筋ランキング」を見ていたら、この本が「ビジネス・経済」の下の「実践経営・リーダーシップ」の下の「CI・M&A」のサブカテゴリーに入っていました。確かにM&Aの事例も紹介しているのですが、同じレベルのサブカテゴリーに「リーダーシップ」もありますから、妙な感じもします。出版社の担当編集者さんに質問したら、このサブカテゴリーの指定は出版社にはできないそうです。Amazonが独自に分類しているとのこと。
 なんて書きながら、今一度「売れ筋ランキング」を確認したら、今日は「経営理論」に入っていました。う〜ん、謎(笑)。

 これまでも行動分析学からビジネスやマネジメントについて書かれた本は、拙著『パフォーマンス・マネジメント』を含め、数冊あります。でも、日本や海外における具体的な事例が掲載されている本はこれが初めてだと思います。
 M&Aと行動分析学?と疑問に思われる方は、去年、CLGが開催したセミナーの資料をご覧下さい。数々の大規模M&Aを成功させている、JTの新貝康司氏(現代表取締役副社長)もパネリストとして登壇されたセミナーです。

 海外進出に伴い、現地社員や顧客とのやりとりで文化の差につまづく企業もあると聞きます。国内でも、外国人を雇用したり、女性を登用したり、異世代の若手に活躍してもらうためには、これまで通りのやり方に限界を感じている経営者や管理職の方が多いのではないでしょうか。
 行動分析学には国や文化や世代を超えて適用可能な「行動の法則」と、国や文化や世代や個人に独特の“個性”や“多様性”に対応できる方法論があります。グローバリゼーションとダイバージョンが鍵になる次世代のマネジメントに、この方法論をぜひともご活用下さい。

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(シルエットをみるにはこちらをクリック

 マガジンハウスの記者さんから、じぶん実験に関する取材を受けました。先月のことです。それが記事になりました。an・an 1963号(2015.7.22)です。

 表紙はキムタク(木村拓哉さん)。じぶん実験は『運命を変える7つのセオリー』という特集のトリを飾っています。

 あのアンアンに、好子やら嫌子やら、確立操作やら随伴性やらがフューチャーされるとは(笑)。

 記者さんの興味は"とんでもなく下らないように見えるほど細かいことに気を使う"アプローチにあったらしく(ご本人談)、4ページある紙面を随伴性ダイアグラムで埋め尽くすという編集イメージがあったようです。

 ダイアグラムだけだと読者の方々には何がなんだかわからないと思うんですけど...というのはファッションセンスのない学者のセンスで、なんとなく面白そうだなという印象を与えるような、そんな入口を作ることがこうした記事の役割とのこと。

 付箋を使って考えながら作ったダイアグラムという見せ方は、確かに、これまで自分が作ったどんなダイアグラムよりも見た目のインパクトがありました。

 解説の出来上がりも興味深かったです。「達成感」や「心安らぐ瞬間」、「気持ちの維持」など、自分なら書くことのない表現が並んでいますが、一般読者にとってはわかりやすいのではないかと思います。じぶん実験で介入が成功すると、こういう"気持ち"になることも多いので、間違ってはいないわけです。"気持ち"というものは、随伴性を変え、行動が変わり、ときにそれによってさらに随伴性が変わることで変わってきます。

 ananは隔週号です。興味のある方は書店に並んでいる今のうちにどうぞ。

 ところで、今学期、法政の授業『行動分析学』では50人の受講生がじぶん実験に取り組んでいます。今年は発表会をweb掲示板でやってみました。掲示板にプレゼン用のスライドを各自投稿し、それを読んで質問やコメントへのリプライを書き込んでいくというように。

 発表のタイトルをいくつか紹介すると、「たるんどる」、「目指せ100万貯金」、「夜更かしクズ脱却」、「クールなレディーへの道」、「風のように道を走りたい.」、「ビンボー脱却」、「三度の飯より保湿」、「時代になみのり!」、「やれやれ、僕は本を読むことにした。」、「おしりたんてい 」、「ガリタ食堂」、「右手が......右手が疼くッ!!! 」などなど。面白そうでしょう。

 およそ10日間の発表期間中に2144件の書込みがありました。明日は授業の最終回。受講生たちにはweb発表会の感想を聞いてみようと思います。

 自分が今学期に取り組んだじぶん実験は「大人の(?)ダイエット」。いわゆる糖質制限に取り組み、2か月で10kg近く体重を落とすことに成功しました(最終レポートはこちらからダウンロードできます)。はけなくなってきたデニムがゆるくなるほど腹回りも減りました(91cmから86cm)。セクハラになるといけないので自粛しましたが、○イザップふうのターンテーブルビデオでも撮ればよかったと思うほどの変化です(脱いだらすごいというやつ)。

 今回は"塗り絵ダイエット"という新しい手法を開発しました(特許とれないかな)。この話はまた今度。

 2003年度から毎年行われてきた事例研究を、web上のデータベースとして公開してきた徳島ABA研究会ですが、昨年度に行われた事例研究からは、Googleドライブでその成果報告を公開することになりました。
 これまではデータベースの入力作業が先生方にとっては一仕事だったのですが、ポスター発表で使ったスライドをそのままPDFとして公開することで省力化を進めることにしました。

Googleドライブへは徳島ABA研究会のブログからリンクをたどれます。

京都ABAIの前日に開催されるワークショップの情報を転載します。

まだ残席があるようです。行動分析学をベースにした臨床に興味をお持ちの方はぜひどうぞ。日本行動分析学会の会員は参加費が2000円引となるそうです。


関係フレーム理論(RFT)への招待
— 明日から使える臨床行動分析のアイディア —
(日本語通訳つき)

講師:ニコラス・トールネケ(Niklas Törneke, MD)
https://www.facebook.com/niklas.torneke
スウェーデン在住の精神科医,認定心理療法家。主著に『関係フレーム理論(RFT)をまなぶ:言語行動理論・ACT入門』(邦訳あり;星和書店, 2013),『臨床行動分析のABC』(邦訳あり;日本評論社, 2009)がある。

日時:2015 年9 月26 日(土)10:00-17:00(09:30受付開始)

開催場所:同志社大学今出川キャンパス良心館地下RY01(ただし,同キャンパス内での会場変更の可能性があります。変更があります場合は速やかにご連絡申し上げます)
 
概要:本ワークショップは,1 日5 時間の集中講義形式で,臨床行動分析(行動分析学における臨床心理学に対する研究・実践領域)およびアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)に関連が深い「関係フレーム理論」(Relational Frame Theory; RFT)の基礎とその臨床実践への応用を分かりやすく解説します。

参加定員:50名

参加費:一般7,000 円,学生5,000 円(ただし,日本行動分析学会の会員の皆様は,一般5,000 円,学生3,000 円)。参加費は当日受付にてお支払いくださいますようお願いいたします。

日本行動分析学会の会員の皆様は,参加費が2000円引となります。

なお、お申込の際,学会員の方は「日本行動分析学会・会員番号XYZ」という表記で,ご自身の会員番号の情報をお書きください(その明記が「割り引き」の条件となりますので,記入漏れのないようお願い申し上げます)。

講演プログラム:
10:00−11:30(午前の部)
11:30−13:00(休憩)
13:00−14:30(午後の部1)
15:00−16:30(午後の部2)

主催:同志社大学実証に基づく心理トリートメント研究センター(WEST)

共催:日本行動分析学会,同志社大学心理学会

申込方法:参加のお申込の締切は8 月31 日(月)とさせていただきます(会場には定員設定がございますので,早めのお申し込みをお勧めいたします)。また,申込方法は,メールでの受付のみとさせていただきます。その方法は,以下の通りとなります。

宛先:rc-west@mail.doshisha.ac.jp
件名:【RFT】参加申込み
本文:(1)お名前,(2)ふりがな,(3)ご所属と職名(あるいは学年),(4)受付確認メールの送信先,(5) 日本行動分析学会・会員番号

お問い合わせ先:同志社大学実証に基づく心理トリートメント研究センター
(WEST) http://rc-west.doshisha.ac.jp/

 今年もやります。夏の行動分析学道場@軽井沢。

去年に引き続き、事例研究コースを担当しますが、
今年は、
  • 5月から開始して、しっかり3か月、みっちりやります。
  • 事例研究のテーマを「じぶん実験」に限定します(そのぶん進めやすいはずです)。
  • 私は総監督を務めます。掲示板では仁藤コーチがどんな質問にも答えてくれます(笑)。
定員が少なく、早い者勝ち(だと思うので)、参加希望の方はお早めに。
 ↓   ↓   ↓

特別講義の案内です。講義というよりは私との対談&参加者との質疑応答セッションとなる予定です。英語ですが、通訳します。

企業に対するコンサルテーションにどのように行動分析学を使うのか、具体的なお話がたくさん聞けると思います。

行動分析学を学んでいて、将来このような仕事についてみたいと考えている学部生、大学院生が対象です。

興味がある方は島宗(simamune@hosei.ac.jp)にメールでお申込みの上、ぜひご参加下さい。

題目:「企業に対する行動分析学を用いたコンサルテーション」
講師:D. Geissler 博士(米コンサル会社 Continuous Learning Group)
日時:2015年2月20日(金)16:00-18:00
教室:法政大学市ヶ谷キャンパスボアソナードタワー11F 1104教室
http://www.hosei.ac.jp/gaiyo/campus/ichigaya/index.html

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9/27(日)-29(火)にホテルグランヴィア京都で開催される第8回国際行動分析学会の発表申込みが始まりました。〆切は3/18(水)です。参加申込みの受付も始まっています。

どちらもこちらのサイトから。

この大会は国際行動分析学会が2年に一回、世界各地で開催している大会です。毎年米国で行われる年次大会に比べて規模が小さいぶん、世界の行動分析家と密なコミュニケーションができる機会です。年次大会に比べると、実践家より研究者の割合が高い傾向があり、若手から大御所まで、著名な研究者も数多く参加します。「あの論文の著者と直に話ができた!」という体験ができる確率が高い大会です。自国開催時に参加できるというメリットをぜひ享受して下さい。

去る12/18に行われた澤先生の特別講義と私との対談(「連合学習理論と行動分析学─対話か対決か?─」)の内容を至極簡単にまとめてみました。私の勘違いなどがあれば澤先生がtweetして下さることでしょう w(@kosukesa)。当日は専修大学の学生さんや近隣大学の大学院生、そして何人かの“プロ”の方々まで聴講に来ていただき、たいへんな盛況でした。講義の後の懇親会も楽しかったです。澤先生、ありがとうございました。

1. 現在の連合学習理論とは(少なくとも澤先生のお立場は)

  • ヒトや動物の行動全般を「連合」という事象間の関係性から成立する情報ネットワーク的なモデルによって説明しようとする大理論。
  • 古典的条件づけにしろ、道具的条件づけにしろ、手続き(環境操作)と効果(行動変容)の関係を記述するだけではなく、なぜそうなるのかを説明することに興味関心がある。
  • 理論(モデル)はできるだけ単純で、できるだけ多くのことを説明できるものが望ましいと考える(よって、現在の心理学におけるミニ理論の散在的状況は望ましくないと考える)。
  • 歴史的にはハルやレスコーラ、ワグナーの流れを組む。

2. どのような研究がなされているか

  • 動物を対象とした基礎的な実験が中心だが、広告などの応用実験、不安症などを対象とした臨床実験なども行われている。
  • (ただし、応用研究へ理論を適用することで、理論なしでは生まれないような技法などが開発されているかどうかは不明とのこと)

3. S-S連合、S-R連合という区別や立場(?)は今でもあるのか。

  • どちらか一方の立場をとるという人は今ではいない。むしろ、どのような事象間にどのような連合がどのくらいの強さで成立するかという問いに変わってきている。
  • オペラントとレスポンデントを一元論的に捉えようとする昔ながらの学習理論を唱える心理学者は今ではいないが、神経生理や強化学習をやっている心理学以外の専門家には、そうした昔の学習理論を引用して仕事をしている人もいる。

4. 事象間の随伴性が情報として行動を制御するとして、随伴性の情報だけでは行動が適応的に制御されないことあるが(例:タバコは健康に害がわるとわかっていても喫煙を続けるなど)、そのような、情報ネットワークと実行の間の関係はどのように考えるのか。

  • モデルの中に個人差のパラメータを含めて捉える。パラメータの設定方法はモデルによって異なり、いくつかのモデルが存在する。

5. 連合学習理論を研究している研究者が集まる中心的な学会や学術雑誌は?

  • 日本では基礎心、動心。でも、数はとても少ない。

番外編

○「条件付け」ではなぜいけないのですか?

  • 文科省の用語集に「条件づけ」とあり、科学的用語として統一された経緯があるから(科学における用語は厳密に使われるべきである)。
  • 以前は「条件づけ」を「条件付け」では検索できなかったから(ただし最近はそういうこともない。googleの「もしかして○○○」など)。

○フリーオペラントについて

  • 行動を引き起こす何かしらの要因が行動の自発前に生じていないということは考えにくい(いわゆる「フリーオペラント」と言われる行動クラスにもそれを制御する何かしらの刺激があるはずではないかと澤先生は考える)。
  • フリーオペラントについては懇親会で話題になりました。弁別刺激による刺激性制御だけではなく、確立操作による誘発や強化歴による自発頻度の増加まで「S-R」のSに含めるなら、確かにSのないRなどは考えにくいかもしれません。ただし、フリーオペラントの「フリー」は“Sがない”ということより、反応型や反応のタイミングが行動体(人や動物)任せな状況にあることを示す概念なので、若干の誤解がある可能性を感じました。フリーオペラントの「フリー」についてはLindsley先生の下記の論文(Lindsley, 1996)が面白いです(笑えます)。
  • 後日考:刺激弁別訓練によって形成される刺激性制御の場合、S-Rには相関関係がありますが、確立操作の場合、S-Rには相関関係がありません(例:遮断化して“お腹が減った”としても、それだけでは反応して餌がもらえるとは限りません)。特別講義の中にも出てきたように、喫煙者にタバコのパッケージを見せタバコを吸いたくなります。これは習得性確立操作による反応の誘発だと推察できますが、連合学習理論でもこうしたパラメータを組み込んでいくことになるのか(あるいはすでに組み込まれているのか)、そのあたりが気になりました。

○行動分析家は戦闘的という澤先生の印象について(でも「世界中の人が行動分析家になれば戦争はなくなる」とも)  以下は島宗の私見です。

  • 確かにスキナーは「Are theories of learning necessary?」(Skinner, 1950)にあるように、仮説的構成体を使った説明を否定し、理論構築のための研究にも否定的でした。精神主義的、認知的(方法論的行動主義的)なアプローチに真っ向から反対し、そのような主張を積極的にしていたので(例:「Why I am not a cognitive psychologist」Skinner, 1977)、否定される側からみればとても戦闘的に映ったことに間違いありません。
  • しかし、その頃の心理学界というか行動分析学界は、今のように分野として完全に独立していたわけではなかったし、まだ「心理学界」全体としての方向性を論じあい、影響し合う余地があったのだと思います。そして、だからこそ、そのような熱を帯びた議論が展開される機会や動機があったのではないでしょうか。
  • 時は流れ、現在では行動分析学という学問体系は心理学の一領域として独立し、確固たる(?)地位を築いています。APAではDivision 25(Behavior Analysis)として組織が作られていますし、それよりはるかに大きな組織としてABAI(The Association for Behavior Analysis International )が発展し、今では行動分析学を基礎とした臨床家の国際認定システムまであるのです。
  • スキナーの時代とは違って、行動分析学の考え方を(ある意味で)防御的に、その他の心理学をやっている人たちに説明したり、攻撃される前に批判したりする必要性がほとんどなくなっています。それに、そうした議論によって心理学界全体がどうにかなるというわけでもなくなってしまっています。事の善し悪しはさておき、戦闘的な議論が強化される環境は年々少なくなっていると言えるのではないでしょうか。
  • もちろん、たとえば「行動分析家」を名乗りながら精神主義的、認知的な話をしたら、学問の正確性を遵守するという意味で批判されるでしょうし(論文の査読であれば議論になるでしょうし)、応用・臨床場面で、エビデンスに反した主張がなされ、クライアントの利益が守られない状況になれば「戦闘状態」になることもあるでしょう。でもこうした戦いは先代行動分析家たちの戦いとは根拠や目的が大きくことなると私は考えます。

○「なぜ」の理論について ( 以下も島宗の私見です)

  • 環境操作と行動変容の関係を記述し、「なぜ」そうなるかについても行動のレベルで完結させるところに行動分析学の特徴があります。そして、これがしばしば、行動分析学は“ブラックボックス”の中を無視するとか否定するという誤解につながっているようです。
  • 強化随伴性と行動の自発頻度の間の関係性の背景に何かしらの遺伝的(系統発生的)要因や、生理学的要因があることを否定したり、無視している行動分析家は存在しません(いるとしたら誤学習です)。ただ、そうしたメカニズムを解明するのは生物学や生理学の仕事であって、行動分析学の仕事ではないと、役割分担を明確にしているだけなのです。
  • 私自身、そういう研究には大変興味があり、ときおり大変苦労しながら(興味本位で)生理学の研究論文などを読んでいたりします。ちなみに、『Learning Complex Behavior』という面白い本があります。これは生理心理学から行動分析学という稀少ルートをたどった John W. Donahoeと、理論的行動分析家のDavid C. Palmerとの共著本です。知覚や記憶といったテーマを実験的、理論的行動分析学から総括的に解釈していて、その背景にある神経生理学的モデル(ニューロネット)も提案しています。この本、米国でもあまり注目されず、日本ではほぼ知られていませんが、この手のことに興味がある人にはお薦めです。
  • さて、生物学や生理学的な背景に興味があると言っても、まさか私自身、自分で生物学や生理学の研究をしようとは思いません。専門性が異なるのですから当然だと思うのですが、どうもそうした役割分担の説明がうまく伝わらないと、“ブラックボックス”の中を無視していると言われてしまうようです。

 連合学習理論も、同様に、私にとってはとても興味深い近接領域の一つのようです。ミニ理論ではなく大理論を指向しているところ、生理学との関連性(実体との一致度)をある程度重視しているところに好感が持てました。
 ただ、どんな理論に対しても私のスタンスは共通です。「その理論があればわかって、なければわからない行動の制御変数にはどのようなものがありますか?」ーこの問いにたくさんの説得的な回答を持つ理論はさらに勉強しようと思うものです。そしてそのような理論は残念ながら心理学にはそうそうないものなのです。
 澤先生の今後の研究にぜひ期待したいと思います。

 

引用文献

 法政の心理学科には専任教員の担当する授業に外部の先生をお呼びしてお話をお聞きする「特別講義」というイベントがあります。多くの場合、その授業の受講生や、その他、心理学科、文学部の学生や教員向けの企画になるわけですが、今回はTwitterなどで聞きつけた人から聴講希望の声が寄せられたので 、正式に一般公開のイベントとして開催することになりました(もちろん、ごくごく限られた興味を持つ少数派の声であることは認識しております)。

 元々は、不勉強のためよく正体がつかめていない「連合学習理論」について、一度しっかり勉強しようと思っていた私の、極めて個人的な興味・関心を満たそうという自分勝手な都合の企画です。

 そういうことなので、「特別講義」とは名ばかりで、澤先生には30分くらいでお話を切り上げていただき、私の方から質問させていただいたり、対談的に討論させていただこうと思っています。

 ぶっちゃっけた話、今田先生には畏れ多くてお聞きできないことや、中島先生にははぐらかされそうな話を、新進気鋭の澤先生から教わってしまおうというわけです。

 なので、澤先生の研究の話を聞きたいと思って来られると、失望することになりますので、その点はご了解ください。

 なお、法政大学市ヶ谷キャンパス内はただでさえ迷路のようなのに、現在、一部の建物を建て替え中で、一層わかりにくくなっています。案内板や案内番は一切立てませんので、学外から来られる方はキャンパスマップなどを印刷、持参し、時間的余裕をもってご来校ください。事前のご連絡などは必要ありません。

特別講義 連合学習理論と行動分析学─対話か対決か?─ 講師:澤 幸祐 先生(専修大学人間科学部心理学科)
日時:2014年12月18日(木)16:50-18:20
会場:法政大学市ヶ谷キャンパス 富士見校舎1F 遠隔教育室
○アクセス・キャンパスマップはこちらから
○建物内の地図は こちらから

【定員を超過した参加申込みをいただき、ありがとうございました。今回はこれで締切らせていただきます。またの機会にご参加下さい。定員締切りのお知らせが遅れてしまい、申し訳ございませんでした】

 Twitterなどで告知していた、企業に対する行動コンサルテーションに関する入門講座の詳細が決まりました。

日時: 2014年10月4日(土) 10:00-17:00
会場: 法政大学市ヶ谷キャンパス ボアソナードタワー 11F 心理学実験室
講師: D. Geissler氏(米コンサル会社 Continuous Learning Group

 研修内容は Continuous Learning Group社がクライエント企業へのコンサルテーションを進めるときに管理職に提供している“パフォーマンス・コーチング”の実習です。

 今回は、行動分析学を学んでいて、将来、コンサルタントとして働くことを希望している学部生や大学院生を主な対象として開催しますが、行動分析学を学んだ社会人も参加可能です。

 講義は英語で行われ、島宗が解説します。演習は日本語で行います。

 学生・大学院生は参加費無料、社会人は参加費一万円です。

 参加希望の方は、お名前、ご所属を明記の上、島宗(simamune@hosei.ac.jp)までメールでお申し込みください。

 申込みが定員に達し次第、締切らせていただきます。

 参加希望の方は早めにお申し込み下さい。

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 ABAIのwebサイトでも情報が公開されました

以下、参加申込のためのスケジュールです。

  • 9/9 早割参加申込み開始
  • 10/11 発表申込み開始
  • 3/11 発表申込み締切
  • 4/22 早割参加申込み終了(以降は参加費が通常の料金になります)

以上。

 休刊中ですが大切な情報なので、行動分析学メーリングリストに杉山先生から投稿のあったお知らせを転載します。

 国際行動分析学会(ABAI: International)は国際学会なのですが、年次大会は毎年米国内で開催されています。それでは真に"International"とは言えないでしょうということで、2年に1回は、米国以外の国でも開催されるようになったのが、この大会です。

 諸外国から著名な研究者が来日します。通常のABAIよりも小規模な大会になりますから、国内外の最新の研究について討論する密な機会も得られます。ぜひ、今からカレンダーに書き込んでおきましょう。

みなさま

星槎大学大学院の杉山です。 かねてお知らせの通り、2015年にABAI国際大会が日本で開催されますが、昨日のABAI理事会で、日程と会場が正式決定しました。
この国際大会は、故佐藤方哉先生が会長職にあられた時の提案が実現したものです。

9月1日にABAIホームページ上で公式発表される前に、日本行動分析学会のみなさまにはいちはやくお知らせ申し上げます。そして多くのみなさまのご参加をお待ち申し上げます!

日  程:2015年9月27日(日)〜29日(火)
会  場:ホテルグランヴィア京都(京都駅直結)
申込開始:2014年9月1日より ABAIホームページから申込み

ただいま、参加費、招待講演者などの最終的な詰めを行っております。今後も新しい情報が入り次第、順次ご報告していきます。また、J-ABA学生会員のみなさまには、助成制度が適用されることになっております。応募要項なども、決まり次第、j-ABAニューズやこのMLを通してお知らせしますので、ご期待下さい。

杉山尚子
この記事で嫌子や弱化の確立操作の考察が不十分であると書きましたが、ではどのような例が考えられるでしょう。
 たとえば、蚊に刺されるとかゆみという嫌子が出現し、赤く腫れたところを掻くという行動が嫌子消失によって強化されます。食べ物の遮断化が食べ物を一時的に好子化する過程とは、蚊にさされないとそもそもかゆみが生じないという点で少し異なりますが、かゆみがない限りそもそも掻く必要がないというところは同じです(お腹が減ってなければ食べる必要はない)。
 日本経済新聞の記事よると(「(ナゾ謎かがく)かゆいとなぜかくのか? 刺激和らげる物質分泌」、2014/6/8 朝刊)、つい最近、かゆいところを掻いたり、冷やしたりすることで、かゆみ刺激が中枢に伝わるのをブロックする仕組みが解明されたそうです(図へのリンクをはっておきます)。虫さされの薬がつけるとひんやりするように作ってあるのは、薬をつけてからかゆみが消えるまでの強化遅延をつなぐ役割なのかと思っていましたが、実効もあるみたいですね。

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 随伴性ダイアグラムで描くと、こうなります。行動随伴性が、文字通り、皮膚の中(within one's skin)のメカニズムとして解明された例ですね。

001

 掻く行動に関する上の例は嫌子消失による「強化」の例ですが、嫌子出現による「弱化」における確立操作の例は、この時期なら"日焼け"です。海水浴で急に日焼けして、体中、まっかっかになった状態で風呂に入り、シャワーを勢いよくあてるとめちゃくちゃ痛いという体験は誰でもしたことがあると思います。
 日焼けにより、一時的に、シャワーが皮膚にあたる刺激が嫌子化していると考えれば、日焼けが確立操作であると記述できます。勢いのあるシャワーを直接あてる行動は弱化されるし、そうする行動の自発頻度は下がります(次の年の初回は自発的回復的に戻ってきたりもしますね)。
 昔懐かしキンカンやムヒのように薬品を塗るという代替行動が強化され、商品が売れるわけですから、日焼けしてしまったときに塗ると、お風呂に入ったときの痛みが和らぐ薬が開発されれば売れそうですね。
 アルコール依存症の治療には、それを服用しているときにお酒を飲むと、頭痛や吐き気がする「抗酒剤」という薬が使われることがあります。この薬の服用も頭痛や吐き気といった嫌子に対する確立操作と考えていいと思います。最近、日本でもお酒を飲みたいという欲求を抑える薬が認可され、発売されたそうです。こちらは同じアルコール依存症の治療に使われるといっても、お酒の好子としての価値を低める確立操作ということになります。

 「確立操作」(Estblihing operations: EO)という用語は、Larawayら(2003)以来、「動機づけ操作」(Motivating operations: MO)と呼ばれることが多くなっています。

 これは元々、EOに関連する用語についてJack Michael 先生が抱いていた懸念を解決しようとした工夫です。一つは操作の方向:たとえば、遮断化は好子の強化力を増し、飽和化は好子の強化力を減じるというように、両方向に作用するのに、“estabishing”という英語からは増加の印象しか受けないこと。EOのもう一つの機能である、反応を引き起こす作用(“evocative effects”)についても同様で、作用は促進と抑制の両方向なのに用語の印象は片方向であること。最後は、好子だけではなく嫌子の機能も変えるということ。

 なので、Larawayら(2003)では、増減両方の機能を持つ操作としてEOではなくMOという用語を使うことにして、増やす操作をEO、減らす操作をAO(“abolishing effects”)と呼ぶことを提唱しているわけです。

 確かに論理的であり、正論だと思いますが、私は以下の点から、この用語(MO)を使っていません。

1.  “Motivation”という言葉がすでに手あかがつきすぎていて、心理学だけでも色々な定義があり、“punihser”や“punishment”と同じように誤解を生む可能性がある(特に、行動分析学の初学者や行動分析学以外の心理学者に対して)

2. “Motivation”という用語はもっと漠然とした、広い、いわば素朴概念としてとっておき、それを行動分析学から解釈する作業をすべきであり(例:たとえば、いわゆるMO以外にも、そもそも随伴性、強化スケジュール、好子や嫌子の派生など、“Motivation”の下位分析にあたる概念や法則は他にもある)、EOだけに収束させるべきではない。

3. (これは半分冗談だけど)一般人にとって“MO”(エムオー)といえば、犯罪系のドラマの“MO”(motives:(犯罪)動機や目的)の方がはるかに耳に馴染んでいるわけで、ABAIのポスター発表の会場で“MOがMOが...”と話している人がわんさかいるのは、妙な印象を与える。もう少し社会全体に対して感受的になった方がよいのではなかろうか。

4. 日本語の「確立」には「増やす」という意味はない(だから英語圏の人たちの心配は実は共有されない)。
 かくりつ【確立】(名)スル 物事の基礎立場計画方針などをしっかりきめること。不動のものとして定めること。「外交方針を―する」「婦人の地位の―に努力する」(スーパー大辞林)

 以上の理由から、(主に)アメリカ人の動向にあわせて、ようやく定着してきた日本語の用語を「確立操作」から「動機づけ操作」に変える必要はないというのが、私の個人的見解です。

 なお、punisherについてやpunishmentにおいてもEOを考えるべきではないかと、二十年近く前にJack Michael先生の授業で質問した私としては、そういう検討がされるようになったことはいいことだと思うのですが、Larawayら(2003)で取り上げられているのはタイムアウト(好子消失による弱化)の例であり、この場合、EOがかかっているのは嫌子ではなく好子なので、これでは不十分だと考えます。このあたり、これだけの専門家が著者として名を連ねていても(Jack and Alan)、もしや嫌子と弱化を混同してしまっているのでは?とさえ思います。用語というのは思考の元になるわけなので、それだけ大切だとは言えると思います。

Laraway, S., Snycerski, S., Michael, J., & Poling, A. (2003). Motivating operations and terms to describe them: Some further refinements. Journal of Applied Behavior Analysis, 36(3), 407-414. doi:10.1901/jaba.2003.36-407 (ここから無料でダウンロードできます

 奥田健次先生主催の行動コーチングアカデミーで開催される“道場”の参加者募集が始まりました。

 日時:2014年8月18日(月)〜20日(水)
 場所:行動コーチングアカデミー(長野県北佐久郡)

 今年度は道場で行われる演習の開発をお手伝いしています。新しい2つの演習。現在、ユーザーテストが進行中。お楽しみに。

 もう一つはこれも新しい試みで、事例研究の進め方を指導します。実際に事例研究に取り組んでもらい、その経過や成果を道場で発表するまで、事前に支援するという企画です。

 こういう機会もなかなか普段では得られないことだと思いますので、我と言う方はぜひご参加下さい。

 案内や申込みはこちらから。


手足まひなど治療に新風 脳神経鍛えるリハビリ  大阪大学の三原雅史特任助教は、重度のまひで手足を動かせない患者が脳を働かせる「イメージトレーニング」を実施する手段として、脳の血流の変化を測り、ほぼリアルタイムで活動状況を読み取る近赤外分光法(NIRS)を活用する。
 自分の手を動かしている状態を思い浮かべると、実際に手を動かす時に働く脳の同じ領域が活発になる。NIRSを使うことで、正しいイメージを思い浮かべているかどうかを患者自身が判定でき、効果的なトレーニングができるという(日本経済新聞, 2014/5/29)。

 動作をイメージするという非顕現的な行動を分化強化する実験ができそうですね。面白い。

 徹底的行動主義に基づいている行動分析学では、それ以前の行動主義(対比するために“方法論的行動主義”とも呼ばれます)に基づいた行動心理学とは違って、ある現象が観察できるかどうか(観察可能性)を研究対象の制限条件には採用しません。

 公的出来事と私的出来事、顕現的行動と非顕現的行動を分けるのは、あくまでも観察方法や技術であり、それが発展すれば、これまで観察できなかったことも観察できるようになると考えられるからです。

 fMRIやNIRSを使った心理学的研究では、参加者に従事させる課題や刺激とそのときに活性化している脳の領域との対応関係を検討していますが、イメージする行動そのものを従属変数としてその制御変数を同定する実験は行動分析学ならではのものになるでしょう。

 時間があれば自分でするんだけどなぁ。

一昨日の記事について補足しておきます。

 まず、強化の遅延時間(行動から好子出現までの時間)の効果についての研究については、少し古いですが、これまでの文献をまとめているという点で、また現在、Kindle版も入手可能であるという点でお勧めです。

Commons, M. L., Mazur, J. E., Nevin, J., & Rachlin, H. (1987). The effect of delay and of intervening events on reinforcement value. Hillsdale, NJ England: Lawrence Erlbaum Associates, Inc.

 遅延の限界点を求める実験は、現実的には不可能に近いくらい難しい課題です。なぜなら、行動した後(たとえばキーつつきをした後)、餌を呈示するまで、キーつつきをさせないようにしないとならないわけですが(そうしないと、その間にしたキーつつきからの遅延になってしまうから)、すでに強化履歴がある行動であれば、完全に消去しておかない限り、どこかで自発されてしまいます。だから実際には遅延時間に手がかり刺激をつけたり(行動の直後にスキナー箱内を暗くするなど)、DROをつけたり、あるいは選択場面で遅延が選好(逆選好)に与える影響を選択率で検討したりしているわけです。このあたりの問題点とその課題を乗り越える方法については、小平・坂上(2012)をご参照下さい。

小平英治・坂上貴之 (2012).  ハトを用いたオペラント条件づけにおける信号のない強化遅延の効果の検討 行動分析学研究, 26, 102-117.

 このような研究から得られる勾配がどのような関数になるのかは、理論的な話になります。実験で得られたデータポイントにあてはまりのよい関数式を考察するわけです。双曲線関数があてはまると考える研究者が、遅延を無限に延ばしていっても強化効果が(僅かでも)残ると考えているかどうかは知りません。でも、上記の理由でそもそも現実的な話ではありません。

 それから産業図書の『行動分析学入門』などにでてくる「60秒ルール」の「60秒」は、繰り返しになりますが、科学的な“概念”ではなく、“指針”です(この本の囲み部分には見出しがついていて、それでこうした記述のレベルを区別しています)。そして、それは60秒以上遅延したら強化の効果がなくなりますよという意味ではなく、60秒以上遅延していて、でも行動が制御されているなら、制御変数としてはルール(言語行動の介在)を疑いましょうというヒントです。

 なぜ「60秒」なのかと言われたら「切りがいいから」としか答えようがありません。「58秒ルール」や「2分半ルール」よりも覚えやすいからです。『行動分析学入門』をよく読んでいただければわかると思うのですが、我々の主張は、言語行動レパートリーがある人たちの、日常生活でなんとかしようとする問題の多くは、行動と後続事象(結果)との間に、数時間どころか、何週間とか何ヶ月とかの遅延がある場合が多く、そういう遅延があっても行動が制御されることがあるのだから、その説明に、動物実験で得られている結果をそのままあてはめることはできませんよということです(そして、だから認知的な説明をというわけでもなく、行動の原理で解釈可能ということです)。

 残念なことに、ほんとに伝わらないんですね、ここが。

 流行に乗じて、人の日常行動の解釈に遅延割引の話を持ち込む人が増えていることに、あまりに大ざっぱな外挿だなぁと、残念に思っている次第です(たとえばこの記事)。

 なんだが愚痴のような補足になってしまいました。


The Effect of Delay and of Intervening Events on Reinforcement Value: Quantitative Analyses of Behavior, Volume V: 005 (Quantitative Analyses of Behavior Series) The Effect of Delay and of Intervening Events on Reinforcement Value: Quantitative Analyses of Behavior, Volume V: 005 (Quantitative Analyses of Behavior Series)
Michael L. Commons

Psychology Press  2013-12-19
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産業図書の『行動分析学入門』では「60秒ルール」を以下のように解説しています。

指針:ルールによる制御 行動をしてから60秒たってから好子が与えられる時はルールによる制御を考えなさい。

 この指針は、ある行動が随伴性によって直接制御されているのか、それとも随伴性を記述した言語行動(ルール)に制御されているのかを見分ける「ヒント」として提示したものです。

 ところが、どうやら誤解が生じているようです。このルールを行動を変えようとするなら好子を60秒以内に提示しなさいと解釈してしまっている人がいるからです。

 たとえば『行動分析学で社員のやる気を引き出す技術』(舞田・杉山, 2012)には「意識的に強化や弱化をしようとしたら、行動後の一分間でそれができるような工夫と努力をしなければならない」(p. 43)とあります。

 その前の頁にはこの図が掲載されています。この図からは、強化/弱化の効果が、行動から結果までの時間が60秒までは一定で、その後、徐々に低下するように読み取れますが、間違いです。

60 

 強化の遅延による勾配(delay of reinforcement gradient)を明らかにしようとする研究はそれこそハルやスペンサーの時代から現在に至るまで行われていて、勾配には指数関数と双曲線関数とどちらのあてはまりが良いかといったことまで検討されていますが、遅延による強化の効果が数秒以内に急激に減衰するという点は確立した知見です。

 下の図は、Reilly & Lattal (2004, p. 24) から抜き出しました。遅延時間を独立変数にして"強化の効果"を従属変数にした実験をするのは実はけっこう難易度が高い課題です。この実験でも新しい行動レパートリーを習得させるわけではなく、キーつつきそのものは獲得済みのハトを使い、強化率を統制したVIとFIとで、強化を遅延したときの反応率の変化を検討しています。図からわかるように、反応率は遅延が0秒(直後)のときに最大で、1秒遅くなるだけで急激に低下しています。

Delaygradient

 まさに「即時強化」の重要性を示していると言えます。

 人を対象とした同じような研究は読んだことがありませんが、Weiss, Cecil, & Frank (1973)は、目の前にいるサクラが電撃を受けないようにする行動の潜時が、遅延0秒に比べて、1秒、2秒で急激に低下することを示しています(2秒で強化なしの条件と同程度)。

 人においても 「即時強化」が重要で、「即時」とは0秒、遅くとも1秒ということになります。

 ちなみに「60秒ルール」は「ルール支配行動」と"ルール"のところが重複していてさらに混乱を招きそうなので、近著『使える行動分析学--じぶん実験のすすめ--』では「六十秒の原則」と表記しました。いずれにしても、これは強化の原理を使って行動を変えるための原則ではなく、ある行動がルール支配されているかどうかを見定めるときのヒントです。

 「60秒ルール」っていうくらいだから、30秒くらい遅れてもいい、というわけではありませんのでご注意を。

Reilly, M. P., & Lattal, K. A. (2004). Within-session delay-of-reinforcement gradients. Journal of The Experimental Analysis of Behavior, 82, 21-35.

Weiss, R. F., Cecil, J. S., & Frank, M. J. (1973). Steep delay of reinforcement gradient in escape conditioning with altruistic reinforcement. Bulletin of The Psychonomic Society, 2, 372-374.

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 家庭や学校などの場面を問わず、子どもでも大人でも愛犬でも、学び手の学習を口実とした教え手による暴力行為であるすべての「体罰」に反対しています。

 反対するだけではなく、暴力を使わずに教えたいことを教えることを推奨し、その方法についても情報提供しています。行動分析学の本領が発揮されるところです。

 昨年度はこの声明文を策定するタスクフォースの委員長を務めさせていただき、あらためて「体罰」に関連する文献を読み直し、考え、自らの教育行動も振返る、充実した時間を過ごさせていただきました。そのような機会を与えて下さった、園山先生や、一緒に仕事をしたタスクフォースのメンバーにこの場を借りて感謝いたします。

 法務省の「平成25年における「人権侵犯事件」の状況について(概要)」によると、教育職員による体罰に関する新規救済手続開始件数は887件(前年比139.7%)と増加しています。

 体罰はまだまだ頻繁に行われているのです。

 行動分析学やその他の心理学の研究からは「体罰」には百害あって一利なしということがはっきりと示されていますし、もっと有効で安全で健全な教育法や指導法が開発されています。

 すべての教え手がそういうことを学び、学び手が不安や恐怖ではなく、楽しさや面白さ、達成感で学習できるような社会がいち早く訪れますように。

 日本行動分析学会のwebサイトはこちらから。
 日本行動分析学会「体罰」に反対する声明はこちらから。

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 Youtubeで公開されていた「日本社会心理学会 春の方法論セミナー」を観ました(発表資料がダウンロードできる学会のHPはこちら)。


 「再現できない実験」という、時機にかなったテーマについて、3人の研究者が、主に統計的な手法の問題点と改善策について、わかりやすく解説してくれています。

 これは心理学を学んでいる大学院生には必見のコンテンツです。十年以上前に講演やシンポジウムのネット配信をずいぶんとやった経験から、ネット講義には懐疑的なのですが(しっかり最後までみる人は本当に少ないから)、全部で3時間以上ある動画をほぼ"ながら"せず、最後まで見終えました。

 社会心理学ではそもそも追試研究が軽んじられる(投稿してもリジェクトされる)ことや、統計的有意差だけを追い求める傾向(p-hacking)やその背景と、なるほどやっぱりという話もあれば、主要な研究を国際的、大規模に追試しようとするプロジェクト(Reproducibility Project)や帰無仮説の棄却ではなくモデルの適合度によって検定する新しい方向性など、とても勉強になりました。

 私は社会心理学者でもなければ、日本社会心理学会の会員でもないのですが、心理学の実験実習をやっていると、確かに有名な実験でも実験結果が再現できないことがけっこうあります。このセミナーで取り上げられている「再現できない」理由はどちらかというと統計的処理や検定の問題に集中していて、それはそれでどれも妥当な議論だったと思います。

 群間比較ではなくシングルケースデザインを用いる行動分析学からすると、他にも原因がみえてくるように思います。詳しく書くには時間的余裕がありませんが、たとえば、以下のような問題が思いつきました。

  1. そもそも論になってしまいますが、グループ比較デザインを用いるなら例数設計をする前に、母集団を想定し(特性や条件を明記し)、母集団からの無作為抽出と無作為割当が必須なのに、ほとんどの研究は無作為割当しかしていないのではないか?
  2. 個人差を相殺するのが群間比較の基本論理なので、実は多くの実験で、群間の差を生みだしている真の要因や条件が特定できておらず、だから参加者の特性が変わるとそれによって実験結果が異なるのではないか?(これは1)とも関連していますし、次の3) とも関連します)。
  3. 群間で差があったとして、その原因を帰属させる条件の記述や分析が、実験や研究者によって異なり、統一できていないのではないか? そのため間違った帰属をしてしまい(実験者が考える群間の差の原因と真の原因が異なる)、再現できる確率が下がるのではないか?

そして対岸の火(?)をみながら振り返ると、再現こそ命であるシングルケースデザインを用いた行動分析学の研究では、

  1. 一つの実験で行動の制御変数を特定することが欠かせず(いわゆる失敗研究というのは成り立たない)、
  2. 制御変数を、他の研究と同じ分析・記述単位を用いて記述する(行動分析学の場合、強化、弱化、弁別、般化などの基本原理のみを用いて)ことが大切で、
  3. 直接的再現でも系統的再現でも、その研究がどの研究のどの部分の再現あるいは拡張なのかを必ず明記すべき

ということがあらためてわかります(意外にできていないものです)。

 また、学術雑誌の編集方針としても、再現研究の投稿を(も)推奨し、どんどん遠慮なく掲載して行くことが必要だということも再確認できます。

 ほんと、勉強になりました。日本社会心理学会新規事業委員会の皆さまに感謝です。

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島宗 理

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 4/7(月)に書店に並ぶ予定の新刊です。

 セルフマネジメントの本、というより自分にあったセルフマネジメントをみつける方法についてまとめました。

 私の授業では受講生が自分で自分の行動を変えるプロジェクトに取り組みます(私も一緒に取り組みます)。本書にはそうした学生の取り組みを掲載しました(私の取り組みもいくつか紹介しました)。片づけ、ダイエット、勉強、早起き、スポーツ、音楽など、様々なテーマのじぶん実験の実例を読むことができます。

 標的行動の決め方、測定方法、行動の原因推定、グラフの作成方法、解決策(介入)の立案方法など、これまでに出版された同じような本に比べると、細かすぎるほどの細部にまで突っ込んで書きました。

 行動分析学について本で読んだり、授業をとって勉強しても、いざ行動を変えようとすると何をどうしていいかわからなかったり、うまくいかなかったりするという声はよく聞きます。なので、本書では、受講生の皆さんがつまづきやすいところとか、犯しやすい間違いとか、よくある疑問や勘違いなどに、できる限り対応しました。

 「じぶん実験」と銘打っていますが、応用行動分析学、シングルケースデザインの基本をおさえていますから、「たにん実験」をする人にも役に立つと思います。

 内容的には大人向けですが、よく本を読み、勉強している高校生なら十分に理解できるように書きました。高校で心理学を教えている学校はまだまだ少ないようですが、じぶん実験を一学期やる授業なんて、きっと面白いと思いますよ。

 光文社の「人は、なぜ約束の時間に遅れるのか」では、「心」を行動随伴性として見える化する方法について書きました。あの本で予告したように、行動分析学の見える化は、視考したダイアグラムに基づき、行動随伴性を変え、それで行動が変わるかどうかをグラフにして判断することで完結します。本書には、行動を見える化したグラフもたくさん掲載しました。

 行動科学を象牙の塔の外に出すという野望が見え隠れする本ですが、それを自分で行ってしまっては身も蓋もないか。

 ぜひとも、お召し上がり下さい。

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 アメリカの獣医師の会である、American Veterinary Society of Animal Behavior (AVSAB) が「罰」を使った躾や訓練に関する声明文をだしていることを以前この記事でご紹介しました。この声明文の日本語訳が掲載されている本があることを、先日、中島定彦先生に教わりました。

内田佳子・菊水健史(2008)犬と猫の行動学--基礎から臨床へ-- 学窓社

 さっそく購入して読んでみました。声明文の訳はしっかりしているし、学習理論の章もわかりやすく書かれている本だと思いました。「罰」に対する声明文を読みたいが英語が苦手という方は参照して下さい。ただし、Amazonでは取扱がなく、楽天ブックスにあった(その時点での)最後の在庫を私がいただきましたので(^^)v、現時点では学窓社のサイトで直接注文するのが最短のようです。

 この本にはDVDもついていたので観てみましたが、こちらはかなり謎だらけです。

 どうも犬の訓練関係の人たちは(Excel-erated Learningで有名なPamela Reidもそうですが)、レスポンデントとオペラントを混同しているか、あるいは私の知らない特殊な理論を用いているようで、たとえば、「おすわり」というコマンドの後におすわりをした後でフードをあげる手続きを「古典的条件づけ」と説明しています(正しくは「道具的条件づけ」もしくは「オペラント条件づけ」です)。
 褒め言葉("グー")とフードを対提示することで褒め言葉を二次性強化子(習得性好子)にするという手続きのシーンでは、「順行/逆行条件づけ」の話がでてきて、条件づけられるのはフードが持つ「嬉しい」「大好き」という感情だと説明されています。順行/逆行条件づけはレスポンデント条件づけで用いられる概念ですし、フードが有する無条件刺激としての主な機能は「唾液分泌」です。涎がでることを「嬉しい」「大好き」と比喩として使っているのか、擬人化しているのか、そのような無条件反応を確認しているのか、よくわかりません。
 そもそも訓練や躾の文脈で「強化子」について説明しているわけですから、褒め言葉について着目すべき機能変容は、無条件刺激から条件刺激への変化(レスポンデントでの文脈)ではなく、行動を強化する機能のない刺激から強化する機能のある強化子への変化(オペラントの文脈)です。どうもこのあたりがごっちゃごちゃになっているようです。
 一箇所だけなら単純ミスかと思うのですが、一貫していますので、何かしらの勘違いか、新(奇)理論かと思うわけです。本文にはそのような混同がみられないだけにいっそう不思議です。

 他にも、おすわりを強化せず、ふせを強化する手続きを「シェイピング」と呼んでいたり(分化強化ではありますが、逐次接近して新しいレパートリーを形成しているわけではないので"シェイピング"にはあたりません)して、ツッコミどころが満載です。

 その中には、よくよく考えてみると、実験的(基礎的)、応用的(臨床的)、理論的に興味深いこともたくさんあります。

 たとえば、上記の褒め言葉もそうですが、習得性好子には、次の(本来の)強化随伴性の弁別刺激となっているからこそ強化力がある場合と、そのようなローカルな随伴性がなくても好子として機能する場合があります。クリッカートレーニングに使うクリック音は前者の例ですし、飼い主は後者の例です。前者の成立要件は明らかですが、後者の成立要件はそれほど明らかではありません。対提示する好子の種類を圧倒的に増やせば般性好子になるだろうと理論的に推察することは可能ですが、実際そうなのかどうかはよくわかりません。前者についても、非常に細かなところ、たとえばそれこそレスポンデントでいうところの順行/逆行のような提示順や時間差の問題がそれほど明らかになっているわけではありません。
 どのような習得性好子をどのように作れるかというテーマは基礎、応用、実践で、多くの人が興味を持つところなので(たとえば、自閉症がある子どもに他者との関わりや新しい遊びを習得性好子にするとか、働くことに楽しみが持てない人に楽しみを教えるとか)、一度じっくりと考えてみたいところです。

 DVDでは「自発的行動」を教えるという文脈で、椅子に座った飼い主にちょっかいをだしてくる犬を無視し(テレビを観たりしているという体で)、そのうち伏せたら言葉がけとフードで強化するというところがあります。確かに「ふせ」というコマンドをかけていないのでその意味では"自発的行動"ですが、ここで強調すべきなのはむしろ「消去」だと思います。ふせた犬を立ち上がらせるためにフードを遠くに投げ、戻ってきて伏せたらすぐにフードで強化しているので、このままだとそれを繰り返すことになり、いつまでたっても静かにテレビが観られません。この文脈で必要なのは完全な消去だと思います。そうすればそのうち犬も伏せるなり、寝転がるなりして、勝手に("自発的に")休むわけなので。
 これは社会的妥当性をいかに保障するかという課題です。訓練の先にある目標(何のために行動を変えるのか)はどこにあるのか(この例ならテレビを観ている間、犬は犬で休んでいてほしい)、そしてその目標を達成するのに最適な訓練手続きは何なのかを検討すべきあり、同じ課題(訓練とその先の目標の不一致)は教育界やトレーニング界にあちこちに散見されますから、おそらくそうした発想を強化する随伴性が業界全体に不足しているということなのでしょう。どのように補完すればいいのか、できるのか、検討すべきなのだと思います。

 「観察学習」というチャプターには犬にあくびを教えるシーンがでてきます。残念ながらあくびしか教えていないので、模倣を教えているかどうかはわかりません。犬では模倣、しかも般性模倣が成立すると主張する人も多いようです。本当にそうなのか、そうだとしてそれが生得性のものなのか訓練あるいは自然な学習によるものなのかは、私は不勉強でわかりません。文献はかなりあるようなのですが、実験条件の統制がしっかりできていそうにないので読込んでいないのです。とりあえず、このビデオを観た限りは、"あくび"というコマンドをだしている飼い主が弁別刺激になっているという意味では"観察学習"ですが、それ以上の機能が獲得されているようには見えませんでした。でも、犬好きで犬を飼っている学生が卒論で取り組むことができそうな、面白そうなテーマだと思います。

 というわけでDVDにはかなりずっこけましたが、こうした点も含めてご覧になれば逆に勉強になるかもしれません。

行動分析学に興味があり、色々な参考書も読みあさり、でも、実際にどのような研究が行われているのかを知りたい。学術誌に掲載されている研究論文を読みたいが、英語は読めない。

そういう方は国立情報学研究所が提供しているCiNiiというデータベースをご利用下さい。

「刊行物名」のところに「行動分析学研究」と入力して検索すれば、日本行動分析学会の学会誌に掲載された論文がヒットします。「出版社」のところに「行動分析学会」と入力して検索すれば、年次大会の発表論文集も含めて検索できます。論文の要約(抄録)は無料で読めますし、一般の方でも(大学などに所属していなくても)、有料ですが、本文もダウンロードできます。CiNiiにユーザー登録すれば単価は安くなりますし、割高でもよければユーザー登録しなくても単体で購入できます。

日本行動分析学会では過去に掲載された代表的な論文を集め、解説もつけた『行動分析学研究アンソロジー2010』というのも出版しています。こちらはAmazonなどで購入できます。

行動分析学研究アンソロジー2010 行動分析学研究アンソロジー2010
日本行動分析学会

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Patterson1

タイトルには"社会的学習理論"とありますが、バンデューラはほんのちょこっとでてくるだけで、あとはほぼ全編行動分析学的手法についての話です(タイムアウト、行動契約、スモースステップなどなど)。特に、行動契約については、親子で契約を結び、守って行くための細かな手続きが書かれています。ここまで細かく書いてある本は他に知りません。

それに本の構成がプログラム学習風になっていて、読んで、考えて、空欄に用語を書込んで、答えをみて....と学べるようになっています(「風」というのは、これだと無誤学習にはなりそうにないし、そのための開発手順もふんでなさそうだからです)。

1987年に翻訳書がでていて、今は絶版ですが、Amazonで古本が入手可能です。原著はロングセラー本で今でも入手可能です(Amazon.co.jpではなぜか一時的に在庫切れのようですね)。"Families: Applications of Social Learning to Family Life"というタイトルからわかるように、"Theory"は入っていませんから、翻訳タイトルを「社会的学習理論」としてしまうのは誤訳だと思います。それに本来は一般向けの本ですから、表紙や文体をもちっと工夫すればもっと売れた(読まれた)のではないかと、残念な気持ちがします。

著者の Gerald R. Patterson 先生は、元々は精神療法とかをやっていた人のようですが、1960年代に非行少年の多動や攻撃行動の対応に遊戯療法がほとんど役に立たなかった経験から行動分析学を学ばれたようです。本書では最後の章に子どもの攻撃行動について書かれています。攻撃、不服従、非行、そして犯罪につながる、望ましくない行動の発達の起源を、家庭における威圧的な行動(coercive behaviors)が負の強化によって学習されていくところに求める理論を築かれた人です(Coercive Family Process)。とはいっても、行動分析家ではなく、業績の多くは、家庭での親子のやりとりを観察し、コーディングし、こうした行動指標と、家庭環境(社会経済的状況、結婚/離婚などなど)や予後(非行による補導など)との相関関係を調べる研究です。オレゴンのソーシャル・ラーニング・センターを立ち上げ、運営してこられた研究者ですが、調べたら今はなかば引退され、カヌーとかを楽しまれているようです

反社会的行動の発達に関するオレゴンモデルを紹介した"Antisocial Behavior in Children and Adolescents" の序章には、40年間にわたる歴史がまとめられています。Skinnerの罰の考え方に対する批評や、強化の理論(随伴性の理論)が彼らの理論にどのように組み込まれているか、臨床的な、シングルケース主体の研究から、理論構築のための大規模で媒介変数(というか集約的変数)を使い、実験をするとしても無作為化した群間比較を用いるようになった経緯も書かれていて、興味深いです。

Patterson2

日本ではあまり知られていないのではないかと思いますが、行動分析学から家族内の関係性や、攻撃行動・反社会的行動、非行や犯罪を研究してみたいと考えている人には、一連の著書や論文を読むことをお勧めします。

Families: Applications of Social Learning to Family Life Families: Applications of Social Learning to Family Life
Gerald Roy Patterson

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家族変容の技法をまなぶ―入門 親と子どものための社会的学習理論 家族変容の技法をまなぶ―入門 親と子どものための社会的学習理論
G.R. パターソン 大渕 憲一

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去る12/14に慶應義塾大学で開催されたミニ・レクチャー「健康と行動的意思決定」は衝撃的に面白かったです。それまで常識だと思っていたことが次々と覆されました。既存の知識との落差があまりに大きかったので、紹介された論文をいくつか読んでからブログの記事を書こうと思っていたのですが、どうやらそういう時間がとれそうにありません。でも、記事を書く価値は十分にありそうなので、孫引き的「伝聞」になってしまいますが、報告しておきます。

伊藤正人先生(大阪市立大学)、高田孝二先生(帝京大学)、アラン・シルバーバーグ先生(アメリカン大学)がお話をされたのですが、どなたが何を語ったかがメモから不明確になってしまったので、とにかく印象に残ったことの羅列になってしまいますがご勘弁を。

  • 最新のDSM-Vからは「ニコチン関連障害(Nicotine-related disorders)」という用語がなくなり、「タバコ関連障害」(Tobacco-Related Disorders)という用語に変わったそうです。
  • これまで信じられていたような“依存性”(addiction)がどうもニコチンにはないのではないかというデータが増えてきているからだそうです。
  • しかも、そもそも“addiction”には定訳がないし、それどころか定義も曖昧で、これまで何回も改訂されてきているとのことです。ちなみに“中毒”と訳すのは間違いだそうです(確かに、たとえば「鉛中毒」のような話とは違うわけですよね)。
  • ニコチンがそれほど強い好子として機能しないというデータがあるそうです(行動薬理の実験からも、あるいはたとえば低ニコチンのタバコが売れているというデータからも)。常識的な話でわかりやすかったのは、禁煙に使うニコチンパッチやガムです。もしニコチンに“依存性”があるなら、ニコチンパッチやガムを求めてさまよう人がでてこないとおかしいですが、そんな人は見当たらないわけです。
  • ニコチンどころかヘロインやコカインなどの薬物でさえ、それほど強い“addiction”があるわけではないそうです。映画やドラマでは薬がきれたジャンキーが狂ったようになるシーンがでてきますが、実際の症状は風邪をひいたときの感じに近いそうです。こうした薬物を摂取したときにドーパミンのレベルが上昇するようなことを示す研究はたくさんありますが、他の報酬提示と比較した研究はないそうです。つまり、どんな報酬でも同じようにドーパミンが放出される可能性があるということです。
  • 食餌を遮断化していけばコカインよりも食餌を選択するし、“薬物中毒者”と言われている人たちが、薬物とポップコーンの交換に応じるというデータもあるそうです。また、米国には「heroin chipper」という人たちがいるそうで、彼らは週末にちょっと嗜む程度に薬物を摂取するそうです。映画やドラマにあるように、どんどんと薬物にはまっていき、まともな日常生活が営めなくなっていくというのが薬物使用者の常道のように思っていましたが、そうならずに崖っぷち(?)で留まっている人もたくさんいるそうです。このことは、だから薬物は意外にも安全だという意味ではありません。危険の原因は、これまで考えられていたような薬物の成分による効果だけではないようだということです。
  • ニコチンやヘロインやコカインなど、薬物そのものが摂取する行動をそれほど強化しているのでなければ、何が好子になっているのでしょうか?
  • タバコに関しては、口腔内への感覚刺激や視覚刺激も無視できないそうです。たとえば米国ではeタバコの売上げが増加していますが、この装置ではタバコの煙と同じサイズの粒子が噴出し、口の中を刺激するように設計されているそうです。視覚に関しては、暗闇ではタバコを吸う行動の自発頻度が下がるというデータがあるそうです。
  • そして、こうした刺激が、何よりも行動の直後に出現するという「即時性」が行動を強く制御しているのではないかというのがシルバーバーグ先生の主張でした。
  • 確かに、食べる、飲むなどの行動には、触覚や味覚、嗅覚など、様々な刺激提示が随伴します。時差はほとんどなく「即時」です。テレビゲームやスマホなども同様で「即時性」がキーになっているように思えます。
  • いわゆる“依存性”と言われていた現象が、薬物や依存する対象の内容など(だけ)ではなく、強化随伴性の即時性による強い行動制御の結果として見直される可能性があるということだと思います。

ね、面白いでしょ。

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 水曜日には法政心理でPaul Chance先生の特別講義がありました。

 Psychology Today などの一般誌に心理学に関する記事を書かれてきたChance先生は、ロバースの自閉症児に対する早期集中行動訓練の研究を世に広めた功績に対し、国際行動分析学会からメディア賞を受賞されました。Chance先生が書かれた記事を読んだキャサリン・モリスさんが自らのお子さんにロバースプログラムで療育したドキュメント本『我が子よ、声を聞かせて(Let me hear your voice)』がベストセラーになり、これが自閉症児の療育に行動分析学にもとづいて開発されたプログラムを導入する保護者や学校が爆発的に増加したきっかけとなったのです。

 Chance先生はロバースだけではなく、スキナーへのインタビュー記事も書かれています。また、Psychology Todayに掲載された記事をまとめた本を編集し、出版されています。その『The Best of Psychology Today』が、日本語に訳され、出版されていたこと、そしてなんと訳者の一人が法政心理の渡辺弥生先生だったことを、講演直前に知りました(奇妙なご縁ですね)。残念ながらすでに絶版となっていますが、Amazonで古本が買えます(さっそくゲットしましたよ〜)

 ちなみに、この本--『心の働きを科学する―感情・性格・心理療法』(マグロウヒル, 1991)--には、日本ではおそらくほとんど知られてない(と思う)Goldiamond先生のセルフマネジメントに関する記事も掲載されています。行動分析学にもとづいて一般臨床の仕事を始めた草分け的な人です。前著には"ゴルディアモンド"と綴られていますが、私の印象ではそのまま"ゴールダイアモンド"と発音されていたように思います。

 他の記事も心理学の様々な領域の代表的な研究者によって書かれた記事がわかりやすく編集、校正されていますから、おすすめです(ただし、日本語版はまだ読んでません)。

 Chance先生には他にも著作がありますが、中でも『Learning & Behavior』 は米国の大学学習心理学の授業で長年数多く採用されている教科書です(2013年に最新7版がでました)。私はたまたまどこかの古本屋で入手した第2版を読んで感動しました。この手の教科書は動物実験のことが堅苦しく書いてあるのが常ですが、この本では日常生活への応用例が数多く紹介されていて、しかも英語が読みやすいのです(後年、佐藤方哉先生が同じような評価をされていたことを杉山尚子先生からお聞きしました)。

 さてさて、特別講義の内容です。テーマは「普及」。ただし、Chance先生は辞書的に「情報伝達」と捉えるのではなく、「普及とは行動変容」であるとし、そのために何ができるかを話してくださいました。特に、一般読者にもわかるように学術研究について書く技術については、具体的なコツを教えていただきました。残念ながら、日本には Psychology Today (ただし、現在の経営グループに買収されてから編集方針が変わり、今では女性雑誌みたいになってしまっています。私も講読を打ち切りました)や、Scientific American: Mind(こちらはより専門誌に近いですが、記事がしっかりしているので講読を続けています)のような、一般向けの心理学雑誌がありません。心理学に長けたジャーナリストも(私が知る限りですが)いないように思います。テレビなどで心理学が取り上げられるときは、ほとんどが娯楽番組で、事実は歪曲され、科学とは無関係で根拠のない話が、あたかも学問にもとづいているかのように語られます。

 こうした日本の残念な実情を伝えると、まずは、新聞に投稿するところから始めたらどうだろう?という提案をして下さいました。アメリカの新聞には「op-ed」という仕組みがあり、新聞社の社説に反対する意見を投稿できて、新聞社はそれを掲載するそうです。日本の新聞では見たことも聞いたこともなかったので、ちょっと調べてみましたが、やはりないようです(日本語wikiに解説があるので、日本で全く知られていないということではなさそうです)。

 一つの可能性は、日本心理学会が出版している『心理学ワールド』を、さらに一般向けにして、誰でも買えるようにすることでしょうか。私もそうですが、ときどき、一般雑誌に依頼記事を書いたり、インタビューが掲載されたりする心理学者は多いと思います。版権の問題がクリアできれば、そうした記事をみつくろい、再構成・編集して出版するというのも手かもしれません。

 心理学の研究と一般読者を結ぶ、なんらかの方法が、インチキな娯楽番組よりも収益が上がることがわかれば、メディアもそちらを選択するはずです。よくよく考えてみる価値のある課題だと思いました。

アメリカン大学のシルバーバーグ(Alan Silberberg)先生が来日され、関東では慶應義塾大学、関西では関西学院大学にて、以下の講演会が開催されます。

シルバーバーグ先生は実験的行動分析学から経済学や意思決定などの領域に取り組んだ先駆者です。

慶應での講演は「乱用薬物には嗜癖性はないのでは」というテーマで健康や薬理に関するお話、関西学院大学の講演では「Research of a niche “primatologist: ” Quarrels with post-modern primatology」が題目で、霊長類を対象とした比較行動学のアプローチに疑問を投げかける内容のようです。

私が初めてABA(国際行動分析学会)に参加したのが大学院修士2年生のときで、ちょうど坂上貴之先生がシルバーバーグ先生のところに在学研究にでられていました。そのツテでアメリカン大学にも立ち寄らせていただき、シルバーバーグ先生の実験室を見学させていただいたり、お話をお聞きしたりするという機会がありました。当時はいわゆるopen economy と closed economy 条件でのハトの行動の違いなどが盛んに実験されていました。

シルバーバーグ先生はとても個性的な方で、今でも覚えている、とても印象的な言葉が以下の二つです。

いわく

  • 日本からアメリカに来るという時点で、銃殺されるリスクを選択している。
  • 学会には行かない。そんな時間があるなら論文を書く。

真理だよなぁ。

慶應での講演にはぜひ参加しようと思います。

ミニ・レクチャー「健康と行動的意思決定」 日時:2013年12月14日(土)14:00〜17:00(17:10〜懇親会)
場所:慶應義塾大学三田キャンパス 南館地下2階 2B24教室
概要: Silberberg教授の来日の機会をとらえ、健康をめぐる行動分析学や行動的意思決定科学の可能性を行動経済学や心理薬理学での研究の展開を踏まえつつ議論したいと考えています。
講演プログラム
・坂上 貴之(慶應義塾大学)「開会の辞」
・伊藤 正人(大阪市立大学)「行動健康心理学の展望:自己制御と価値割引」
・高田 孝二(帝京大学)「たばこはニコチンか?」
・アラン・M・シルバーバーグ(アメリカン大学)「乱用薬物には嗜癖性はないのでは」
討議
主催:慶應義塾大学「思考と行動判断」研究拠点
共催:日本行動分析学会

詳しくはこちらをご覧下さい


Research of a niche “primatologist: ” Quarrels with post-modern primatology.講演者: Alan Silberberg, Ph.D. (American University, Washington DC)
日時: 2013年12月9日(月) 14:40-16:10
場所: 関西学院大学上ケ原キャンパス・図書館ホール
司会: 丹野 貴行 (関西学院大学文学部)
概要: 霊長類研究では言語、嘘、心の理論、道具使用、文化などの面でヒトと類人猿の共通性が検討されている。最近ではこのリストにヒトの認知的エラーを加え、それが類人猿でも見られるかどうかの検証も進められている。本講演ではこうした流れの中で行われてきた諸研究の方法論上の問題を指摘し、得られた結果を安易に種差として解釈することの是非を問う。

詳しくはこちらをご覧下さい

 行動分析学の主要専門誌である、Journal of Applied Behavior Analysis (JABA) と Journal of the Experimental Analysis of Behavior (JEAB) 、これまでは、出版から1年後という制約はあれど、どちらもPubMEDから無料でダウンロードできてました(関連記事)。

 心理学全体からすれば少数派の行動分析学ですから、それゆえにPubMEDでの無料公開には意義があると評価していたのですが、オンラインジャーナル出版社のWileyの傘下に入り、これから出版される号については無料では読めなくなってしまったわけです。

 法政大学では、心理学科の先生たちのご厚意で、学科からオンライン講読の予算をだしていただけることになりました。ありがたや。

 大学図書館などの事務手続きもあり、実際に読めるのは今年度末か来年度からになりそうですが、これでほっと一安心です。我々教員は冊子体を個人契約するという手がありますが、学生、大学院生はそうもいきませんからね。

 法政はラッキーな方ではないかと思います。PsycINFO® だけじゃなく、PsycARTICLES® でAPA系の雑誌も全文をオンラインで読むことができますし、Psychological Science も読めます(ただし全学ではなく心理のみ)。

 数年前までは読みたい論文のうち、学外文献複写依頼をかけないと入手できない論文がけっこうあったのですが(2割くらいかな?)、今ではほとんどオンラインで入手できるようになりました。学外文献複写依頼は年間で十件に満たないくらいになりました。

 契約や購読料や、学問の知への経済状況による制限みたいな問題は山とあれど、便利な世の中になったものです。

Kindleオーナー ライブラリー 数多くの対象タイトルの中から、お好きな本を1か月に1冊、無料で読むことができるサービスです。

こんなサービス、いつからあったんだろう(知らんかった)。

Kindleの端末を購入済みで、Amazonプライム会員が対象だそうです。電子図書が毎月一冊読めるなんて、お得です。これだけでもPaperwhiteの元がすぐにとれそう。

読み終わったら端末からデータを削除して次の月の一冊をダウンロードできるようになるみたいですが、こんな方法でコンテンツ提供できるということは、たとえば月10冊まで読み放題の定額制みたいなことだってできるはず。Amazon.com(米国)では電子図書のレンタルをやっているみたいだし。日本でやらないのは版権の問題か。

Kindleオーナー ライブラリーの対象となっている本の一部はこちらから参照できます。和書はコミックが多いみたいです。Amazonの検索はいまだに不便で、たとえば「Kindleオーナー ライブラリー & 心理学」なんて検索ができません。千冊近い本をブラウジングするか、たまたま見つけたらラッキーということでしょうか。

とどのつまり、今回はラッキーだったのかもしれないですね。

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 私が十分な時間をとれないために法政ABA研究会は現在開店休業中です。お問い合わせを頂くたびにお断りしなくてはならないことになっていて,大変申し訳ありません。

 法政大学には学部にも大学院にも科目等履修生という制度があります。行動分析学を基礎からしっかり学びたいという方は,そのような制度を活用して,まずは授業を履修してみることも可能です。

 大学院には公的機関(官公庁,学校,企業など)から研修生を受け入れる仕組みもあります。教員の長期研修や大学院派遣(十四条特例が適用できます)はもちろんのこと,私も知らなかったのですが,委託研修生(修士レベル),研究員(博士レベル)制度というのもありまして,2018年度にはこの制度を活用した研究員の方が,一年間,所属されている会社での実践研究に取り組まれることになっています。興味のある方はぜひご検討下さい。


 法政ABA研究会は、主に社会人の方と恊働で、応用行動分析学(Applied Behavior Analysis)の研究を進めるための、小さな集まりです。

 メンバーが各々の職場から事例を持ち寄り、相談しながら研究計画をたて、実施し、日本行動分析学会などの学会で発表します。実践活動で終わらせず、学術的にも価値がある成果をだし、公表することが目的です。

 月に一回、法政大学市ヶ谷キャンパスにある島宗研究室で会合を開いています(土日の午後が多いです)。内容は研究の打ち合せです。講義はありません。文献を読み合うこともしません。各自がそれぞれ研究の進行状況を報告し、質疑応答し、標的行動を決めたり、随伴性を分析したり、データを分析したり、学会発表にむけて準備したりします。

 このような、まるでゼミのような活動内容ですので、これまで広くメンバー募集をすることはありませんでしたが、研究会の存在を噂で知った方からときどき問合せがありますので、概要をお知らせすることにしました。

 せっかく学んだ行動分析学を、ぜひとも仕事で活かし、その成果を公表することで、学術的にも社会的にも貢献したいし、その中で、応用行動分析学や研究に関する知識や技能をより深く習得したい。そのような心意気と具体的な研究計画をお持ちで、本研究会への参加に興味のある方は島宗までメールでお問い合わせください(simamune@hosei.ac.jp)。

 以下、本研究会について、よくある質問と回答です。

Q: 行動分析学を学びたいのですが...
A: この研究会は研修会や勉強会ではありません。行動分析学の基礎はすでに学んだ方のみを受入れています: 大学で行動分析学を学んだとか、色々な研修に参加したり、文献を読んだりして、少なくとも用語や概念の理解はすんでいる方が対象です。

Q: 何が学べますか?
A: 応用行動分析学を職場で使うための方法論やコツ、研究として成立させるための条件設定やデータの解釈などが学べます。専門家のスーパーバイズつきで事例研究を進めることができることも大きな利点だと思います。

Q: 会費制ですか?
A: 参加は無料です。ただし、ご自分の研究にかかる費用などはご自分でご負担下さい。

Q: どのような研究をするのですか?
A: 応用行動分析学の方法論を「仕事」に使う研究であれば領域やトピックは問いません。

Q: 職場で研究したいのですが、会社の合意が得られません。
A: 残念ですが、合意が得られなければ研究が遂行できません。職場で研究する意義を説明して理解していただいたり、職場以外で研究が遂行できるような環境(町内会とか、趣味のサークルとか)を探してみてはいかがでしょうか。

Q: 事例研究をすることについては許可がもらえますが、学会発表となると許可がもらえません。
A: 学会発表のさいには会社名や個人名を秘匿し、プライバシーを保護する手続きをとると説明しても理解が得られないのであれば、残念ですが、上述したような他の可能性を模索して下さい。

Q: 他の大学で学んでいるのですか、参加できますか?
A: 所属されている研究室の指導教員の先生に説明し、了解をいただければ参加して下さい。ただし、本業の卒論や修論や博論の遂行に支障をきたさない範囲でという条件付きです。

Q: 見学させていただけますか?
A: 一緒に研究する意志がある人のみをメンバーにしています。研究会ではメンバーが遂行している研究のデータについて細かいところまで討論が及ぶこともあります。実験参加者や研究対象者、企業、施設などのプライバシーを保護するためも、見学はお断りしています。

Q: 学会での研究発表となると自信がありません。
A: 研究計画書を書いたり(研究の遂行前に法政大学文学部心理学科・心理学専攻倫理委員会に申請し、承認を受けます)、発表論文集の原稿を書いたり、発表用のスライドやポスターを作成したり、論文を書いたりすることは、確かに多くの社会人の方にとっては余分な仕事になると思われます。そういう場合は私(島宗)がその仕事を担当しますし、ご要望があればご指導も致します(例:原案を作成していただき、助言しながら完成させる)。これまでのメンバーの活動をみていると、少なくとも学会発表までは、自力で色々やってみることが、各々の学習を深めることに役立っているようですし、皆さん楽しんでおられるようにも思えます。

Q: 異業種交流はできますか?
A: 現在のメンバーはそれぞれ異なるお仕事をされていますので、結果的に異業種の情報を学ぶ機会にはなっていますが、それが研究会の目的ではありません。月例会の後も、そのまま解散します(飲み会をするのは年に数回くらいです)。

Q: 関西(九州、北海道....)にいるので、月例会に毎回参加するのが難しいのですが...
A: 現在のメンバーも、それぞれの都合がありますので全員が月例会に100%参加できているわけではありません。メンバー専用のインターネット掲示板も用意してありますので、月例会以外でも研究について話し合うことは可能です。とはいえ、対面で話をしないとどうしても伝わらないこともありますので、特に研究計画を立てて実験を始めるまでの間は月例会に参加されることをお勧めします。その後も、月例会への参加率が五割を切るようだと、少し難しいと思います。

Q: どのような方が参加しているのですか?
A: 色々です。大学や大学院のゼミの卒業生や修了生を対象にしているのかと勘違いされることがありますが、そうではありません。出身大学に関わらず、応用行動分析学に興味があり、研究したいと思っている方は、広く受け入れています。

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 来週の金曜日に法政大学で開催される特別講座のスライドが届きました。

 ざっと見たところ、具体的な実践例がかなり含まれています。

 病院における医者の行動マネジメント、航空会社のグランドスタッフによる顧客サービスの向上、家電のコールセンターのサービス改善、グローバル企業における情報化推進とコスト削減、経営者の投資に関する意思決定支援など。

 通訳&解説が入るのため講演では時間的制約があります(90分)。事例の詳細は講義後の質疑応答セッションに持ち越されるかもしれませんね(まだ席がありますので質疑応答セッションに参加希望の方はメールでお申し込み下さい)。

    講師:Julie Smith 博士 (Continuous Learning Group)
    日時:2013年11月8日(金)16:50〜18:20
    会場:法政大学市ヶ谷キャンパス外濠校舎S407教室
    アクセス:http://www.hosei.ac.jp/gaiyo/campus/ichigaya/index.html
    解説:島宗 理(法政大学文学部心理学科 教授)
    主催:法政大学文学部心理学科
    共催:法政大学大学院ライフスキル教育研究所、日本行動分析学会

 本特別講座について、詳しくはこちらの案内記事をご参照ください。

このシリーズの最後に、吉田先生からいただいた問いかけの中で後回しにしたものに、まとめて回答します。おかげさまであらためてシングルケースデザインについて考えることができ、よい勉強になりました。三十周年記念のシンポジウムへのご協力と、このブログで記事を書くことをお許しいただいたことに感謝致します。吉田先生、ありがとうございました。

吉田先生からの問いかけ:

○効果の規定因分析に関するメタ分析は有用だと考えられるが,この領域では公表バイアスが顕著に生じているのでは?

  「この領域」というのがシングルケースデザインを用いた研究という意味なのか、応用行動分析学の研究という意味なのか、もっと別のことを参照されているのか不明ですが、一般的に、応用行動分析学の研究では、行動変容が確認できるまであの手この手で介入を変え、探索的に実験を続けますから、最終的には行動が変わることが多いのです。仮説検証を一発ですますことが多い群間比較法を用いた研究との違いがでるところかもしれません。ですから、研究の数を分母に、行動の変化が確認できた研究の数を分子にとれば、その割合が高くなったとしてもさほど不思議ではありません。
 ただし、行動が変容しただけでは論文は受理されないことが多いです。つまり、行動が変わっても、なぜ変わったのかが実験計画により明らかになっていなければ出版されないことになります。
 公表バイアスが実験計画種別によってどれだけ変わるかはわかりませんが(ちょっと調べたところではそのような研究は見当たりませんでした)、論文を投稿しない(もしくは投稿しても採用されない)理由は、介入に効果がなかったからではなく、因果関係を示せなかったという場合が多いのではないかと、個人的には思います(例:応用行動分析学の博論で、結論が「効果がありませんでした」というのは聞いたことがありませんが、博論を学術誌に投稿しても実験統制が不十分だったりして不採用になったというのはよく聞く話です)。

○統計的分析の基本的な考え方に習熟することは,視覚的判断を精緻なものにすることにつながるのでは?

 はい。少なくとも、平均、傾向、分散、差のような基礎概念は必要だと思います。ただ、それだけでは不足するようです。一応、基礎統計は学んでいるはずの大学生、大学院生、あまつさえ大学教員でさえも誤反応しますから。おそらく、確実な習得には、それなりのツールを用意し、使用を練習する訓練が必要なのだと思います。以下にそのような文献を一例としてご紹介します。

  • Fisher, W. W., Kelley, M. E., & Lomas, J. E. (2003). Visual aids and structured criteria for improving inspection and interpretation of single-case designs. Journal of Applied Behavior Analysis, 36(3), 387-406. doi:10.1901/jaba.2003.36-387
  • Stewart, K. K., Carr, J. E., Brandt, C. W., & McHenry, M. M. (2007). An evaluation of the conservative dual-criterion method for teaching university students to visually inspect AB-design graphs. Journal of Applied Behavior Analysis, 40(4), 713-718.


○ short reports というものについて
・「これだけのデータで論文にしてしまうの」と思ったものがたくさんありました。
*個々の介入に時間がかなりかかるので致し方ないのかもしれませんが(特に,大学院生の人たち などの場合は)。

 これはシングルケースデザインについてではなく機関誌の編集方針についてのコメントだと思います。また、投稿論文の数と質の確保はどこの学会の編集委員会でも課題に取り組まれている課題ではないかと推察します(「これは!」という研究は海外の雑誌に投稿する傾向がある我が国においては特に)。
 機関誌の編集方針や査読の基準という随伴性は、もちろん個々の投稿者の行動に影響する要因でありますが、その成果はより長い時間の広がりの中で評価すべきことと考えます。
 創立三十周年を迎えたとはいえ、日本行動分析学会はまだまだ若く、これからの学会です。現在は、まだ、できるだけたくさんの研究をできるだけ早く掲載し、研究や執筆の回転を早める段階だと私は思います。つまり、シェイピングの初期段階だと個人的にはみなしています(編集委員会には質を重視すべきであるというもっともな意見もあります)。そして、シェイピングの初期段階では、今できていることよりほんの少しだけ上を狙って強化するのが常です。
 現在の状況が四十周年でも変わっていなければ、この方針を修正すべきでしょうが、今のところはこれでいいのではないかと思います。
 こう書いてしまうと、なんだかとても質の低い仕事をしているように読めてもしまいますが、それは、たとえば JEABやJABAなどとは要求水準が違いますという意味であり、具体的な名前は差し控えますが、国内の心理学関係諸学会のジャーナルに比べて、ことさらにハードルが低くなっているということはなく、むしろ高い方ではないかとさえ感じることもあります。

○方法の why に関する記述の必要性について
・なぜ,そのデザインを適用したのか?
・なぜ,そのような介入パッケージにしたのか?
・各期のセッション数の判断基準は?
・(行動間マルチベースラインデザインを用いた場合) 複数の標的行動に対する介入の順序はどうやって決めたのか? etc.

 ご指摘の通り、論文に書くべきことも多いですし、専門家には自明のことでも専門外の方には明示しないとわかりにくいこともありそうです。
 書くべきことでも、紙面の都合で(頁数、文字数制限で)、相対的な重要性判断から省略するものもありますから、このあたりは難しい判断が必要で、万人が満足する正解はなさそうな課題のような気もします。

 次の質問については教科書的な回答になりますが(あるいは、私の研究室ではやっていますが、ということになりますが)、それぞれ回答します。

○以下のような基本的なことをきちんとしているか?

・ベースライン期の変動に実際に注目しているか?

 ベースラインもしくはベースラインの測定を開始する準備段階の観察や測定で、変動を探し、それを制御変数の特定に活かします。

・標的行動を定義するためのパイロット観察をきちんとしているか?

 上述のように、しています(すべきです or しないと次の段階で大抵コケます)。

バイアスの異なる複数の方法による測定をしているか?

 具体的なイメージがわきませんが、一度に複数の測定方法を実施するということはその比較検討が目的の研究でない限り、あまりないことだと思います。ただ、測定してみたけれどうまくいかない(信頼性が確保できなかったり、妥当性が怪しかったり)ときに、うまくいくまで他の測定方法を順次試していくということはよくあることです。

・観察の一致度のチェック以前に,訓練や定義の精緻化などに手間暇をかけているか?

 観察対象によります。一致度が低くなる要因は定義が不鮮明だったり、訓練が不足していることが多いので、高い一致度をゴールにしておけばある程度自動化されるプロセスです。もちろん、たとえば九九の計算を回答シートで数えるような場合には、このあたりのプロセスは簡略化できます。なので、観察対象によりますとなります。

以上です。

吉田先生からの問いかけ:

○結果を一般化する際の限定条件についての論述の必要性について
・このようなことについての記述が考察であまり(ないし,ほとんど?)なされていないのでは?

 まず、その8に書いたように、シングルケースデザインは母集団についての仮説を演繹的に検証する実験計画法ではありません。ですから、群間比較法を用いた実験論文のように、その実験のデータから母集団について結論をだすという意味で「結果を一般化」することはしません(できません)。シングルケースデザインで得られたデータからは、その研究で対象にしたことについてしかわかりませんし、それでいいのです。

 ただし、先行研究の再現、系統的再現をしている研究については(ほとんどの研究は何らかの再現をしているはずなのですが)、先行研究の手続きと、その研究の手続きにおける各種変数の相違点と結果一致/不一致について述べ、先行研究の結果を「再現」したのか、しなかったのかを書く必要があります。その中で、先行研究(や先行研究の積み重ね)でわかったことがさらに確認できたのか、それともできなかったのかは論述すべきです。前者は帰納的な文脈での「一般化」になりますし、後者は推測ではなく、先行研究と当該の研究における違いを事実として書くということで、「一般化」に制限がかかる、もしくはかかる可能性を示唆することになります(ほんとうに制限がつくのかどうかは、さらなる再現が必要になります)。

 どの研究の再現なのかを論文中に明記することで、後でメタ分析をするときに研究をまとめやすくなるというメリットも生まれると思います。このあたりは、現状、公刊されている論文では必ずしも実現されていませんが、それは、ある実験がどの実験の再現にあたるかついて、実験者の視点は唯一無二のものではなく、視点によって変わってくるということもあると思います。

吉田先生からの問いかけ:

○内的妥当性への脅威(種々の攪乱要因の介在可能性)について
*実際には内的妥当性が高いデザインによる検討を行なうことが困難である場合が多いであろうから,この問題の顕現性は高いと考えられる。
・多標本群間比較法よりも(個人変数以外の変数に関する)交絡に関する配慮の必要性が高い?
・実験者(期待)効果,要求特性の効果,ホーソン効果,評価者のバイアスなどは,群間比較法と同様(ないし,それ以上に)に介在する?
・特に実験者の行動に関わる攪乱要因については注意が必要では?
・(特に ABデザインによる研究では)介入が長期にわたる場合の自然変動などについても考慮する必要性が高いのでは?
*以上のことについてのクリティカルな検討が不十分では?
・考察において他の解釈可能性をもっと慎重に論じるべきであるとともに,(研究者にとってはリスキーなものである)種々の攪乱要因の介在に関する情報を積極的に集めようとすべきでは?

 ご指摘されている種々の脅威についてはその通りで、内的妥当性に対する脅威は、群間比較法を用いた場合と同じ程度、存在すると思われます(シングルケースデザインを用いた研究の方がより高い脅威にさらされているという主張の根拠はわかりませんでした。すみません)。

 実験者効果などの剰余変数について:

 まず、実験者効果をできるだけ除外するように要因分析をすることが考えられます。たとえば「授業中に発言する前には挙手して指名されたら席を立って話をする」を標的行動とする場合、最初に教員による教示のみの条件から始め、それでも効果がなかったときに、たとえばトークンなどを使った条件に移行するのであれば、教員の期待の効果は相殺できます。
 もちろん、教示+「期待」では不十分で、教示+「期待」+トークンで効果がでたと考えれば、「期待」の効果を除外したことにはなりません。ただし、これは臨床的に考えればあまり意味のある議論ではありません。なぜなら、「期待」を除外してこの手続きを導入することがそもそも難しいからです。
 むしろ、同じ手続きを他の学級、他の教員で試していくうちに(再現、系統的再現を続けていくうちに)、児童と教員の組合わせによっては、同等の効果が得られないときがでてくるかもしれません。そのときには、たとえば、教員からの指示に従うことが日頃からどのくらい強化されているかとか、教員の意図を予想する児童の行動頻度とか、意図どおりになることの強化力などが、この介入に影響することが推察され、その条件が実験で確かめられることになるでしょう。
 内的妥当性の検証は、当該の研究内で行われるべきものと、一般的には考えられているかもしれませんが、シングルケースデザインの場合は、このように再現、系統的再現の試みの中でも進行するものと考えられます。

 評価者(観察者)のバイアスなどについて:

 シングルケースデザインでも群間比較法でも同じように脅威になる要素ですが、一般に、応用行動分析学における研究の方が、その他の教育・発達心理学よりも、この点に関するチェックは厳しいように思います。つまり、行動の直接観察だけではなく、行動の所産についても独立した観察者間の一致度を測定するし、そのための各種観察法も開発されているし、その上で生じる観察者ドリフトやその対処法なども考慮されているからです。つまり、バイアスのリスクは認知されていて、できるだけ排除、低減する措置がとられていることが多いと思います(たとえば、行動の直接観察をしている実験論文を各種学術雑誌から取り上げ、観察者間の一致率を求めているかどうか、またその測定や算出方法の妥当性を比較すればわかることかもしれません)。

 他の解釈可能性について:

 よっぽど怪しい変数があれば考察で議論する価値があると思いますが、それほどでもなければ(他の研究でもありえる、一般的なリスクであれば)、わざわざ取り上げる必要はないかもしれません。なぜなら、もし剰余変数が実験変数よりも効いていて、それが介入手続きに内在しないのであれば、再現、系統的再現されるときにわかるし、逆に、それまではわからないからです。

吉田先生からの問いかけ:

○検討していることの新奇性・脱常識性について
・反証を求めている(リスキーな検討をしている)か?
*率直に申し上げて,門外漢が読んで「へえー」とか「なるほど」とは思えない論文がたくさんありました(人間というものは,基本的・単純な原理の適用の積み重ねで変わるものなのかもしれませんが)。
*「分からなくならないと認識は進展しない」,「自分を分からなくさせることが大切」だと思っています。
・「このことについてはこれまでに検討がなされていない」という理由だけでは当該のことについて検討することを正当化するための論拠として脆弱では?
*ただし,実践を兼ねているから仕方がない面が多分にあるのかもしれません。
・実践の場ないし世間にとっての新たな知 vs. 学界にとっての新たな知 ・前者も実践上大切だが,後者が重視されていないのでは?
*以上のことは,リプリケーションにおいても同様に該当する。

 3月に慶應義塾大学の渡辺茂先生の最終講義「八つ当たり心理学批判-言いたい放題-」を拝聴させていただきました。渡辺先生は行動分析学に対する「批判」として「面白さに欠ける」とおしゃっていました。行動分析学の考え方とか研究とか方法論はよく理解し、その意義もわかっていながら、このように考えて、それゆえに(それだけではないでしょうが)行動分析学を専門とはしない実験心理学の先生方は他にもいらっしゃると思います。

 行動分析学の研究は、結局のところ、そのほとんどが行動随伴性に帰結します。もしそうならない現象が発見され、積み重なり、そうした説明不可能な現象をもまとめて説明可能な枠組みがでてきたら、そのときこそクーンのいうところのパラダイムシフトが起こるべくして起こるわけです。でも、そのときが来るまでは、なんでもかんでも行動随伴性みたいになるわけです。

 私は、これだけ複雑で多様な事柄がこんなに単純な原理で「解釈」でき、かつ役に立つように使える(行動を「制御」するのに有効)ことを「面白い」と感じ、価値を見いだしているわけですが、そういうことよりも意外性や「新奇性」や「脱常識性」に面白さを感じる人が多いことも理解できます。

 ここのところは、もしかしたら突き詰めれば「趣味」の問題かもしれません。なので議論にはならないし、議論すべきことでもないかもしれませんが、それでも議論するのなら、何が科学者の行動を強化しているか、研究行動を制御している変数は何か、ということになるのかなと思います。

 ただ私も、世間一般の人たちにとって「面白い」と思われるような研究がもう少し増えてもいいのではないとは考えていて、だから「忍者の修行」とか「幻臭」とかについて、行動分析学から研究したりしているわけですが、日本だけではなく、国際学会でもこういう実験をする研究者は少数派です。

 「分からなくならないと認識は進展しない」について:

 基礎研究(実験的行動分析学)では「わからないこと」の探求が多く行われています。直接の応用可能性は不明だが、「学界にとっての新たな知」を純粋に追求している諸研究は、たとえば Journal of the Experimental Analysis of Behavior などをご参照下さい。

 応用研究の目的はどうしても「どうすればこの行動が変わるか」になります。ある意味でベースライン条件では「どうしたらいいかわからない」のでわざわざ介入をするわけですから、その都度、わからないことをわかろうとするプロセスにはなっているはずです(もちろん、行動が変わったことが、なぜその行動が変わったのかがわかったことでは必ずしもないことには注意しなくてはなりませんが)。

 ご存知の通り、シングルケースデザインは再現に依存する研究法です。母集団を想定し、仮説を作り、標本抽出し、無作為に実験条件を割り当てた群間比較から仮説を検証し、演繹的に母集団についてものをいうわけではありません。シングルケースデザインでわかることはその実験のその行動の制御変数についてのみ。その一般性は同じような介入をどこかで繰り返し行い、その効果を確認していくようになっています。
 だからこそ、群間比較実験より、再現が必要だし、それこそ命といってもいいと思います。だからこそ、似たような介入方法の研究が多いことは、むしろそれだけ再現(や系統的再現)が繰り返されているということで、変数の外的妥当性が検証されつつある、望ましい状況ととらえます。

Continuous Learning Group (CLG)は Fortune 100 の企業や米国の行政機関に対してコンサルティングサービスを提供している会社で、 Julie Smith 博士は Leslie Wilk 博士と共にこの会社を創業し、自らコンサルタントとして仕事をされてきた先生です。

お仕事で来月初来日するSmith先生に昔のよしみでお願いし、法政大学で講義をしていただけることになりました。

企業で成果を出し続けるための、リーダーシップやモチベーションの仕組みを、組織の中に埋め込んでいく、行動分析学を駆使した方法についてお話いただきます。

せっかくの機会ですので、講義の後に少人数での質疑応答セッションの時間も持つことになりました。

講義は英語ですが、日本語の解説(私が担当します)をつけますので、安心して参加して下さい。

講師:Julie Smith 博士 (Continuous Learning Group)
日時:2013年11月8日(金)16:50〜18:20
会場:法政大学市ヶ谷キャンパス外濠校舎S407教室
アクセス:http://www.hosei.ac.jp/gaiyo/campus/ichigaya/index.html
解説:島宗 理(法政大学文学部心理学科 教授)
主催:法政大学文学部心理学科
共催:法政大学大学院ライフスキル教育研究所、日本行動分析学会

☆講義の聴講に参加費、参加予約は不要です。そのまま会場にお越し下さい。道案内の看板は設置しませんので、あらかじめ地図などをご持参下さい。

☆講義の後に少人数による質疑応答セッションを行います。質疑応答セッション(S404教室、18:30-19:30)に参加を希望される方は11/4(月)までにお名前とご所属をメールでお知らせ下さい(島宗 理:simamune@hosei.ac.jp)。先着順で受け付けさせていただきます。こちらも参加無料ですが、教室の都合で20名程度で締切らせていただきます。ご了承下さい。

案内はこちらからダウンロードできます。

Smith先生には下記の論文や著書がありますが、研究者というよりは起業家、企業人というノリの先生です。個人的にも今から再会をたいへん楽しみにしています。

  • Smith, J. M., Kaminski, B. J., & Wylie, R. G. (1990). May I make a suggestion?: Corporate support for innovation. Journal of Organizational Behavior Management, 11(2), 125-146. doi:10.1300/J075v11n02_08
  • Smith, J. M., & Chase, P. N. (1990). Using the Vantage Analysis Chart to solve organization-wide problems. Journal Of Organizational Behavior Management, 11(1), 127-148. doi:10.1300/J075v11n01_09

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週末になると近所の公園は野球少年やサッカー少年たちでいっぱいになる。最近は男女が一緒に練習しているから、正確には少年少女たちだ。

地元のチームなのか、その中に大人が交じっていて、ノックしてたりするのだが、これが酷い。

「あきらめんじゃんぇーよ」、「どこみてんだ、このくそぼけ」、「どうしてできねぇんだよ!!」の連続。

それでも子どもたちは「よろしくお願いします!」とか「すみません」とか、とても礼儀がいいし、一生懸命ボールを追いかけている。見ていて、正直、胸が痛くなる。そのうち、きっとどこかで折れるぞ、この子たち。

こういう大人の特徴。

まず、ノックしかしない。自分でキャッチの見本をみせているところを見たことがない。子どもと離れているから、身体的ガイダンス等で、たとえば膝を曲げる角度とか、キャッチする前の事前動作等を誘導することもできないし、しない。

ノックも適当。近距離のキャッチボールから始めて、次第に距離を伸ばすとか、あまり移動しなくて捕れるところから始めて、前後左右へ移動しないと捕れない球をだすとか、そういうプログラムが一切ない。

子どもがすべきことの説明もない。どうすれば捕れるのか、落下地点に移動できるのか、コツの言語化ができないのかしらないのか。キャッチできなかったり、ポロリと落としたときに文句を言うだけ。それも、ちんぴらのような言葉遣い(昨日目撃した奴はサングラスかけていて見かけもなんだか酷かった)。

そして、何しろ褒めない。驚くほど、褒めない。かなり厳しいところに飛んだボールを子どもがキャッチしても無言。

うそでしょ、とあきれるくらいだ。

腹が立つので、公園の脇のベンチに愛犬と腰掛け(自分は犬と散歩中なのです)、「ナイスキャッチ!」とか「惜しい!」とか、赤の他人なのに声をかける。

サッカー教えている大人にはこういう大人はみかけない。パイロンとか小さなゴールとか、いろいろな仕掛けも持参して、ゲームみたいな方法も取り入れて、子どもがいい動きやプレーをするたびにめちゃめちゃ褒めてる。

野球はいくつかのチームをみかけるが、程度の差こそあれ、たいてい酷い。

なんなんだろ、あの差は。たまたま? それとも競技の文化なんだろうか?

お母さんたちの話では、監督やコーチが厳しくても、チームが強ければ子どももそのチームに行きたがるし、親も行かせたがるらしい。

でも、そのチームが強いのは監督やコーチの教え方が上手いからじゃなくて、酷いコーチでも我慢して練習するほど野球が好きな子どもや、そういうのに耐えてでも勝ちたい負けん気の強い子どもが残るからですよ、と言いたくなるが、犬の散歩仲間にそんなことを言っても仕方ない。

だから、自分はできる限り、ベンチから声をかけるのだ。変なおじさんと噂されてもね。

せっかくの休日を子どもの指導に使うというせっかくのボランティア精神も、あんな教え方では台無しです。せめて、この本でも読んで勉強して下さい。


コーチング―人を育てる心理学 コーチング―人を育てる心理学
武田 建

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前回、万引きの「衝動」を測定することについて書きましたが、今回はその続きです。

  「衝動」と呼ばれる感覚は、それが何に対する「衝動」かによって性質が変わってくることでしょうか、たとえば、“ざわざわ”したり、“いてもたってもいられなく”なったり、“胸のあたりがきゅー”っとするような感覚ではないかと思われます。
 自分は万引きへの「衝動」は感じたことがありませんが、一日中テニスをして温泉に入った後、仲間がお座敷に集まり、乾杯の一声までビールを飲むことに待たされると、腰からお腹のあたり、そして喉のあたりがうずうずするような感覚をおぼえます。

 行動分析学ではこうした刺激を「私的出来事」(private event)と呼び、分析の対象とします。たとえば、Capriottiら (2012)ではチック症を示す子どもに対するDROと反応コストの効果を比較検討し、どちらも同じように効果があることを示していますが、チックだけではなく、その前兆となる「衝動」も測定し、DROと反応コストの影響を検討しています。

  • Capriotti, M. R., Brandt, B. C., Rickftts, E. J., Espii, F. M., & Woods, D. W. (2012). Comparing the effects of differential reinforcement of other behavior and response-cost contingencies on tics in youth with Tourette syndrome. Journal of Applied Behavior Analysis, 45(2), 251-263. doi:10.1901/jaba.2012.45-251

 行動分析学の土台となっている徹底的行動主義では、第三者からは観察できない刺激(例:歯痛など)や行動(例:不安や思考やイメージなど)も研究の対象とします。ただし、こうした刺激や行動が、顕現的な行動よりも時間的に先んじているからというだけで、顕現的な行動の原因となっているとは考えませんし(例:ビールを飲むのはビールへの衝動を感じたからではない)、私的出来事もむしろ従属変数として、何が制御変数となるかを検討します(例:どんな条件でビールへの「衝動」を感じるのか)。また、私的出来事は、本人であれば観察可能な現象であり、本人であっても観察できない、あくまで理論上の存在である媒介変数や仮説的構成体のことではありません。内観法を使うといっても、それは心的世界の構造を知るためではなく、あくまでも自分の行動や体内の刺激の観察と測定が目的です。

 徹底的行動主義が、従来の行動主義(徹底的行動主義と対比させる文脈では「方法論的行動主義」と呼ばれます)が土台としている論理実証主義や操作主義と大きく異なる点は、実用性を客観性に優先させるところにあります。
 私的出来事は本人にしか観察できず、このため客観性を保証できません。このため、ワトソンは心理学が科学たるためには私的出来事を対象から外すべきと論じていたわけです。これに対し、スキナーは、客観性が保証できないという理由で科学の対象から外す必要はないと考えました。

 自分で自分の鼻を触るという行動を考えましょう。この顕現的行動は、自分にも、第三者にも観察できます。一定の条件を整えれば、自己観察と第三者観察の間に高い一致率を保った観察も可能になります。つまり、客観性が保証できることになります。

 次に、自分が自分の鼻をさわっている様子を思い浮かべるという内潜的行動を考えましょう。これは、本人になら観察でき、回数も測定できますが、第三者にはできません。
 論理実証主義を貫くと、客観性を重視するため(「truth by consensus」の要件です)、顕現的行動は科学の対象になるが、内潜的行動は科学の対象からはずれるということになります。
 ところが、突き詰めて考えると、顕現的な行動でも、客観性が確保されない場合があることがわかります。たとえば、鼻を触るという行動について、誰も手伝ってくれる人がいなくて、自分一人で観察する場合はどうなるでしょう。まったく同じ観察対象なのに、誰か他の人が確かめてくれないからという理由で、客観性が保証できなくなってしまいます。
 複数で観察できるからといって信頼できる観察かというと、そういうわけでもありません。たとえば、子ども同士のやりとりの中で「友達を遊びに誘う」行動を直接観察で測定しようとしたら、客観的な測定を保証するためには、行動を具体的にいくつかに分けて定義したり、観察者訓練をしたりと、様々な条件設定が必要になりますそしてそこまでしても観察者全員の基準が変化してしまう、観察者ドリフトという現象も確認されています。つまり、本人以外の第三者から観察可能かどうかという問題と、観察が正確かどうかという問題は別次元の、独立した問題なのです。

 科学にとって何がより重要かという問いに対し、スキナーは、客観性の確保よりも、有効性であるとしています。プラグマティズムです。プラグマティズムは「実用主義」とか「実際主義」とか、文脈によって訳し方が異なるようですが、ここでは科学者が知りたいことを知るのによりうまくいくことを重視するという意味です。上の例で言えば、自分が自分の鼻をさわっている様子を思い浮かべる行動について知りたいのであれば、それを観察できるのが本人しかいなくて、第三者が正確さを確認してくれないからといって、研究対象からはずすのは本末転倒です、ということになります。

 徹底的行動主義は、論理実証主義の立場はとりません。真理の基準は公的一致ではなく、行動をどれだけ予測し、制御できるか、そしてそれがどれだけ再現できるかです(佐藤, 1996)。

  • 佐藤方哉 (1996)認知科学と行動分析学との<対話>は可能か  哲學, 100, 275-299.

 ただし、これはあくまでも徹底的行動主義、つまり「考え方」の話です(「科学哲学」の話といってもいいでしょう)。実際の学術研究となると、少し話が制限されてきます。科学者の行動は、現実的には、ピアレビューによる審査で学術雑誌への掲載が決まるという随伴性によって決まってくるし、こうした基準はいい意味でどうしても保守的になるからです。
 観察可能性と観察信頼性が独立しているとはいえ、私的出来事の測定では、顕現的行動観察について標準的になっている観察者間の一致率を測定できませんから、それがない研究を、これまではそのようなケースがほぼないのにも関わらず「受理」する査読者や編集委員や編集委員会があるかどうかということになります。
 そして、私の知る限り、行動分析学関係の学術雑誌で、私的出来事のみを、私的出来事として明示して書いた論文を掲載する可能性がある雑誌は、Journal of Precision Teaching and Celeration(以前はJournal of Precision Teaching)くらいです。この雑誌はOgden Lindsley博士らが中心になって開発したPrecision Teachingという枠組みで行われた研究を掲載する雑誌で、内潜的行動(“inner”)を測定したり、変容したりする研究も数多く掲載されています(具体例:Kubinaら, 1994)。

  • Kubina, R. M., Haertel, M. W., & Cooper, J. O. (1994). Reducing negative inner behavior of senior citizens: The one-minute counting procedure. Journal of Precision Teaching, 11(2), 28-35.

 Precision Teachingの方法論は非常に独特で一言では書けないし、Lindsley先生は(すでにお亡くなりになっていますが)、本当にユニークな人で、論文はどれをとっても面白いです。興味がある人がぜひ探して読んでみて下さい。Precision Teachingの方法論で内潜的な行動の変容に取り組んだ研究を展望したCalkin(2002)によれば、内潜的行動も顕現的行動と同様のふるまいをみせるそうです。数多くのそうしたデータから、本人によ内潜的行動の測定の妥当性、信頼性がある程度示されるというのが彼女の見解であり、これは、公的一致より、行動の予測と制御の再現性を重視する徹底的行動主義の考え方とも一致しているところです。

  • Calkin, A. B. (2002). Inner behavior: Empirical investigations of private events. The Behavior Analyst, 25(2), 255-259.

 Precision Teachingをやっている人たちは、ちょっとオタクの集まりっぽいところがあるし、JEABやJABAなどの主流派の雑誌を読むと「“研究の対象とする”と言ってるくせに、ちっとも研究してないじゃん」ということになりそうですが、これも必ずしもそうでもありません。

 我田引水になりますが、たとえば島宗ら(2000)では営業担当者が顧客のニーズをくんだ提案を考えることを標的行動としています。測定しているのはワークシートに記述された提案ですが、文字を書く行動を標的としているわけではありません。書く前の「考える」という内潜行動を訓練しているわけです。ただ、その測定対象が、考えたことを書かせたその所産であるということです。

  • 島宗 理・磯部 康・上住嘉樹・庄司和雄(2000)小規模なソフトウェア開発会社における企画提案思考ツールの開発と遠隔支援  行動分析学研究, 14(2), 46-62.

 前述のLindsley先生は、このような内潜行動や私的出来事や、あるいは“共感性”のような抽象的な概念を、具体的で、測定できる(必要なら客観性も確保できる)顕現的行動を介して測定することを行動の顕現化("externalizing behavior")と呼んでいました。文章理解や文章題、問題解決など、考えることを教えるような介入のほとんどはこのようなことが行われているわけで、研究で測定しているのは顕現化された行動でも、実際に変容しているのは内潜的行動だという研究は数多くあるわけです。研究者がそのように主張していないだけです。主張したら、内潜的行動が顕現的行動と共変している“客観的”な証拠を提出しないとならないわけで、それは技術的には不可能だからです(ただし、自己報告行動の正確さに影響する要因を調べる研究も行われています、例:Finneyら, 1998)。

  • Finney, J. W., Putnam, D. E., & Boyd, C. M. (1998). Improving the accuracy of self-reports of adherence. Journal of Applied Behavior Analysis, 31(3), 485-488. doi:10.1901/jaba.1998.31-48

 今年の日心では「行動主義誕生100周年記念シンポジウム」があり、残念ながら私は見逃してしまったのですが、ツイートを読んだり、その後に登壇者も含めて複数の方からお話を聞いたところ、第三者が観察できない私的出来事の取扱についても議論がなされたそうで、そのときの論調は「研究の対象とするが、なかなかできない」だったようです。これに対し「いやいやそんなこともないですよ」というのが今回の補足でした。

 私的出来事の測定もあわせて測定している研究もあれば、私的出来事の変容に直接焦点をあてた研究もあれば、実際変容の標的は私的出来事でも、測定しているのは顕現化した行動という研究もあり、それらをあわせれば、「研究の対象とし、実はけっこうやっています」というのが私の主張です。

 もちろん、これは私の考えで、同じ行動分析家でも「private」の定義一つとっても多様な見解があります。興味のある方は The Behavior Analyst 第34巻第2号の特集をお読み下さい。

 日心WSのフォローアップシリーズはこれで終了です。ありがとうございました。

吉田先生からは「多くはシングルケースデザインによる研究のみに該当することではありません」という注釈つきで、数多くの「実際の適用に対する批判的コメント」をいただきました。

ここから先はその中からいくつか選んで回答させていただきます。

○副作用について考慮しているか?(物事は基本的には「両刃の剣」)
・標的行動以外の側面(変数化されていない側面)への影響にも目を向けているか?
・社会的妥当性に関する検討において,当事者からのコメントに対する価値判断が短絡的、一面的では?
例:
・「10 分間に作文を5行以上書く」ということの促し
・促進すべきこと? ・質の良くない作文を書くようにはならないか?
・(他者からの賞賛や叱責のような)強化がないと行動しない人間にしてしまうことはないのか? そうだとしたら,それは望ましくないことではないのか?
・相互依存型集団随伴性 ・正反応を示さなかった子に対する否定的な評価・行動を誘発しないか?

 応用研究では、標的行動以外の行動の共変化についても考慮すべきだと思います。事前に予測可能な変化であれば、何かしらの測定をすべきですし、そうでないものも事後にできるだけ情報収集すべきだと思います。
 実際には「社会的妥当性」の検討のために、対象となった本人や周囲の人たちからアンケートやインタビュー形式で情報収集することが多く、ポジティブな副作用も、ネガティブな副作用もそれである程度把握できると思います。もちろん、そうしたデータの信頼性、妥当性については慎重に検討すべきで、「当事者からのコメントに対する価値判断が短絡的、一面的」にならないように注意すべきです。
 一方で、応用行動分析学の研究のように対象者の行動を継続して長期間にわたって測定し、対象者やその環境にあわせて介入を計画するアプローチにおいては、研究遂行に当事者たちの協力が欠かせません。ある意味、周りの人たちからの積極的な参画行動を引き出し、維持しないと研究そのものができないこともあるわけで、こうした事情が、社会的妥当性アンケートに対する回答にバイアスをかけることは十分予想できます。
 しかしながら、研究でわかったことを実際に使うときには、やはりそうした関係者からの協力の取付が必要になるわけですから、そのこと自体に妥当性がないわけではないと私は考えます。むしろ、その研究がどのような人のどのような協力を得て成立したか、その協力はどのように勝ち得たかを論文に書く方が生産的なのかもしれません。
 なお、「社会的妥当性」の概念は応用行動分析学にのみ適用されるべきものではないと思います。それこそ「教育心理学研究」などに掲載される応用研究でも、こうした概念が適用され、測定、検討がなされるようになるといいと思います。

 作文の例、集団随伴性の例についてのご指摘はその通りで、各々の研究もしくはその追試で検討されるべき課題だと思います。つまり、実証的な問題(実験によって回答すべき問題)ということです。

 「強化がないと行動しない人間にしてしまうことはないのか? 」については、これも論理的には実証的な問題ですが、現実には実験するまでもないことだと思います。
 シングルケースデザインには無関係なコメントですが、行動分析学(というより行動分析学にもとづいた一部の臨床、教育活動)に対する批判としてはよくあるものなので回答しておきます。

 まず、ある人間のすべての行動に、他者からの賞賛や叱責を提示するのは現実的にも、もちろん倫理的にも不可能です。また、生きている限り、行動はありとあらゆる形で強化されます。言い換えれば、研究(や実践)で操作できる随伴性は、生体の行動全体にとってほんの僅かでしかありません。それだけ限られた随伴性の操作が、生体の行動全体に影響を与えることは、まずないと思います(もしあれば、何かしらの報告がなされているでしょうが聞いたことがありません)。さらに、そもそも賞賛や叱責なしに自発される行動が数多くあり、特に生きていくのに最低限必要な行動は賞賛や叱責なしにも自発されるはずです。
 単純な例:水を飲むたびに褒めたり、お金を払い、その後、褒めるのや支払をやめても、水を飲まなくなるわけではない。
 一方で、他者からの賞賛や叱責が人の行動に影響を与えることは、人が社会生活を営む上で、あるいは社会が社会として機能するために、ほぼ必須の条件です。親や教師が褒めることが行動を強化する機能を獲得できないと(発達障がい、知的障がいをもったお子さんにはこういうハンディキャップがありえるわけですが)、どれだけ教えるのがたいへんか、そういう仕事をされたことがある人ならよくわかると思います。
 単純な話:人が人として社会に適応していくためには、賞賛や叱責が行動を増やしたり減らしたりする機能を持つように教えることは、ほぼ欠かせない条件である。
 もちろん、できなかったことをできるように教える段階では賞賛が必要でも、その後は褒められなくてもやれるようにすべきだろうという指摘もあると思います。これはその行動の随伴性によると思います。放っておいたら使い方を学べないスマホでも、使い方を学んだ後は、電話したり、メールしたり、検索したりする行動を強化する内在的随伴性がありますから、賞賛いらずで維持できることでしょう。でも、たとえば歩きながらスマホを使う行動を減らそうとしたら、何かしらの随伴性を付加する必要がでてくる可能性が大きいです(歩きタバコでもいいし、健康のためにジョギングを続けることもでいいし、やりたくもないけどやらなくちゃらならない大学の仕事でもいいです;世の中には何かしらの教育、社会的随伴性なしには、望ましい行動が継続して自発されにくいことがあるのです)。
 現実的な話:人が人として社会に適応していくためには、賞賛にせよ、叱責にせよ、給与にせよ、法律と罰則にせよ、何かしらの随伴性を付加し、維持し続けないと難しい行動もある。

 番外編は7月末の日本行動分析学会創立三十年記念シンポジウムで岡山大学の山田剛史先生から話題提供のあった「シングルケースデザインにおける統計分析」についてです。シンポジウムの後、山田先生に個人的に質問させていただいたことも含めて書いておきます。
 私は統計の専門家ではないので、おそらくはトンチンカンになると思いますが、実は疑問だらけの話なのです。こういうのは、自分以外にも疑問に思う人がいるはずだが、きっと恥ずかしくて口に出せないのだ、だから自分が人柱となって恥をかいてでも質問するのだという思い切りが必要で、清水の舞台から飛び降りる気合いで書いてみます。

 シングルケースデザインのデータは個人の(あるいは同じ集団の)時系列データです。時系列データには系列依存性があることがわかっています。系列依存性があるかどうか、あるいはどのくらいあるかは自己相関を計算すればわかります。t検定やF検定を自己相関のあるデータに適用すると結果が歪みますから、他の方法を使わなくてはなりません。これが、シングルケースデザインの実験から得られたデータに、標準的なt検定や分散分析が使えない理由です。
 そして、この問題を回避するためにいくつかの検定方法が開発されていているのですが、山田先生が行動分析学研究でも紹介されている「ランダマイゼーション検定」は、自己相関の問題もクリアでき、多層ベースライン法など、AB法やABA法以外の実験デザインに適用する方法も開発されているので、検定方法としてはお奨めということでした。

  • 山田剛史(2000) 単一事例実験データへの統計的検定の適用 : ランダマイゼーション検定とC統計 行動分析学研究,14(2), 87-98.
  • 山田剛史(1999)単一事例実験データの分析方法としてのランダマイゼーション検定 行動分析学研究, 13(1), 44-58.

 ただし、標準的なランダマイゼーション検定では、介入を始める前にあらかじめ無作為に選んだ介入開始時期を決めなくてはなりません。これは、データをライブで監視しながら、それに応じて介入開始時期や介入方法を決めるときがある(そしてそれが臨床的に有意義でもある)シングルケースデザインの特性を失うものです。この点について山田先生に質問したところ、介入開始時期を後から決められる、ランダマイゼーション検定の変形もあるそうです。これについてはまた勉強しないとならないなと思いました。

追記:山田先生からさっそくご指導いただきました(ありがとうございます!)。上記の山田(1999)でも紹介されている Ferron & Ware (1994) がそれだそうです(後で読んでみます)。

  • Ferron, J., & Ware, W. (1994). Using randomization tests with responsive single-case designs. Behaviour Research And Therapy, 32(7), 787-791. doi:10.1016/0005-7967(94)90037-X

 さて、素朴な疑問です。

 「時系列データには系列依存性がある」とはいっても、どれくらいあるかは実験によって異なるようです。山田先生が引用されていたShadish & Sullivan  (2011)では、サンプリングした研究における自己相関の平均値を問題にしていて、非常に小さいが無相関ではないとしています。しかし、範囲が -.931〜.780、平均が -.08、標準偏差が.36ですから、特定のデータセットによっては自己相関が0に限りになく近いものもあるはずです。

  • Shadish, W. R., & Sullivan, K. J. (2011). Characteristics of single-case designs used to assess intervention effects in 2008. Behavior Research Methods, 43(4), 971-980. doi:10.3758/s13428-011-0111-y

 こうした研究から「(すべての)時系列データには系列依存性がある(はずだ)」、「(だから)得られたデータセットに自己相関があるかどうかには関わらず、t検定もF検定も避けるべきである」というロジックになるという理解でいいのでしょうか? もしそうなら、実験参加者や標的行動や状況や随伴性など、諸々の影響は無視し、「時系列データ」という枠組みでくくった母集団を想定し、得られたデータセットに自己相関がなかったとしても、それは偶然(サンプリングエラー)であるとみなすということでしょうか。

 なんでこんなことを考えているかというと、たとえば、まずは得られたデータセットに自己相関があるかどうかを確認し、なければt検定や分散分析、ごく小さければ二項検定、大きければランダマイゼーション法などの方法を使うというように、データセットの特性次第で分岐するような作業フローは作れないものなのでしょうか?

 でも、そうすると、たとえば、たかだが4つ、5つのデータポイントから(あるいはJABAの平均である10個前後から)、信頼性をもって自己相関を計算できるのかということにもなると思います。そしてそうなると、そもそもデータポイント数が少ない場合の自己相関は記述統計として意味を持つのか?ということになるかと思います。あるいは、ここでも推測統計をするのでしょうか? だとすると、その場合の母集団は何を想定することになるのでしょうか?

 シングルケースデザインで得られたデータの平均値をベースライン期と介入期とで比較するということは、何らかの母集団を想定していることになるのではないかと思うのですが、果たして何を母集団としているのでしょうか?(ランダマイゼーション検定はベースライン期と介入期のデータのすべての組合わせを母集団にする特殊な方法だと思うので、この話はあてはまらないのかもしれませんが)。
 同じ条件でその行動を記録し続けたときを母集団とするのでしょうか? その実験参加者のその標的行動の観察時間以外の自発を母集団とするのでしょうか? たとえば、算数の時間の課題従事行動を測定しようとして、60分の授業の中盤20分だけ、しかも週に4回ある授業の2回だけを抽出して測定し、かつ、測定方法が60秒間隔のタイムサンプリングだったとすれば、母集団は全算数の授業の全時間で、そこからサンプリングした標本から母集団を推定するというのもわからなくもありません。でも、たとえば、一日に2回ある登下校時の靴の履き替えを標的行動とし、毎日測定したら、それは全数調査になり、母集団の推定は必要ないのではないかと思います。このような検討は必要ないのでしょうか?
 そして、たとえ前者のようなケースであっても、測定対象を介入対象とし、その限定された条件で行動が変わるかどうかを問うなら、測定対象イコール母集団とはならないのでしょうか? (研究の目的に応じ、その他の場面への影響は「般化」として検討するとして)
 その場合、全数調査ですから、平均(を計算したとして)の差がそのまま母集団の差になるわけですから、検定する必要さえないのではないでしょうか?(それが教育的に有意な差かどうかは別の文脈での検討がもちろん必要として)。

 どなたか親切にご教授いただければ幸いです。

 最後に:山田先生も論文を引用されていたHuitema先生ですが、私はWestern Michigan University に留学中、彼の基礎統計の授業を受講したことがあります。とてもわかりやすく教えてくれる先生でした。発音は「ヒューテマ」ではなく「ハイテマ」だったと記憶しています。

吉田先生からの問いかけ:

○多くの人が同じように判断できるようになることは重要(ないし,必ず必要なこと)なのか?
○一律の判断基準などというものを想定すべきか?
○個々の状況を踏まえた職人芸的な面は本来存在すべきものでは?
 *ただし,職人芸的な面の言語化(の努力)は必要

 たとえば、減らそうとしている行動の頻度がベースラインで減りつつあるのに介入を始めてしまうなど、シングルケースデザインの基本原則を理解せずに研究や実践を行っている人も、残念ながら多数います。
 そのような現状を考えると、基本的な「一律の判断基準」をよりわかりやすく言語化し、教え、普及させるという仕組みが必要だと思います。
 その上で、個々のデータの読み取りについては、その研究で扱われている行動の特性や対象としている状況など、様々な変数によって影響される言語行動になるので、「職人芸的な面」も残ると思います。天気図やMRIの画像を読み取る力に個人差があるのと同じで、どれだけ判断基準を明確にしても、機械的に結論をだすのは難しい領域ではないかと思います。

○視覚的判断においてどのように考えたか(思考過程・判断の基準など)について各研究者がていねいに記述する必要があるのでは?
 (そうでないと)
・判断が甘くなってしまいがちでは?
・精緻な判断ができるようにならないのでは?
・(完全な収束というものを追求する必要はないと思うが)判断基準の(ある程度の)収束がなされないのでは?

 まったく同感です。多くの基礎研究では研究計画時点で条件の変更基準を設定します(例:連続した5セッションにおける生起頻度が平均値の上下10%以内に収まったらなど)。残念ながら応用行動分析学の研究でこうした基準を明確にしている研究は少ないです。もちろん、剰余変数を最初からなるべく統制している基礎実験と、フィールドで行う応用実験とでは、やってみないとわからない予測が難しい変数があることは確かで、研究計画時点で事前に設定した条件をそのまま突き通すことが無意味なことさえありますので、せめてベースラインを取りながら(私の研究室ではベースラインのベースラインを取ったりします)、介入の変更基準や中止条件を決めておき、それを論文でもそのように設定した理由と共に報告すべきだと思います。

○そもそも「視覚的判断 vs. 統計的分析の適用」というように択一視する必要があるのか?
・各研究において,両方とも適用しても良いのでは?

 「択一視」という主張はあまりみかけません。統計的検定をするべきだと主張している人もその多くは「併用」を主張していると思います。その根拠となるのは、視覚的判断のみでは主に第一種の過誤を犯す危険があるときがあるからです(第二種の過誤は起こりにくいとされています)。
 そもそも第一種の過誤が起きるようなデータは、行動の水準や傾向が介入によって明確に変わっていない場合ですから、本来なら、介入の条件を変えたり、別の介入を探すべきなのです。そのようなときに統計的検定を使って、たとえ統計的有意差が得られたとしても、それは社会的妥当性が低い結果である可能性が高いことになります。つまり、研究者の行動を強化すべき条件は、問題とされたことが標的行動の制御変数を明らかにしながらどれだけ解決できたかであり、目標は統計的な有意差ではないのだという考えが根本にあり、これが統計的分析を適用することへの本来の反論だと私は考えています。
 実際には、研究者の行動を強化する(あるいは引き出す確立操作として)、できるだけ早く論文を書き、できるだけ早く投稿、掲載するという随伴性もあり、これが十分に長いベースラインをとったり、行動が明確に変わるまで介入を続けるという行動を阻止する傾向にあることは否めません。査読者、編集者側の行動にも、時に同様の随伴性が働きます(こうした問題はどの分野でも似たり寄ったりではないかと思います)。でも、統計的分析を適用することがこの問題の解になるとは思えません。

○検定の適用が可能なようにデザインを考えてはいないか?
・「こうまでして検定を持ち込む必要があるのか」と思えてしまうデザインがある。
・「実験デザインや介入法の臨機応変な変更」という利点であるはずのことを反故にしてはいないか(「手段の目的化」ではないのか)?

 これも統計的検定の重視に反対する理由の一つです。そもそもシングルケースデザインで統計を使った研究は少なく、ご批判されているような「無理矢理な」論文を私は読んだことがありませんが、もしあれば同様の感想を持つと思います。

 同じシンポジウムで話題提供して下さった岡山大学の山田剛史先生にシンポジウム後にお話をお聞きしたところ、ランダマイゼーション検定には、事前に介入開始時点を決めなくてもいい変形版もあるそうですが、そうでないなら「臨機応変な変更」を失うのはもったいないと思うと話されていました。

 統計についてはさらに数々の重要な問題提起をいただきました。私は統計の専門家ではないので、かつ、シングルケースデザインで行う研究について最初から検定を前提にすることには懐疑的なので、以下、提起された問題はご紹介しますが、直接の回答はしないでおきます(それこそ山田先生などにご参加いただき、もっと詳しく、徹底的にこのあたりのことを集中して話し合うセッションなどをやってみれたらいいですね)。

○検定に関する種々の問題(有意水準の恣意性やデータ数によって検定力が大きく左右されることなど)について,どう考えるのか?
・検定をやっても,(現実には)外的妥当性の問題は解決しない。
・検定をやっても,内的妥当性への脅威(種々の攪乱要因の介在可能性)は解決しない。
○種々の検定法や記述統計量をどう使うか(ないし,どう使い分けるか)。
・従属変数(標的行動)の内容や,それに関してどのような状態になることを目指すのかなどによって,適切であろう統計量(効果量の指標)は異なる。
・各研究において,どれか1つのみを選択しなければならないわけではない。基本的には,多面的に記述する方が望ましいと考えられる。
・「平均値差÷標準偏差」という標準化された効果量よりも,単なる平均値差の方が適切な場合もあると考えられる(行動分析学では,通常,具体的な行動を従属変数としているのだから,値そのものの変化に関する意味づけが,ある程度,可能だと考えられる)。
・「臨床的に意味のある効果(差)」ということを意識した考察をしているか?
○効果の規定因分析に関するメタ分析は有用だと考えられるが,この領域では公表バイアスが顕著に生じているのでは?
○統計的分析の基本的な考え方に習熟することは,視覚的判断を精緻なものにすることにつながるのでは?

 応用行動分析学の研究では、上述したように、統計的な有意差よりも、臨床的、教育的、あるいは経済的な有意差の方が重視されます。たとえば、100点満点のテストを考えたときに、元々50点くらいの成績だったお子さんを指導によって60点とれるようになったとして、その差に統計的有意差があったとしても、それでほんとうに教えたことになりますか?という話です。「臨床的に意味のある効果(差)」とか「値そのものの変化に関する意味づけ」は常にしなくてはならないこと、論文でも「考察」で論じられるべきことです。

 このブログでもシリーズで紹介してきたように(下記に列挙します)、現在、心理学や関連分野でシングルケースデザインに統計的分析を使うことに注目が集まっているようです。しかし、ほとんどは、シングルケースデザインで行われた研究成果を集めてメタ分析するための議論です。シングルケースデザインで研究を行うのは、目の前の標的行動を社会的な要請に応じて変える制御変数を見つけるためであり、メタ分析を行うのは、そうした変数が世の中の類似の行動に、全体的にどのくらいの効果をもたらすかを推定するためです。つまり、研究の目的が異なります。目的によって必要な情報が異なるわけで、制御変数を「見つける」ためには効果量の測定は必ずしも必要ではないと私は思います。
 ですから、個人的な見解は、応用行動分析学の研究で統計的分析をする必要は多くの場合はないが(逆に統計的有意差を重視する随伴性は本来すべきことを妨害する危険もあるので反対するが)、後でメタ分析をする人がしやすいようにデータを提供するのはいいことだ、ということになります。学術誌の電子出版も普及してきていますから。たとえばシングルケースデザインのローデータを、論文のPDFと一緒にダウンロードできるようにする環境設定などを進めるべきだと思います。

(その3に行く前に2.5を挿入します)

以前、こんなツイートをしました。

日心のワークショップでは、行動分析学の「機能分析(functional analysis)」とは、問題行動の機能を、物の要求、注目獲得、課題回避、自己刺激などの、臨床的にはよくありがちな代表的な「機能」に分類することではなく、オペラントだけではなくレスポンデントの機能も含め、標的行動以外の行動も含め(両立しない行動の並立随伴性など)、あるいは確立操作や強化スケジュール、弁別刺激やプロンプトの有無や提示のタイミングなども含め、とにかく何が行動の制御変数となっているかを調べることであるという話をしました。

それで、その後、別件もあり、色々と文献を読んでいると、岡山大学の長谷川芳典先生が以下のように書かれているのを発見しました(色々考えた末に出した結論が、後から調べるとすでに長谷川先生が論文で書かれていたのを見つける、というのは日常茶飯事的によくあることです)。

実験的行動分析学のいちばんの特徴は「functional analysis」にある。「functional analysis」 は通常「機能分析」と翻訳されているが(Skinner, 1953, 原書 35 頁、訳書 41 頁)、「function」 には「関数」という意味もあり、じっさい、物理的用語で記述された、環境側の諸要因(独立変数)と、行動(従属変数)との関数関係を定立し、行動の定量的な予測やコントロールを目ざすことが主要な課題であるとされてきた。

長谷川芳典 (2011) 徹底的行動主義の再構成—行動随伴性概念の拡張とその限界を探る— 岡山大学文学部紀要, 55, 1-15.

星槎大学の杉山尚子先生も「functional analysis」を「機能分析」ではなく「関数分析」と訳すことを主張されておりますが、長谷川先生も、単純に行動が上がったり下がったりすることだけではなく、どのくらい上下するのか、どのように上下するのか、質的な変化までも含めて予測制御することを可能にするのが「関数」分析であるとされています。

数学的(統計学的?)には、y=f(x) のxやyがノンパラであっても(介入の有無や行動変化の有無)「関数」と呼ぶのではないかと思うので(自信ありませんが)、そうであれば「functional analysis」を「関数分析」と訳すのも悪くないなと思います。

ただ、「関数分析」という訳語には若干の抵抗感もあります。それは、行動分析学の個々の研究は、その研究だけで汎用的な関数関係を見いだすようには設計されていないからです。応用行動分析学の研究は特にそうです。関数関係が見いだせたとしても、それはその研究が対象とした人や行動や場面に限定された関数関係です。それが汎用的なものかどうかは他の研究で再現されるかどうかを待たないとなりません。

ですので、「行動分析学という学問の目的は<関数分析>を明らかにすることである」というフレーズには違和感は感じませんが、「この研究の目的は<関数分析>の同定である」となると、特に応用研究ではフワフワした違和感を覚えます。

訳語に関する議論は、元の用語や概念の定義を見直したり、詳細に分析するきっかけとなるのなら意義があると思いますので、そういう文脈では、面白いテーマの一つになるかもしれないと思い、捕足しました。

 「一年に一回とか、極めて稀に、発作的に起こってしまう行動は、どのように測定できますか?」というご質問をいただきました。具体的には、万引きとか、盗撮だそうです。

 応用行動分析学を活かした行動変容の実践では、日々行動を記録し、主に行動の頻度を対象とし、頻度を上げたり下げたりする介入計画を立案して実行します。結果の評価も日々の行動記録を用い、折れ線グラフを描き、介入の前後で水準、傾向、分散を比較します。

 確かに年一回とかの低頻度だと、毎日記録をとってグラフにするのも意味がなさそうだし、介入の前後で行動が変わったかどうかを判断するのも難しい、あるいは数年間のベースラインと数年間の介入後の記録を比較しないと、行動が変わったかどうか判断できなさそうです。

 ワークショップで私が回答したのは、未遂に終わった行動の頻度を測ることでした。そのためには万引きとか盗撮の前段階となる行動を知らなければなりません。たとえば、飲酒の前段階の行動はスーパーでビールを買うとか、居酒屋で酎ハイを注文するとかです。飲酒行動の頻度は、ビールの購買行動や酎ハイの注文行動を減らしたり、炭酸水を買ったり、ウーロン茶を注文したりするという代替行動を増やすことで間接的に減らせます。

 あいにく私は万引きも盗撮もしたことがなく、そうした事例に関わったこともないのでビデオクリップ法が使えず、こうした行動の前段階となる行動が思いつきませんでした。ワークショップの参加者の皆さんにも問いかけましたが、参加者の皆さんも同じく未体験で、「これなら」という標的をみつけることができませんでした。

 さすがに試しに犯罪に手を染めるわけにもいかないので今でもこの無知な状況は変わりませんが、後でもう少し考えてみたら、たとえば、本屋さんで店員の死角となる場所に行くとか(このケースは本屋さんでの万引きだそうなので)、他に客がいないコーナーに行くとか、盗んだ本をいれるための鞄の口を開けるとか、これらが本当に万引きの準備行動になるかどうかはその道のプロに聞いてみないとなりませんが、そういう行動を思いつきました。盗撮についても、たとえば女子更衣室やトイレの近くでカメラを取り出すとか、一目のつかないところから覗くとか、そういう準備行動があるかもしれないと思いました。

 しかしながら、そのように考えながら、もう一つ理解できなかったことは(「理解できない」というのは随伴性を推定したときに辻褄があわないということです)、そもそも「一年に一回とか、極めて稀に、発作的に起こってしまう行動」なんてあり得るのだろうか?という疑問です。

 自発する機会が限定されている行動であればそれだけ低頻度で起こる行動もあるでしょう。たとえば自分なら海で潜るという行動は今では数年に一回くらいの頻度でしか自発されません。でもそれは海に出かける頻度がそれくらいだからです(機会あたりの自発確率であれば高確率になります)。

 自発頻度とはあくまでもフリーオペラントの反応率ですから、いつでも反応できる状態で、しかも強化される可能性はある状態での行動を考えるわけです。

 本屋さんでの万引きについて考えるなら、毎日のように本屋に行けて、毎回のように万引きする機会があることが前提です。そして、これまで万引きしている人で、それが主訴にさえなっている人であれば、行動レパートリーもあり(人目を隠れて本をバッグなどに入れることができる)、万引きの後続条件に好子が含まれていて(見つかりそうになる「ドキドキ」をうまくやることで消失させる)、強化履歴(バッグに入れた本を家に持ち帰ることができた)もある人だろうと推定できます。

 警察庁の「犯罪情勢」によると、万引きの検挙率は凡そ70%台前半で推移しているようですが、これはあくまで認知件数に対する検挙件数の割合です。ある調査は書店で棚卸し時に発覚する商品ロスのうち、万引き被害が占める割合を73.6%と推定しています。つまり、検挙率には含まれないかなりの暗数がありそうだということです。

 これだけのデータから万引きの成功率(強化率)を推定するのは困難ですが、少なくとも3割よりは高そうです。

 もちろん捕まるという弱化の随伴性が伴いますが、それでも強化確率が3割以上のフリーオペラントの自発率が「一年に一回」というのは低すぎるように思えます。自分の行動にもそのような自発様式の行動は見当たりません。

 ですので、自分なら「発作的に」というフレーズを疑い、書店に行く行動の頻度とか、書店での振る舞いとかをもう少ししつこく調べると思います。万引きしそうになったけど(あるいはするつもりだったけど)、何かの事情で(見つかりそうになったとか)中断したというケースや、見つからずに成功したケースをみつけられるかもしれません。前者は上述の準備行動になりますし、後者は正直に報告すると「犯行の自白」になるので言語報告行動に強力な弱化の随伴性がかかっていますが、実態把握には重要なことだと思います。

 そうしたさらなる調査によって、実は万引き行動の頻度が当初の自己報告よりも高ければそのまま標的行動になるかもしれませんし、それでも低すぎるようなら、準備行動を標的行動にできるでしょう。

 その可能性はそれほど高いとは思えないのですが、万引き行動も、準備行動も自発頻度が極めて低く、万引きしたくなる「衝動」はあるがほぼ毎回「自制」していて、それが時々できなくなってしまうということであれば、「衝動」を減らす介入を考えるのも手かもしれません。

 というわけで、このシリーズの次回(最終回)は「衝動」を減らす介入について、そしてそのような私的出来事とか内潜的行動の取扱について捕足します。

 日心のチュートリアルワークショップ『日常生活に活かす応用行動分析学』では、応用行動分析学の考え方を日常の仕事や生活における行動変容に援用していくときの注意点やコツなどについてお話しました。
 90分の持ち時間のうち、私の話と参加者との質疑応答の割合を6:4くらいにするつもりで準備していましたが、いざ始まるとやはり時間的余裕がなく、9:1くらいになってしまいました。結果的に、定員数を絞った意味がなくなってしまいました。この点は、参加者の皆さまにも、当日、参加しようとして断られてしまった方々にもお詫びをしないといけません。すみませんでした。

 さて、ワークショップそのものは「教科書にはあまり書いていないこと」に内容を限定することで、それなりに面白かったのではないかと思います。後日、何人かの参加者の方々から、肯定的な感想をメールでいただきました。
 行動分析学会の会員ではないし、行動分析学を系統的に学んだというわけでもないが、行動分析学には興味があるし、仕事に役立てればいいなと考えておられる関連領域の専門家の人たちのニーズを探ることが、このお仕事をお引き受けした理由の一つでした。参加者の皆さま方のご協力により、これもある程度達成できたと思います。

 ここでは、限られた時間の中で参加者の方からいただいたいくつかの質問のうち、会場ではあまり十分に答えられなかった二点について書くことにしました。
 その1は「自主性」について、その2は「極めて低頻度で起こる問題行動」について、そしてその3はその2の発展として「内潜的行動/私的出来事の取扱い」についてです。

 「自主性」については、三項随伴性(ABC分析)でいえば、できるだけA(先行条件)を減らし、C(結果)で行動が自発されるように工夫するという話をしましたが、これを捕足します。
 ワークショップで想定していたのは、たとえば家でなかなか宿題をやらない子どもが「宿題をする」行動を増やそうとする場面です。
 親が「はやく宿題しなさい」とか「まだしてないの」とか「宿題しないとゲームできないぞ」とか、子どもが自分で宿題を始める前に色々と働きかけて(つまり、先行条件「A」を操作して)宿題を“させる”ことは、その場では成功することはあるかもしれませんが、そうすると、これが制御変数の一部になりますから、言われないと始めない(言われたら始める)ようになってしまう危険性があります。いわゆる「指示待ち」の状態ですね。
 加えて、上記のような言葉がけは、その多くが単なる「脅し」です。“単なる”というのは、宿題をしないと何か重大なことが起こるわけではないという意味です。「ゲームできないぞ」でさえ、本当にゲームをさせないことに成功している家庭は少ないのではないでしょうか。「はやく宿題しなさい」は「さもなくば○○○になるよ」が省略されているルール(随伴性を記述した言語刺激)ですが、まさに省略されている部分は随伴性がないわけです。
 このような単なる「脅し」型のルールは行動を制御する力を持ちません。随伴性は「A:親が「ゲームできないぞ」と言う B: テレビを見続ける C: ゲームできる」です。最初はそれまで他の場面で獲得したかもしれない履歴効果でテレビを見る行動を抑制し、宿題を始める行動を引き起こせたとしても、随伴性がなければ効果は消失します。
唯一残る効果はそうした言葉がけそのもが持つ嫌子としての機能ですから、子どもが宿題に取りかかるとしてもそれは「グダグダ言われ続けるのをやめさせるため」です(嫌子消失による強化です)。逆に言えば、グダグダ言い始めたら宿題に取りかかりなさいね、そうすればグダグダ言うのを止めるからというふうに教えているわけで、子どもは素直にそれを学ぶはずです。つまり、親がいるとき、しかもグダグダ言われたときだけ宿題をする。しかも、宿題し始めれば(少なくとも親にそう見えるように)いいわけですから、それで何らかの学習が起こる確証はまったくありません。このときの随伴性は「A:親からぐだぐだ言われる B: 宿題を始める(or ふりをする) C: 親がぐだぐだ言うのを一旦やめる」です。
 これが「指示待ち」の正体です。そして、これは家庭での宿題に限らず、パパさんの家事手伝いでも、会社での仕事でも、基本的には同じことなのです。

 「自主性」を高めるということは、言われなくてもするということです。自分から進んでやるようになるということです。ですから、親や上司からグダグダ言われなくても行動するように随伴性を設計します。
 そのためには、基本的にはC(結果)を増やします。子どもがゲームをする時間を親がコントロールできている家庭なら、宿題が終わったら(終わったときだけ)ゲームができるというのも手ですし、おやつやTVや音楽鑑賞やPCなど、子どもがそのことに向けてなら頑張れるという好子を出現させて、行動を強化するのが基本です。
 もちろん、モノ以外の好子も、それが好子として機能するなら使えます。親からの褒め言葉が機能するなら、それでもOKですが、子どもが大きくなってくるとそれだけではうまくいかない場合も多いはずです(だからこそ「はやく宿題しなさい」とか言わなくちゃならないわけだから)。それでも、たとえば、「宿題をして新しく学んだことを一つだけ教えて」と質問して、それをきっかけに「そうなんだ。それはお母さん知らなかったなぁ」とか、「これについてはどうなのかしら」とか、学んだことを承認しながら、それに関するおしゃべりを自然にするなど、社会的な好子を組み込むことも可能です。ただし、これも親と話をすることが好子となっていることが前提となりますから、日頃からの親子の関係性(お互いが習得性好子になっていて話し合う行動が相互に強化されているかどうか)が重要になります。

 以上はいわゆる「教育的」強化随伴性についてです。「教育的」強化随伴性とは、行動レパートリーの獲得に向けて、自然な随伴性だけでは望ましい行動が獲得できない場合に、補助的に付加する随伴性です。一度行動レパートリーが獲得されれば、自然な行動随伴性だけで行動は維持されます。
 たとえば、読み書き算術などは、日常生活に随伴性がありますが、そのまま放置しておいただけでは獲得が難しいので、何かしらの教授システムを使って教えるわけですが、一旦、行動レパートリーが獲得されれば、その後は「行動」を「こうどう」と読めたことを褒めなくても、維持できます(日常生活に読み書き計算をして強化される場面がたくさんあるからです)。
 ゲームで子どもの宿題をする行動を強化したり、おこづかいで部屋の片づけを強化するのは、“飴で子どもをつっている”ようなもので、むしろ「自主性」を育むことを妨害するのではないかと疑問に思う人もいるかもしれません。特にいわゆる「内発的動機づけ」の話をどこかで聞いたことがある人はそのように考えて、C(結果)を操作することにも反対することがあるようです。こうした反論に対する私の回答は次の三段階+αからなります。
 まず、すでに自分から宿題したり、片づけをしている子どもの行動を、わざわざゲームやお小遣いで強化する必要はありませんし、普通、しません。部屋が片づけている状態が好子だったり(片付いていない状態が嫌子だったり)、宿題をしてそれまでわからなかったことがわかったり、上達したりすることや、課題が終わることが好子になっていたり(終わっていないことが嫌子になっていたり)することが推定されますから、もはや「教育的」強化随伴性は必要ないわけです。
 次に、まだできていない子どもの行動に「教育的」強化随伴性を付加することで、将来、付加した随伴性なしには行動できないようにならないかという疑念ですが、これはそういう可能性もありえます。ただし、「教育的」強化随伴性を追加したことが原因というよりも、日常生活における行動随伴性がそもそもその行動の自発を十分に強化しないためと考えます。
 どういう場面でそういう可能性が高く、どういう場面でそういう可能性が低いかは、随伴性を書き出してみれば、ある程度は推定できます。
 たとえば、文字の読み書きや計算のように、日常生活に強化随伴性があるなら、行動レパートリーの獲得後に「教育的」強化随伴性を中止しても行動は維持されます。
 片づけはそうはいかないかもしれません。たとえば、片付いてない部屋に散らばっている雑誌を一冊本棚に戻しても部屋全体が片付くわけではなく、その行動は強化されません。これは塵も積もれば山となる型の随伴性であり、日常生活の随伴性が必ずしも望ましい行動を確実に強化できない場合です。こうなると、「教育的」強化随伴性による介入で一次的に片づけ行動の自発頻度を上げても、「教育的」強化随伴性を中止した後で行動が維持できるかどうかは不確実ということになります。
 ただ、希望はあります。片づけ行動を「グダグダ」指示のような嫌子ではなく、好子出現の随伴性で強化することで、片付いている状態が習得性好子としての機能を持つようになる可能性です。こうなれば、「教育的」強化随伴性を中止した後でも、片づけ行動が内在的強化随伴性で維持されるかもしれません。自発的に、楽しく片づけをしている人の行動はおそらく何かしらの履歴で、片付いている状態が習得性好子としての機能を獲得している人たちと考えます。片づけにおける「自主性」の理想型の一つと言えるでしょう。
 「教育的」強化随伴性を中止しても行動が維持されるかどうかを推定するもう一つの簡単な方法は大人の行動観察です。「教育的」強化随伴性で子どもの頃に教えられて(今は教えられていない)大人が、「教育的」強化随伴性なしで自主的に行動できているかどうかを観察すればよいのです。読み書き計算ができるようになった大人が、いまはしなくなったという話は聞いたことがありませんが、片づけをしない大人はたくさんいますよね。実際、学校コンサルテーションをしていると、職員室の自分の机の上は書類などでごちゃごちゃになっている先生が、子どもには完璧な清掃を要求していたりして、苦笑してしまうことがあります。そういう先生には「まずご自分の机の上を片づけてみませんか?」と助言させていただくこともあります。皮肉ではありません。そうすることで、片づけや清掃行動の随伴性をより正確に記述できるようになりますし、自然な随伴性では十分に行動は自発されないときに、どういう付加的な随伴性を整備すれば行動を自発させ、維持できるかもわかるようになるからです。

 まとめると「自主性」を高めるには、増やしたい行動を先行条件ではなく、後続条件で強化する、できれば好子出現による強化随伴性を追加して強化することが望ましく、追加した随伴性を中止しても行動が維持できるかどうかは自然の(日常生活の)随伴性次第であり、ずっと付加的随伴性が必要な場合もある、ということになります。

さらなる捕足:

  • もちろん「自主性」は行動分析学の概念ではありません。上記の分析は、世間で「自主性」が高いと言われている人の行動とは、行動分析学からとらえるとこのように解釈できますよという話です。「自主性」が自主的な行動の原因ではありません。誤解のないように。
  • すでに行動内在的強化随伴性で自発されている行動にモノなどの好子出現による強化随伴性を付加してすると、その付加的随伴性を中止した場合にどうなるか、これがいわゆる「内発的動機づけ」研究の一般的な実験手続きですが、上述したように、教育場面、臨床場面では、こういうことは普通はしません(しているとしたら、それは無駄な介入です)。ですが、無理にでもそういう介入をした場合にどのような効果があるかは、実は教育心理学の教科書などで概論されているほど単純ではありません(これについては機会があれば別途記事を書きます)。
  • 「教育的」強化随伴性を導入するのは、現状では(日常の随伴性では)学習が進まないと判断したときなので、たとえば、ゆっくりとでも学習が進行しているときに、そのまま待つか、加速させるために「教育的」強化随伴性を導入するかは臨床的な判断になると思います。その場合、「教育的」強化随伴性を導入したことで、もしかしてそのままにしておけば自然な内在的随伴性の制御下に入ったかもしれない行動を、内在的随伴性の制御下に起きにくくなる(「教育的」強化随伴性を中止しても維持されにくくなってしまう)という可能性はなきにしもあらずだと思います。ただ、そのままにしいても、いつまでたっても学習が進まない可能性もあるわけで、「臨床的な判断」というのは事前に完全に予見するのは困難なので、どちらかに決めざるをえないことも多く、その場合は選ばなかった選択肢を選ばなかったことに後悔するより、選んだ選択肢から先を考えていく方が適応的だという意味です。

吉田先生からの問いかけ:

マルチベースラインデザインによる研究とリプリケーションの違いは?
そもそもベースラインがマルチなのか?

 私たちは “Multiple baseline design” を「多層ベースライン法」と訳しています(『行動分析学入門』産業図書)。いつ、なぜ、「マルチプル(Multiple)」が「マルチ」になってしまったのかは不明ですが、バーロー&ハーセンの訳本『一事例の実験デザイン』でも、アルバート&トルートマンの訳本『はじめての応用行動分析』でも確かに「マルチベースラインデザイン」と訳されています。
 私たちが「多層」という和訳を選んだのは、この実験デザインを用いて行った研究では、参加者間や場面間、あるいは行動間のデータを、縦に「多層」的に積み並べた折れ線グラフで表示し、分析するからです。そして、この実験デザインの特徴がまさにそこにあるからです。
 多層ベースライン法では、一つの折れ線グラフについて、ベースライン期と介入期を比較するだけではなく、そのときに、他の、まだ介入を開始していない折れ線グラフのベースラインで変化が起こっていないことを確認します。グラフを縦に多層的に積み並べているのは、横軸の時間軸をあわせ、同時性を確保し、介入を始めた条件では行動が変わっているのに、同時期に介入をしていない他の条件では行動に変化が起こっていないことを視覚的に確認するためです。他の条件で変化が起こらなければ、介入以外の剰余変数の影響を排除できる可能性が高まります。そして、介入が行動変容の主因であった可能性を高めます。
 逆に介入を開始していない他の条件でも行動が変化してしまったら、それは介入以外の剰余変数の関与、もしくは次のご質問にあるように「般化」を示唆することになります。これについては後述します。
 多層ベースライン法は、AB法(ベースライン期と介入期を比較する方法)の反復による再現(「リプリケーション」を私たちは「再現」と訳しています)をしていく方法ではありますが、同時に、複数の条件間で時間軸をあわせることで、上記のような剰余変数の排除を試み、結果として内的妥当性を確保しようとする実験デザインなのです。
 このあたりのロジックは、上記の本よりも、"White Book"という相性で呼ばれる、クーパー・ヘロン・ヒュワードの"Applied Behavior Analysis"の方に詳しく、よりわかりやく解説されています。この本は、応用行動分析学を勉強する人にとっては、必読書の一つだったのですが、ようやく日本語訳が出版されましたのでご紹介しておきます(私はまだ日本語訳は読んでいません)。

吉田先生からの問いかけ:

行動間 or 状況間マルチベースラインデザインによる研究において,最初の介入期に後続の検討対象となる行動や状況において効果が見られないことの意味は?
般化(?)が生じないものだと見なす根拠ないし論拠は?
以上の4つの事柄に関する各研究者の(当該の研究における)考えについて論述する必要はない のか?

 多層ベースライン法を適用するときの前提の一つは、各条件における行動が独立であること(共変化しないこと)、それでも行動のもつ機能はある程度、類似していることです。実験者は実験計画を立てる段階で、標的行動の随伴性を分析したり、先行研究を調べることで、この前提がどれだけ成立しているか「あて」をつけることになります。
 たとえば、発語のない知的障害があるお子さんにカードの交換で要求することを教える新しい方法を開発するとして、訓練場面が学校の給食時間、最初の訓練者が担任の先生、訓練する行動が「お茶」の要求だとします。給食の時間に副担任の先生もいつも同席していて、このお子さんに関わっているようなら、副担任に対するカード要求は訓練しなくても般化によって生じる可能性が大きいです。なので、カードによるお茶の要求訓練の効果を指導者間の多層ベースライン法で確認するのは難しいと判断します。
 そこで、「お茶」で訓練したカードによる要求が「チョコレート」を要求することに般化するかどうかを考えます。これなら機能は十分に類似していますが、先行研究から独立した行動であることが示唆されるので、行動間多層ベースライン法を適用できると判断します。
 判断がつきにくい場合もあります。このお子さんが自宅に帰って、夕食の時間に、お母さんに対して、「お茶」のカード要求ができるかどうか。これはグレーゾーンかもしれません。参加者間の多層ベースライン法を組むための参加者が他にみあたらず、どうしても新しいカード訓練方法の効果をこのお子さんで確認したいとゼミ生に言われたら、私なら暫定的に多層ベースライン法でやってみることを勧めるかもしれません。家庭で般化せず、家庭でのお母さんによる再訓練が必要なら多層ベースライン法が適用可となります。もし家庭でのやりとりにも般化したなら、この事例からは般化の可能性が示唆されたことになり、ただ、その再現はできていませんから、「般化」なのか、その他の剰余変数が効いているのかは判断できません。他のお子さんで再現できるかどうか、さらに研究を重ねることになります。
 多層ベースライン法を適用して開始した実験で、最初の条件で効果的だった介入が他の条件では効果がなかったり、不十分であるとわかることもあります。その場合には、その条件の随伴性を見直して、その条件で行動変容が起こるための追加の条件を導入することが多いです。つまり、多層ベースラインの条件によって、ABだったり、ABCだったりする場合です。
 こうなってくると、単なる再現は失敗しているので、解釈は難しくなります。制御変数を明らかにするという意味では、条件を増やしたり、別の参加者を使って、ABで行動が変容するときと、ABCで行動が変容するときの決定因を探していくことになります。
 ただし、制御変数の特定には失敗していても、介入には成功しているわけで、少なくとも、その参加者のその条件でのその行動を変えたという臨床的価値が残ります。これは仮説検証型の群間比較デザインにはない、シングルケースデザインの長所の一つだと思います。

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(やたらと「私見」と断り書きするところが多くて歯切れが悪いのですが、学会という公的組織についての見解や、行動分析学という学問に関する私の理解について書いていますので、無用な誤解が生じないための配慮とお考え下さい)

吉田先生からの問いかけ:

心理的メカニズム(内的過程)についての論述は絶対不要なのか,(現在も)自明のことだと考えているのか?

 まず「内的過程」が実在するものなのか、それとも架空のものなのか(仮説的構成体なのか)に分かれると思います。
 前者の場合、たとえば「強化」にはどのような神経生理学的なメカニズムが関わっているのかといった問いに興味がある人は多いと思いますし、数多くの学際的な研究がすでに行われている領域です。
 ただ、そうした研究による知見によって行動の制御変数がより詳しくわかるようにならない限りは、本業の研究よりも、そちらの方に傾斜していく研究者は少数派ではないかと思われますし、行動分析学の学術誌においても背景にある仕組みを考察する必要はないと判断されるのではないかと思います。
 これは、メカニズムの研究に意味がないということではなく、単純に、隣接学問の研究であるということです。学際的研究の成果については、行動の制御変数に及ぼすメカニズムの影響を示した研究であれば行動分析学の雑誌に掲載されることもあるでしょう。それ以外の研究はそれぞれ専門の雑誌に掲載されていますし、これからもこうした分業体制に変わりはないのではないかと予想します。
 仮説的構成体については、今も昔も変わらずに、行動の制御変数を探すという仕事には必要ないし、むしろ妨害的に働くと考えるところが行動分析学の特徴の一つです。

吉田先生からの問いかけ:

このことに関して学会は一枚岩なのか?

 調査しているわけではないので断言はできませんが、常識的に考えたら「一枚岩」ではないと思います。
行動分析学会の会員にも、色々な領域で様々な仕事をしている人たちがいます。専門が行動分析学以外の会員さんもおられます。それぞれお考えをお持ちだと思います。
 これは私見ですが、他の心理学会と一番違うところは、やはり、行動の制御変数への興味だと思います。この行動はどうすれば変わるんだ?という問いに答えられる研究に価値を置く人が、基礎でも、応用でも、多い学会だと思います。逆に言えば、それ以外については、かなりバラバラだと思いますし、そのような多様性はむしろ健全だと私は思います。たぶん、三十年前の学会設立時には、当初の会員にも、回りで見ていた人たちも純粋無垢な「スキナリアン」の学会のように写っていたのではないかと思います。しかし、少なくとも、現在、会員の中で、自らをわざわざ「スキナリアンです」と呼ぶ人はむしろ少数派だと思われます(行動分析学を専門にしていますという人はいても)。「スキナリアン」って何ですか?と言う人がいても驚かないくらいかも。

吉田先生からの問いかけ:

「開かれた」というのならば,このことを再考する必要があるのでは?

 心理学界における学術団体は、各学会が学問(理念・哲学・方法論)というより、研究対象やトピックごとに構成されていることがほとんどです。日心でも教心でも基礎心でも、そもそも様々な学問を専門とする人たちで構成された組織なので、わざわざ「開かれた」と言う必要もないのでしょう。これに対して、行動分析学会は学問が構成員の主な共通要素で、その意味でも特異な学会です(ただし、これが特異なのは、もしかしたら心理学界のそれこそ特異な特徴なのかもしれません)。
 日本行動分析学会では年次大会でも他の学問領域や分野から専門家をお呼びして講演していただくことが多いですし、非会員に向けた公開講座も実施してきています。日本行動分析学会第5回論文賞を受賞した丹野・坂上(2011)では学際的研究の推進の必要性が主張されていました。日本行動分析学会の論文賞は会員からの投票によって選考されます。学際的研究の推進については、おそらく一定の指示を受けていると思われます。
 学際的な研究の推進は、他の学問の専門家で、行動分析学やその研究を知った人が「これは面白い!」、自分たちならこう取り組むと進めてくれることが、これまでは多かったのではないかと思います。「強化」の背景にある神経生理学的なメカニズムに関する研究もそうですし、行動経済学の専門の人たちが、実験的行動分析の選択行動の実験を引用するのもそういう流れです。
 行動分析学の専門家自らが学際的研究に取り組むのが消極的に見えるとすれば、それは研究者の総数が少ないためではないかと私は考えています。基礎系の専門家、研究者の数が増えれば、自然と研究対象も広がり、学際的研究をする余裕もでてくるのではないかと思いますが、昨今、どこも基礎系の研究者にとっては厳しい状況ですので、楽観視はしていません。

  • 丹野貴行・坂上貴之(2011)行動分析学における微視-巨視論争の整理 行動分析学研究, 25(2), 109-126.

吉田先生からの問いかけ:

「他の事象との関連性・共通性の高い心理過程を変容させる」という考え方が入り込む余地はないのか?
より上位の概念レベルでの理論構築の必要性はないのか?

 ごめんなさい。これはちょっと具体的なイメージがつかめず、回答できそうにないので、文献や情報の提供だけにさせて下さい。

 たとえば、望月・佐藤(2003)では「性格」を高次オペラントとして分析しています。第三世代の行動療法とされるACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)は、その理論的基盤の一部をRFT(Relational Frame Theory)においています。RFTは、端的に言えば、関係性の学習を分析する枠組みです。
 前者は行動分析学の既存の概念で「性格」という人の行動傾向を記述、解釈できるかどうか検討しているのに対し、後者は、実験手法はこれまでの行動分析学の研究と変わりはないのですが、提唱者であるHayesらは「post-Skinnerian」をうたっています(それに対する異論反論もあります)。
 これは私見中の私見ですが、行動分析学の楽しさの一つは、一見複雑に見える行動現象が案外単純な変数で制御されていることをみつけることではないかと思います。“ストイック”なのかもしれませんが、既存の基本概念でまずは変数を探索し、どうしてもそれだけでは何がどうなっているかわからないときでさえ、それを説明するためだけに新しい概念を持ち込むのには躊躇する。そういう傾向は強くあると思います。

  • 望月 要・佐藤方哉(2003) 行動分析学における"パーソナリティ"研究 行動分析学研究, 17(1), 42-54.
  • Hayes, S. C., Barnes-Holmes, D., & Roche, B. (2001). Relational frame theory: A post-Skinnerian account of human language and cognition. New York, NY US: Kluwer Academic/Plenum Publishers.

○(その従属変数に対する,その介入は)
「不可逆的な変化をもたらすものか」
「持ち越し効果があるものか」
「効果が現れるまでに時間がかかるものか」
といったことについて,どう考えているのか?

前回のご質問(「フォローアップ」と条件反転による行動変容の有無について)と関連している問いですが、それぞれ回答します。

「不可逆的な変化をもたらすものか」
 行動の変化と維持をもたらした条件が継続する限り、原則的には、その行動は元には戻らないと考えますが、これを「不可逆」と言うかどうかは「不可逆」という言葉の定義次第だと思います。
 新しい行動レパートリーをシェイピングしたあとで、消去したら、次にまたその行動を強化するときには初回よりも短い試行数や時間で訓練可能ですが、こうした学習の累積性のようなものを「不可逆」と定義することもできるかもしれません。

「持ち越し効果があるものか」
 過去の強化歴は現在の行動に影響します(「強化歴」の効果として研究対象とされています)。また、直前の反応率が現在の反応率や行動の変化に影響することもわかっています(「行動慣性」や「変化抵抗」として研究されています)。こうした文脈からすれば「持ち越し」効果はあって、研究されていると言えます。

「効果が現れるまでに時間がかかるものか」
 随伴性が変化してから行動が変化し、安定するまでには時間がかかるときもあれば、かからないときもあります。これは制御変数次第です。たとえば、随伴性を記述した言語行動(ルール)の介在によって行動が変容するときには、ルールが自発されてすぐに行動が変わることもあります。随伴性が変化した後も、これまで自発されていた行動が間欠的に強化される場合には、行動の変容までに時間がかかったり、場合によっては変化しないこともありえます。

 随伴性の変化から行動の変化までに時間がかかることもあることから、シングルケースデザインの研究法の多くでは、介入前後の二点比較(事前事後の比較)ではなく、比較的長期間にわかる多時点での時系列測定をするわけです。
 シングルケースデザインで複数の介入方法の効果比較がしにくいのも、介入の相互作用を無視できないという、こうした事情によるものです。

吉田先生からの問いかけ:

ベースラインに戻したときに従属変数の値が介入前の値(の方向)に戻ることの意味について
・介入の効果を主張するための強い証拠?
・効果の持続性がない(強い効果がない)ことの証拠?
これらは矛盾することではないのか? 各研究では,どうなることを目指している(ないし,想定している)のか?
・介入の除去とフォローアップの違いは?

 最後のご質問に最初に回答します。 「フォローアップ」は学術的な定義がない用語です。なので「フォローアップ」と命名された条件でどのような手続きが用いられていたかについては各論文にあたるしかありません。ご指摘の通り、介入をそのまま続けて、介入の持続効果を評価した研究もあれば、介入を除去し、それでも行動が維持されるかどうかを検討した研究もあります。さらに、たとえば実験終了後、実験者が介入場面から去った後で、教員や保護者が同じ介入をどれだけの精度でどれだけの頻度続けたかはわからない状況で、とりあえず従属変数だけは測定したということもありえます。
 つまり「フォローアップ」と命名された条件で実際にどのような手続きがとられていたのかは、論文中にできるだけ詳細に書くか、あるいは「放置状態で不明」と書くべきであり、もし「フォローアップ」という名称だけ書いてあってそれ以外の情報が見当たらないようであれば、それは論文の不備にあたると思います(著者、査読者、編集委員会・長による査読&編集過程で確認、修正されるべきことだと思います)。

 介入を中止して行動が元に戻る、もしくは戻らないことをどのように解釈するかですが、これは標的行動に関する随伴性の解釈がどうなっているか、そもそもベースラインで標的行動が自発されなかった(あるいは自発されすぎていた)理由をどのように解釈するかによると思います。
 たとえば、大人の手をとってお茶の方に近づける反応(その形態から「クレーン反応」と呼ばれます)で要求していた子どもに、カードの交換でお茶を要求することを分化強化手続きで教えたら、分化強化手続きを継続しなくても、日常の随伴性がカードを見せる行動を強化し、維持することでしょう。その場合は、ベースラインに戻しても行動は反転しない可能性が高いです。つまり、日常生活には標的行動を強化する随伴性があるけれど、その行動レパートリーが未形成もしくは標的行動と両立しない行動が強化されていて自発されないときに、新たな、より望ましい標的行動を形成した(と解釈する)場合です。
 逆に、たとえば、登校してからの着替えに、他の子どもや教員にちょっかいをだしたり、座って自己刺激行動をしたりするなどの逸脱行動が多くて、時間がかかっていた子どもに、着替えが終わったらゲームができるといった随伴性を提供すれば、逸脱行動が減り、着替え時間も短縮できる可能性がありますが、この場合、介入前後で他に随伴性が変わらない限り(例:着替えが早く終わることでゲーム以外に何か楽しいことができるとか)、行動は元に戻る可能性が高いと考えられます。これは、日常生活に標的行動を強化する随伴性がないか微弱で、行動レパートリーはすでに習得されていても自発されない(と解釈する)場合です。
つまり、介入中止によって行動が元に戻るかどうかは、ベースラインと介入の随伴性を記述し、比較することで、予測し、解釈することになります。

 シングルケースデザインは介入の効果を検証する方法ではありますが、同時に、行動の制御変数をみつける方法です。たとえば介入が複数の独立変数からなるパッケージになっている場合などは、どの変数が効いたのかはわからないので、効果検証のみで制御変数の同定までには至らないケースもありえます。
 上記のような随伴性の分析により、介入中止後の予測をして、それがはずれる場合もあります(日常生活で強化・維持されると想定した新しい行動レパートリーが維持されないとか、介入を継続しないと維持できないと想定された標的行動が維持されたときなど)。こういう場合は、行動観察などから事後的に随伴性を再分析し、結果を解釈することも可能で、これは論文でいえば考察で論じるべきことでありますが、こうなると、その実験では制御変数が明らかになっていないことになるので、条件を追加してさらに実験を追加するとか、再試、追試をして不明な制御変数を明らかにする方が生産的であり、価値があると考えるのが、行動分析学では一般的です(推測や解釈より、条件操作による実証が重視されるという意味です)。

 ただし、これがそのまま学術論文の査読基準にあてはめられているわけではありません。「理想」的な、高水準の論文しか受理しないとしたら、掲載論文数が発刊に至るまでに足らないということになるかもしれません(これは国内の、研究者の会員数が少ない、小さな学会では、どこでも抱えている課題ではないかと思います)。
 つまり、機関誌に掲載されている論文がすべて「理想」的な研究論文ではないということです(ちなみに、行動分析学研究ではこれまで「原著」と「短報」という区分けで、この違いを明示してきています)。
 吉田先生がシンポジウムでご指摘下さったように、なぜそのような介入をするのか、どのように介入の結果を解釈するのかを、もう少し丁寧に書くべきとの印象を与える論文があることには私も同意見です。特に、推定される行動随伴性は明確に書き、論じるべきだと考えていますが、これは学会内で一致した見解ではありません。

8月は学会、研究会、研修会、里帰り旅行と、行事が目白押しで、7月末の日本行動分析学会創立三十年記念シンポジウムで関西学院大学の吉田寿夫先生から投げかけられたいくつもの重要な問いかけにブログで答えるという仕事が置き去りになってしまっていました(吉田先生、ごめんなさい)。

とぎれ途切れになりそうですが、一つずつ考え、個人的な見解を書いていこうと思います。形式的には公開返信のようになりますが、吉田先生に宛てて書くわけではありません。吉田先生はもちろんご存知であることも書くことになるからです。吉田先生個人に対する回答ではなく、これを機会に物事を整理し、吉田先生以外の方にも共有させていただくための記事ですので、ご了解下さい。吉田先生は、記念シンポジウムのために行動分析学研究を何号も読んで下さり、下調べをして下さったそうです。残念ながらシンポジウム当日にはせっかくの興味深い論点がほとんどふれられずじまいでした。吉田先生への感謝の気持ちとお詫びの気持ちの両方をこめて書かさせていただきます。

まずは、これから。

吉田先生からの問いかけ:

 そもそも、シングルケースデザインという名称は適切か? ケース数が重要なのではなく、個人内(での操作した独立変数と測定された従属変数の間の)共変動に基づいた検討をしていることがポイントでは?

 名称の妥当性については後述するとして、群間比較デザインに対する参加者内(個体内)比較デザインという意味では、ご指摘の通りだと思います。
 ただし、単なる参加者内比較デザインではありません。他の実験心理学の実験でも、たとえば記憶の実験で刺激の特性による差を参加者内で比較するように、参加者内比較デザインを援用することもありますが、シングルケースデザインでは、一つの独立変数に対して従属変数が《変化する》まで《繰り返し測定》すること、そしてそうすることで両者の因果関係を判定するところに特徴があります。
 通常の実験心理学の実験で群間比較デザインを用い、代表値の比較をする場合には、たとえば参加者内変化量(例:事前事後テストの差)の平均値を群間で比較することになりますが、仮説とは逆の方向や傾向を示す参加者がいても、それはそのままです。個人差が相殺された上での群間の差が問題とされるため、《変化する》まで条件を変えていき制御変数を探すことはしませんし、変化するまでの過程(例:独立変数が投入されて急激に変化したのか、徐々に変化したのかなど)も検討されません(多くの場合、事前事後などの二点測定しかないので)。
 現在「シングルケースデザイン」と呼ばれている方法論を、たとえば「参加者内比較デザイン」と呼んでしまうと、こうした違いが強調されなくなったり、見落とされてしまうと思います。

 “シングル”ケースデザインという名称でありながら、重要なのはケースの数ではないことはご指摘の通りです。“シングルケースデザイン”という名称を“一事例の実験デザイン”と訳してしまうことで、n=1の実験計画法なのだという誤解が生まれてしまったことからすれば、確かに適切な名称ではなかったのかもしれません。
 しかし、こうした誤解は名前を変えるだけでは修正できないようにも思えます。シングルケースデザインを用いて行われた実験の結果は、ほとんどが比較的単純な折れ線グラフによって提示されます。そのことで、この研究法そのものが「単純」であると思われがちなのですが、原理原則は単純だとしても、正しく実行し、正しく解釈するための条件や配慮すべき事項は数多く、習得はそれほど簡単ではありません。したがって、名称というよりも、むしろ内容が正確に理解されるような参考書や教材や指導が重要なのだと思います。

 とりあえず今日はここまでです。続きはまた来週に。

日本教育心理学会第55回総会のGeorge Sugai 先生による特別講演 『子どもたちが健やかに成長する学校環境』の発表スライドがPBISのwebサイトで公開されました。

オリジナルの英語版に加え、日本語訳版も公開されています。英語版では発表者用のノートも公開されていますので、会場に来られなかった人も、あわせて読むと内容が6割くらいはわかるのではないかと思います(あとの4割は参加者特権ですね  ^^)。

Pbisimg

 

日本教育心理学会第55回総会準備委員会企画シンポジウム1の発表資料です。

話題提供者の先生方、スライド資料のご提供、ありがとうございました!

『発達・教育支援におけるエビデンスにもとづいた実践』

企画・司会 島宗 理(法政大学) 企画 山本淳一(慶應義塾大学)

11月までには『教育心理学年報』に掲載するまとめを書かないとならないようなので、討論についてはそのときにまたフォローアップします。

刊行から数ヶ月経過した号についてはPMCで無料公開されていた、Journal of Applied Behavior AnalysisJournal of the Experimental Analysis of Behavior がどちらも、オンラインジャーナル出版社のWileyと契約を結び、有料配信に切り替ったようです。

Wiley

 今のところ過去の巻号はPubMEDからダウンロードできます(いつまで可能なのかは不明)。

 Wileyのサイトはそれぞれ以下の通りです。

 法政はWileyと契約があるのですが、この切替が間に合っていないのか、PDFをダウンロードしようとすると「買って下さい」となってしまいます(問合中)。

 う〜ん、不便。

日本教育心理学会第55回総会のGeorge Sugai 先生による特別講演の準備がようやく終わりました。PowerPointスライドを日本語にし、渡辺弥生先生と協力して配布資料も別途作成しました。準備しながら、Sugai先生とメールをやりとりして、質疑応答もさせていただきました。役得です。

そのなかで、以前から思っていた、Positive Behavior Intervention and Support (PBIS)の“Positive”って何が“Positive”?っていう疑問をぶつけてみました。

以下がSugai先生の回答です。許可を得て引用します。わかりやすいように意訳しています。

“ポジティブ”という言葉は、(A) 新しい問題行動が生じないように、そして既存の問題行動が再発しないように予防すること、(B) 問題行動の替わりになる、より望ましい社会技能を教えること、(C) 児童生徒の成功と達成を重視すること、(D) 児童生徒がうまくやっているとき、望ましい行動をしているところを日頃からとらえて承認すること、に焦点をあてる取組みに対して使っています(G. Sugai, personal communication, August 7, 2013)。

PBISをどう訳すか決め手がなかったのですが、Sugai先生の回答からは“Positive”が複数の特性に対してつけられた名称の一部であることがわかるので、これは訳さず、固有名詞として扱うべきなんだろうなと思いました。

なお、講演用スライドを事前に読ませていただいた印象は、近年のSWPBISがRTIを統合し、学業支援(学力向上)に力を入れているということです。これは、学校は学校が本来すべきこと(教えること)ができてないときに、その他諸々の問題が生じやすくなるという、私の持論と一致した方向性で、なるほどという感触です。もちろん、スライドだけでは内容はよくわからず、あくまでこの時点での私の推論にすぎないのですがしかありませんが...

あとは講演を楽しみに待つだけです。

(原文)WE USE IT TO REFER TO AN APPROACH THAT FOCUSES ON (A) PREVENTION (PREVENTING THE DEVELOPMENT OF PROBLEM BEHAVIOR OR PREVENTING THE RECURRENCE OF PROBLEM BEHAVIOR), (B) TEACHING SOCIAL SKILLS THAT ARE MORE APPROPRIATE AS REPLACEMENTS FOR PROBLEM BEHAVIOR, (C) THE EMPHASIS ON STUDENT SUCCESS AND ACHIEVEMENT, AND (D) REGULAR ACKNOWLEDGEMENT OF STUDENT SUCCESS AND DISPLAYS OF ACCEPTABLE BEHAVIOR. (G. Sugai, personal communication, August 7, 2013)

なお、日本教育心理学会第55回総会は8月17日-19日に法政大学市ヶ谷キャンパスで開催されます。Sugai先生の講演は、初日の13:00-15:00に予定されています。

Wheredoesmymoneygo

Where Does My Money Go?とは?  あなたの年収のうちいくらが市税や町税で、それらが何の目的に使われているのか、1日当たりの金額で可視化するWEBサービスです。 このサービスを立ち上げた目的は、納税者である国民一人ひとりが、支払っている税金の使われ方を具体的に理解し、税金の使われ方を決める当事者として責任ある意見を述べることを手助けすることです。
 私達は、国民一人ひとりが、公共サービスにおける受益と負担の関係を数字で理解したうえで、私ならこう税金を使って欲しいという具体的で責任のある意見を述べることができるようなることが、日本の財政を健全化させ、日本を新たな成長へと導く近道に違いないと考えています。 現在のヴァージョンでは、県市町村といった、いわゆる地方自治体の財政データを扱えるようになっています。

現在では全国十都市のデータについてサイトが立ち上がっている。なんとすべてボランティア有志によるもので、しかも、この取組みに参加したい人が同様のサイトを立ち上げられるようなサポートの仕組みも整っている。

私が学生時代を過ごした千葉市版はこちらから

以前、霞ヶ関の官僚某氏と話していたときに、やたらと批判されることが多い行政だけども、公務員の志気を高め、人々のためになる仕事をすることを動機づけるためには、税金を使って達成したことをもっと目に見える形でアピールした方がいい。それに対する市民の意見もフィードバックできるようになるともっといい。そのためには、たとえば、自分が収めた税金の使い道がわかるような仕組みと、それを評価できる仕組みをネット上に構築したらいいとアドバイスさせていただきました。

残念ながら、それは実現しませんでしたが、こういう草の根的な形のシステムが生まれてきたことは素晴らしいことだと思います(この仕組みは元々は英国のNPO発信らしいです)。

願わくば、これにのっかる行政がでてきて、税金の使い道をさらに詳細にブレークダウンしてみせて欲しいです。現在は、たとえば「健康・福祉」は「健康」と「福祉」ブレークダウンできますが、そこまで。会計システムとリンクさせ、もっと細かな勘定科目まで見せて欲しいところです。あぁ、あの公園の改修に自分の支払った税金のうちXX円が使われたのなら納得とか、道路の掘り起こしにXX円も使われてるじゃん(怒)とか。

それに、各項目について、Facebookの「いいね」ボタン的なものを用意して、納得がいく使い道と、納得がいかない使い道を、市民が「投票」できるようになれば、行政の行動に市民の要望や満足度を反映した随伴性が設定できます。

Facebookと同じで否定的な投票ではなく、肯定的な投票のみ受け付けることで、行政の行動の中の望ましい行動を増やすことに専念する(そうすれば自動的に望ましくない行動は減る)という発想です。

ぜひ、どこかで。

重体の高3男子死亡、サッカーゴール下敷き  千葉県茂原市の県立茂原樟陽高校で、倒れたサッカーゴールの下敷きになり意識不明の重体だった3年の男子生徒が、30日午後2時50分ごろ、搬送先の県内の病院で死亡した(日経産業新聞, 2013/5/31)。

またしても悲惨な事故である。しかし「事故」で片づけてしまってはいけない。サッカーゴールやハンドボールゴールが壊れてたり、落下したり、移動したりして起こる事故はこれまでに何件も発生しているからだ。

文部科学省は2008年に「学校施設における事故防止の留意点について(第一次報告)」の取りまとめを公表している。

国立教育政策研究所のHPからは非常に詳細な報告書がダウンロードできる(「学校施設における事故防止の留意点について(第一次報告)

「課題と対策例」には、サッカーゴール、バスケケットゴール、テントなどの、転倒の危険があるものについては、杭などで固定したり、十分な重さと数の砂袋などで安定させるべしと明記している。

毎日JPの報道によれば「通常は土のうで固定するが、最近は部活動のグラウンド使用のため、移動させることが多く、この日も固定していなかったという。また、校内でもゴールポストの老朽化や腐食を指摘する声が上がっていたという」。

県の教育委員会は高校などに対し、ゴールが倒れないような対策を講じるよう“指導”するというが、これまでと同じように“注意喚起”するだけでは不十分である。

学校は児童生徒や教員にとって「安全」な場所でなければならない。しかし、事故の成り行きがいかに重大、重篤でも、発生確率が低い出来事の対策は、より直近の諸事情(風が強くなるたびに片づけるのはたいへんだし時間がかかる、土のうの移動も労力がいるし、生徒、教員ともにやりたがらない、ゴールポストを固定すると他の活動に使いにくいなどなど)が優先されてしまいがちになる。

天災は忘れた頃にやってくる型の随伴性で行動を制御するのは非常に困難である。そして、“注意喚起”は随伴性を変えない。よって、行動は変わらない。

学校現場の随伴性を、随伴性の真っ只中にいる教員や児童生徒が変えるのも至難の技であり、だからこそ、教育委員会がこの仕事をすべきである。

たとえば、上記の資料にある「課題と対策例」をチェックリスト化し、職員を学校に抜き打ちで派遣し、定期点検を実施し、結果を学校にフィードバックし、不十分なところは対策を求め、対策を約束する行動をそのための予算配置という好子で強化し、あるいは対策が講じられるまではグラウンドを使用禁止にする(好子消失阻止による強化随伴性)。

学校の独立性、裁量性は重視されるべきだが、子どもの命を守るためには、そのためのルールづくりに現場の意見が必ず反映されるという条件つきで、教育委員会がそのくらいの強制力を持ってもいいと思う。

チェックリスト作成(カスタマイズ)には現場の意見を十分に取り入れるべきだし、点検やその後の処置のルールも話し合いで調整すべき。また、こうした仕組みを改善していく手順も内在化しておくべきである。

学校が学校の機能を十分に果たすために、学校現場だけではできないことを補助する仕事こそが教育委員会がすべきことであり、安全確保(これにはいじめや体罰の防止も含めるべき)は最も高い優先順位をつけるべきことだと考える。

Th_ncser

National Center for Special Education Researchが提供するビデオ講義。全部観たら40時間ぶんくらいあるのではないだろうか。

The purpose of this training institute is to increase the national capacity of education researchers to conduct methodologically rigorous single-case intervention studies.

素晴らしい。せっかくだから日本にいながらおっそわけしてもらいましょうと思いつつ観たけど、音が途切れる。最後まで観る(聞く)のは苦痛だ。スライドとスクリプトはダウンロードできる。音声もダウンロードできるようにしてくれたらiPhoneで聴けるのにね。

字幕つきなので大学生/大学院生には英語のリスニングの練習になるかも(笑)。

Th_scr

このSingle Case Research というサイトでは、前回ご紹介したTau-Uなどを計算するwebアプリが提供されています。

他にも参考になる論文が無料で(いいんだろうか?著作権とか)入手できます。クレームはいってダウンロードできなくなるかもしれないから、興味がある人はお早めに。

 シングルケースデザインの研究を評価する指標について文献調査継続中(以前の記事はこちら)。

 でも、とてもじゃないが、全部読みきれません。文献が掲載されているジャーナルは多岐にわたるし、行動分析学以外の時系列分析(daily diaryやecological momentary assessment: EMAや社会科学的データなど)まで含めて議論されていることもあるし、行動分析学で伝統的に行われてきた目視による評価と直観的には同じ"nonoverlap"な計算法ならまだしも、データに内在する自己相関や傾向などの構造をモデル化する方法は、さすがについていけません。行動分析学家がAMOSを使う日がくるのだろうか...まさかね。

 行動分析学プロパーではない人たちが、ここまでシングルケースデザインに興味を持つのは、もちろん臨床研究での使い勝手の良さということがあり、また、行動分析学以外の雑誌に投稿し、受理されるためには何らかの統計をしないとならないということがあり、さらに、どうやらアメリカではその手の研究にファンドをつけて、膨大なシングルケースデザインのデータをメタ分析できるようにしようという流れがあるのではないかと思う。

 たとえば、National Center for Special Education Research のこの告知(2010年らしい)。統計の専門家たちに、シングルケースデザインのデータをメタ分析する手法を開発するように促している。

 この前後で関連文献の数が急増しているし、色々な雑誌で特集も組まれている(Journal of Applied Sport Psychologyだけ、ちょっとニュアンスが異なるけれども)。

 これまで読んだ論文で、もっともわかりやすく、全体的な流れをつかめたのが以下の3本。最初のはWWC(What Works Clearinghouse)の標準化作業をまとめたもの。

Kratochwill, T. R., Hitchcock, J. H., Horner, R. H., Levin, J. R., Odom, S. L., Rindskopf, D. M., & Shadish, W. R. (2013). Single-case intervention research design standards. Remedial And Special Education, 34(1), 26-38.

Parker, R. I., Vannest, K. J., & Davis, J. L. (2011). Effect size in single-case research: A review of nine nonoverlap techniques. Behavior Modification, 35(4), 303-322.

Smith, J. D. (2012). Single-case experimental designs: A systematic review of published research and current standards. Psychological Methods, 17(4), 510-550.

 効果量の計算法としては、Parkerら(2011)が推奨するTau-Uが優れているように思われる。全データポイントを使い、ベースライン、介入時、両方ともの傾向も考慮される。

Parker, R. I., Vannest, K. J., Davis, J. L., & Sauber, S. B. (2011). Combining nonoverlap and trend for single-case research: Tau-U. Behavior Therapy, 42(2), 284-299.

 それにしても、この件について、JABAには論文が見当たらないし、ABAIの年次大会プログラムで「effect size」を検索してもヒットしないのはどうしてなんだろう? もう何年もABAIに参加していないので、学術雑誌を読んでいるだけではわからない、研究の「流れ」とか「雰囲気」とか、あるいは大人の事情とかがつかめていない(←学会に行くのは、研究仲間に会いにいくのと、こうしたインフォーマルな情報収集が実はメインですよね)。

 月末のABAI@ミネアポリスに参加される方は、ぜひそのあたりの情報を探ってきて、こっそり(?)教えてください。

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4/3(水)のNHK「あさイチ」の「気になる!?"クセ"大研究」で解説した「習慣逆転法」(habit reversal)に関する補足情報です。前半は専門家向け、後半は一般向けです。

 「習慣逆転法」は応用行動分析学の第一世代にあたるAzrinが開発した行動修正のための介入パッケージで、nervous habits(「神経性習癖」)、チック、吃音症、トレットなどの症状が適用対象になります。
 「神経性習癖」は、爪かみや髪ひき、貧乏揺すりなど、同じ形態の行動が繰り返される、いわゆる「クセ」ですが、臨床的に問題になるのは、たとえば出血したり、組織や変形するなど、身体的な損傷が生じたり、社会的に不利になるなど、何かしらの不適用があらわれる場合です。
 チック、吃音症、トレット以外にも、たとえば、顎関節症(temporomandibular disorders)という、医学的診断がついた症状に対する成功例も報告されています。逆に、spasm(けいれん、ひきつけ)、chorea(ハンチントン病からくる舞踏病)、tremors(パーキンソン病やバゼドー病から生じる震せん)などの症状は「適用外」とされています。

Azrin N, Nunn R, Frantz-Renshaw S.  (1982). Habit reversal vs negative practice treatment of self-destructive oral habits (biting, chewing or licking of the lips, cheeks, tongue or palate). Journal of Behavior Therapy and Experimental Psychiatry, 13(1), 49-54.

Glaros, A. G., Kim-Weroha, N., Lausten, L., & Franklin, K. (2007). Comparison of habit reversal and a behaviorally-modified dental treatment for temporomandibular disorders: A pilot investigation. Applied Psychophysiology And Biofeedback, 32(3-4), 149-154.

Peterson, A. L., Dixon, D. C., Talcott, G., & Kelleher, W. J. (1993). Habit reversal treatment of temporomandibular disorders: A pilot investigation. Journal of Behavior Therapy And Experimental Psychiatry, 24(1), 49-55.

 「習慣逆転法」は応用行動分析学のシングルケースデザインを用いた研究のみならず、嫌悪療法やその他の療法(もちろん統制群とも)と治療効果を比較するグループデザインを用いた研究も行われており、上述の標的行動群に対する治療効果には十分なエビデンスがあると言えます。詳しくは下記の展望論文をご参照下さい。

Bate, K. S., Malouff, J. M., Thorsteinsson, E. T., & Bhullar, N. (2011). The efficacy of habit reversal therapy for tics, habit disorders, and stuttering: A meta-analytic review. Clinical Psychology Review, 31(5), 865-871.

Woods, D. W., & Miltenberger, R. G. (1995). Habit reversal: A review of applications and variations. Journal of Behavior Therapy And Experimental Psychiatry, 26(2), 123-131.

Miltenberger, R. G., Fuqua, R. W., & Woods, D. W. (1998). Applying behavior analysis to clinical problems: Review and analysis of habit reversal. Journal of Applied Behavior Analysis, 31, 447-469.

 神経性習癖(以下、より軽度なものも含め、ここでは「クセ」と総称します)一般の研究からは、ストレスがかかったときや活動が拘束されたとき(番組でも紹介されたように、車にのって渋滞に巻き込まれたとき)クセが自発されやすいことはわかっているようですが、その仕組みはまだ解明されていないようです。

 上記の展望論文には、たとえばクセを一種のスケジュール誘導性行動とみなす考え方も紹介されており、私もそれはかなりありそうなことではないかと考えています。強化率が低くなったとき、あるいは嫌子の出現頻度が高まったときに、クセによる自己刺激が好子として確立されるとか、あるいはクセが最初は偶発的に強化され、そのまま誤学習したくせが、スケジュール誘導性行動として自発され、随伴性はないのにもかかわらず(迷信行動的に、あるいは中間的行動として)、維持されてしまっているのではないかという仮説です。

 こうした仮説の検証は実はほとんど行われていません。「習慣逆転法」はとにかくクセを治すことを主眼に開発されてきた手法であり、クセの機能に目をむけた研究はほとんどされてこなかったのです。

 ただし、クセの機能を明らかにしようとする研究も少しずつ出始めているようです。たとえば、以下の論文では、いわゆる機能的分析と同じ手法でクセの機能を推定し、「習慣逆転法」と推定したクセの機能の交互作用について論じています。この論文からはクセに単一の機能があるわけではなく、複数の機能があり、しかも個人差があることがわかります。これからの研究課題といえるでしょう。

Woods, D. W., Fuqua, R., Siah, A., Murray, L. K., Welch, M., Blackman, E., & Seif, T. (2001). Understanding habits: A preliminary investigation of nail biting function in children. Education & Treatment of Children, 24(2), 199-216.


上述の展望論文にまとめられている「習慣逆転法」の構成要素を書き出しておきます。

「習慣逆転法」

癖やチックを意識化させる。
1) 反応を定義する:鏡で自分の行動をみながら癖やチックを具体的に言語化する。
2) 反応を検出する練習:セラピストが「今やっていますよ」と指摘する。クライアントが自分で気づけるようになるまで続ける。
3) 反応を自発する前に検出する練習:癖やチックをする前兆に気づく。
4) 反応が生じる状況を言語化する:癖やチックが生じる場所や状況、一緒にいる人をすべて書き出す。

癖やチックと置き換える拮抗行動を教える。
5) 癖やチックに気づいたら、あらかじめ決めた拮抗行動を2分間行う。
拮抗行動は以下の条件を満たすこと:
a) 癖やチックとは反対方向の動作であること。
b) 数分間保持できる動作であること。
c) その動作によってアイソメトリックな筋肉の緊張が生じること(筋肉の収縮は起こらずに持続的に負荷をかけられる動作であること)。
d) 周りからは目立たずにできて、通常の他の動作に妨げにはならず、でも、それをしている間は癖やチックができないこと。
e) 筋肉のけいれんを生じさせるチックについては、その筋肉と拮抗する筋肉を強化する行動であること。

手続きを維持させる(動機づけの手続き)。
6) 不都合さの振り返り:癖やチックによって生じる問題や不快感、不安などをすべて書き出す。
7) ソーシャルサポート:家族や友人に習慣逆転法について伝え、癖やチックをしていないところを見つけて褒めてもらい、気づかずに癖やチックをしているところを見かけたら拮抗行動をするように声をかけてもらう。
8) 公表:癖やチックについて回りの人に知らせる。

般化させる
9) 想像による予行練習:上記の4) で書き出した場所や状況、人を思い浮かべながら、癖やチックをしそうになるが気がついてやめ、拮抗行動をする自分を想像する。

 このように、習慣逆転法のフルパッケージはかなり手間がかかり、専門家の助言なしで進めるのは困難ですが、実は「2) 反応を検出する練習」と「5) 癖やチックに気づいたら、あらかじめ決めた拮抗行動を2分間行う」だけの『簡易版』でも効果があることを示した研究も複数あります。症状や重篤度にもよりますが、自分で自分の爪かみを治してみたいと思うような場合なら、まずは簡易版をやってみるということもいいのではないかと思われます。ただし、番組でもご紹介したように、拮抗行動に従事する時間はかなり重要です。以下の論文からは、5秒間の拮抗行動では、短期的に成果がでても、数ヶ月後のフォローアップまで効果を維持するためには、やはり数分間の拮抗行動が必要なようです。

Twohig, M. P., & Woods, D. W. (2001). Evaluating the duration of the competing response in habit reversal: A parametric analysis. Journal of Applied Behavior Analysis, 34(4), 517-520.

 さて、番組でもカミングアウトしていましたが、私自身、爪かみのクセがあります。子どもの頃ですから、もう50年近く噛んでいることになります。小学校の頃は「衛生検査」の時間(机の上にハンカチと手をだして、衛生委員が机間巡視してチェックしていくやつ)が恥ずかしくて恥ずかしくて仕方なかったですし、大学生の頃は友達から「お前、それは子どもの頃の愛情不足だろ」なんてツッこまれていました。

 行動分析学を学んでからは色々試してみました。ちょうど、Western Michigan Universityに留学中、習慣逆転法の研究をやっていたWayne Fuqua先生(やはり、習慣逆転法を研究しているMiltenberger先生のWMUでの指導教官だったはず)の授業で文献を集中して読む機会があり、そこで読んだ論文に書いてあったことを自分の爪噛みに試してみていました。

 マスタードをつけてみたこともありましたし、手首に輪ゴムをつけ、爪を噛んだときにそれで手首をピチッとはじく、なんてこともやってみました。実はこうした方法は「嫌悪療法」(aversion therapy)として堂々と(?)研究されているのです。そして、習慣逆転法に比べて効果がないことは当時もなんとなくわかっていたのですが、簡単なので、とりあえずは自分の体で試してみました。

Davidson, A., Denney, D. R., & Elliott, C. H. (1980). Suppression and substitution in the treatment of nailbiting. Behaviour Research and Therapy, 18(1), 1-9.

Silber, K. P., & Haynes, C. E. (1992). Treating nailbiting: A comparative analysis of mild aversion and competing response therapies. Behaviour Research and Therapy, 30(1), 15-22.

 マスタード作戦はまったくだめ。むしろ、匂いをかぐ行動が増えちゃいました(辛いもの好きだし)。輪ゴム療法はある程度成功したのですが長続きしませんでした。しばらくして(1-2週間)、爪が伸びてくるころには(爪が伸びるほど、噛んでいなかったということもあって)、輪ゴムを手首にしなくなり、あっと思ったときに爪を噛んでしまい、時既に遅しで、輪ゴムでピチッともできず、あとはボリボリとなってしまいました。毎日両手の爪の長さを測定するという「記録療法」もやってみましたが、これはあまりに手間がかかり、途中でやめてしまいました。

 そんなこんなで、自分が試した中では、やはり習慣逆転法(ただし簡易版)が最も有効でした。2ー3週間爪をかまず、爪切りが必要になるところまで伸ばせました。

 しかし、その後が難しい。長い(というか普通の)長さの爪を維持するのが、自分にとっては難しいのです。

 ちょうど、今回の番組にあわせて、3/16から簡易版習慣逆転法を使っています。噛んだのは一度だけです。今では、白い部分が1-3mmまで伸びてきています。親指の爪はは長くなり過ぎたので、一度、爪切りで切りました。

 自分にとっての難関は以下の通りです。

 実は自分のクセは爪かみだけではありません。意識化してみるとわかるのは、噛むだけではなく、というより噛む前に、両手の爪をあわせてこすったり、片方の手の指でもう片方の手の爪をはじいたり、爪と指の隙間に爪を入れたり、爪を押したりと、何種類もの方法で爪をさわり、押すといった行動があるのです。これによって、噛んで短いときでさえ爪の白い部分が少なく、指から浮いています。爪自体も薄くなっています(摩耗?)。爪が伸びてきてもこのままの状態なので、全体的に、薄い爪が浮いている状態になっているのです。だから、服を着替えているときとか、布団の中とかで、すぐに爪が何かにひっかかります。今、こうやってパソコンのキーボードを打っているときも爪がカチャカチャキーにあたって打ちにくいし、ミスタイプも増えます。実際、今回も、左手の中指の爪がこうして一部破損してしまいました。

 上述したように、普通の人の爪よりも白い部分が多いせいもあるかもしれませんが、人生で爪切りを使ったことが数えるほどしかなく、どこまでどうやって爪を切ればいいのかもわかりません。なので、これまでは習慣逆転法を使って爪を伸ばしても(たいていは、とても重要なデートがやってきそうなとき、ですね。 笑)、こんな感じで、伸びてきた爪の扱いに困っているうちに、爪を触っていて(噛むのではなく)、薄くなった白い部分が裂けたり、切れたりして、結局、割れてしまうということの繰り返しでした。

 そこで今回は、爪かみだけではなく、爪いじりにも拮抗行動(拳にぎり)を随伴させています。爪いじりの形態があまりに多様なのですべてに随伴できてはいません(これも難しいところの一つです)。それから、拮抗行動を2-3分間保持するのはやはり困難です。たとえば、こうして文章を入力しているときに2-3分間拳を握るのは仕事からのタイムアウトが自分にとってはあまりに強い弱化となり、実現できません。なので、せいぜい10秒の拳握りで試行中です。もう少し長くなるところまで成功したら、今回はネイルサロンに行ってみようかとも考えています。デコレーションを楽しむためではなく(まさかね)、専門家の人に、このまま維持するのに適当な爪の長さや切り方を教えてもらうためです。

 自分のことはここまで。以下は、番組で伝えられなかったことです(生放送って難しいですね)。

 子どものクセを直そうとするときに叱ることのデメリットは数あれど、叱ることでストレスを与えるというのがクセを直そうとするときの最も大きなデメリットだと思います。ストレスがクセの原因であるとはわかっていませんが、ストレスがかかっているときにクセが出やすいことは間違いありません。クセをしそうなことに自分で気づけても、そこで拮抗行動に切り替えることは、高いストレスがかかっているときの方がより難しいことが予想されます。つまり、最初からハードルをあげずに、まずは簡単なところから練習を始める(成功すれば子どもも喜びます)ためにも、子どもがリラックスしている状態を作り出すことが重要だということです。叱ったり、なじったり、脅したりは、当然、その逆方向に働きます。

 クセは直したいと思っている人でも直しにくいものです。だから、そもそも直したいと思っていない人の行動を他人が変えようとするのは、不可能ではないにしろ、やたらと大変です。最初に書いたように、生活に大きな支障がないのならそのままにしておくというのも一つです。

 ただ、そのときに、直そうと思えばこうして直せるという方法を知っているのと知らないのとでは大違いです。大事なのは、直すこともできるし、あるいは、そのままでもいい、そういう選択肢を用意して、本人が選ぶ機会を確保することです。これは大人でも、子どもでも同じです。誰かから言われて強制的にやらされていることと、自分で選択してやると決めたこととでは、その後の遂行率に差がでるものです。クセを直すには、たとえば拮抗行動を続けるというように、継続が肝心、遂行率が命です。「本人が直したいという方向に持っていく」というのは、つまり、本人に選択させましょうということです。

 自分の場合、大昔は「親の愛情が不足していたからやってることで恥ずかしいけど治らない」から「親の愛情とは無関係な行動で、やると決めて拮抗行動を続ければ、爪が必要なときには伸ばせる。でもそれほど必要でなければ短いままでもOK」という具合に自分の爪かみに対する言語行動が変容しています。後者の方が気持ちもずっと楽です。

 どうすれば選択の機会がつくれるか、何を拮抗行動として選べばいいか、どうやって練習すればいいか、どうすれば動機づけできて、継続できるかについては、その人クセや状況などによって変わってきます。ここは一人ひとりのカスタマイズが必須なところです。習慣逆転法や行動分析学を勉強した小児科のお医者さんや行動療法の専門家が近くにいればいいですが、そうではない場合も多いと思います。ただ、重篤ではないクセであれば、ご自分で色々試してみても、大きな副作用はありません(車を運転中に運転と拮抗するような行動をしたりして事故になるなんて無謀なことをしなければ)。ですので、まずはご自分でご自分が直してみたい「小さめ」のクセがあればそれに取り組んでみることをお勧めします。

 まずはご自分のクセを意識化したり、記録をとったり、拮抗行動をやってみて、どこかどんなふうに難しいか(あるいはどこがどんなふうに楽しいかを)を実感すれば、お子さんにもどんなふうに話せばいいかヒントが得られます。あるいは最初から「お母さん(お父さん)も自分のこういうクセを直してみるから、あなたも一緒にやってみない?」と誘いかけて、家族のプロジェクトとしてやってみるのも楽しいかもしれません。そのとき、子どもさんが「ぼく(わたし)はやんない」と言っても、それはそれで選択ですので尊重してあげて下さい。そして、「それならお母さん(お父さん)がクセをしていて、それなのに拮抗行動をしないでいたら「み〜っけ」と言って教えてくれない」と言って、ソーシャルサポートを頼んでみましょう。それなら協力してくれるかもしれません。お母さん、お父さんが果敢にクセ直しに取組み、かつ、成功している姿をみたら、お子さんも「次、やってみる」と選択するかもしれませんよ。

以上。 

附記:イノッチ、顔ちっちぇ〜。さすがジャニーズ、かっこ良かったです。

附記その2:奥田先生の番組終了後の感想はこちらから

附記その3:奥田先生のブログを読むとわかりますが、奥田、杉山、島宗というトリオ出演は今回の番組ディレクター(D)さんが別々にアプローチして実現したもので、我々が仕掛けたわけではありません。Dさんが、我々3人がツーカーの仲だと気づいたのは、かなり後になってからです(笑)。偶然か必然か。そこのところも面白いイベントでした。

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飼い猫の馴化が東大の先生が考えるほど単純ではないように、我々ひとの馴化もよくよく考えるとそう単純ではない。

半年くらい前に自宅のトイレにエステーの「自動でシュパッと消臭プラグ」を導入した。散歩から持ち帰った愛犬はるのうんちがめちゃくちゃ臭かったので、トイレに流した後、自動的に消臭してくれるなら便利だと思ってのこと。

この装置、照明の変化を検知するようになっていて、明るくなると(トイレに人が入ってくると)、緑のLEDが数回、オレンジのLEDが続けて数回点滅してから、シュパッという音と同時に香水が噴射される。

最初の1-2ヶ月はこれ(噴射じゃなくて音だと思う)への驚愕反応が止まらなかった。特に夜中にねぼけまなこで起きてトイレに入ったときには、その後、胸がどきどきしてしばらく寝付けないほど驚いた。

すぐに馴化するだろうとたかをくくっていたが、なかなか落ち着かない。よくよく自分の行動を観察すると、トイレに入ると消臭プラグの方を見るようになっていた。消臭プラグは便器の左側に置いてある。便器の左側を向き、LEDが点灯したのを見て、シュパッでドキッとして、それからおしっこ。この繰り返し。

この観察反応には何の機能があるのだろう? LEDの点灯を見ていたからといって驚きが軽減されたようにも思えないのだ。何かしら危険性のある状態の警告刺激(WS→US/CS)への注視は生得性の確立操作(UEO)になっているのだろうか? それとも日常あちこちにある、こうした随伴性のどこかでは警告刺激の注視が回避行動を引き起こして強化されるので、それが般化しているのだろうか?

などなどと、トイレに行くたびに考えているうちに、馴化が生じ、今ではシュパッっとなっても気づかないほどである。

どちらが先だか不明だが(←もったいないことをした)、LEDへの注視もなくなった。試しに消臭プラグの位置を便器の左側から右側へ移動させてみたが、これだけでは脱馴化は起こらなかった。最長で2泊3日の旅行から帰って来た後でも脱馴化は起きなかった。あまりに不感になって、消臭プラグの中身がきれていてもしばらく気づかないほどである。

ここまで完全に反応が消失すると、果たしてそもそもこの行動変化は馴化だったのだろうかと疑問にも思う。

う〜ん。

毎晩どきどきしていたあの頃は、これじゃ夜びっくりするから、暗→明でシュパッじゃなくて、明→暗でシュパッにすればいい。そうすれば人をむやみに驚かさずにトイレから出た後で消臭できるじゃないですかとエステーさんに提案しようと思っていたが、今ではその動機も薄れました。でも、毎日、シュパッっとされて慣れることができないお客さんのことを考えると、この改善は役に立つのかな。

「ネコは飼い主の声を聞き分ける」 東大調査に「確かに」「犬より律儀」の声

ネットで喧々諤々のこの研究の元論文を読んでみた(どのように喧々諤々かは各自お調べ下さい)。

Saito, A., and Shinozuka, K. (2013, March 26).  Vocal recognition of owners by domestic cats (Felis catus).  Animal Cognition (Online).  DOI 10.1007/s10071-013-0620-4

飼い猫に呼び名を聞かせる。1回目から3回目は見知らぬ人(それぞれ違う人)の声で。4回目に飼い主の声。その後、もう一回、また別の人の声で。

すると、呼び名に反応して頭や耳を動かす反応が1回目から3回目にかけて減少していくのが、4回めで増加する。このことから、飼い猫が自分の飼い主の「声」がわかっているとした研究である。

「馴化-脱馴化」という方法を用いた実験。飼い主の声で脱馴化が生じるので、このような解釈になる。

馴化とは、大きな音や新奇な画像などに対して生じる驚いたような反応や注意を向ける反応が、その刺激を繰り返し提示することで減っていく現象のこと。動物実験だけではなく、たとえば幼児の記憶を研究するときにもよく使われる。

著者も論文で認めているように、この実験だけからは猫が飼い主の「声」のどのような特性に反応しているかはわからない。イントネーションや発音の仕方などの細かな刺激特性が手がかりになっている可能性もある。また、実験計画ということからすると、全被験体に対して同じ試行数の実験となっているところは改善の余地があるかもしれない。

4回目で飼い主の声が提示されたときの反応が、実は1回目の見知らぬ人から呼ばれたときの反応に比べて低いのも面白い。著者は統計的検定をしていないが図から読み取る限り有意差がありそうだ。1回目から飼い主の声で呼ぶ条件でもやってみないと分からないとはいえ、少なくとも飼い主の声も、最初の物音にまさる反応を引き出すほど脱馴化はしないことになる。

それに、ネットで反応している愛猫家の人たちが思い浮かべるであろう猫の反応はおそらく名前を呼んだらよってくるようなオペラントであり、呼称の機能は弁別刺激のそれのはず。

「馴化ー脱馴化」法を使っているということは、この著者たちは無条件反射的な機能を想定しているのだろうから、そこに若干のズレがある。と同時に、飼い主が名前を呼んじゃったら、当然、オペラントの刺激性制御と混交が生じちゃうよねっていう実験計画上の問題もある。

「何でこんな愛猫家なら誰でもわかっていることを、わざわざ東大の先生が研究してるんだ」なんて批判は、このようにして、非常に混みいってはいるが、完全に的をはずしているわけではないと思う。

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「おなかがすくと記憶力アップ 都医学総研、ハエで確認」(日本経済新聞, 2013/1/25)という記事に興味を持ち、ハエの学習に関する論文をちらほら読み漁ってました。

あまりに面白いので、東京都医学総合研究所の平野恭敬先生に直接お電話してお話をうかがってしまったくらいです。平野先生、不躾なお願いにも関わらず、ご丁寧にご回答下さり、ありがとうございました。

平野先生たちの研究はScienceに掲載されていますが、東京都医学総合研究所のこちらのページには日本語の解説と共に装置の写真もあります(上の画像はそちらを参照させてもらっています)。

Hirano, Y., Masuda, T., Naganos, S., Matsuno, M., Ueno, K., Miyashita, M., Horiuchi, J., & Saitoe, M. (2013).  Fasting Launches CRTC to Facilitate Long-Term Memory Formation in Drosophila.  Science, January 25, 443-446.

ハエの嗅覚と電気ショックを使った条件づけをするのですが、このとき餌の遮断化をしておくと、匂いと電気ショックの対呈示から一日経過した後の回避反応率が、遮断化をしていないときよりも高くなるという結果です。

餌を好子に使った(あるいは餌とも関連する般性好子を使った)オペラント学習に餌の遮断化が効くのは当然ですが、レスポンデント条件づけもしくはそれによるオペラント逃避/回避に餌の遮断化が効くというのは初耳で、とても興味深い現象だと思ったわけです。

平野先生たちの研究はさらに進み、条件づけを(or 条件づけによって生じた学習の保持を)促進しているのは、CRTCという脳の神経細胞中に存在するタンパク質であることを突き止めます(餌の遮断化をしなくてもCRTCを操作すれば同じ現象を再現できる)。

行動分析学的にこの現象はどのように解釈できるのか、そのためにはハエの行動をもう少し詳細に知らないとならない。そこで平野先生にお電話したのでした。

まず、驚いたことに(この業界ではそれが標準だそうです)。ハエは一度に百匹使うそうです。そう、集団実験なのです。上の写真の上部にハエを百匹入れ、匂い刺激を呈示しながら電気ショックをかけます。そしてそのまま下のT字路への入口を開けて移動させ、左右から別々の匂い刺激を提示します。片方からは電気ショックと対呈示したのと同じ匂い刺激を流すわけですね。

そして百匹のハエが移動した後、T字路のどちらにどれだけのハエがいたかを数えてそれを学習(記憶)の指標とするそうです。

この手続きだと、ハエのレスポンデントを測定しているのか、あるいはオペラント回避/逃避を測定しているのかよくわかりません。そのことを平野先生に質問したら、平野先生はレスポンデント条件づけと考えてらっしゃるようでした。こういう区別は先生方の研究によってはあまり関係がないのかもしれませんが、CRTCが作用する範囲を明確にするには、もしかしたら有効かもしれません(レスポンデント/オペラントで機能するタンパク質が異なるとか、同じオペラントでも刺激弁別と習得性確立操作とでは異なるタンパク質が関わっているとか)。

あるいは、もしかしたら、ハエは空腹時と満腹時とで飛び回ったり、動き回ったりする運動量が異なるかもしれない(そうであれば、たとえば、より動き回っている条件の方が電気ショックによって動き回る行動が弱化される確率が高くなったり、T字路でどちらかに移動する確率も高くなる)。あるいは、嫌悪刺激の呈示によってどのような行動が誘発されるのか(fightはなさそうだけど、flightするのかfreezeしがちなのか)によっても結果が左右されそうです。そもそも、電気ショックに対するハエの反射にどのような反応形があるかもわからないし、と、興味本位で調査を開始したのでした。

とりあえず、わかったこと:どうやらハエはDNAの解析も完了していて、脳の解析もやりやすく、頭蓋?が薄いので直接観察もしやすいし、脳だけ切り離して刺激を与えたりする実験もできる、寿命が数週間と短いので「生涯発達」的な研究もできるなどなどの理由で、(比較)生物学や神経科学、生理学などの研究で被験体として用いられることが多いということ。これに比べて、JEABには下記のシンプルなオペラント条件づけの実験が1本しかありません(実験箱の穴に出たり入ったりする行動をサッカリンで強化するのを反転法で評価)。さすがにこちらは個別実験です。

Sokolowski, M.B.C., Disma, G. & Abramson, C.I. (2010). A paradigm for operant conditioning in blow flies (Phormia terrae novae Robineau-Desvoidy, 1830). Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 93, 81-89.

行動分析学以外のジャーナルでは、数多くの(「学習」に限定しても、隙間時間では読み切れないほどの)実験が見つかります。その中でちょっと読んだだけでも、

匂いをかぐ器官(鼻のような触覚?)を伸ばす行動を条件性抑制で抑制する実験。

DeJianne, D., McGuire, T. R., & Pruzan-Hotchkiss, A. (1985). Conditioned suppression of proboscis extension in Drosophila melanogaster. Journal Of Comparative Psychology, 99(1), 74-80.

平野先生たちの研究と同じような装置で嗅覚嫌悪条件づけを個別実験と集団実験で行い、なんと、ハエの集団行動特性(社会的制御)を検討した実験。

Chabaud, M., Preat, T., & Kaiser, L. (2010). Behavioral characterization of individual olfactory memory retrieval in Drosophilamelanogaster. Frontiers In Behavioral Neuroscience, 4.

ハエを実験装置の中に吊るし、まるでフライトシュミレータのような状態で、飛行の角度を測定し、熱線を使って条件づけし、オペラントとレスポンデントの区別をしようとした実験。

Brembs, B., & Heisenberg, M. (2000). The operant and the classical in conditioned orientation of Drosophilia melanogaster at the flight simulator. Learning & Memory, 7(2), 104-115.

などなど。「ハエの学習の専門家」になる勢いでないと到底読み切れないほどの文献量です。なので、上記の私の疑問はまだ未解決ですが、とりあえず、これで打ち止めにすることにしました。さすがに今からハエの学習の専門家になるつもりもないので。

近年、ハトやネズミなどの脊椎動物を被験体に使って実験をするのが、倫理的な規制のため、どんどん難しくなってきていますが、ハエでこれだけの研究ができる余地があるのなら、救いです。日本の行動分析学会には、まだハエの学習の専門家がいません。今、始めればいきなり第一人者です。

いつやるか、いまでしょう(と、結局、しょーもないオチですみません)。

 シングルケースデザインについて再考する作業を進める中で、こんな本を見つけました。日常生活における行動観察や介入、特にいわゆる「社会実験」の行動分析学的な方法論についてまとめられた本ですが、恥ずかしいことに、これまで存在すら知りませんでした。

Banff

Hamerlynck, L. A., Handy, L. C., & Mash, E. J. (1973). Behavior change: Methodology, concepts, and practice. Champaign, IL US: Research Press.

Amazon.comで探したらラッキーなことに古本が手に入り、ぼちぼち読んでます。それでもって表紙になぜか「Banff」という文字が入っているのかと気になっていたら(バンフは世界的に有名なスキーリゾートで、自分も一度だけ登山&スキーしに行ったことがあります)、なんと、Banff International Conferences on Behavioural Science(この本が出版された当時はBanff International Conferences on Behavior Modification)という学術集会が1969年から毎年開催されていたことが大会のwebサイトでわかりました。

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第1回大会にはAzrin, Risley, Lindsley, Patttersonら、応用行動分析学の大御所が登壇しています。現在では間口が広がり、名称も"行動科学"となっていますが、社会的に重要な行動の変容にコミットした人たちの学術集会で、かつ、スキー好きの人たちが集まる学会のようです。

もっと前に知っていたら参加していたのに。

今年度の大会はすでに終了していますが、興味のある方は、ぜひ来年度、日本から参加してみてはいかがでしょうか。

この大会での成果をまとめた本がかつてはシリーズとして出版されていたことがわかり(上の表紙でわかるようにこれは「4」番目の本)、蒐集意欲がもやもやとわき上がってきていますが、Amazon.comで探してもほとんどが「Currently unavailable」です。日本の古本屋には、...ないだろうなぁ。

 シングルケースデザインの研究で効果量を計算する方法を探していたら、こんな資料(Kratochwillら, 2010)を見つけた。

Kratochwill, T. R., Hitchcock, J., Horner, R. H., Levin, J. R., Odom, S. L., Rindskopf, D. M. & Shadish, W. R. (2010). Single-case designs technical documentation. Retrieved from What Works Clearinghouse website: http://ies.ed.gov/ncee/wwc/pdf/wwc_scd.pdf.

 

What Works Clearinghouse(WWC)は米国の教育省の研究機関である Institute of Education Sciences (IES)が設置した、教育に関する科学的なエビデンスを評価し、まとめる組織である。

 教育の様々な分野で、どのような方法論にどのくらいエビデンスがあるのかが、あらかじめ策定された評価基準に基づいて評価され、その結果が公表されている。

 元々は医療サービスの効率化が狙いで、今や教育の領域にも浸透しつつあるこのエビデンス重視の考え方においては、無作為化比較対照試験(randomized controlled trial: RCT)で示された結果が最も強いエビデンスであると評価される。RCTであれば群間比較法なので、効果量の算出方法もすでに標準化されている(APAの新しいPublication Manual で effect sizeの記載が求められるようになったのも、このことと無関係ではあるまい)。

 これに対し、シングルケースデザインを主に用いる行動分析学の研究においては、効果量の算出方法についていくつか提案されてはいるが標準化はされておらず、主要雑誌(たとえば Journal of Applied Behavior Analysis )の投稿の手びきに記載はない。かつ、その前に、効果量を算出するに値する内的妥当性、つまり、実験計画法によって条件が十分に統制されていて独立変数と従属変数の因果関係が特定できているかどうかについても、研究者間の大まかな同意しかないのが現状であり、このため、上述のWWCのような組織においても、シングルケースデザインの積み重ねを評価していない、もしくはできない、あるいは間違って過小評価してしまうという事態が生じている(たとえば、Lovaasらのプログラムの効果が間違って過小に評価されているという批判はこちらから)。

 Kratochwillら(2010)が今どのような段階にあるのかはよくわからないのだが(こうした基準を元にシングルケースデザインの膨大な研究が再評価されているのかどうかわからないということ)、たとえば、必要な反転の数(ABAでは不十分で最低限ABAB)とか、最低限必要な再現の数(たとえば多層ベースラインは3層以上で同じ結果が再現されること)とか、同一フェイズ内のデータポイント数は最低でも5つ以上とか、たとえこうした基準の一つひとつに統計的な根拠がなくとも業界内の目安というかガイドラインとして示すことには意味があると思う。

 そもそもシングルケースデザインによる研究にはRCTでは得られないメリットがあり、特に教育や臨床など、目の前の子どもやクライアントに即した指導や介入が必須となるヒューマンサービスの領域ではそれらがもっと重視されてもいいと考える。そのあたりの議論を深めるのにもよいきっかけかもしれない。

 シングルケースデザインについては日本行動分析学会創立三十年記念シンポジウムのテーマになっており、岡山大学の山田剛史先生による統計に関する話題提供もあるようなので、楽しみにしたい。

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 先週末、和歌山県新宮市にて、日本行動分析学会の創立三十年記念事業として、「生活と行動分析学」をテーマとした熊野集会が開催されました。上の写真は私が座長を務めさせていただいた「ワークショップ4 地域と共に生きる(2) ゴミを出さずに ゴミ問題を解決する 藤井園苗先生(NPO 法人ゼロ・ウェイストアカデミー) 企画 奥田健次先生(行動コーチングアカデミー) 司会 島宗 理 (法政大学)」、撮影は眞邊先生です。

 会員だけではなく、地域の人々も参加し、高齢者の余暇支援、地域経済や文化、障がいと家族、ゴミ問題、動物との共生など、我々の日常生活における様々な問題が取り上げられ、色々な実践が報告され、討論されました。地元の新聞でも取り上げられました(紀南新聞online)。

 熊野「集会」では宿泊型とすることで -- つまり、参加者の多くが同じ宿に泊まり、寝食を共にすることで -- ワークショップが終わってからも夜遅くまで語り合える機会が提供されました。夜の話題も様々だったと聞いています(ちなみに私の周辺では「女性観」「男性観」「結婚観」で大盛上りしていました)。

 ワークショップの内容は年度内に刊行される『行動分析学研究創立30年記念号』に抄録が掲載される予定ですので、そちらをご参照下さい。また、熊野集会やその他の事業に関する報告は会員以外でも無料で読めるJ-ABAニューズレターに掲載されることになっていますので、そちらもご期待下さい。

 翌日の朝の討論の時間(これは会員のみが参加)も興味深かったです。あらためて実感したのは、生活のことを研究することは他の学問でもできますが、生活をそのまま研究できるのが行動分析学の魅力だということです。生活における行動は元々リアルです。他の心理学や多くの社会・人文科学では、リアルな行動をそのまま扱わずに、抽象化したり、平均化したりします。そうしないと一般的な法則が導けないからですが、その過程でリアルな行動のリアルな制御変数に関する情報は抜け落ちて行きます。だからこそ逆に、一般化された法則では、リアルな行動の全体的、総体的な理解はできても、目の前の行動の問題解決となると、がぜん役立たなくなってくるわけです。
 目の前の一つのリアルな行動の制御変数を見つけるという行動分析学の基本中の基本となる考え方、そして、制御変数を明らかにしながら行動を(ひいては環境やQOLを)改善していくという、自らの行動をベースラインとして次の介入を模索し、データ(事実)に基づいて環境を変えて行く方法論を、より多くの人と共有し、社会におけるより多くの領域でこうした研究や実践を進めることが、十年後の創立40周年に向けての課題の一つだと思いました。

 ワークショップ当日のつぶやきをまとめました → 熊野集会のつぶやき

 懇親会でいただいた熊野の地酒がめちゃくちゃ美味しかったので、来週の卒業パーティー用に一本お取り寄せしました。お楽しみに。

体罰の機能的分析について書こうとしたら既視感覚。検索したら「体罰」ではなく「しごき」について昔に書いた記事が見つかった。

それから、しごきや体罰を使わずともチームを勝利に導ける科学的指導法の話も、

「しごき」を「体罰」に置き換えてもほぼ同じことなのでリンク紹介するだけにします。

ただ、今回の話(高校や女子柔道)を読み聞きしていると、体罰を与える一人の指導者と体罰を受ける一人の選手という関係性以外に、たとえば部活の部員間の随伴性(「全員が一緒に「耐える」という形でネガティブなコーピングしていたり、あるいは「あいつ、静かにしてろよ」という形でプレッシャーをかけていたり」)や、代表やレギュラーへの選考がかかる形でパワハラの構造になっていたり(選手は指導方法に疑問を持っても他の指導者を選択できない)、「しごき」や「体罰」のような旧態依然とした指導が継続している背景には、集団随伴性や組織内の行動システム的変数も関与していることがわかる。

それにしても元有力選手がそれだけの理由で指導者や協会の要職について支配を続けるというのは、ほんとうに弊害だ。選手として必要な知識や技術と、指導者に必要な知識や技術はそもそも別なのだから、異なる指標で評価し、採用しないとね。サッカーではコーチや監督が資格制度になっているようだが、うまく機能しているのかな。

子ども向けスポーツは、部活ではなく地域のスポーツクラブに活動拠点が移行していけば、「しごき」を「体罰」するところには人が集まらなくなり衰退していくことも期待できそうだけど、どうなんだろ。たとえば、水泳はほぼそうなっているのではないだろうか?。ただ、これだけだと子どもの家庭の経済状況によって機会均等ではなくなるという批判も生まれそうだ。それなら、いっそ学校でのスポーツ指導は教員ではなく、外部の有資格専門家を雇うことにして、かつ、子どもや保護者からの評価によって雇用を継続するかどうか決めたらどうだろう?

もちろん、評価は無記名で。

今回告発した女子柔道選手たちの名前を公表するように言っている政治家がいるようだが、愚かである。国会議員のリコール制度があるなら1票投じるぞ。

 「発達障害児のためのABA早期療育の現在」でも会場から質問がありましたが、「どんな行動を教えるべきか」は発達臨床や教育において常に問題になるテーマです。徳島ABA研究会のスタッフの間でも、サマースクールの教材開発や事例研究の助言に取り組みながら、「この子に今何を教えるべきか」を考えて決められる力を先生方につけてもらうにはどうしたらいいか、ここ数年ずっと話し合ってきています。実際、教えるべきことさえ具体的な行動として決まれば、そしてそれが現実的な指導目標であれば、どのように教えるか考え、決めて、実行するのは、行動分析学を学んだ先生たちにとってはそれほど難しいことではありません(もちろん、簡単なことではありませんが)。教え方や記録による教え方の改善についてはここ10年の教材開発で「かなり教えられる」という実感が得られるようになりました。しかし、子どもたちに教えるべきことを見つける力の方は、先生たちには遥かに教えにくいというのが私の実感でもあります。

 学校教育の通常教育では国のカリキュラムが決められています。教科書も決まっています。何年生の何学期のどの教科で何を教えるのかはすでに決定済みです。教員が何を教えるべきか考える余地はほとんどなく、だから教員養成課程でも、子どもに教えるべきことの決め方については全くと言っていいほど教えられていません。「考える力」のような曖昧な指導目標を曖昧なままで押し付けられることはあってもです。

 ところが特別支援教育では、基本的に、何を教えるべきかはそのお子さんによって異なります(本来は障がいがないお子さんだってそれぞれ個人差がありますから、正確に言えばお子さんごとに教えるべきことも異なるはずなのですが。これはさておき)。目の前のお子さんの教育的ニーズを直接観察や各種アセスメント(発達検査や知能検査など)、保護者との話し合い、生態学的アセスメントなどから導きだしていくことで、多くの場合、限られた時間と機会で教えられる以上の教えたいことがでてくるとしても、それは一体「どれから」教えるべきかについては、直観や先生や保護者の要望によって決められているのが現実だと思います。なんとなくだけど、こっちを先に教えて欲しい、教えたい、教えた方が楽そうなどなど。

 行動分析学には"behavioral cusps"という概念があります。"cusps"とはものすごく和訳しにくい英語で、もしかしたらそのせいでこの概念が日本ではあまり流通していないのかもしれませんが、ここでは「萌芽的行動」と訳してみます。あまり妥当な訳だとは思っていません。特にTEACCHにおける“芽生え”反応とは意味が違うので注意が必要です。

 「萌芽的行動」とはその行動ができるようになることによって、それまでには経験できなかった新しい環境にふれることができるようになる行動です。新しい環境とは、新しい好子や嫌子、新しい行動随伴性、新しい刺激性制御、新しい強化共同体などですが、要するに、そうした新しい環境と接触することで、その行動の学習がその学習だけでは終わらずに、次の学習へと展開していく行動ということになります。元々は故ドン・ベアー先生によって提唱された概念です(Rosales-Ruiz & Baer, 1997)。たとえば、ハイハイをしていた赤ちゃんが立って歩くようになると(「立って歩く」が萌芽的行動の例です)、おもちゃを自分で探したり、取りに行ったり、お母さんやお父さんの後を追ったり、つまづいて転んだり、それによってより注意深く歩いたり、足下をよく見たりと、様々な学習がほぼ自動的に起こるようになっていきます。つまり、「立って歩く」という行動はそれだけに留まらずに、様々な新しい行動が形成されていくきっかけとなる、これを「萌芽的行動」と呼ぶわけです。

 Rosales-Ruiz & Baer (1997)は発達臨床の実践のためにではなく、子どもの発達を行動分析学からどのように考えるべきかについて書かれた論文です。一般的な発達心理学では、発達の「段階」として、認知的な構造をもった説明概念と共に記述されることが多い行動の時系列的なつながりを、行動随伴性を使った機能的な解釈で置き換えることを念頭においていた伏があります。この方向性はやがてSchlinger(1995)の"A Behavior Analytic View of Child Development"という本で包括的にまとめられることになります。一方で、Bosch & Fuqua (2001)は、Rosales-Ruiz & Baer (1997)のアイディアを採用し、さらに発達臨床にとって重要ないくつか別の視点も追加して、標的行動を選択するさいの基準をまとめています。それらは、1) 萌芽性(上記の萌芽的行動のこと)、2) 生成性(上記の萌芽的行動と類似していますが、新しくできるようになる行動がそれ以降に自動的にできるようになる行動の下位行動となるという制限がついてます:例;文字が読めるようなると、自動的に単語が読めるようになる可能性がある)、3) 望ましくない行動と両立しない行動である(ゆえに、新しい行動がレパートリーとなることで望ましくない行動の頻度が減る可能性がある)、4) その行動を学ぶことでどれだけたくさんの周りの人にどれだけ重要に影響するか、そして、5) 社会的妥当性の5つの視点(あるいは基準)です。

 もちろん、こうした視点や評価基準を用いても、なんたら公式の様に、指導目標の優先順位が客観的に算出されるわけではありません。Rosales-Ruiz & Baer (1997)も、何が「萌芽的行動」となるかは子ども次第、状況次第であり、事前に予測することは困難であると指摘しています。しかしながら、たとえば個別の指導計画を立案するときに、保護者と教員が相談するときに、こうした視点や基準を共有していれば、少なくとも、発達的に、あるいは子どものQOLにとってほとんど意味をもたないような指導目標を設定してしまう危険は避けられることでしょう。

 何が「萌芽的行動」となるかは子どもによって異なる可能性がありますが、Hixson (2004)は比較的共通して「萌芽的行動」となりうる行動クラスを機能的に分類してまとめています。

 このあたりの研究はあまり進んでいません。Baer先生やSchlinger先生が狙っていた「段階」理論の行動分析学的解釈も、随伴性が萌芽的行動やその後の自動的な学習の展開を制御しているかどうかを実験的に解明しないと机上の理論でしかなくなってしまい(その意味では一般的な発達心理学の理論と変わりないことになってしまう)、しかしそうした実験が倫理上、実施できないという縛りがあるというのが現実です。それでも発達臨床において大規模な介入研究が進めば、あるいは世界中の介入データをビッグデータ解析のような手法を使って分析すれば、知的障害や発達障害がある、どのような子どもたちにどのような行動を教えれば、それが萌芽的行動として機能するようになるか予測できるような研究が今後でてくる可能性はあると思います。

引用文献

Bosch, S., & Fuqua, R. W. (2001). Behavioral cusps: A model for selecting target behaviors. Journal of Applied Behavior Analysis, 34, 123-125.

Rosales-Ruiz, J., & Baer, D. M. (1997). Behavioral cusps: A developmental and pragmatic concept for behavior analysis. Journal of Applied Behavior Analysis, 30, 533-544.

Hixson, M. D. (2004). Behavioral cusps, basic behavioral repertoires, and cumulative-hierarchical learning. The Psychological Record, 54(3), 387-403.

Schlinger, H. r. (1995). A behavior analytic view of child development. New York, NY US: Plenum Press.

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知らぬ間にPubMed (PMC) がiPhoneのiBooksで読める形式(.epub)で一部の学術論文を提供していました。結構前からのことで私が気づいていなかっただけかもしれません。

これでPubMedに登録されている下記の行動分析学系学術雑誌のバックナンバーがiPhoneで読めるようになります(ただし、.epubで配信されているのはすべてではないようです。少なくとも現時点では)。

  • Journal of Applied Behavior Analysis
  • Journal of the Experimental Analysis of Behavior
  • The Behavior Analyst
  • The Analysis of Verbal Behavior
  • Behavior Analysis in Practice

A4にレイアウトされたPDFをiPhoneで読むのはほぼ不可能なので諦めていましたが、これなら文字の大きさも変えられるし、操作感も良く(iBooksのページめくり感はKindleに比べて圧倒的に良いと思う)、電車などで論文を読むのに最適だと思います。

ちなみに最初にダウンロードしてみたのがこの論文。

Feuerbacher, E.N., & Wynne, C.D.L. (2012). Relative efficacy of human social interaction and food as reinforcers for domestic dogs and hand-reared wolves. Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 98, 105-129.

家庭犬にも、シェルターで保護されてる犬にも、人に育てられたオオカミにも、人によるなでなでが好子として効かないという意外な事実を示した論文です。

 

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日本教育心理学会第55回総会テーマ: 成果の見える教育環境づくり
日 程:2013 年 8 月 17 日(土)・18 日(日)・19 日(月)
会 場:法政大学・市ヶ谷キャンパス

 教心は幽霊会員だし、来年度はサバティカル。大学のお仕事は休みして、論文と本の執筆に専念する予定なのです。でも地元開催で、総会のテーマが「成果の見える教育環境づくり」、キーワードが「エビデンス」ということもあり、14年ぶりに参加することにしました。たぶん1999年の甲南女子大学以来だと思います。

 行動分析学関係では、特別講演にSchool-Wide Positive Behavior Support(SWPBS)のGeorge Sugai 先生の招聘が決まっています。スガイ先生には1999年にオレゴン州立大学を訪問したときにたいへんお世話なりました。SWPBSの講義を聴講させていただいたり、地域の学校でのコンサルテーションに同行させていただいたりしました。そのときのレポートは下記に公開しています。

 

 国内からは、慶應義塾大学の山本淳一先生にお願いして「発達・教育支援におけるエビデンスにもとづいた実践」という準備委員会企画シンポを計画しています。こちらの方も内容が明らかになり次第、お知らせします。

 大学が学会などに使いやすいようにキャンパスを開放していないため、お盆明けという微妙な時期の開催とはなりますが、「成果の見える教育環境づくり」は行動分析学の得意分野ですので、私と同じように久しく幽霊会員の方々も、ぜひこの機会に発表、参加をご検討下さい。

  • School-Wide Positive Behavior Supportについてはこちら
  • 最近SWPBSの枠組みで開発されているいじめ対策プログラムについてはこちら
  • 日本教育心理学会のwebサイトはこちら
  • 大会準備委員会からいただいた第一号通信はこちらから。

 ゼミ生全員が八分咲きの卒論をしっかりと仮提出してくれました(お疲れさまでした)。それに対するコメントも書き終え、千葉県某高校での模擬授業も終わり、少々余裕ができたので、“強化と罰は「同じものの裏表」ではないと”について書いてみます。

 かのスキナー先生も罰(と言わずに私たちはこの頃「弱化」と呼んでいますが、この話はまた後で)と強化は「同じものの裏表」と単純には考えていなかったふしがあります。『罰なき社会』では罰の副作用についてふれ、正の強化を使うことを奨励していますが、副作用そのものが罰の手続きが行動の頻度を下げる主因であると考える人たちもいるのです。

 強化は行動の直後に環境が変わったこと—たとえば正の強化子(これも私たちは「好子」と呼んでいますが、今回の記事ではトラッドな用語を使います)が出現すること—でその行動の将来の頻度が増加する現象です。逆に、罰(弱化)は行動の直後に環境が変わったこと—たとえば負の強化子(これは「嫌子」と呼んでいます)が出現すること—でその行動の将来の頻度が減少する現象です。

 「同じものの裏表」ではないと考える人たちの説はTwo-Factor Theory(二因説)と呼ばれます。これは、たとえば、餌で強化されているラットのレバー押しに電気ショックを呈示したとき、レバーが条件刺激となって不安を誘発し(レスポンデント)、レバーから離れる行動がこの不安から逃避できることで強化され(オペラント)、その結果、レバー押しの頻度が下がると解釈する理論です。不安や恐怖反応の出現や、逃避・回避行動の自発は、まさにスキナーが罰の副作用と指摘した効果です。これに対し、罰も強化と同じように環境の変化がそのまま直接行動の自発頻度に影響しているのだとみなす説がOne-Factor Theory(一因説)です。

 二因説と一因説のどちらが妥当な解釈なのかを実証的に扱った研究はそれほど多くありませんが、選択行動のパラダイムで対応法則にどのように罰の随伴性を表現するのが妥当かという実験がいくつか行われています。ただし、動物実験であれば、強化に使う刺激(例:餌)と罰に使う刺激(例:電気ショック)が質的に異なるので比べにくいといった技術的な問題があります。ヒトを対象にした実験であれば、たとえばスイッチを押したら10円もらえたり、逆に10円失ったりする条件を設定できますが、行動経済学の研究から明らかなように、文化・社会的な背景(条件づけの履歴)によって、失う方に高いバイアスがかかりやすいなどの難しさがあります。それでも、これまで行われた研究からは、一因説によってたつ direct-suppression model の方が、どちらかというと二因説によってたつ competitive-suppression modelよりもあてはまりがいいことを示した研究の方が多いようです。ヒトを対象にした論文では Critchfieldら(2003)が、これまでのこのあたりの研究の流れも解説してくれているので参考になるでしょう。また、やはりヒトを対象に、同じ価格でも罰の方が強化の3倍も効果があることを示した実験もあります(Rasmussen & Newland, 2008)。なにしろ、研究の絶対数が少ないので、断言できるほどの証拠があるわけでありませんが、今のところ、一因説が優勢というのが私の理解です(そうでもないよという人がいらしたら、個人的にご教示下さい)。

 しかしながら、一因説が成り立つ、つまり、たとえば電気ショックの呈示によってレバー押しの頻度が直接低下することがわかったとしても、そのことがすなわち二因説で考えられているようなレスポンデント的な不安反応や、それが確立操作となって誘発され、強化される逃避・回避行動の存在を否定するものではありません。こうした副作用によって罰の効果が拡張される可能性もあるでしょう。失点の方が得点よりも3倍も効果があるという上述の実験結果はそうした副作用の一つを示しているのかもしれません。

 電気ショックのような負の強化子ではなく、テレビゲームのような正の強化子を使った罰の手続き(反応コストやタイムアウト)によっても行動の頻度が減ること、そしてそういう場合に必ずしも情動的な反応が現われるわけではないことから、こうした手続きには直接行動を減らす効果があると考えています。しかし、逆に、回避の随伴性が行動の頻度を減らす仕組みの解釈には、二因説を用いた方がすんなりと説明がつくと考えています。なぜなら、回避の随伴性には、行動の前後に環境変化がないため、何かしらの変数が必要で、かつ、内観(!)によって、不安などの私的出来事を観察することが可能だからですが、これについても断言するにはもっとデータが必要になるでしょう。

 個人的には、行動の制御変数を探るのに大切なのは、一因説や二因説といった理論構築よりも(そうした検証の価値を否定するものではありませんが)、どのような変数がその行動を制御しているのかを一つひとつ丁寧に検討、検証していくことだと考えています。たとえば、二因説では罰の随伴性が強化の随伴性に及ぼす影響のみが想定されますが、論理的はその逆も考えることができます。実験で罰の随伴性を使うには、当然その前に反応を自発させないとならないですから、実験者は罰とは別に強化の随伴性を用意することになります。強化の随伴性の設定にはそのような必要がありません。このことから、罰の随伴性(というか負の強化子)から強化の随伴性(というか正の強化子)への一方的な影響が注目されるのだと思うのですが、よくよく考えると、これはおかしな話です。単純にレバー押しを餌で強化する随伴性でも、たとえばレバーを押すには反応コストが随伴するという目に見えにくい罰の随伴性が存在するからです。レバーを押すのに必要な労力(反応回数でもレバーを押すのに必要な力でも)を上げていけばこの随伴性は顕在化します。二因論をとるのであれば、正の強化によってこうした罰の随伴性に対する感受性が変化するのだとも言えます(もしかしたらそうかもしれません)。正の強化子との対呈示によって、レバーが条件性強化子となり、実験箱のそれ以外の場所にいるよりもレバーの近くにいる配分が高くなったり、実験箱内をうろうろしても、レバーの前に戻ってくる行動の頻度が上がり、その結果、相対的にレバー押しの頻度が高まるのかもしれません。こうした頭の体操は、馬鹿馬鹿しい解釈で終わることも多いとはいえ、応用・臨床場面においてはそれまで気がつかなった制御変数をみつけるきっかけになることもあるのです。

というわけで....

“強化と罰は「同じものの裏表」ではないと”に対する私のつぶやきはこうなります。

“「同じもの」や「裏表」の定義にもよるけど、どうやら両方とも単純に反対方向に機能する法則のようですよ。でもそうでもないかもと色々考えてみると行動を理解するための諸変数が見つかるから決めつけないで考え続けるのはいいことだと思います”

なお、今回は「弱化」や「好子/嫌子」にアレルギーがある人たち(?)にも読んでいただきたくてトラッドな用語を使いました。用語についてはまた別の機会に記事を書きます。ただ、少なくとも、「好子/嫌子」は「慶応の人たち」みたいな学閥くくりで使われている用語ではないです(→渡邊先生)。たとえば、坂上先生はおそらく使わないし、山本先生は聞き手が誰かで使い分けてらっしゃるのではと想像します。

さ、今週の仕事はこれで完了。はると散歩に行ってから、ビール&食事です。

皆さま、Have a nice weekend!

引用文献

  • B. F.  スキナー (1991).  罰なき社会  行動分析学研究, 5(2), 87-106.
  • Critchfield, T. S., Paletz, E. M., MacAleese, K. R., & Newland, M. C. (2003). Punishment in human choice: Direct or competitive suppression? Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 80, 1-27.
  • Rasmussen, E.B. & Newland, M.C. (2008). Asymmetry of reinforcement and punishment in human choice. Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 89, 157-167.

奥田健次先生の行動コーチングアカデミーでの第1回「行動分析学道場」の案内です。

第1回 行動分析学道場 主催:行動コーチングアカデミー
場所:長野県北佐久郡
日時:2012年8月7日(火)〜10日(金)
内容:

8月7日(火) ABAサマースクール(初級1日目)
8月8日(水) ABAサマースクール(初級2日目)
定員:各日程40名まで
※どちらか1日だけという申し込みは出来ません。

8月9日(木) 行動分析学の基本・デモンストレーションなど(1日目)
8月10日(金) 行動分析学の基本・応用・座談会など(2日目)
※どちらか1日だけという申し込みは出来ません。

8月7日~8日は、今年、日本行動分析学会実践賞を受賞された「徳島ABA研究会」によるABAサマースクールです。関東、東日本方面で、徳島まで行けなかった、特別支援教育に関わる教職員、学生、福祉関係者向けのイベントです。

8月9日~10日には、行動コーチングアカデミーの奥田健次学校長による講義・演習、「行動分析学入門」などのベストセラー基本図書の著者・杉山尚 子先生によるレクチャー、山本央子先生(ヤマザキ動物専門学校/帝京科学大学)によるトレーナートレーニングの実践講座を予定しています。また、島宗理先 生(法政大学)と愛犬「はるちゃん」の暮らしを支援するための、行動分析学コーチングのデモンストレーションを予定しています。

詳しい情報や参加申込みはこちらをご覧下さい。

 

私は“まな板の鯉役”として愛娘と一緒に登場する予定です(別名ただの初心者飼い主)。

興味がある方はぜひどうぞ。

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以前にもご紹介した"夢をかなえる学習支援システム:スタログ"が、SNSとして完全リニューアルされました。

これまでスタログを活用して下さったユーザーの皆さまからの声を最大限に活かして、数々のバージョンアップがなされています(「学び手は常に正しい」ですね)。そして、"みんなで勉強する"というソーシャルな随伴性が組み込まれました。もちろん、FacebookやTwitterなどとも連携できます。

ソーシャルな随伴性というのは、同じ目標に向かって勉強している人たちの進み具合をみて奮起したり、「いいね!」をもらって励まされたりすることもあれば(確立操作や好子出現による強化モドキ)、どんな教科書や問題集があるのか、どんな勉強方法がいいのか、心が折れそうになったときどうすればいいのか等々、色々なハウツーが共有されていくということでもあります(オペランダムやルールやモデリングなどなど)。

クラウドスタディの廣瀬社長はこうした情報システムを使えば教育格差の解消につながるという信念をもって起業されました。私もその信念に100%同意し、だから応援しています。

今年度から、うちの博士ゼミは社会人の大学院生が3人になりました。それぞれ忙しく仕事をしながら研究を進め、博士論文を書いています。職場も日本各地(?)に散らばっているので、顔をあわせて話し合う時間をとるのはかなり難しく、ぜひこのStudynoteを使ってみようと考えています。

そのうち研修もこれでやってみようかな(パフォーマンスマネジメントの研修 IN Studynoteとか)。

というわけで、以下、自分なりのキャッチコピーを考えてみました。

勉強ってそもそも楽しいことなの? そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だけど、勉強を続けられるかどうかは、楽しいかどうかとは関係ないかもね。

夢という目標と、一緒に進む仲間がいれば、きっと続けられる。必要なのは随伴性に飛び込むことだけ。


字余り? (^^)

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行動分析学にもとづいたワンコの飼い方を学ぼうと、山本央子先生にお借りして読んでいます。

臨床動物行動学(Clinical Animal Behavior)という領域があること、その基礎を作られたDavid Tuber博士がオハイオ州立大学(応用行動分析学の鉄板教科書 Applied Behavior Analysis が生まれた大学です)にいらしたこと、家庭犬のしつけや問題行動の解決に関するたくさんの行動分析学的な研究がなされていたのに論文としてはほとんど出版されていないことなどなど、今まで知らないことだらけです。

とりあえず、現在、うちの子にとって課題となっている"分離不安"の章を読みました。

私はてっきり鳴かせて消去させるのかと思っていました。ところが、この本では、不安状態の犬は(動物は)学習が進みにくいので、不安にさせないようにプログラムを組む重要性が指摘されています。

このところずっと読んできた数々の「犬のしつけ本」(和書)には、犬にでかけることがわからないように(たとえば「行ってくるよ」などとは言わずに)でかけることが望ましいと書いてありましたが、この本では、むしろ、そのうち帰ってくることを示す刺激を提示して(たとえば、洗濯物が手がかりとなって洗濯しにいなくなっても不安が生じないとか)、不安が生じないことを確認しながら、数十秒から1分、2分、3分、5分、10分と、不在時間を徐々に、そして変動させながら伸ばしていく方法が説明されています。とにかく不安にさせないことが大切なので、うちの子の場合なら、鍵をじゃらじゃら持つのはしばらくやめることになります。

ドライブに出かけてたとき、車に置き去りにしても泣きわめかない犬がいるのは、こうした訓練を飼い主が気づくことなくやっているからだという解釈です。

90分間不安にならず待てるようになれば、6-8時間くらいは待てるようになることが多いそうです。

こういう手続きの有効性を示すエビデンスも知りたかったので、調べてみたら、どうやらありそうです。

これとか。
 ↓   ↓   ↓
Butler, R., Sargisson, R. J., & Elliffe, D. (2011). The efficacy of systematic desensitization for treating the separation-related problem behaviour of domestic dogs.  Applied Animal Behaviour Science, 129, 136-145.

残念ながらうちの大学ではオンライン契約してないようなので、取り寄せて読んでみます。

春休みの課題です。

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 このたび日本行動分析学会では学校法人ヤマザキ学園のご協力の元、「ほめて育てるしつけ」に関する公開講座を開催することになりました。正の強化を使ったしつけ法は我が国においても広がりつつあるものの、いまだに罰や嫌悪刺激も使われているようです。 また、ほめてしつけているつもりでいながら、実は知らずに嫌悪的な手続きを使ってしまい、それが問題行動を引き起こしている事例もみられるようです。このようなしつけについて再検討し、ヒトとイヌとがハッピーにコミュニケーションしながら暮らす方法について、専門家から飼い主さんまで、多様な人たちで共に考えるきっかけとなれば幸いです。
 つきましては、関連する諸機関の皆さまには、ぜひともご参加いただきたく、案内をお送りした次第です。「ほめて育てるしつけ」に興味のある方、飼い犬の問題行動にお困りの方、しつけに関する科学的な捉え方に関心のある方などにお声をおかけください。

公開講座:ヒトとイヌとのコミュニケーション
-- ほめて育てるしつけの盲点 --

日 時:2012年3月10日(土)13:00-17:30
会 場:法政大学市ケ谷キャンパス  富士見坂校舎F-309教室   
主 催:日本行動分析学会
協 力:学校法人ヤマザキ学園
参加費:¥1,000円 webから要予約(http://www.j-aba.jp/
*定員に達し次第、申込みを終了しますので、お早めにご予約下さい。

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徳島ABA研究会からのお知らせです。今年はサマースクールのアドバンスコースとして私が関わった事例研究も発表されます。まだ手探りのアドバンスコースですが、研究者や研究者のタマゴ(大学院で行動分析学を研究している博士課程の院生やポスドクなど)が、行動分析学を学んだ教員と協同で研究や学校コンサルテーションの実習をじゃんじゃか進めることができる仕組みをつくろうとしています。興味がある方はぜひ一度徳島までお越し下さい。私も参加します。

学校でここまでできる! 一人ひとりの子どもを伸ばす特別支援教育

 特別支援教育の時代を迎え,教育現場ではどのように一人ひとりの子どものニーズに応え,個性や能力を活かした指導を進めるかが大きなテーマになっています。
 今年度は,国立特別支援教育総合研究所主任研究員の猪子秀太郎氏をお招きし,知的障害教育の現状と今後の展望について,最新の情報や話題を取り上げていただく予定です。
 また,本年度,特別支援学校で行われた事例研究のポスター発表を行います。どんな子どもにどんな支援ができるのか,事例を通して具体的な支援についての情報交換の場にしたいと考えております。特に今年度は,徳島ABA研究会スタッフが取り組んだ最新の研究成果の発表も行いますので,ご期待ください。
 特別支援教育に関わる教師,保育士,関係の方々のご参加をお待ちしております。

日 時:2012年3月3日(土)13:30〜17:00
場 所:鳴門教育大学附属特別支援学校(徳島市上吉野町2-1)
*会場は体育館ですので十分な防寒対策をしてお越し下さい。
参 加 費:無 料
対  象:特別支援教育に関わる保育士,幼・小・中・高・特別支援学校等教員,
関係機関職員,保護者,一般
主  催:徳島応用行動分析学(ABA)研究会
後  援:徳島県教育委員会・徳島県特別支援教育研究会・徳島新聞社・NHK徳島放送局

講演会:13:30〜15:00
「知的障害教育の現状と今後の展望」
 国立特別支援教育総合研究所  主任研究員 猪子 秀太郎 氏 

研究発表会(ポスター発表):15:10〜17:00
 今年度,鳴門教育大学附属特別支援学校,徳島県立国府支援学校,徳島県立阿南支援学校,同ひわさ分校,徳島県立板野支援学校などで行われた事例研究について,ポスター発表を行います。研究成果を見て,気軽に質疑応答できます。

 先日の卒論発表会でうちのゼミ生が発表した嘘を見分ける弁別学習の実験について、吉村浩一先生からいただいた質問について考えてみました(吉村先生には「島宗先生にお聞きしたい」と言われたものの、発表会ではゼミ生に回答してもらった案件です。学生にとって卒論発表会はこれまで勉強し、練習してきた成果を発揮する絶好のチャンスですから、教官がその機会を奪ってはならぬというのが信条です。M澤さん、上手に回答できてたよ)。

 吉村先生の質問は2段階。一つは「行動分析学は行動が生起したかどうかを1/0でしか測定せず、それはもったいないのでは?」というコメント。もう一つは、もっと具体的に、「(嘘か本当かという判断の)確信度を測定したらどうでしょう?」というご提案でした。

 まずは最初のコメントについて。「行動分析学は行動が生起したかどうかを1/0でしか測定しない」というのは誤解です。標的行動の頻度を測定することが多いのでそのように感じるのかもしれませんが、行動の強度(たとえばボタンを押す強さ)、行動の早さや速さ(たとえば反応時間や速度)、変動性(たとえば反応パターンの多様性)も研究の目的次第で従属変数とすることがあります。それに、そもそもオペラントの自発頻度を測定しているのも、本当は反応強度や反応確率を推定するためです。なので、実験の目的や状況によって、単純に行動を数えるよりも妥当な測定法があれば、そちらを使うのはやぶさかではありません。

 後で関連しそうなので、別の例もあげておきましょう。たとえば、長さや重さを推定するオペラント(タクト)を考えてみます。弁別刺激は何かしらの物体(たとえばお箸)と「長さは何センチですか?」という質問です。この場合の標的行動は弁別刺激の長さのタクトですから、たとえば正確さを調べたいのであれば、正解(例:12 cm)と反応との差を従属変数にできます。長さのタクトは教育的随伴性(「そうだね」などの承認)によっても、実際に自分で測定して正解を知ることでも(行動内在的強化)形成されることでしょう。ちなみに、私はこうした測定が大の苦手です。先日も食器棚に入れるトレーを買いにIKEAまで行ったのですが、買って帰るときてみると大きさが合わず、入りません(泣)。よくよく観察すると、食器棚の幅が底に行くほど狭くなっていて、しかも隅がカーブ処理されていました。内側の正確な測定が困難であった原因がわかったのですが、これは言い訳(しかも蛇足でした)。

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長さや大きさなどの判断には相対的なタクトも考えられます。「スプーンは箸よりも長いですか?(どちらが長いですか?)」「この箸はあの箸よりも重いですか?」などなど。最近では、こうした複数の刺激間の関係性については、関係枠理論(relational frame theory)という考え方で実験が計画され、解釈されるようになってきています。

 物理的特性のタクトは精神物理学とも関連してきます。さらに私的出来事(private event)にも関連してくるので慎重な考察が必要です。たとえば、明るさのタクトは「どのくらい明るいですか?」が弁別刺激のとき(通常の明るさ判断)と、「光度はどのくらいですか?」が弁別刺激のときとでは強化される反応が異なります。これが、単に強化随伴性の違いを反映したものではなく、光源の強さと明るさの知覚の関係にベキ関係があるというのが精神物理学の発見なわけですが、そうなると、もしかすると「どのくらい明るいですか?」の弁別刺激の一部は、光源そのものではなく、視覚刺激によって引き起こされた私的出来事(明るさの感覚)であると考えた方が適切なのかもしれません。

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 測定できないものを科学の対象から排除したはのは方法論的行動主義であって、徹底的行動主義では、実体はあるが測定はできない刺激については私的出来事として随伴性の枠組みに組み込みます。たとえば、胃潰瘍が原因で腹痛をもよおしているとき、お腹がズキズキする刺激/反応は外からは観察できませんが、「ズキズキする」などのタクトの弁別刺激としては成立すると考えます。

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 ただし、実在しない媒介変数は想定しない行動分析学にとって、何でもかんでも「私的出来事」を仮定してしまうのは危険です。「慎重な考察が必要」というのはそういう意味です。これは、個々の事例を考えるとけっこう難しいところでもあります。腹痛は私的出来事と考えて良いと思います。光源を見たときの「まぶしさ」も私的出来事と考えて良いと思います。しかし「明るさの感覚」となると私にもよくわかりません。

 もっと面倒なのが、たとえば"購買意欲"です。うちのゼミの他の学生の発表にも「どちらが欲しいですか?」とか「どのくらい欲しいですか?」に対する回答を"購買意欲"を示すものとして測定した研究がありました。一般的に"購買意欲"とされるのはまさに媒介変数で、本来、行動分析学では用いない概念だし、"購買意欲"が高いから購入するといった循環論に陥った説明もしません。それでも"購買意欲"と呼ばれるものが何なのかを随伴性の分析から解釈することは可能です。一つは「ズキズキする」や「明るさの感覚」と同様に「欲しい感」のような私的出来事があると仮定する場合です。「欲しい感」があまりに怪しそうなら、「ドキドキ感」(こんなものが部屋にあったらどのくらいウキウキするかなど)でもいいかもしれません。ただしこれも、たとえば"新奇性"を"ものめずらしさ感"、"親近性"を"親しみやすさ感"などとしていくと、どんどん媒介変数らしく、怪しくなっていきます。

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 「欲しい感」と「ズキズキする」や「明るさの感覚」との間には大きな違いもあります。胃潰瘍とズキズキ、光刺激と明るさの感覚には一対一の自動的な対応が成立しています。訓練は必要ないし、個体差も最小でしょう。潰瘍で胃に穴があいているのに痛みが無いとか、(視覚が正常として)ある程度の光源をみつめているのに明るく感じないということはなさそうだからです。でも、猪のぬいぐるみをどのくらい欲しいかについては個人差もあれば状況による違いもあるでしょう(例:どんなに猪が好きでもこのぬいぐるみをすでに何個も持ってたら、もう一つは欲しくないだろうし)。そうなると、ぬいぐるみの欲しさのタクトの制御変数としてもう一つ重要なのは、このぬいぐるみが自分にとってどのくらい好子となるのかということかもしれません。つまり、「このぬいぐるみを買うのに千円払います(そして満足します)」とか「あなたがこのぬぐるみを私にくれるのであれば喜んでいただきます」というような随伴性の記述ということです。

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 こうやって考えてみると、一つひとつの分析はかなり怪しいものの、確実に言えるのは、「どのくらい欲しいですか?」という質問に対する回答は実験者が把握しきれない種々の弁別刺激に制御されているタクトであるということです。つまり、これで何を測っているのかは、実はよくわからないということになります。もちろん、実験の目的次第ではそれでも構わないこともあるでしょうが、得られた結果を一般化しようとするなら(特に実際の消費者行動に適用しようとするなら)、必ず問題となることです。アンケート調査では高い"購買意欲"が確認できていたのに、発売してみたら売れなかったという話はよくあると聞きますが、これもそう考えると不思議ではないですね。

 さて、いよいよ「確信度」評定の話になります。複数不特定の変数に制御されていて、しかも実験者が知る余地のない変数の影響も受ける(確信度に与える"文化"の影響についてはここを参照)という理由で、結局、何を測っているか分からないという点が、"購買意欲"と共通です。実際、たとえば目撃証言の研究では、再認の精度と確信度との間に一貫した関係がみられないそうです(高橋, 2008)。

 随伴性を分析してみると、その理由も推測できます。再認課題では"既視感"のような私的出来事が弁別刺激になっているのかもしれませんが、確信度評定では、この既視感の強さが弁別刺激になっているのかもしれないし、自分の回答が正解しそうかどうかという確率推定のタクトなのかもしれないし、間違ったときに怒られることを回避するようなオートクリティックの機能があるのかもしれません。これでは、"記憶"の程度(や"嘘"だと思う程度)の測定としては妥当性、信頼性がある指標にはなりません。

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 というわけで長くなりましたが、吉村先生の質問に対する回答は、

Q:「行動分析学は行動が生起したかどうかを1/0でしか測定せず、それはもったいないのでは?」
A: 「それは誤解です。頻度以外の測度を従属変数とすることもあります」

Q: 「(嘘か本当かという判断の)確信度を測定したらどうでしょう?」
A: 「記憶の再認課題などで使われている確信度評定は妥当性、信頼性に欠けているので使いませんが、もちろん、何かしらの方法で妥当性、信頼性をもって測定できる方法が開発されれば使ってもいいと思います」

 ということになりましょうか。

 おかげでたくさん考えました。とても良いコメントと質問でした。ありがとうございました。

引用文献

高橋 晃(2008)繰り返し項目についての再認の正答率と確信度評定の関連  心理学研究, 79(5), 439-445.

[WorkItOut!!からの引越し案内]

徳島県の特別支援学校(当時の養護学校)で応用行動分析学に基づいた事例研究や研修を始めた頃に,今では考えられないくらい豪華な講師陣に講演していただいたときの記録です。ビデオの視聴にはAppleのQuickTimePlayerが必要です(最近ではiTunesに組み込まれてインストールされるようです)。


『自閉症者の就労支援』 ---- 梅永雄二 先生

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『知的障害者のための就労支援』 ---- 志賀利一 先生

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『障害児教育実践を楽しむための応用行動分析学的アプローチ』----  奥田健次 先生

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『学級経営に生かす応用行動分析学』 ---- 加藤哲文 先生

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『コミュニケーションの指導と自立活動・余暇活動の支援』 ---- 井上雅彦 先生

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『発達障害児者の"ことば"にならない"ことば"を理解して支援する』----  平澤紀子 先生

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『自閉症児にも分かる知的障害教育』 ---- 藤原義博 先生

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『「脱力系」応用行動分析と特別支援教育〜大学と学生を地域資源として今こそ『楽しい教育実践』を〜』 ---- 望月 昭 先生

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[WorkItOut!!からの引越し案内]

めちゃくちゃ古い資料ですが、WorkItOut!から移動させておきます。


このワークショップでは、1998年12月19日に立命館大学で開催された行動分析学会公開講座『ヒューマンサービス領域における応用行動分析:プロフェッショナルのツールとしての行動分析学』で講演した資料を中心に、パフォーマンス・マネジメントについて解説します。

続きはこちらから。

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 来年(2012年)、8月3日(金)〜5日(日)にオハイオ州立大学(USA)で開催される『持続可能な世界をつくる行動改革のための国際会議(Behavior Change for a Sustainable World)』の発表申込み受付が始まりました。ABAIのwebサイトからオンラインで申請できます。一般の発表はポスター発表のみで、申込み締切は12/7です。

 ABAIがこのテーマで国際会議を開催するのは、今回が初めてです。今後、行動分析学が地球の環境保全に貢献していく最初の一歩として、歴史的なイベントになるかもしれませんね。

 すでにこのテーマで研究をしている人も、これからこのテーマで研究を進めたい人も、ぜひご参加下さい。

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ちなみに、今日は、特殊教育学会の年次大会で弘前に来ています。山がこんなに近いのに登りにいけないのは辛いもんです。

さて、阻止の随伴性について。

まず、企画者の吉野俊彦先生が例にあげていたいくつかの例ですが(指定討論の長谷川先生が「じぶん日記」でコメントされています)、どうも二つの混乱があるように思えました。さらに、もう一人の指定討論の大河内先生も、概念を混同されておりました(思わず、ツッコんでしまって申し訳ない)。以下、この辺りのことを書いてみます。

自転車が盗まれないように鍵をかける行動

随伴性は好子消失阻止ですが、自転車が60秒に1回以上盗まれているような危険地帯でない限り、おそらくこの阻止の随伴性は間接効果的。したがって、鍵をかける行動を直接制御している変数を別途探すべき。盗難されそうな場所で、鍵がかかっていない状態が確立操作となり、そのままに放置することが不安を生じさせるなら、その消失が強化になる。つまり、阻止モドキの裏にある逃避の随伴性が行動を制御していると推定できる。この場合は、鍵をかける行動に鍵がかかった状態も行動内在的に随伴する。これが繰り返されることで、鍵がかかった状態(家でも、ロッカーなどでも)が習得性好子にもなるだろう。

強迫性障害的なルーチン

一連の行動をしないと何か悪いことが起こるというのは(たぶん)不正確なルールであって、随伴性がそのものではない。クライアントがいう事(タクト)と実際の随伴性は区別すべき。不正確なルールは何かの機会に偶発的に自発、強化され、その後は実際の随伴性と抵触しないがゆえに変容しにくいであろうことは前の記事で述べたとおり。加えて、何も悪いことが起こっていないことが、逆に、不正確なルールの自発を強化するように働いているとも言える。「何も悪いことが起こっていないのは、私があれして、これしているからだ」というように。この辺りのことをRFTで説明できるかどうか、これはちょっと別途に考えてみないとならなそう。

負に強化や正の罰とどこが違うのかと‥

茶々を入れてしまったとおり、随伴性はぜんぜん違う(どう違うかは『行動分析学入門』読んでください)。随伴性というのは、行動と環境変化との関係性であり、「~しない」を行動の記述としない限りは、論理的に、阻止の随伴性という枠組を考えないと、 行動と環境変化との関係性が記述しきれない。ただ、では、果たして、阻止の随伴性が、直接効果的随伴性として、つまり、行動の基本的な原理として、不安回避などのニ次的な随伴性なしに、オペラントの頻度を制御するのかどうかは、まだわかっていないと思う。
これは一つには阻止の随伴性の基礎的な実験がほぼ電気ショックなどの嫌子出現回避でしか行われていないこと、また、少なくとも自分の知る限り、回避の随伴性だけでまったく新しい行動レパートリーを形成する試みがなされていないことなど(シャトルボックスの実験は新しいレパートリーを形成しているわけではないので)、とにかくまだまだ研究が足りないから、そう思っている。
でも、たとえば、銭湯のからんのように、好子出現から消失までの時間が短く、行動による消失延長時間も短い随伴性なら、言語レパートリーのない動物でも、不安などの反応が介在しなくても、直接効果随伴性として、行動を制御しそうな気もする。
大河内先生が指摘していた、行動直後の刺激の無変化は、これは強化スケジュールの問題で、随伴性の種別の議論とは区別するべき。正の罰でも負の強化でも強化スケジュールによっては、個々の行動の直後には(行動内在的な変化以外は)環境変化がないこともあるのだから。この問題はむしろ、ある随伴性が行動を直接制御する証拠として何を採用すべきかの議論にかかわってくる。たとえば、レバー押しを最初からFR10でシェイピングできないからといって、それはFR10が直接行動を制御しないということにはならないから。この問題には石井先生がコメントしていた巨視的分析(と微視的分析)も絡んでくるわけだが、流石にそこまで話を広げると収集がつかなくなる。

まとめると、随伴性を記述する枠組みとして「阻止の随伴性」は必要であるが、行動の原理として成立するかどうかはデータが足りないので、興味がある人はぜひとも動物実験をして下さい。というのが私の感想でした。

早稲田大学で開催された第29回日本行動分析学会年次大会も盛況なままに閉幕。木村先生はじめ、早稲田のスタッフの皆様に感謝です。

個人的には師匠のDick Malott先生と久しぶりにお会いして、招待講演の通訳までやらせて頂いたのが楽しかったです。まさにDickらしいスライドショーとジョークと語りに、20年以上前の、Kalamazooでの院生生活を思い出しました。 

今年は会議等が忙しくて、学会だというのに、発表を聞いたり、発表者と討論する時間がほとんどとれなくて、これはほんとうに残念。そんな中、最後の自主シンポジウム「許可の随伴性・阻止の随伴性・ルール支配行動:青年・成人臨床事例からの再考(1) 」 はしっかりと聞くことができ、考えされられることも多かったので、ここにコメントします。コメントといっても、熟考したわけではなく、思いつきプラスαくらいの段階。

青年・成人(に限らず)の臨床事例(に限らず)、いわゆる過剰な(非合理的な)"体験回避" の背景に、不正確なルールとそれによる行動制御がみられる、という問題提起には同感。こうした不正確なルールやルール支配がどのように形成され、維持されるのかを検討することが、行動の理解や臨床技術の改善につながりそうな気がすることにも同感。体験回避の背景に、阻止の随伴性を記述したルールが観察されることが多いのにも納得。

しかしながら、体験回避を維持するのは阻止の随伴性を記述したルールだけではない。たとえば、話題提供にあったような、「親子丼(だっけ?) を食べたら、もどしてしまう」は、おそらくは非合理的な(ただし、本当にもどしているなら正確な)、嫌子(吐瀉物や苦痛)出現による弱化の随伴性を記述したルールである。阻止の随伴性を記述したルールの例ではない。同様に、「友達を映画に誘ってもどうせ断られる(だから誘わない)」は消去の随伴性を記述したルールであって、これも阻止ではない。断られるとショックだから、それを回避している、と論じるのは、「誘わない」 を行動に定義してしま誤りと、行動による環境変化ではなく、それをどう感じるかを制御変数にとりこんでしまう誤りの二つのミスを侵すことになる(食餌の遮断化したネズミのレバー押しにペレットの提示を随伴させるのに、「おいしい」を好子としてしまう間違いと同じ)。

おそらく、体験回避を維持しているのは、それに従うことで、より正確な随伴性と抵触しないようなルールとくくれるのではないだろうか。阻止の随伴性もその中にふくまれるだろう。でも、それだけではない。 臨床的には、当該者が述べているルールの正確性や合理性を見極め、より正確な随伴性とどのような関係にあるのかを検討し、抵触しないルールに従っていることが逆に不適応を生じさせているのなら、抵触するような随伴性を導入してみるというのが、一つの解になるのかもしれない。これは、たとえば、当該者が信じているルールがいかに非合理的なのかを、図解したりして説得する認知療法や、不安などをそのままにすることを教えるACTとも異なり、どちらかというと、行動療法の本道的な手続きになるのではないだろうか。おそらく、奥田先生がコメントされていたのは、このあたりのことだと思う。 臨床との関連についてはここまで。「阻止の随伴性」の基本的、基礎的な概念の話は別記事で。

[WorkItOut!!からの引越し案内]

今週末(9/18-19)は日本行動分析学会の年次大会@早稲田大学です。自分は初日の招待講演でMalott先生の講演の通訳を頼まれていますが、Malott先生のプレゼンは、基本、スライドの自動運転に時々コメントが入る形式なので、通訳を入れるのが必要かどうか(適切かどうか)わかりません。まぁ、その場の雰囲気で対応することになるでしょう。二日めは自主ワークショプ(「パフォーマンスマネジメント:教科書では学べないコンサルテーション技法と実践」)があります。ここ数年、法政ABA研究会で若松さんが中心に取り組んできた事例を紹介しながら、行動分析学を用いたコンサルテーションについてフロアの方々と考える機会にしたいと思っています。

日本行動分析学会も来年に30周年を迎えます。閉鎖したWorkItOut!には、20周年記念講演の動画がありましたので、ここに転載しておきます(10年前のYouTube前時代の産物ですが、歴史的な価値はあると思うので)。


第20回日本行動分析学会年次大会からネット中継された特別講演やシンポジウムを、永久保存版として公開しています。

  • 『行動分析学の点検その2「刺激性制御研究の未来を探る』 司会 山本淳一(慶應義塾大学)
  • 『刺激性制御研究における系統発生的視点』友永雅己(京都大学霊長類研究所)
  • 『言語行動による刺激性制御:ヒトの言語とルール支配行動』大河内浩人(大阪教育大学)
  • 『心の理論における刺激性制御:発達研究との接点を探る』奥田健次(吉備国際大学)

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これまでボールペンは3もしくは4色の、よくあるタイプのものを使っていた(最近は法政ロゴの入ったやつ)。

多色ボールペンはメモをとるときに色を簡単に変えられて便利なのだが、色ごとに使用頻度が異なるため、どうしても先になくなる色、最後まで残る色がでてくる。辛抱して使い続けても、最後は特定の色(自分の場合は「緑」)が残ってしまい、ノートが緑一色になる。それを避けるために、1ー2色が切れた段階でお蔵入りにするから、自宅には緑と赤しかでないペンがやたら増えていく、という状況にあった。

フト、もしかして替芯がある商品もあるんじゃないのかと思いつき、ネットで検索したところ、替芯どころか、インクやボールの工夫で通常のペンよりもはるかに書きやすいジェットストリームシリーズに3色や多機能ペンがあるとわかった(三菱鉛筆のwebサイト)。

早速、3色と多機能(シャーペン付き)の両方を購入し、試してみると、3色の方はこれで3色!?というほど軸が細く、持ちやすい。かつ、インクはなめらかでシャープ(ボール径0.5mm)。多機能の方はややグリップが太い。自分はシャーペンはほとんど使わないので、おそらく3色の方を使うことになりそうだ。ただし、3色はペンの切替がノック式ではなくねじり式で、これだと両手を使わないとならず行動コストが若干かかる。この弱化随伴性がどのくらい影響するかをしばらく観察してみるつもり。

それにしても、もっと書きやすく、使用頻度の低いインクが無駄にならない複色ボールペンへのニーズ(欲求、確立操作)は昔からずっとあったのに、購買行動が今の今まで自発されなかったのはひとえに弁別刺激が提示されなかったからである。

ネット広告は消費者が検索しないと始まらない。行動ターゲティングは過去の購入履歴から購買相関の高い商品をプロンプトするくらいのことしか今はまだできない(AmazonでジェットストリームFをすすめられたことはなかった)。となると、少なくとも現状では、商品検索行動としては顕在化していないが動機づけ要因は作用している人に対するマスな広告が依然として機能する可能性があるということだろうか。


 最近、時々、妙な文章にでくわす。

 「行動問題を消去するために」とか「行動問題と両立しない望ましい行動を強化する」とか。

 「問題行動」は消去できるが、「行動問題」は“解決”したり、“低減”したりすることはできても、消去や強化はできない。具体的な行動ではないのだから。

 「問題行動」として浮き上がってくる行動の背景には文脈も含め、多様な要因がある。「行動問題」という用語は、そのことを明示的に認識するために、問題行動をとりまく複合的な環境要因(問題行動が誰かにとって“問題”になる原因も含めて)につけられた用語だと思うのだが、字面が似ているせいなのか、概念の理解が不十分なのか、単に推敲が不十分なのか、上記のような明らかな誤謬が生じている。

 基本的に、意味の異なる概念には、できるだけ字面も異なる用語をつけた方が混乱が少なくなるのではないかと思う。

 「行動問題」とは、つまりは behavioral problem のことなのだから、たとえば「行動的問題」とか。あるいは意味をとって無理に用語にせずに「問題行動が生じている状況」とか。

 そうすれば、まさか「問題行動が生じている状況」を“消去”すると書いてしまうような間違いは生じないだろう。

 そうしないとまるでテストでひっかけ問題だしているような感じで、まさに「行動問題」を作ってしまっているようである。

同志社大学の武藤崇先生から、東北地方太平洋沖地震により延期となっていた自主公開講座『関係フレーム理論への招待』開催のお知らせが届きましたので転載します。元々のお知らせはこちらです。

まだ先の話ですが、楽しみに待つことにします。

【京都会場】
   2012年3月11日(日) 9:30受付開始 10:00〜16:30
   同志社大学今出川キャンパス内 継志館 2階会議室
   定員80名(先着順)

【東京会場】
   2012年3月17日(土) 9:30受付開始 10:00〜16:30
   同志社大学東京オフィス内 大セミナールーム
   定員80名(先着順)

【講  師】
 Dermot Barnes-Holmes(National University of Ireland, Maynooth)
 Yvonne Barnes-Holmes(National University of Ireland, Maynooth)
 Ian Stewart(National University of Ireland, Galway)

【参加費】
 一般 5,000円  学部学生・大学院生 2,000円

【申込み】
 公開講座への参加申込みの方法は,専用フォームから。

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国際行動分析学会(ABAI)主催の環境に関する行動分析学会が下記の要領で開催されることになりました。詳しい情報はABAIや日本行動分析学会のwebサイトにてご覧下さい。開催時期がちょうど日本では夏休みにあたります。ふるってご参加下さい。

Behavior Change for a Sustainable World

ー持続可能な世界をつくる行動改革のための国際会議ー

気候変動に立ち向かい、地球環境を守るために、私たち行動分析家には何ができるでしょうか? この会議では、個人や地域、学校や企業、そして世界規模での行動的な介入に関心のある学生、研究者、実践家、経営者や官僚や政治家など、多様な分野で活躍し、この大きな問題に取り組もうとする人たちに参加を呼びかけ、持続可能な世界をつくるための行動変容について話し合います(講演,ポスター発表,フリートークの時間など)。

主催:国際行動分析学会
日時:2012年8月3日(金)〜5日(日)
会場:オハイオ州立大学(コロンバス, オハイオ, USA)

なお、私、この国際会議の準備委員会のメンバーになっております。日本からこの人を連れて行って講演してもらって欲しいなどのリクエストがございましたら、お知らせ下さい。

追記:今後のスケジュール

2011年8月31日:ポスター発表の募集開始

2011年12月7日:ポスター発表の募集〆切

2012年6月18日:大会への先行予約(割引)〆切

2012年7月16日:大会への事前予約〆切

Susan Friedman先生から教えてもらったオモシロ動画その3(最終回)。

さすがにこれはないだろうってなどっきりカメラ風の介入(『どっきりカメラ』とは昭和の時代のいたずら番組。ロンドンハーツの元祖とも言えるかも)。

馬鹿っぽい企画だが、数百人の群衆から一斉に拍手されるなんて、フツーに生きているとそんなには味わえない。タレントやアイドルになりたいって人はおそらくこうした刺激が強力な好子になっているのだと思う。

自分もかつてたまたま大会場で講演し、発表がめちゃくちゃ受けたことがあるのだが(国際行動分析学会で日本のリサイクル活動について話をしたとき)、あのときの感覚は今でも忘れられません。会場がどかっと動くように笑ったり、波打つようにうなづいたり、スタンディングオベーションまでもらってしまって、まさに「高揚」した感覚を味わいました。

でもあんなのはあの一回こっきりだったなぁ〜(笑)。

Spainconf2011img2

今年の11月24-26日にスペインのグラダナで開催される国際行動分析学会にエントリーしました。発表申込の〆切は6/22。いつになく(?)、ぎりぎりになってからの仕事です。

しばらくABAIに参加していないので私が知らなかっただけかもしれませんが、今年から、発表申込みには抄録だけではなくデータ(図表)をPDFで登録するようになったんですね(実験の発表のみ)。

New in 2011: Proposals for data-based presentations and posters must include a graphic or tabular summary of obtained data. Data-based proposals submitted without a supporting graph or table will not be accepted. The proposals submitted need not be complete, but they must establish that the project is well underway. Attachments must be in a .pdf file format (PDF File Format) and limited to a single page.

理論的な話ではない限り、客観的なデータのない(逸話的なデータしかない、いやそれさえない)研究発表というのはそもそも行動分析学では考えられないことですが、日本行動分析学会のポスターにも最近ちらほらとそういう発表が散見されるし、おそらく国際学会でも同じような問題がでてきているのだと思われます。

学問が広がるということがいいことですが、学問の中核は守らないとね。

一昨年はノルウエーでの学会を急病・入院によりドタキャンし、ヨーロッパ初上陸が延期されてしまいました。今年こそは。

うまいもん喰うぞ〜

Susan Friedman先生から教えてもらったオモシロ動画その2。

日本にも(うちの近所のサミットにも)ペットボトルを返却してVRスケジュールで「当たり」(サミットのポイント)がでる自販機のような機械はあるけど、このマシンには空き缶を入れるスロットが6つあって、投入者に“選択の機会”を提示しているところに特徴がある。

おそらくはスロットの位置と当たりには何の関係もないのだろうが、それでも投入者は「迷って」「考えて」「選んで」いるように見える。そしてそれを「楽しんで」いるようにも見える。

人が何らかの意思決定をするときに、うまくいく確率を過大評価してしまう傾向を制御幻想と言う。選択肢があることで過大評価してしまうのは日常的にもよく見られる現象だ(たとえば、宝くじの当選確率はどこで買っても同じなのに自分で場所を選んで購入したり、その方が当たる確率が高いと思い込んだり)。

上の選択式の空き缶回収マシンで投入者が当たりの確率を過大評価しているかどうかはわからないが、当たりかはずれかをサミットのマシンよりも楽しんでいることに間違いはないだろう。もちろん、新奇性という要因もあるのだろうけど。

行動分析学では選択肢の数あるいは選択肢があるかどうかが好子として機能するかどうかが実験的に検討されてきた。並立連鎖スケジュールを使った研究の多くでは、一般的に、選択の機会がある選択肢が選ばれる傾向にあることが示されてきた。しかし、その一方で、リスク回避、曖昧性の回避などの要因で、選択の機会を制限するような選択をする傾向も確認されている。

しかし、これらの研究はどれも選択行動とそれを直接強化している変数を検討したものであり、選択の機会が生みだす(のかもしれない)副次的な「楽しさ」についてはあまり研究がなされていない。強化を最大化する選択と「楽しい」選択が必ずしも一致しないこともあるわけで(もちろん「楽しさ」を強化に含めると、こうした議論は論理的に成立しないのだけれども、「楽しさ」は副次的な反応で、強化力はないと仮定した場合)、人生や社会を楽しくする(社会的妥当性を高める)介入を探すという意味ではもっと検討されてもいいのではないかと思う。

参考文献

  • Catania, A. C., & Sagvolden, T. (1980). Preference for free choice over forced choice in pigeons. Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 34, 77-86.
  • Hayes, S. C., Kapust, J., Leonard, S. R., & Rosenfarb, I. (1981). Escape from freedom: Choosing not to choose in pigeons. Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 36, 1-7.
  • Ono, K. (2004). Effects of experience on preference between forced and free choice. Journal of Experimental Analysis of Behavior, 81, 27-37.
  • Hayes, S. C., Kapust, J., Leonard, S. R., & Rosenfarb, I. (1981). Escape from freedom: Choosing not to choose in pigeons. Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 36, 1-7.
  • 増田真也・坂上貴之・広田すみれ (2002).  制御幻想とは何か? : 実験操作と測定方法の検討  心理学評論, 45(2), 125-140.
  • 増田真也・坂上貴之・広田すみれ (2002).  選択の機会が曖昧性忌避に与える影響 : 異なる種類の曖昧性での検討  心理學研究, 73(1), 34-41.

ユタ州立大学のSusan Friedman先生から教えてもらったオモシロ動画を紹介します。

これはストックホルムの地下鉄(?)でエスカレータではなく階段を登る行動を「音楽」で強化しようとしたプロジェクトのビデオ。Volkswagenのキャンペーンのようです。

こっちの方が電力もお金もかかるだろうとか,普通の階段を登る行動が増えるわけではないだととか,いろいろなツッコミはもちろん可能ですが,とにかくワロタ。

世の中を楽しくする,こういう発想,大事だと思います。

ちなみにFriedman先生のwebサイトからはインコやオウムのしつけに関する記事の日本語訳も入手可能です(「インコ・オウムがあたなに知ってほしいと願う,行動に関する10の知識」など)。興味のある方はぜひどうぞ。

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震災後に始めた自宅の節電対策:

  • エアコンはコンセントから抜く。
  • 給湯システムはできるだけ電源を切る。
  • 白熱電球(玄関、トイレ、洗面、台所入口)はLEDに交換。
  • 使用頻度の低い電機・電子機器(プロジェクター、iLinkのHDDレコーダー、ステレオのアンプ、客室のTVとDVDなど)はスイッチ付きのコンセントに換えて待機電源をオフ。
  • 最後に窓を二重窓にして断熱(夏冬の冷暖房費を抑制)。

楽しみにしていた4月ぶんの請求書。結果は前年比約マイナス15%!まずまずの成果。

でも年ごとの変動,月ごとの変動もあるから,もっと長期的なデータが欲しいなと思い,東京電力に問い合わせたところ,2年以上前の履歴は入手できないけども,月ごとの消費電力を2年間集計し,グラフにしてくれる「シェイプアップカルテ」なるサービスを紹介された。

「なかなかやるじゃん,東電」と感心したが,「どこで登録できますか?」と聞くとカスタマーサービスのお姉さんが若干動揺(わからなかったらしい)。でも,調べて折り返し電話をくれた。

結論からすると,東電のホームページから辿れるのだが,階層が深く,まず無理(今はトップページがお詫びやお知らせだらけでさらに読みにくくなっているし)。

なので直接リンクをはったろ。ここで登録できます→シェイプアップカルテ

「1ヶ月程度お時間がかかる場合もございます」にビビりながら登録したら1週間しないでパスワードが届きました。

上の図がそのグラフ。ちょっと拍子抜け。でも,ないよりはましだな。

スマートグリッドとかスマートメーターとかが導入されれば,こういうグラフをネットからいつでもリアルタイムで閲覧可能になるはず。TVと連動させて,テレビ画面にだせるようにだって(技術的には)可能なはず。

そうすれば自宅での省エネも楽しく進むよ,きっと。

地震と津波の被害にあった東北地方の復興には,ぜひとも世界に先駆けた先進的なエネルギーシステムを導入してもらいたいです。

Yahoo! Japan の知恵袋、とにかくいい加減なQ&Aが多くて役立たずだが(にも関わらず検索上位に出現する)、時々、腹立たしさを通り超えて笑える。つか、笑いが止まらなくなる。電車の中でみるのはあまりに危険。

Q: アナグロ・・・
とは、どのような意味ですか?
アナーキーでグロテスクという意味ですか?
単に、アナログを言い間違えているだけですか??

A: 初めて聞く言葉ですので検索してみましたが、
アナグロ録音、アナグロ信号、アナグロ時計などがありました。
アナログの言い間違いのようです。 
また単なるミスもあるようです。

お礼: 降参ヤッパリ 言い間違い、書き間違いだったのですね。

おいおい。そりゃ〜おそらく「アナクロ」(anachronism)の間違いだろう。Yahoo! Japanの辞書にもあるじゃないか。「時代錯誤」って意味だ。

地デジ化→デジタルテレビ→(昔のは)アナログテレビときて、古いもの→アナログ→時代錯誤→アナクロ→アナグロとでもなったのだろう。スキナー先生のいう"fragmental control"(だっけ?)だ。

ちなみにグロテスクなのはエロでグロテスクな「エログロ」だよ。

ヘキサゴンと知恵袋、俺にとっては頭が疲れて何も考えられないときに使う等価な不気味笑い誘発刺激です。

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たたたたたいよう 楽しく いたいよう
ビタビタしたら ミンミンするよ
アセロラ体操、サントリー)

最近、授業(行動分析学特講)の課題としてやってるテレビCMの分析。これまではレスポンデントや"Evaluative conditioning"の枠組みから解釈されてきたテレビCMの効果だが(参考文献)、言語行動と等価性の枠組みの講義の後で、応用課題として視考させると、受講生も興味を持って取り組んでくれる。

Cm

CM中の刺激に反応して「アセロラ」とか「ビタミン」と考えたり、言ったりする行動の自発頻度が、最初はエコーイックやテクスチャルにより、そしてそれが次第にイントラバーバルやタクトに移行していく。

自分の場合、ちょっと喉が痛いなぁとか風邪気味だなぁと思うときにコンビニでアセロアを買うことが多い。これは「ビタミン」と「風邪予防」の間に元々成立している等価性(CMによって形成されたわけではないという意味で)に「ビタミン」と「アセロア」の等価性が追加されることで、「風邪」→「アセロラ」のイントラバーバルが発生したり、風邪の症状がでているときにアセロアを飲む(ビタミンを多く含んだものを摂取する)と症状が緩和されるという嫌子消失の随伴性(ただし、おそらくは偶発的強化の伴なるルール支配行動)により逃避行動としてアセロラの購買行動が自発されやすくなったりする、などなどと考えられる。

こういうふうに視考してみると、CMで購買行動を増やそうとするなら、その商品の購買場面で想定される確立操作や弁別刺激、誘発したい行動を書き出し、そのうち未形成の関係性をつくる刺激の提示法をデザインすれば良いということになる。少なくとも、概念上は。

参考文献

中島 定彦 (2006).  商品広告と古典的条件づけ--研究展望(1)  行動科学, 45(1), 51-64.
中島 定彦 (2006).  商品広告と古典的条件づけ--研究展望(2)  行動科学, 45(2), 27-36.
中島 定彦 (2010).  テレビCMは逆行条件づけか?  人文論究, 60(2) , 39-53.

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Social Discountingなるものに興味をもって論文を読んでいたら、Journal of Behavioral Decision Making という雑誌を発見。こんな学術雑誌もあるんだ。

Social Discounting とは、強化時間の遅延に伴い強化力が落ちるように、本人と第三者の社会的距離が遠くなるにつれて、その第三者を通した本人の行動の強化力が落ちるという現象(Rachlin & Jones, 2008)。

たとえば、その人との社会的距離が1(最も近い)から100(最も遠い)になるように、具体的な人物を思い浮かべる。次に、下のような組み合わせてお金をもらうとしたら、AとBどちらの選択肢を選ぶかを参加者に聞いていく(質問紙)。

A: $85を自分だけにもらう  vs.  B: $75をn番目に近い人にもらう
A: $75を自分だけにもらう  vs.  B: $75をn番目に近い人にもらう
A: $65を自分だけにもらう  vs.  B: $75をn番目に近い人にもらう
            ............
A: $5を自分だけにもらう  vs.  B: $75をn番目に近い人にもらう。nには1, 2, 5, 10, 20, 50, 100が入る。

要するに、自分がもらう金額と第三者にあげる金額とが、社会的距離のどこで釣り合うかを調べる実験であり、利他主義に関する行動経済学的な研究をマッチング法則にのせてみようという行動分析学からのアプローチなのだ。

研究の内容はともかくとして、Rachlin先生がこのような研究をしてこのような雑誌に投稿しているとは。自分が大学院生の頃は、行動分析学の研究ならJEABJABAJOBMと、あとはPsychological Recordくらいをおさえておき、必要に応じて他の雑誌を読めばなんとかなったのに、今の大学院生はたいへんだ。

マッチング法則は行動の定量的な予測をするための分析手法であるが、自分がいつも疑問に思うのはその応用力である。予測式があくまでpost-hocにしか決まらないこと、steady-stateの状態しか記述できないこと(これについてはそうではないという考え方(Baum, 2010)もあるようなのだが、自分にはロジックが理解できない)、実験室であれば(特に動物実験)好子の特定がしやすいが、日常生活においては何が好子となっているのかがそのそも特定できないことなどから、新しい問題に予測力をもった計算式をつくることがそもそも可能なのか(不可能なのではないか)と疑っている。たとえば、高速道路の料金を週末千円とした場合の高速道路選択率(vs 鉄道、空路)、あるいは旅行にでかける行動の頻度(vs 巣ごもり)を予測できるのだろうか?というふうに(「できる!」というのなら素晴らしいのだけれども)。

Social Discountingの考え方も、こうしたデータから、今回の大震災の後の募金行動(神戸のときよりも2倍以上の義援金が集まっているという)を予測あるいは説明できるのかどうか。風評被害にあっている地域の野菜や魚を安心して食べてもらうにはどうしたらいいか(各地で開催されている物産展での購買行動には"地域の人たちのために"というソーシャルな変数が効いている)。もう少しじっくり文献を読んでみようっと。

Baum, W.M. (2010). Dynamics of choice: A tutorial. Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 94, 161-174.

Rachlin, H., & Jones, B. A.  (2008).  Social discounting and delay discounting. Journal of Behavioral Decision Making, 21, 29-43.

見本合わせ訓練の実験において事前事後テストは各刺激間で何試行ずつ行うべきだろうか?

例:「りんご」の文字カードを提示されたら《りんご》と《みかん》の絵カードから《りんご》の絵カードを選ぶ課題。

訓練前(ベースライン)の真の正答率をチャンスレベルである0.5と仮定する。事前テストを1試行しかやらないと、偶然正解しちゃう確率は0.5。半分くらいはたまたま正答しちゃうからこれじゃだめだよね、というのはなんとなくわかる人でも、では何試行テストすれば真の正答率を推定できるか(もしくはできていない課題を間違ってできていると判断したり、できている課題を間違ってできていないと判断してしまうことを避けられる)と聞かれると、はたと困ったりして。

実は同様の質問を某大学院生から受けたので、珍しく統計的思考に没頭。とはいえ自分も統計の専門家ではないので、数学的な解説ではなく、何をどう使えば実験計画立案上のこうした問題解決の手がかりが得られるかと考えた。

正解か不正解かみたいな2つに一つの事象の生起確率は二項分布という確率分布を使って推定できる(これは教科書的な基礎知識)。便利なことにExcelにも二項分布を計算する関数がある(これはネットで検索すればみつかる)。binomdist(x, n, p, 関数形式)がそれ。引数はそれぞれ以下の通り。

x: 事象の生起数。この場合、正答数と考える。
n: 標本(サンプル)数。この場合、試行数と考える。
p: 推定される確率。この場合、チャンスレベルである0.5を使う。
関数形式:累積分布ならTrue、確率密度ならFalse。今回はテスト試行数のうちの正答数ごとの確率を推定するのでFalse。

日本語にすると「ほんとうは半々でしか正解しない(つまり偶然でしか成功しない)とき、n 回のテストのうち x回成功することがどのくらいの確率で生じるのかを計算する」となる(この日本語化作業のハードルがもしかすると高いのかも)。

テスト試行数を1-10までとり、それぞれそのうち正答が0から全正解までの確率をこうして求めると次のような表になる(これにはExcelを使った計算スキルが必要か)。

Photo

4試行中3回正答する確率は.25(4回に1回)。4回とも正答してしまう確率も.06あるから、慣習的な有意水準5%を採用するなら4試行では不足することになる(判定できないから)。5試行または6試行やっても厳密には両側の各1パターン(0/5と5/5、0/6と6/6)しかなく、これは事後テストで訓練効果を検討するときに改善をみる幅が小さくなる。

この表からすると7試行以上、できれば10試行はやっておきたいところ、ということになる。

もちろん、テスト・訓練する刺激関係の数によってはこれだけの試行数をテストするのが現実的には困難なこともある。

その場合、一度にテスト・訓練する関係性の数を減らすとか、刺激ごとではなく刺激クラス間の正答数として(刺激クラス内で正誤に大きな違いがみられなければ)プールしてしまうなどの工夫(というより回避手段?)を講じることになろう(このあたりは実験計画立案スキル。先行研究をそういう視線で読み直すといいかも)。

統計の専門家の皆さま(とーちゃん先生とか見てねぇよなぁ)、「違うよそれ」とか「こんなふうに考えたら」のようなご意見がございましたら、個人的にメール下さい。

Actjapan2011

 このたびの災害によりRFTの公開講座が中止になり、でも被災地の人たちの様子をテレビで見るたびに、こういうときにはACT(Acceptance and Commitment Therapy)的な、無理をしない、ゆるめの、頑張ったり、頑張らなかったりする気持ちをつくれるボランティが有効なのかもと思っていたら、さっそくそういう講座が開催されることになったそうです。

 しかも「震災復興支援チャリティ」として開催され、参加費は全額、日本赤十字社に義援金として寄付されるそうです。

 もう少し落ち着いてきたら震災ボランティに行こうと考えてらっしゃる方はぜひどうぞ。


<震災復興支援チャリティ・ワークショップ>

「震災後」の心理的援助:ACTの「使いどころ」とは? 

□ 趣旨
 この臨時企画は,3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の復興支援チャリティ・ワークショップです(参加費の「全額」が,日本赤十字社にその義援金として寄付されます)。本ワークショップの内容は,震災後に生じる可能性のある精神疾患に対する科学的な心理ケアに関するものです。特に,臨床行動分析にもとづくアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)を中心にお話をします。

□ 対象
 今回の震災に関連した心理・行動的援助を志向・実践予定の方

□ 日時
 2011年4月3日(日)9:30〜17:00(9:15受付開始)

□ 場所(お間違いのないようご注意ください)
 同志社大学 今出川校地 継志館(今出川新町下ル)2階会議室

□ 参加費
 5,000円(なお,参加費は全額,日本赤十字社に東北地方太平洋沖地震のための義援金として寄付されます)

□ 定員
 50名(先着順)

□ 申込方法
 メールにて参加を受け付けます。takamuto@mail.doshisha.ac.jp宛に,以下の内容のメールをご送付下さい。1)件名;【ACTチャリティ】参加申込み,2)本文;①お名前,②ふりがな,③所属(学生の場合は,学年・回生も),④受付確認メールの送信先

□ 実施母体
・ACT Japan(Japanese Association for Contextual Behavioral Science)
 http://www.act-japan-acbs.jp/index.html
 http://contextualpsychology.org/japan_chapter
・同志社大学心理学部心理臨床センター
 http://pscenter.doshisha.ac.jp/

□ 実施責任者
 武藤 崇(同志社大学心理学部教授/同心理臨床センター指導相談員)

□ 講師
 武藤 崇(同志社大学心理学部教授/同心理臨床センター指導相談員)
 谷 晋二 先生(立命館大学文学部・教授)
 菊田和代 先生(同志社大学心理学部心理臨床センター・相談員;阪神淡路大震災の被災者でもあるそうです)

□ 会場までのアクセス(お間違いのないようご注意ください)
 http://www.doshisha.ac.jp/access/ima_access.html
 http://pscenter.doshisha.ac.jp/access/index.html

□ 当日スケジュールとその内容(1日5時間集中ワークショップ)
 9:15 -- 9:30  受付(参加費の納入)と資料配付
 9:30 --11:30  午前の部
  ・サイコロジカル・ファーストエイド(PFA)とは?
  ・臨床行動分析から考えるPFA
 11:30--13:00  休憩
 13:00--16:00  午後の部
  ・自然災害被災後の精神疾患とは?
  ・アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)とは?
  ・ACTの「使いどころ」とは?
  ・そのときのACTの「使いかた」とは?

※なお,当日の内容は,多少変更することがございますので,予めご了
解のほどお願いいたします。


残念ですが、公開講座:「関係フレーム理論への招待」 が中止となりました。仕方がないでしょう。次の機会を待ちましょう。以下、案内を転載します。

武藤 崇(同志社大学心理学部)です。
 まずは,3月11日に発生いたしました東北地方太平洋沖地震によって,甚大な被害にあわれた方々に,心からお悔やみを申し上げます。また,皆様はもちろんのこと,皆様のご家族やご親戚,ご友人の方々がご無事であることを祈るばかりです。
 今回の地震発生に伴い,本公開講座でお話いただくことになっておりました3人の先生方に対して,日本の現状をご説明いたしました。その結果,先生方から 「来日の延期」がご提案されました。諸事情を考え併せると,そのご提案をお受けするのが妥当ではないかと判断に至りました。よって,ここに「本公開講座の延期」という決定をご報告させていただきたく存じます。
 当講座に参加をお申し出いただいた方々におかれましては,いろいろとご都合がおありだろうとは思いますが,何卒ご容赦・ご了解のほどお願い申し上げます。また,本講座の新たな日程と開催場所が決定いたしましたら,その詳細をご連絡させていただきたいと考えております。今後とも,よろしくお願い申し上げます。

勉強する予定のあった土曜の朝、iPhoneにメールが届きました。

Iphone1

目標設定のページ数を打ち間違えていたのはご愛嬌。さっそく出張の移動中に読書開始(本当はJ-ABA機関紙編集のため読まなくちゃならない論文もあったんだけど、今日はこっちを優先)。

『本番に強くなる』は飛行機とバスの移動中に読み終えたので、すぐにiPhoneでスタディログ(何時間で何ページ進んだか)を入力。コメントはそのままTwitterにも流れました。

マイページのグラフがどのように表示されるか気になってましたが、残念ながらiPhoneからは確認できず(Flashを使ってるみたいですね)。

Iphone2

それで今日(日曜日)『プライスレス』を読んでからホテルのPCでログを入力したら、マイページのグラフが確認できました。

「勉強時間」が登録した教材ごとに棒グラフで、「目標達成率」は折れ線グラフで表示されます。

Scr10

う~ん。勉強したぁという実感あり。

コメントつきで書き込んだスタディログも表示されます。「サポーター」を登録しておけば、ここがチャット対話風に表示されるのかもしれませんね。

Scr11

使い方がだいたいわかりました。後はこれで勉強行動が継続するかどうか。もちろん、それが肝心。おって報告しま~す。

スタログ(studylog)では市販の図書や参考書などの教材を登録できます(市販されていないものも登録可能)。

自分は読もうと思ってなかなか読めていなかった2冊の本を試しに登録してみました。

書名を入力すると自動的に図書を検索してくれ、候補が表示されます。該当の本を選ぶと表紙画像も一緒に登録されます。

次に勉強の予定を設定します。自分は週末に読書をしようと、土日にそれぞれ1時間、100ページを目標に設定しました。

Scr4

Twitter, FaceBook, Mixiとの連携も可能です。とりあえずTwitterだけ連携。こうすることで、読書の感想や勉強しながら疑問に思ったこと、ひらめいたことなどをスタログで書き込めば連携先にも投稿されるそうです(後でテストしてみます。この機能、授業や研修で使ったら面白いかも...)。

行動分析学にもとづいてシステムを設計しているというとおり、目標達成に対して自らふるまう「ごほうび」も設定できます。自分は「本を5冊読んだら次の5冊を買えること」をごほうびにしました。Amazonで本を買うこと(そしてその日のうちや次の日までに本が届くこと)は自分にとっては強力な好子で、それゆえに読む本の数よりも買う本の数の方が圧倒的に多いという問題を抱えているわけです。

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 勉強の合図を携帯メールで送ってくれるサービスもあったので、これも設定。

 他にも公開設定(自分の勉強情報を公開するか非公開にするか)やサポーター(自分の勉強を支援してくれる人たちの設定)など、いくつか設定できることもありますが、とりあえず最初はこれだけに。

Scr3

 これで準備完了です。

Logo

「学び」は本当ならとても楽しい活動です(大人は子どもによくそう言いますよね)。

でも「学び」続けることは難しい(大人もそれはよくわかっています)。

「学び」が続かないと「勉強ができないから」とか「やる気がないから」と、個人攻撃の罠にはまりがちです。

これは間違い。

「学び」が続きにくいのは、性格や態度や、ましてや"内発的動機づけ"に問題があるからではないのです。

「学び」が続かないのは、勉強行動とは両立しない行動が他にたくさんあって(ゲームしたり、ネットしたり、テレビを見たり、友達と遊んだり、... )、これら勉強以外の行動を強化する随伴性の方が相対的に強いからです。

勉強行動にも強化随伴性を用意すれば「学び」も続くはずです。

「学び」が続けば、これまでわからなかったことがわかるようになり、マスターしたいと思っていたことがマスターできるようになり、読みたかった本が読め、弾きたかった楽器が弾け、やりたかったスポーツもできるようになるかもしれません。

そう。夢がかなうのです。

そういう学習支援システムがつくれたらいいなと、長年夢みてきましたが、なんと、そんなシステムが登場しました。

スタログ(studylog)がそれ。

行動分析学を独学で学んだ大学生たちが、自分たちで開発したシステムです(それもスゴいことですね)。

私の夢の一つがかないました。

つい先日β版が公開されたので、さっそく登録してみました。

私の公開ページはここです。

さっそく明日から勉強を始めます。

"勉強行動に強化随伴性を用意すれば「学び」も続くはず"という仮説を実証する自己実験も同時にスタート。

皆さんもどうですか?

これさえあれば世間を騒がすカンニングも必要なくなるかもしれませんね。

今後、引き続き、操作感や成果について報告していこうと思います。

お楽しみに。

スポーツ心理やコーチング、体育学関係の研究者や大学院生の方から時々質問されることがあるので、まとめて紹介しておきます。

スポーツにおける行動分析学の研究の多くは「行動的コーチング(behavioral coaching)」に関するもので、各種競技における実証的、実験的な研究が行われています。

日本語の展望論文としては下記の論文が代表的です(この雑誌は現在は「行動科学」となっています。詳しくは行動科学会のwebサイトをご参照下さい)。

  • 杉山尚子 (1988) スポーツ行動分析 異常行動研究会誌, 27, 6-17.

日本語の概論書であれば、武田建先生の『コーチング−人を育てる心理学』が読みやすいです。武田先生は2008年に日本行動分析学会第6回実践賞を受賞されています。

コーチング―人を育てる心理学 コーチング―人を育てる心理学
武田 建

誠信書房  1985-09
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 外書であれば、Garry Martin先生の"Applied Sports Psychology"という本がお勧めです。この本にはコンディショニングやあがりのマネジメントなどについても書かれています。Amazonなどでは取り扱いがないようで、Martin先生が運営している会社のサイトで購入できます。この本はぜひ翻訳して日本語版を出版したいのですが、なかなか出版社がみつかりません。興味のある方はご連絡下さい(著者のMartin先生には数年前に了解をいただいております)。

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 海外の研究論文なら、たとえば、Journal of Applied Behavior Analysis という雑誌の検索サイトで、キーワードcoachingで検索すればいろいろみつかります。また、他にも、たとえば、バスケットボールの3ポイントシュートの自発率を対応法則で記述したり、行動的慣性の法則が試合の「流れ」にあてはまることを示したり、サッカーにおいて広い視野と狭い視野の両方に注意配分する訓練法についての研究などもあります。量は少ないですが。

 他にも、上の"Applied Sports Psychology"で紹介されている研究が掲載されている学術雑誌として、The Sport PsychologistJournal of Applied Sport Psychology があげられます。

 日本語の文献は少ないですが、CiNiiでキーワード「コーチング 行動分析学」で検索するといくつかみつかると思います。

 コーチングは選手とコーチの一対一の関係性の上で成立することが多く、その意味では臨床的な仕事だと思います。個人差に配慮しなくてはならないことも多いと思われるので、要因配置計画を使ったグループ比較研究よりも、シングルケースデザインを用いた研究の方がマッチしていると思われます。今後のこの領域の発展に期待しています。

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 関西学院大学で表題の特別講義をやってきました。

 関学の心理学は実験と応用・臨床がうまく融合されたカリキュラムをもち、優秀な研究者や実践家を輩出しているという点で、お手本にしたい大学の一つです。

 キャンパス(西宮上ケ原)の中央には写真のような広場があり、私が訪れるたびになぜか晴天に恵まれ、パロアルト(スタンフォード大学)を連想させられることもあり、正直、うらやましい研究環境です。

 講義ではブランドづくり(ブランディング)に関する行動分析学からの研究の動向と、うちのゼミ生たちの研究を紹介しました。土曜日にも関わらず、集まってくれた先生方、大学院生諸君、ありがとうございました。

 スライド数80枚を1時間半でぶっとばしたので、ちょっと心配でしたが、最後の30分間は期待してた通り、内容の濃い討論ができました。

 お約束の資料はここからダウンロードできます。学部生の卒論が主なのと、公表していない研究成果も多いので、パスワードをかけてあります。パスワードは今回私を招聘してくださったご担当の先生の名字を英数半角で表記した文字列です(敬称略、1文字めも小文字、8文字)。

 すでに講義後にメールでいただいている質問もあるので、後で回答しますね。

 ↓   ↓   ↓

Qualitysafetyedge

 行動分析学にもとづいた安全管理マネジメントプログラム(「Values-Based Safety」)を提供するコンサルティング会社、Quality Safety Edge の webサイトにどこかで見たような顔のキャスターによるビデオクリップが。

 Law & Order (アメリカの人気刑事・法廷ドラマシリーズ)に出演していた Fred Thompsonじゃないですか。この人、テネシー州選出の上院議員もやったんだよね。Quality Safety Edgeって確かテキサス州に本社があったはずだから、南部つながりのお仕事だろうか。

 安全管理のコンサルテーションは行動的プログラムの有効性が確認され、社会的にも受け入れられている領域の一つ。この会社の社長である Terry McSween 氏は自分と同じ、Western Michigan Universityは Dick Malott先生の研究室出身の先輩です。

 この会社のwebサイトには、行動的安全管理プログラムの概要について、ビデオクリップ(大量)による紹介や、ニューズレター、各種資料など、情報が満載なので、興味がある人はぜひ一度チェックしてみて下さい。

Jaycee

 明日は第二の故郷でお仕事です。青年会議所のメンバーからいただいた数々の「素朴な疑問」に行動分析学から回答するという、ちょっと変わった形式の講演会。

 講演するわけじゃないから、正確には公開討論会かなぁ。さんま御殿形式でやりましょうってことになってます(笑)。


 一般の方も参加できるようです。興味のある方はここからどうぞ。

 日時 : 2月5日(土)19:00

 会場 : ホテルサンシャイン徳島アネックス

海賊版撲滅にはまだ遠い「音楽の違法ダウンロードを減らすにはユーザーの意識改革が必要」と話すのは、日本レコード協会会長石坂敬一氏(日本経済新聞 朝刊, 2011/01/10, p. 14)。

 年末に紅白でいきものがかりの「ありがとう」を聴いていい曲だなと思い、さっそくダウンロードしようとしたが iTunes Store では取扱いなし。

 Sonyのmoraは相変わらずWindowsしか対応していないし、たとえWindowsマシンでダウンロードしてもiTunesからiPhone/iPodには転送できない(変換できない)。

 考えてみたら、桑田(サザン)もミスチルも同じで、iTunes Storeには置いてない。

 あれば買うのに。

 非常に強力な好子としての楽曲を保持していて、購買行動を引き起こすネットでの流通のメカニズムも整っているのに、 iTunes Store を使った購買行動を強化する随伴性を導入しないのは、なぜだろう? もしくはmoraからダウンロードしたファイルをiPhone/iPadへ転送できるようにするとか。

 もちろん、海賊版を無料で入手できるならビタ一文払わないという人もいるだろうが、自分のように納得いく価格で便利に提供してくれればしっかり購入しますというユーザーも多いはず。お金という好子消失による弱化よりも、法を遵守する、もしくはアーティストを尊敬するといった言語を介在とした社会的随伴性がまさる人は相当数いるはずである(でなければ iTunes Storeなり、moraなり経営が立ち行かないはず)。

 この問題に関して言えば、変えなくちゃならないのは「ユーザー」ではなく「経営者」の“意識”の方である。もちろん、行動分析学からすれば“意識”を変えるというお題目はナンセンスで、行動を変えるためには随伴性を変えなくてはならない。だから、賢いユーザーとしては、経営者の行動が変わるような随伴性にもっていくしかない。

 iTunes StoreでJ-POPをもっと扱ってもらうために:  iTunes Storeで買える曲はできるだけ iTunes Storeで。moraでしか扱いのない曲はCDをレンタルしてゲットしよう。

 それに...   音楽と同じことが電子書籍についても生じたらと思うとゾッとする。

 Docomoと大日本印刷が組んだ「2Dfacto」はiPhone/iPadに非対応。 これまで第日本印刷が提供していた「honto」(iPhone/iPad, Android など広く対応)の運営が「2Dfacto」に移管されたそうで、今後がちょっと心配。

 ちなみに「honto」の方も専用のアプリを使わないとならなくて、しかもこのアプリがiBooksに比べると操作性が低く、動作もぎこちないという難あり。

 コンテンツ会社と流通会社がタッグを組んで排他的なサービスを提供することは消費者にとってなんのメリットもない。法律で規制できないものか?

 アレルギーの対処法は原因となる物質(アレルゲン)を特定し、それを回避するのが一般的だが、敢えてアレルゲンを経口摂取し、アレルギー反応を抑えていく手法が研究されているらしい。

食べて治す 食物アレルギー例えば、卵アレルギーの場合、まず、生卵の白身から作った粉を少しずつ飲む検査を実施、アレルギー症状が出る最低量を決める。そこから1日数回、毎回の量を前回よりも20%ずつ増やしてジュースなどに混ぜて飲む。ある程度の量になったら卵料理に変えて、卵1個に相当する約60グラムが食べられるようになるまで続ける。途中でアレルギー症状が起きたら、薬などで症状を抑えながら前の量に戻す。数週間で目標量に到達する子どもが多い(日本経済新聞, 夕刊, 2011/1/8)。

 手続きだけ読むとまさに脱感作によるレスポンデント消去だ。もしかして、アレルゲンにも生得性のもの(無条件刺激)と習得性のもの(条件刺激)があり、アレルギー反応が条件反応ならば、脱感作によって消去できる可能性があるということなのだろうか。

 岩田力先生(東京家政大学教授)を代表者とした厚生労働省の研究班が臨床研究を開始したそうである。その結果に期待したい。もちろん「食物アレルギーのある人が、自己流で食べるのは危険。治療を希望する場合は、必ず治療体制の整った専門の医療機関を受診してほしい」(伊藤直香医師@東京大学医学部)というのは言うまでもない。

Pr

 The Psychological Record は相互行動心理学(Interbehavioral Psychology)を提唱したカンターが創刊した心理学の学術雑誌で、発刊当時はスキナーが実験的行動分析学関係の論文の編集を担当していました。

 今でも実験的、理論的な行動分析学の研究がよく掲載されます。JEABよりもトピックとしては幅広く、ちょっと面白い研究が多いです。

ここからどうぞ

佐藤方哉先生を偲ぶ会が、12月25日(土)13:30より、アルカディア市ヶ谷の藤の間で開かれます。先生が生前に教鞭をとられた大学の有志の呼びかけによるもので、本学会も発起人のひとつです。 会員のみなさま多数のご出席をお待ちしております。
(日本行動分析学会のwebページからの転載です)

■日時 平成 22 年 12 月 25 日(土) 開場 13:00

第1部 ご挨拶、ご功績を偲ぶスピーチ ご自身作曲の CD の演奏、映像上映

第2部 ビュッフェスタイルでの軽食により歓談

■場所 千代田区九段北4-2-25
アルカディア市ヶ谷(私学会館)7階「霧島」
         電話03-3261-9921

■参加費用 お一人様 8,000円(当日会場受付にて申受けます)

■お申し込み
インターネット:このフォームにてお申し込みください。

電話:星槎大学横浜情報処理センター 045-979-0261
FAX:星槎大学横浜情報処理センター 045-971-2791
電子メール:info@seisa.ac.jp

Animalassistedthepary

 学部2年生5人、大学院生1名と一緒に行ってきましたよ。山梨県、上野原にある、帝京科学大学。横山准教授(精神科医)のアニマルセラピーコース。今回は、「適性評価」の実習を担当されている山本央子先生から授業見学の許可をいただくことができました。

 午前中は講義、午後は実習ですが、山本先生の愛犬"さつこさん"が教壇の下に座っていて、講義中もときどきそっちに目が行っては、「かわいいなぁ」と心が癒されたような気持ちになります(山本先生のノートPCみてもこういう気持ちにはならないわけだから、やっぱり動物には何かしらの効果があるわけですよね)。

 アニマルセラピーとは動物を介在させてストレスを低減したり、生活の質を向上させる心理行動療法のことです。不登校や引きこもりなどの心理的な問題や小児がんのような医学的な問題における効果が検討されています。我が国にも自閉症児に馬やイルカと一緒に遊ばせるなど、民間療法の形で浸透しつつあります。

山本先生の講義ではその長い歴史も紹介されました。キリスト教の信仰やあのナイチンゲールの著書にも動物を医療に使うことの意義が記されているそうです。

 これまではどちらかというと、正直、猜疑心しか持っていなかったのですが、今回、実習前に本を読み、もしかしたら、まだエビデンスが確認されていないだけで(そういう研究があまり行われていないから)、逆にしっかりした研究を進めて、効果のあるサービスとそうでないサービスを見分けられるようになることが重要ではないだろうかと思うに至りました。

 山本先生はとにかく動物の福祉を強調されていました。人間と同じように、動物にも刺激に対する感受性やストレス耐性に個体差があり、期待されている仕事で要求されること(例:子どもたちにやたらめったら触られまくる)が苦手な動物を無理してまで(訓練づけにして)使うのは望ましくないという考え方にはやたら納得。

 画像は「適性評価」実習の一コマ。自分も参加させてもらい、車いすに乗り、受講生の学生さんたちが連れてきてくれたワンちゃんたちを、クライエント役になってさわったり、声をかけたりしました。

 講義の間は気がついたこと、考えたことをTwitterでつぶやいてみましたが、実習中はさすがに無理でしたね。

 参考情報:

 動物介在療法(Animal Assisted Therapy)の効果をメタ分析した研究にはNimer & Lundahl (2007)があります。小学校なんかでウサギや鶏を飼育することも一種の動物介在活動(Animal Assisted Activity)に入るんじゃないかと思いますが、日本で行われた研究には藤崎(2004)があります。

  • Nimer, J., & Lundahl, B. (2007).  Animal-Assisted Therapy: A Meta-Analysis.  A Multidisciplinary Journal of The Interactions of People & Animals, 20(3), 225-238.
  • 藤崎亜由子 (2004)幼児におけるウサギの飼育経験とその心的機能の理解   発達心理学研究,15(1), 40-51.

 山本先生、横山先生、受講生の皆さま、貴重な授業を見学させていただき、誠にありがとうございました。

(日本行動分析学会のwebサイトから転載しました)

関係フレーム理論への招待

講 師:
  • Dermot Barnes-Holmes(National University of Ireland, Maynooth)
  • Yvonne Barnes-Holmes(National University of Ireland, Maynooth)
  • Ian Stewart(National University of Ireland, Galway)
会場:
【東京会場】
  • 2011年3月21日(祝) 9:30受付開始 10:00〜16:30
  • 目白大学新宿キャンパス内 10号館 10903番教室
  • 定員100名(先着順)
【京都会場】
  • 2011年3月26日(土) 9:30受付開始 10:00〜16:30
  • 同志社大学今出川キャンパス内 至誠館23番教室
  • 定員70名(先着順)
参加費:
  • 一般の方 5,000円
  • 学部学生・大学院生2,000円

概 要:
 本講演は,関係フレーム理論(RFT)の主唱者であるDermot Barnes-Holmes博士をはじめとする先生方をお招きしての初級者向けの講義です。RFTの基礎から,発達障害への応用,また,一般臨床への応用などについて各先生方にお話いただく予定です。RFTに興味をお持ちの皆様に有意義な機会となると考えております。ご興味のある方が周囲にいらっしゃいましたら,是非パンフレットをお渡し下さい。 (注:なお,本講演には日本語の通訳はついておりません。また,東京講演と京都講演は同一内容となります。) 参加申込みについて  専用フォームよりお申込み下さい。

 同時期にInternational RFT Meeting(ACT Japan年次ミーティング)も開催されます(3月22日(火)9:30〜17:00)。こちらについてはACT Japanのwebサイトをご覧下さい。

 3月のその頃は日本にいない可能性もありますが、もし参加することになったら(そしてそのときにまだTwitterでつぶやくことが継続していたら)生ツイート中継するかもしれません。

企画者の武藤先生から追加情報:RFTというと難しく感じるかもしれませんが、初学者むけの話をお願いしているので、学部生でもたぶん大丈夫でしょう、とのことです。

 チャレンジ、チャレンジ。

 

Photo

オムロンのスマイルスキャンがTIME社のThe Five Worst Inventionに選ばれたそうな。webページをみる限り、第一位だ。

 スマイルスキャンはカメラに向かって微笑みかけると「笑顔度」を100点満点で採点してくれるシステム。しかもリアルタイムで得点が変わる。

 笑顔認証つき携帯がでたときに、きっとこういう機能をカスタマーサービス向上のための従業員教育に使うシステムができるだろうなと思っていたら、まさにそのような使い方をマーケティングしてるようだ。ファーストフード店に導入して売上げが伸びたとか、就活の面接練習に採用している大学もあるとか。

 やってみるとわかるけど、カメラに向かって微笑んでと言われても、そう簡単にできるものではない。どうしても不自然になる。そのへんがわかっているカメラマンだと「笑って下さい」とは言わずに「口をあけて歯を見せて下さい」とか言う。もっと優秀なカメラマンだと何も言わずに面白い会話を展開しながらどんどんシャッターを切り、自然な(奇跡の?)一枚を手に入れる。

 微笑むという行動の制御変数はいまだ完全には明らかにされていない。赤ちゃんはくすぐると微笑むし、サルなどでは相手に危害を加えないというサインとして「微笑む」らしいから、無条件刺激によって誘発される無条件反応という側面もあるはずだ。一方、発達の過程ではソーシャルスキルとしての挨拶や「作り笑い」に近い微笑みまで、さまざまな機能をもった微笑みがオペラントとして学習されていく。

 社会的学習としての微笑みの習得には必ず他者が介在する。どんな状況でどんな微笑みをすればどんな強化がどれくらいあるかには大きな個人差・条件差があるから、微笑みの頻度や形態にも大きな個人差が生じる。それを、標準的な基準を用いた強化随伴性を機械的に導入して、画一的にトレーニングするという不自然さが、もしかるすと栄えあるワーストワンに選ばれた理由なのかもしれない(TIME社のwebサイトには選出理由は公開されていない)。

 実は笑顔の訓練というのは、たとえば発達障害をもった子どものソーシャルスキルトレーニングの一貫として、あるいは従業員教育として、行動分析学の研究にはときどき登場してくる(たとえば、Cooke & Apolloni, 1976)。行動分析学の研究では標的行動を具体的に定義する。「笑顔」についても、

  • 目が細くなる
  • 目尻が下がる
  • 口角が上がる

などの基準で定義する(おそらくこうした基準はスマイルスキャンでも採用されているのではないかと推測される)。

 ソーシャルスキルトレーニング(あるいは従業員訓練)では、訓練者が上記のような基準に基づいて「笑顔」を判断し、フィードバックする。あるいは被訓練者に鏡を持たせ、自分でチェックさせることもあるだろう。スマイルスキャンのようなシステムを使えば、訓練者のコストを削減できるし、被訓練者自身の判断に任せなくてすむ。

 システムが「ゲーム的」になっているところも重要だ。他者から「笑って」と言われて笑うのは、上述したようにかなり不自然で「嫌悪」的な状況になりやすい。鏡で自分の顔を見続けるのも、多くの人にとっては苦痛な状況である。ところが、人という元々微笑みを誘発する刺激が介在しない状況で、表情を変えた瞬間に数値が変わるというゲーム的な状況には、こうした嫌悪性を低減させ、かつ、得点の変化による即時の強化や弱化や消去を可能にし、それによって練習の回数を増やし、練習を継続させることに有効に働くものと予想できる。

 さらに、微笑みというのは、ずっと微笑んでいるよりも、表情の変化の中で現われる方がより効果的だと思われる。たとえば、ファーストフード店で注文をとってもらっているときも、ずっと平坦に微笑まれるより、目があったときに(より)微笑むとか、代金を手渡したときや商品を受け取るときにニコっとしてくれた方が、より自然である。客にとって自然なコミュニケーションの文脈の中で社会的刺激として機能するということだ。

 だとすれば、訓練すべきは平坦な微笑みではなく、微笑みと通常の表情を繰り返すこと、かつ、それを瞬時に行えるようにすることであり、微笑みの流暢性を上げることが重要になると言ってもいいだろう。だから、おそらく、スマイルスキャンのようなシステムを使うときも、微笑みと通常の表情の繰り返し速度を上げることを目標にすると、より効果が上がるのではないかと思う。流暢性がある行動は自然にも見えるし、訓練場面から実地場面への般化を促す工夫の一つにもなると思う。

Cooke, T. P., & Apolloni, T. (1976). Developing positive social-emotional behaviors: A study of training and generalization effects. Journal of Applied Behavior Analysis, 9, 65-78.

「カラスは顔で男女を見分けているか?」という記事に杉山尚子先生からコメントをいただきました。スキナー箱でのカラスの表情弁別は慶應の渡辺先生と帝京に移った草山先生がやってらっしゃったはずだと。

さっそくCiNiiで調べると、動物心理学会の発表論文集にこの系統の研究がみつかりました。

YES。カラスの行動もスキナー箱で研究されていました。

YES。男女どころか「笑顔」と「真顔」の弁別もできるようです(口元を手がかりにしているらしい)。

YES(/NO)。動画を使った視線移動の弁別訓練も行われていましたが、表情の静止画より難しいようです(むしろ視線の移動と同期する頭の動きを手がかりにするみたい)。

並列VI強化スケジュールを使って反応分化率を弁別の指標にとるこういう方法って、新生児や乳児の発達研究にも適用できる実験方法だと思うんだけど(箱に入れるって意味じゃないよ)、なかなかそういう研究がでてきませんね。

以下、参考文献です。

  • 草山太一・渡辺 茂(2004)カラスにおけるヒトの視線弁別 動物心理学研究, 54(2), 120.
  • 草山太一・渡辺 茂(2003)カラスにおけるヒトの表情認知 : 3次元模型・実際の人物を用いた検討 動物心理学研究, 53(2), 99.
  • 草山太一・渡辺 茂(2002)カラスにおけるヒトの表情認知 : 部分遮蔽の効果 動物心理学研究, 52(2), 126.

そういえば草山先生には2年前非常勤でお世話になりました。奇遇ですねぇ。

マクドナルドのおもちゃ禁止条例 米サンフランシスコ市の議会は9日、マクドナルドなどのファストフード店が子供向けメニューにおもちゃのおまけを付けることを禁じる条例案を賛成多数で可決した。 子供の肥満を減らすのが目的。計600キロカロリーを超えたり、カロリーの35%を脂肪分で占めたりするメニューにおもちゃを付けることは、来年12月から禁じられる(日本経済新聞, 2010/11/11, 朝刊)。

 高カロリー高コレステロールの食品購入をフィギュアなどの景品インセンティブで強化してきたファーストフードにとうとう規制。

 これまでも肥満をハンバーガーのせいだと訴訟を起こされたり(いかにもアメリカ的な話だったけど、結局はどうなったんだろう?)、マックばかりを食べ続けると体調がどうなるか検証する映画が制作されたり、なにかとスケープゴートにされるゴールデンゲートだったが、ついに行政までが介入したということだ。

 サンフランシスコ市の条例だから、他の都市での売り上げを多層ベースラインデザイン的に統制データに取れば、おもちゃ景品の実効果を逆反転法(BA法)で検討できそう。

 この機会にマクドナルドもより健康志向の、低カロリー低コレステロールで繊維質やビタミンが豊富なメニューをつくり、その購入を景品インセンティブで強化してみたらどうだろう?

 応用行動分析学の研究ではプロンプトやポスターでも効果があることがわかっているから(下記研究を参照)、強化の随伴性を導入すればさらなる効果が期待できることは明らかですよん。

Wagner, J. L., & Winett, R. A. (1988). Prompting one low-fat, high-fiber selection in a fast-food restaurant. Journal of Applied Behavior Analysis, 21, 179-185.

Dubbert, P. M., Johnson, W. G., Schlundt, D. G., & Montague, N. W. (1984). The influence of caloric information on cafeteria food choices. Journal of Applied Behavior Analysis, 17, 85-92.

Stark, L. J., Collins, F. L., Jr., Osnes, P. G., & Stokes, T. F. (1986). Using reinforcement and cueing to increase healthy snack food choices in preschoolers. Journal of Applied Behavior Analysis, 19, 367-379.

Mayer, J. A., Heins, J. M., Vogel, J. M., Morrison, D. C., Lankester, L. D., & Jacobs, A. L. (1986). Promoting low-fat entree choices in a public cafeteria. Journal of Applied Behavior Analysis, 19, 397-402.

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 見逃した人はこちらの記事から。

 ラットはまだ一匹も死んでいないというところもすごい。

 匂いの弁別訓練で火薬や結核と関連した物質を検知させるという。基本はクリッカートレーニング。

 確か、関西学院大学の中島定彦先生がタンザニアまで見学に行っていたはずだから、今度、詳しく話を聞いてみようっと。

 コメンテーターが「ノーベル賞ものですね」と言ってました。平和賞ならそうかも。科学の分野での授賞なら、やはりそろそろスキナー先生に。

 

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 iPhoneやAndroid携帯に機種変してからも、携帯の早打ちができてる人っているのかな。

 東大発ベンチャーの青電舎が、パタッチパネルに触感を与える技術を開発したそうな(日本経済新聞, 2010/10/20, 朝刊, p.14)

 いまだにiPhoneの「フリック」をマスターできず、入力ミスが多くてイライラしている私にとっては朗報。

 ジョブズはiPodやiPhoneから極力メカニカルなインターフェイルを排除したいらしいけど、メカニカルなキーボードには、指の相対的位置や手の形を弁別刺激として機能させ、クリック反応へ即時フィードバック(しかも指やキーの位置ごとに異なる体勢感覚)を自動的に提示できるというメリットがある。これは、おそらくdifferential outcome的なフィードバックとして、正確なキー入力という反応分化を促進することに寄与しているに違いない。

 どんなふうに実装されるのか、それでフリックが上達するようになるか、楽しみ。

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今年から大学院の「障害児心理特論」は奥田健次先生に集中講義をお願いすることになりました。

先週、3日間のまさに"集中"した講義が終了しました。写真は中日に開催した昼食会の様子です(東方街にて)。

奥田先生、受講生の皆さま、おつかされまでした。& ありがとうございました。

講義の様子は受講した院生に今度感想を聞いてみますが、面白かったのは、二日めの夜。まるで奥田先生の双子のきょうだいのような方と奥田先生とのやりとりを堪能できたことです。

その方は、山本央子先生といって、アニマルセラピーや家庭犬のトレーニングをされている方です。

「トレーニング」といっても、お手や伏せだけじゃなくて、わんこが家族と仲良く幸せに暮らすための環境設定のコンサルテーションが主なようです。

臨床家の感覚とかフィーリングに関して、お二人が意気投合する様子は、とても興味深かったです。

山本央子先生には後期に法政での公開特別講義をお願いしようと計画中なので、楽しみにしていて下さい(奥田先生のモノマネもして下さるかもしれません)。


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8月23日、尊敬する師匠を亡くしました。

知らせが届いたのは翌朝です。しばらくは、そして今でもまだ完全には実感がありません。

お通夜、告別式では、たくさんの仲間と一緒に先生をお見送りしました。もう何年も会っていなかった先輩や後輩に再会しました。日本各地、そして海外で活躍する人たちが集まり、佐藤先生が私たちに与えた影響の大きさや広さをあらためて思い知りました。

先日は、関口のご自宅にご焼香にうかがいました。ベルギービールをお供えさせていただきました。先生に教わったのは学問だけではありません。人生を愉しむ術をいくつも教わりました。最初に海外の学会(ABA)に連れて行って下さったのも(写真、たぶん1988年)、WMUへの留学の道筋をつけて下さったのも先生です。

想えば大学院時代は、飲んで終電を逃すたびに先生のお宅におじゃまさせていただき、さらに飲み、語り合い、朝まで過ごしたものです。

大学院から先生のゼミに入った私は、他大学から来たこともあり、先生のお人柄もよくわからず、戸惑ったこともありました。何か質問をしても、先生はすぐには答えてくれないことがあります。何かまずいことを言ってしまったのかなとか、きっと馬鹿な質問をしてしまったのだなと焦り、沈黙が続くことを怖れ、他の話題に無理矢理移ってしばらくすると、先生が語り始めます。最初は何をおっしゃっているのかわからないのですが、すぐに、あぁ、さっきの質問に答えて下さっているのだとわかります。それも、(やはり元々は)私の馬鹿な質問を、見方を変えて、面白い発想やアイディアにつながるようにひねりもっての回答です。同じ現象でも、見方を変えるだけで、どれだけ新しい発見があるか、そんな柔軟な思考の手本を数えきれないくらい示していただきました。

その頃に泊めさせていただいていたお部屋に先生のご遺影とお骨が置かれていました。懐かしさからくる嬉しさと、悲しさや寂しさ、恩返しもできなかった申し訳なさが入り交じった、不思議な感覚が沸き起こりました。珍奇と言ってもいいかもしれません(「珍奇」というのも先生から教わった刺激反応クラスの一つです)。ご遺影の中の先生は、それらすべてをひっくるめて温かく見守って下さっているように見えました。

3月に大学の同窓会でお会いしたときには、佐藤先生が現在取り組まれているお仕事について、特に「共生」について語って下さいました。立食パーティーでもあり、短い時間だったので、もう少しお話をお聞きしたいと思ったのですが、その日は別件があり、いつもならご一緒したはずの二次会に参加しませんでした。これが最期になりました。今さらですが、悔やまれます。

お通夜と告別式で記入する受付カードには、ご本人との関係をいつかの選択肢から選ぶ欄がありました。よく覚えていませんが、「親戚」、「同僚」、「業界」などです。どれもこれといってあてはまるものがないと迷い、お通夜では自由記述欄に「弟子」と書きました。告別式では、もう一度考えて、今度は「同志」と書こうと思いましたが、隣で先輩にあたる先生が「業界かな」と丸をつけたのに影響されて「業界」に丸をしました。

佐藤先生は私にとって尊敬する「師匠」でした。しかし、今こうして考えると、これからは「師匠」でもあり「同志」でもあるのですと堂々と言えるような仕事をしていかなければならないと思います。

同志とは「こころざしや主義・主張を同じくする」人です(大辞泉)。《主義》といえば「徹底的行動主義」になりますが、《こころざし》は、先生が電子メールの署名に使っておられた「行動分析学によってわれわれの地球がいつまでも美しく保たれ、そこに営まれるすべての生命が繁栄しつづけることを念じつつ・・・」になりましょう。

佐藤方哉先生のご冥福をお祈りします。先生のこころざしを胸に、微力ながらもできる限りのことをすることで、先生への恩返しとなりますように。

追記:四十九日を過ぎましたので記事に故人のお名前を記載させていただきました。

2010

 学部の授業『行動分析学』のセルフマネジメントプロジェクトでは今年も受講生たちがそれぞれの目標に向かって標的行動を決め、記録をとり、ABC分析をして原因推定し、解決策を考えて実行し、データを元にさらに分析を進めた。

 最終レポートを読んでいると、ほぼ全員がABC分析をうまく使って、よく考え、少なくとも「なぜ、○○したいのにできないのか」という原因が理解できるようになったことが伝わってくる。そして大部分の受講生が目標を達成。毎年のことながら、なかなかの感動もの。

 自分は何年か前に購入して放置したままになっていたウクレレの練習に取り組んだ。今回はウクレレの配置やチューニング装置の導入という解決策で練習時間を増大することに成功(マイレポートはこちら)。

 授業が終わってからも同じ介入を続けている。上は最新版のパフォーマンスグラフ。学期末のドタバタが終わったので、また練習再開できそうだ。

 ここのところオンラインレッスンでは単音でメロディーを弾く練習曲が続いている。そこで気がついたのが、昔、アコースティックギターを弾いていたことの名残、というか妨害効果、そして懐かしい記憶を蘇らせるプルースト効果だ。

 たとえば、C。アコギでは5弦の3フレットを抑える。ウクレレでは3弦の開放。不思議なことに、アコギだってもう何十年もふれていないのに、楽譜でCを見ると、ついつい3弦の3フレットめを抑えてしまうのだ。ギターは6弦、ウクレレは4弦なので、手前から2弦めの3フレットめを抑えるというとても強力な刺激性制御が残っていることになる。

 あまりに強力でなかなか消去されない(すでに練習曲も4曲めなのに)。というか、ウクレレの音階の習得を妨害。

 単音練習に入るまではずっとコードの練習だった。そのときにはこんな混乱はなかった(アコギの抑え方でCコードを弾こうとすることはなかった)。

 コードを弾くときの左手の感触(ネックの握り具合)がずいぶん違うからかなぁ。

 それから、単音メロディーを弾いていると、高校でクラッシックギター部に所属していたときのことを鮮明に思い出す(好きな子がギター部だったので、入部して、付き合い始めてすぐに退部しちゃったくせに)。

 アイネ・クライネ・ナハトムジークとか。

 そーいや、男女ペアになって発表会とか出たっけな。黒髪がきれいで、べっ甲眼鏡の○谷さん。お元気でしょうか。

 ギター的な楽器(クラシックギター・ウクレレ)で楽譜を見ながら単音メロディーを弾く練習をする状況に含まれる、かなり特殊な刺激の組み合わせが生みだす、ちょっとロマンチックな記憶の現象。

 電力というのは、それが火力や原子力で発電されたものにしろ、風力や水力で発電されたものにしろ、貯めておくことが極めて難しいものらしい。夜間電力が安いのは、24時間運転して発電している電力が夜中の需要が低いときには垂れ流し状態になってしまうからで、垂れ流すくらいなら安く買って下さいということらしい(ついこの前までは家庭用太陽発電でも蓄電はほとんどされなかし、今でも電車にはバッテリーが積んでないんだって)。

 今、話題の「スマートグリッド」は、電力の需要と供給のバランスをリアルタイムで微細に調整して電力の垂れ流しを減らす、できれば無くすためのメカニズムだ。理論上、地球の裏側で夜間のため垂れ流している電力を地球のこっち側の昼間に使ってしまうことも可能らしい。

 すごいね。

 「スマートグリッド」のもう一つの流れは、Googleなんかが開発、提供している「スマートメーター」(Googleの商品名は「パワーメーター」)。これは家庭の消費電力をリアルタイムで細かく監視してフィードバックする仕組み。何にどれだれ電気を使っているか一目でわかるし、スイッチを切ればその効果もすぐに目に視えようになる。

 つまり、ちりも積もれば山となる型でなかなか強化されることのない節電行動を、即時の、十分に大きさのある好子出現(もしくは嫌子消失)で強化する随伴性を追加するってことだ。

 こうした随伴性が節電行動(エネルギーの節約行動)の動機づけに有効なことは、行動分析学の研究からも明らかだ。Googleの資料には「行動分析学」の文字はでてこないけど、スマートメーターのプロモート用のビデオなんかみると、徹底的行動主義的な匂いがします。


 ちなみに、Load Kelvin は、絶対温度という概念を導入し、トムソンの原理やジュール=トムソン効果を発見した、イギリスの熱力学。

 日本では家庭での省エネが進んでいて、あまり節約の余地がないというけど、ほんとうにそうなのかな(確かにアメリカの家庭なんかには「省エネ」という概念さえないうちが多いけど)。こういう装置がついて、かつ、電気代が相対的に値上がりして、さらに、省エネに対するインセンティブがつけば(例:月間使用量が○○以下なら○○円のキャッシュバックなど)、まだまだスマートな省エネができるのでは?

日本テレビ系列 TheサンデーNEXT で観た「夢のみずうみ村」という通所の介護施設に興味津々(2010/04/04(日) 放送)。

ここではバリアフリーならぬ《バリアアリー》のリハビリ理念で、利用者たちにとっては障害となるような仕組みを施設内に用意している。

・坂になっている廊下
・てすりの代わりに大きさや高さが異なるタンス
・階段

などの物理的な障壁の他に、

・一日のスケジュールは「活動スケジュール」として視覚的に提示される(構造化のアイディアそのもの)。
・利用者一人ひとりがプログラムを組む(「何もしない」「気分次第」「ぼーっとする」まで含んだ、100種類以上の遊びの選択機会の提供)。
・〈yume〉という施設内通貨が用意され、サービス利用に必要なyumeを自分で稼げてて、貯められて、ギャンブルさえもできるようになっている。

などの心理・行動的な“障壁”も用意されている。

利用者の要介護レベルや好みに合わせられるような多様なサービスや難易度を設定し、“障壁”を乗り越えるための支援を提供することで、利用者がちょっと頑張る行動を強化する工夫があちこちにみられる。

つまり、実は「バリア」があることがポイントなのではなく、バリアを乗り越える行動を強化する随伴性があることがポイントなのだ(と思う)。

片手が麻痺して動かない人たちのための料理教室を、やはり片手が動かないカリスマ料理研究家の女性が教えるところなんか、そのアイディア(3本の釘を打ったまな板とか)に感動し、感銘を受けました。

番組で紹介されていた龍谷大学の池田省三先生のレポートを取り寄せて読んでみたところ、この施設を利用している要介護レベル2〜3(中度)の改善率は全国平均を大きく上回っている。

池田省三(2009)"夢のみずうみ村"が実現する「白立支援」コミュニティケア, 11(5) , 6-7.

リハビリ環境にバリアーを計画的に設置し、それを乗り越える強化随伴性を用意し、活動の多様性と選択機会を確保することで、ほんとうにこのような結果を生むことができるとしたら素晴らしい(池田先生いわく「中重度にあっては加齢による要介護度の進行を抑えることは困難だという神話を打ち砕」くことになる)。

それではこのような運営をする施設が増えないのはなぜか? 池田先生は、利用者の要介護度が改普すれば、介護報酬が減少してしまう現在の制度設計に欠陥があると指摘している。

そうか、そういうメタ随伴性があるんですね。でもそれって倫理的にかなり問題なのでは?

バリアフリーにすることで、いろいろなプログラムを(利用者の好みや選択に任せずに押しつけ的に)提供することで、実は要介護のレベルが進行している可能性があるとしたら?

随伴性の分析が急務の領域だと再認識です。

030708

とても面白そうなシンポジウムの案内をもらいました。残念ながら私は出張のため参加できませんが、興味ある人はぜひ、どうぞ。

このたび、慶應義塾大学のグローバルCOE主催で、国際シンポジウムを、2010年3月7日(日)、8日(月)に開催することになりました。

大枠のテーマは、「論理と感性の進化・発達・教育」ですが、3月7日(日)の午後からは、自閉症の脳機能と支援に関するセッションを設けました。
場所は、下記の地図の(1)のビルです。
http://www.keio.ac.jp/ja/access/mita.html

海外からは、University of Birmingham の Joseph McCleery博士を招聘しました。彼は、University of California San Diegoで学位を取った後(行動的な自閉症支援法であるPRTの開発者であるLaura Schreibman先生の学生でした)、Harvard Medical Schoolで研究を重ね、最近イギリスに移った若手の優れた研究者です。専門領域は、発達神経科学ですが、定型発達、自閉性障害の社会的認知と支援についてたくさんの業績があります。
下記がWEB siteです。
http://sites.google.com/site/mccleerygroup/

日本からは、脳科学の第1人者で、海外のトップジャーナルに数多くの論文をご発表の順天堂大学の北澤茂先生が、自閉症と脳科学の研究成果について、先端的なお話をしてくださいます。北澤先生は、応用行動分析学について、たいへん造詣の深い先生でいらっしゃいます。

慶應義塾大学からは、近赤外分光法(NIRS)による脳機能計測で国際的にご活躍の皆川泰代先生が、定型発達乳幼児、自閉性障害のNIRSによる社会機能の発達と脳の可塑性に関するご研究を発表してくださいます。

また、若手では筑波大学(慶應義塾大学研究員)の高橋甲介先生が、自閉症の論理的学習への支援研究の成果をご発表くださいます。

発表は英語ですが、議論につきましては、是村由佳先生(慶應義塾大学)にサポートしていただきますので、自閉症、脳機能、応用行動分析学の成果、発達と教育などについて、様々な質疑応答できる機会かと思います。

先生方には、たいへんお忙しいことと存じますが、学生さん、ご関心のある方にもぜひご周知いただき、ご参加くださいますよう、お願い申しあげます。
ご関心がおありの方に、ポスターも含めてフォワード、掲示などしていただければ幸いに存じます。

山本淳一(慶應義塾大学)

渡辺先生越智先生のマスクネタに続いて、自分もマスクのことを書いておこう。

マスクは自分にとっては常備品。でも、それはインフルエンザ対策ではなくて、嗅覚刺激を文字どおりマスキングする手段となっている。

どうやら自分には嗅覚の感覚過敏傾向があるらしく、他の人には匂わない臭いも気になったり、場合によっては鼻水などのアレルギー反応さえ生じる。

デパートの1階は鬼門で、息を止めて一気に走り抜けたくなるくらい。

というわけで、マスクは電車の中などで、どうしようもなくキツい香水とか加齢臭に出くわしたときの自衛策になっている。

マスクだけだとマスキング効果が小さいので、マスクにメンソールスティックのアロマを滴らして使う。

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これでバッチリ。香水も、加齢臭も、まったく匂わなくなる。

ちなみに、嗅覚過敏は精神的疾患との関連性も指摘されていて、若干、不安。

マスキング効果:ある刺激の効果を他の刺激で覆い隠すこと。

国際行動分析学会の機関誌 The Behavior Analyst のバックナンバーがネットで無料で読めるようになりました。

一覧はここから。

JABAやJEABと同じように PubMed に収録・公開されるようになったそうです。

The Behavior Analyst は国際行動分析学会の会員に配布される雑誌ですが、日本ではそもそも会員が少ないのと、機関購読している大学が少ないので、展望論文や面白い理論的な論文などが掲載されているのにもかかわらず、行動分析学研究でもあまり引用されていませんでした。

これでそんな状況も変わるかもしれませんね。

ちなみに国際行動分析学会の略称も国際のInternationalをつけて「ABAI」になってからしばらく経ちますが、この略称の読み方は統一されていないそうです。

名付け親(?)は「アバイ」と発音させたかったようですが、そのように呼称する人は少なく、「エービエーアイ」とか、これまで通り「アバ」と言っている人が多いそうです(よ)。

追記:もうじきThe Analysis of Verbal Behavior (TAVB)もPubMedで読めるようになるそうです。素晴らしい!

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行動分析学版ナニコレ珍百景か?

七年以上使っている Logitech の MouseMan Traveler (写真右側)がとうとう挙動不審になってきたので、WindowsPCにつなげて使っていたマウス(写真左側;特に思い入れのないElecomのマウス)をMacにつなげた。

ちなみに、うちでは机の上にiMacとサブディスプレイを置き、通常はサブディスプレイをiMacのセカンダリーモニターとして使い、どうしてもWindowsを使わなくてはらないときにのみサブディスプレイにWindowsの画面を出力している。キーボードはどちらも同じHHKBLite2をつなげている。

さて、このような状況のもと、来週末ノルウェー・オスロで開催される第5回国際行動分析学会で発表するポスターを作成していたら、PowerPointの操作がおかしい。

あれ?と思ったら、コピペに使うショートカットキーに誤反応が連発していた。

たとえば、MacならコピーはAppleキー+「c」で、WindowsだとControlキー+「c」なわけだが、どうにもこうにもControlキー+「c」を押してしまう。ペーストやカットも同じ。

画面はそもまま(iMacとサブモニター)、キーボードもそのままなのに、マウスが変わっただけで、キー操作が影響を受けた。

しかもマウスは右手で操作していて、ほぼ見ていないから(視角には入っているかもしれないが)、触覚の変化が原因である。問題のショートカットキーの操作は左手であるという点も脳に興味がある人たちには面白い(かも)。

右手の触覚がこれまでWindows操作のときに弁別刺激となっていた刺激に変化したことで、左手の操作がWindows系に制御されたことになる。

触覚による刺激性制御の例として覚え書きしておこうっと。

日本行動分析学会の年次大会が近づいてきました。

今年は例年より少し早く、7月10日(金)-12日(日)に、筑波大学で開催されます。大会のwebサイトはこちらから。

初めてTXつくばエクスプレスに乗ることになりそうです(ちょっと楽しみです)。

行動分析学会の年次大会では昨年度から『教育セッション』という名称の研修会を開催しています。教員やカウンセラー向けの実践的な研修です。学校心理士の資格更新のためのポイント制度の対象にもなっています。

今年のプログラムは以下の通り。

日時:7月12日(日)
会場:筑波大学 大学会館・特別会議室(予定)

9:30-10:30 「インクルージョンを通常学級で進めるために、応用行動分析は何ができるのか?」 講師 加藤哲文 先生(上越教育大学教授)

11:00-12:00 「教師の保護者連携とその支援−不登校問題を中心として−」 講師  小野昌彦 先生(宮崎大学教授 )

13:30-14:30 「発達障害のある不登校児童生徒への支援−支援事例を中心に−」  講師 井上雅彦 先生(鳥取大学教授)

行動分析学会の会員ではない方も参加できますので、ふだんは少し敷居が高いなと思ってらっしゃる先生方もぜひご参加下さい。

当日参加も可能ですが、定員もありますので、事前に参加申込されることをお勧めします。

教育セッションの案内はこちらから。

冨安ステファニー先生から下記の訃報をいただきました。許可をいただきましたので転載します。

Bijou

(追記:Ed Morris先生から冨安先生経由でプレスリリースが送られてきましたので、ここに掲載します)

ビジュー先生は子どもの発達を行動分析学から研究したパイオニアです。キャンピングカーのような移動式実験室を使ってアクティブにデータ収集されいたというお話をお聞きしたことがあります(このホームページにその写真を見つけました)。

代表的なご著書である Behavior Analysis of Child Development は日本語訳もでています。子どもの典型的な発達を行動分析学から解釈したり、実験的に分析する一方で、子育て支援や発達障害を持った子どもと保護者のための支援プログラムを開発するなど、実験的・応用的・理論的に幅広く活躍された先生です。

ビジュー先生とはニューヨークのカンファレンスでご一緒させていただき、奥様と伴にランチをさせていただいたことがあります。

とても物静かで優しい笑顔が印象的で、どちらかというと奥様が主に話をされ、ビジュー先生は微笑んだり、うなずいたり、時折コメントされていました。

奥様が「最近の学生さんは先生もすぐにファーストネームで呼ぶようになるけど、私はDr. Bijouと呼ぶべきだと思う」と強く主張されていたのと(その瞬間からBijou先生に何と呼びかけていいか困りました)、日本でポーテージプログラムがどのように展開されているかを気にされていたのを覚えています。

猫がお好きだったんですね。

ご冥福をお祈りいたします。

子どもの発達の行動分析 子どもの発達の行動分析
Sidney W. Bijou 園山 繁樹 山口 薫

二瓶社  2003-10
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日経新聞の連載『やさしい経済学』が面白い。

しばらく前までは大阪大学の池田新介先生が時間割引について解説していた。

マクロ経済学の専門家だそうだが、8回の連載中なんと3回ぶんの記事で実験的行動分析学の研究を引用されていた。

それも、ハーンスタイン、エインズリー、マツール(メイザー(Mazur)先生のことあるね)の、ハトを被験体にしたマッチング法則やセルフコントロールの実験である。

限られた紙面への掲載なので引用元の情報がないが、おそらくいずれも Journal of the Experimental Behavior Analysis に掲載された研究論文だと思われる。

80年代終盤にヒットした法廷ドラマ L.A. Law (注) のエピソードの一つで、政府が無駄に出費している研究の例として、成人男性が一日にトイレのふたを開け閉めする回数を調べる研究とハトのセルフコントロールの実験がやり玉にあげられていた(ように記憶している)。

それが今ではノーベル賞を受賞するくらい社会的に認知された“行動経済学”の専門家がハトの実験を引用するのだから、基礎研究というものは将来どう化けるわからないものである。たとえそのときに重要性がわからなくても、やはり投資は続けるべきだ。

『やさしい経済学』では、池田先生の連載が終わった後、しばらくして、今は大阪大学の田中沙織先生が「神経経済学で脳に迫る」という題目で継続している。田中先生の記事では、行動分析学から発展した“強化学習”の理論が神経経済学でいかに援用されているかが紹介されている。

実はこのところ“教育経済学”の本を何冊か読んだのだが、その分析はまるで行動分析学的で驚いた。ものすごいパラレルワールドなのである。

学会間の連携は今のところないが、共同シンポジウムなんかを企画してみてもいいかもしれない。

(注)留学中によく再放送していて死ぬほど観たドラマ。スーザン・デイ演じるグレース・ヴァン・オーウェンが大好きだった(ホレぼれ)。

Mybaguse

近所のスーパー(○ミット)には、レジの後ろの、客が商品を袋に詰替えるコーナーの上部に《当店のマイバッグ持参率》なるグラフが掲示してあって、前から気になっていた。

こうやって不特定多数の人の行動記録を公的にフィードバックすることを行動分析学では"public feedback"とか"public posting"といって、その効果が検討されてきた。

結果はまちまち。ショッピングセンターで顧客が高齢者の保養施設にクーポンぶんのお金を寄付する行動を増やしたり(Jackson, & Mathews, 1995)、制限速度をオーバーして運転する車を減らしたり(Van Houten, & Marini,1980)と成功例もあるが、エレベーターの利用頻度(Van Houten, Nau, & Merrigan, 1981)や灯油の消費量の削減(Seaver, & Patterson,1976)などの省エネ行動には効果が見られなかったという失敗例もある。昨年度のうちのゼミの卒論では前田くんが大学生の勉強行動のマネジメントに使ってみたが、単独では微力でケーキを好子に使った集団随伴性が必要だった。

《当店のマイバッグ持参率》がいつから掲示されるようになったかわからないので、グラフがマイバッグ持参率に及ぼした影響はここからはわからない。ちなみに○ミットではマイバッグ持参に2ポイント付加というインセンティブも併用しているが、その効果もこのグラフからは読み取れない(グラフは月ごとの前年度比という、こういうグラフにはよくある形式)。グラフからは2007年の9→10月、2008年の6→7月に若干のジャンプがあるようにも見えるが、もしかしたらそのあたりに何かしらの介入があったのだろうか。

自分の場合、家から直接買物に行くときにはマイバッグ持参率が高い。たぶん8割以上。ポイントのインセンティブで強化されているわけではなく(クレジットカード決算なので元々店のポイントがつかない)、カゴからプラスチック袋へ荷物を移す手間が省けるという嫌子出現阻止の随伴性が効いていると思う(だから、マイバッグをうっかり忘れたときには袋につめながらがっかりしている)。

2割はまさに"うっかり"忘れ。これは家の中のどこにマイバッグを置いておくかである程度改善できた(買物に出かける前に冷蔵庫の中をチェックするので冷蔵庫の上に置くようにしたらそれまでの6割くらから改善した)。

マイバッグ持参率が低いのは仕事帰りに立ち寄るとき。朝、仕事に出かけるときには帰りに買物に寄るとは考えていないので、マイバッグを仕事用の鞄に移さないのが原因。一時は超軽量のマイバッグを仕事バックに常駐させようとしたが、買物の後にマイバッグを仕事バックに戻す行動がマネジメントしきれず、今のところそのままにしてある。

スーパーのレジでは待たされること、荷物を詰替えることが嫌子になると想像できる。だから、たとえばマイバッグ持参者用のレーンを数多く設定してマイバックを持ってきていない人よりも早く流れるようにしたらどうだろう。この件では、ポイント還元や公的フィードバックよりも、その方が有効そうな気がする。

ちなみに上のグラフからは持参率の最近の平均は30%弱というところだが(データはやや古い)、自分が買物に行ったときに見回す限りでは10-20%がいいところ。時間帯によって異なるのだろうか? だとすれば、そこにもマイバック持参行動の制御変数に関するヒントがあるはずである。

Jackson, N. C. & Mathews, R. W. (1995). Using public feedback to increase contributions to a multipurpose senior center.  Journal of Applied Behavior Analysis,  28, 449-455.

Van Houten, R., Nau, P., & Marini, Z. (1980). An analysis of public posting in reducing speeding behavior on an urban highway.  Journal of Applied Behavior Analysis,  13, 383-395.

Van Houten, R., Nau, P. A., & Merrigan, M. (1981). Reducing elevator energy use: A comparison of posted feedback and reduced elevator convenience.  Journal of Applied Behavior Analysis,  14, 377-387.

Seaver, W. B., & Patterson, A. H. (1976). Decreasing fuel-oil consumption through feedback and social commendation.  Journal of Applied Behavior Analysis,  9, 147-152

去る3/15(日)にキャンパスプラザ京都にて学会企画ワークショップ『「こころ」との新しいつきあい方としてのACT(あくと)』が開催されました。立命館大学の武藤崇先生とGeorgia State University の Akihiko Masuda先生に講師をお願いし、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)の基本的な考え方を、事例や治療で使われるエクササイズの紹介も交えながら研修していただきました。参加者は一般会員が18名、学生会員が7名、一般非会員が19名、学生非会員が34名の計78名でした。ACTが、行動分析学を土台にした一般臨床モデルとして、また、第3世代の行動療法として、学会内外から高い関心を集めていることが実感できました。フロアーからは行動分析学会の重鎮の先生方からも、臨床的、理論的に、かなり突っ込んだ、そして多様な質問やコメントをいただきました。講師の先生方もそれに対して真摯に、たいへん丁寧に回答していただき、おかげさまでとても質の高いワークショップになりました。

個人的には“嫌な気持ちをなくそうとせずにそのままにしておく”というような、昔、自己啓発セミナーにハマっていたときによくやっていたエクササイズが頻出するACTは、怪しげながら興味深く、いつか理論的な分析をしっかりしてみようと思っています。今回は、もしかしたら、ACTとは、行動分析学を専門とするセラピストの行動レパートリーをクライアントに形成する試みとして捉えることができるかもしれないと思いました。嫌な気持ちを観察し、それを引き起こしている刺激や状況を観察し、これらを手がかりにした自らの逃避/回避行動(いわゆる“体験の回避”と言われているものですね)を観察する。“観察する”は“言語化”するとは別行動ですが、“言語化”を強化すれば、その前提行動である“観察”も自然に強化されるのだと思います。“観察”や“言語化”は、嫌な気持ちを引き起こす刺激と行動の関係がレスポンデントだったり、確立操作であれば、それに影響するとは考えにくいですが、逃避/回避行動には、それ以外の行動の弁別刺激や確立操作になるかもしれないという点で影響するかもしれません。つまり、“嫌な気持ちがするから〜する”という随伴性だけではなく、“嫌な気持ちがするけど〜もできる”という別の随伴性に“気づける”可能性があるということです。随伴性に“気づく”というのもトリッキーな表現ですが、つまり、随伴性は元々そこにあるのに行動が自発されないので強化されることがなかったのが、行動してみたら強化された、という感じです。仕事の失敗を厳しく叱られてから、できるだけ顔を合わせないようにしていた上司に、嫌な気持ちがするけど挨拶してみたら優しい言葉をかけてもらった、というような状況です。おそらくこれがACTの“コミットメント”のパートではないでしょうか。そして、もし、このように逃避/回避行動の代替行動が自発され、強化されるようになれば、条件反応としてのレスポンデントは暴露法的に消去される可能性もあります。上司の顔を見るだけで嫌な気持ちになっていたのが、そうならなくなるということです。もちろん、世の中はそんなに甘くなくて、そういう上司はまた厳しく叱ることでしょうから、条件反応が完全に消去されることはない。でも、自動的に逃避/回避行動が自発される他に、「あ、また同じこと(体験の回避)をやっている」「この気持ちはそのまま受け取ってみよう」「気持ちはこのままでこんなこともできるかも」といった具合に、他の、もっと適応的な行動を誘発する言語行動が自発されるようになるかもしれません。おそらくこれがACTのコアとされる“心理的柔軟性”(Psychological Flexibility)なのではないでしょうか? このように考えるとわかるように、ACTは不安症やうつ、あるいは糖尿病のように、特定の精神病理の治療を目的としているわけではないことも理解できます。Masuda先生による、ACTは“問題を取り除くことだけに翻弄するあまり、それ以外の事に手がつかなくなっている”状態に陥った人すべてを対象するという解説も納得できます。そして、そのような膠着状態は、程度の差こそあれ、私たちすべてに起こりえる、とても一般的な課題であり、それをマネジメントできるようになることは、人生を幸せに生きるための、基礎的なライフスキルなのではないかと思います。

以上、個人的感想でした。ふ〜。

8/26-28に立命館大学で開催される第73回日本心理学会では、ACTをつくりあげたSteven C. Hayes博士の招待講演と、武藤先生他、行動分析学会会員によるシンポジウムが予定されているそうです。興味がある方は、ぜひこちらにもご参加下さい。

来月、京都で開催されるワークショップのお知らせです。

ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)はRelational Frame Theoryなどを駆使して“認知”も標的にする、第3世代の行動療法といわれている方法論です。

すでにほぼ定員に達しているそうですが、まだ少し(昨夜の時点で10名くらい)空きがあるようなので、興味がある方はお急ぎ下さい。

ACTワークショップ開催のお知らせ
日本行動分析学会主催ワークショップ

「こころ」との新しいつきあい方としてのACT(あくと):アクセプタンス&コミットメント・セラピー

講 師:Akihiko Masuda先生(Georgia State University)・武藤 崇 先生(立命館大学)

日 時:2009年3月15日(日)
 9:30 受付開始 10:00〜16:00 ワークショップ

会 場:コンソーシアム京都(2階ホール)
 JR京都駅から徒歩1分 http://www.consortium.or.jp/

定 員:先着70名

参加費:
 日本行動分析学会の会員(一般・学生) 2,500円
 学生・院生 2,500円
 その他一般 5,000円

概 要:
 本ワークショップでは、新世代のマインドフルな認知行動療法として注目されているアクセプタンス&コミットメント・セラピー(Acceptance & Commitment Therapy: ACT)について、基本的な概念を解説し、具体的な臨床技法や教材を紹介します。これまでの行動療法や認知療法、認知行動療法との違いを理解し、臨床で活用できるよう、実践的な演習を行うワークショップです。
 ACTの本場、ネバダ大学リノ校で、スティーブン・ヘイズ博士の元で学ばれたお二人の先生に、行動分析学の初学者、臨床心理学の初心者にもわかりやすいワークショップをお願いしました。ワークショップは日本語で行われます。行動分析学を一般臨床に活用しようとしている専門家、学生、大学院生。「こころ」との新しいつきあい方としてのACTに興味のある方々はぜひご参加下さい。

参加申込について:
 メールでのみ参加申込を受付けます。「japanese.aba@gmail.com」宛に以下の内容のメールを送信して下さい。
 4日以内に受付確認の返信がなければ、まずは迷惑メールフォルダーなどに自動振分けされていないかどうかご確認下さい。それでも見つからなければ、再度、申込みメールを送信して下さい。
 携帯から参加申込みメールを送信するときには、受付確認の返信が受け取れるように、ドメイン指定の解除などの設定をご確認下さい。
 参加申込み者数が定員に達した時点で受付を終了させていただきます。
 参加費は、当日、会場にて現金でお支払い下さい。

宛先:japanese.aba@gmail.com
件名:【ACTワークショップ申込み】
本文:
 お名前:
 ふりがな:
 受付確認メールの送信先:
 会員種別:日本行動分析学会の会員、学生・院生、その他一般

例:
 お名前:荒巻 大輔
 ふりがな:あらまき だいすけ
 受付確認メールの送信先:aramaki.koan9ka@gmail.com
 会員種別:その他一般

出張や旅行に出かけるときの「持ち物チェックリスト」を作っている。

出先で「あぁ、こんなときにこんなもんがあればよかったのに」と悔やんだ経験から、長年にわたって改訂してきたリストである。

「携帯充電器」のように、うっかり忘れてしまって旅先で何回も買い直してしまったものとか、「指圧棒」や「洗濯ロープ」のように、あると快適・便利なもの、「スリングとカラビナ」のように、他人がみてもたぶんすぐにはその使い道がわからないであろうものも含まれる。

そのリストに今回「老眼鏡」を追加することにした。

リストに「ろうがんきょう」とタイプするのが苦痛で、思わず、同義語を探してしまった。

「遠眼鏡」は、なんだか逆に、遠くが視えるようになりそうな語感だし、「シニアグラス」はむしろ悪あがきに聞こえる。

仕方なく、開き直って、堂々と、「老眼鏡」と打ち込んだ。

視力が落ちたり、体力が落ちたり、疲労が回復しにくくなったり、トイレが近くなったり、年齢と伴に、これでもかと押し寄せる老化現象。

このあたりで、抵抗するのをやめ、老化を受容する"アクセプタンス"が必要そうだ。

日本行動分析学会の年次大会は今年は横浜国立大学で開催されます。

大会のHPはここ

学会員には第一号通信が郵送されています。発表申込みの〆切は4/18(金)です。

上記大会HPから申込書がダウンロードできるはずなのですが、まだ準備中のようです。

非会員の方から何件かお問い合わせをいただきました。

〆切が近いので、第一号通信を電子化したものを、ここからダウンロードできるようにしました(大会実行委員会からも学会からも無許可です...  ^^;;)。

ご活用下さい。

追記

今回、行動分析学会にご入会されて年次大会で発表しようとされている方で、〆切になっても入会手続きが完了されいない方へ。
入会手続きに関する〆切が延期されます! 詳しくは学会事務局からのアナウンスをご参照下さい。

うちのゼミで使っている卒論/修論評価シート(2007年版)を公開することにしました。

○ゼミ生は仮提出時にこの評価シートを使って自己チェックします。
○ゼミ生からは「論文執筆時に役に立つ」という評価をもらっています。
○仮提出後は私がこの評価シートを使ってチェックし、フィードバックします。
 (自己評価と他者評価が一致しないこともありますから)
○よくある間違いは次の年度の演習や評価シートに取り入れて改善しています。
○来年度からは紙ベースではなく電子的にこの作業を進める予定です。

紙ベースでは本年度版が最終になりそうなので、まだまだ改善の余地はありそうですが、公開します。

ここからダウンロードできます。

講師: 大河内浩人 先生 〔大阪教育大学・准教授〕

日時:2007年12月13日(木)5時限 16:50-18:20

場所:心理学実験室(法政大学市ケ谷キャンパスボアソナードタワー11F 地図はこちら

意外に知られていませんが、行動分析学では、皮膚の中で起きている、外からは観察できない事象や行動も《私的出来事》として研究対象とします。大河内先生には、私的出来事や社会的行動など、実験室内の基礎実験には、なかなかのせにくいテーマをいかに実験的に行動分析していくかについて、お話しいただきます。

参加予約はいりません。参加費も無料です。演習II/研究法IIの特別講義ですが、一般公開です。卒論のテーマを探している3年生には特にお勧めかもしれません。

行動分析学界の大御所カタニア先生による招待講演では,スキナーが一時期考案していたという「オペラント貯蔵」という考え方を修正した《モデル》と,好子出現までの遅延時間による強化力の減衰勾配の違いによって生じる行動パターンによって,様々な行動現象,特にADHDをもった子どもにみられる多動や注意欠陥が説明できるのではないかという提案がなされた。

修正版オペラント貯蔵という《モデル》では,行動は好子が出現するたびに,その直前に自発されていた行動が“貯蔵”され,自発されるたびに“放出”されると考える。そして,行動から好子出現までの時間間隔が短ければ短いほどその行動は多く貯蔵され,長ければ長いほど少なく貯蔵されると考える(遅延時間による強化力の減衰勾配による重みづけ)。

非常に単純な《モデル》ではあるが,これを元にシミュレーションを組むと,いろいろな強化スケジュールにおける行動パターンをうまく予測できるということである(カタニア先生,シュミレーション結果をPC画面上の累積記録としてプレゼンしていただけど,もしかして現在の行動分析学会だと,累積記録の見方がわかる会員の割合ってそうそう高くないかもと少し不安になった)。

強化力の減衰勾配の形によって,高反応率が強化されたり,刺激性制御がうまく形成できなかったりすると考えられ,これがADHDの症状(前者が多動,後者が注意欠陥)と一致するというのがカタニア先生の主張。

感想。

修正版オペラント貯蔵については,単純なモデルで複雑なスケジュールパフォーマンスが再現できるという点は面白いと思う。でも,そういうモデルは他にもあるはずだし(ニューロネットとか),そういうモデルではもっと複雑なパフォーマンス(たとえばMTSとか)も予測できると聞く。

一昔前,情報処理的認知心理学でも,行動がうまく予測できさえすればどんな計算式でもいいのか,それとも最終的には生物学的なメカニズムと対照させるため,神経生理学的な知見とマッチしそうなモデルがいいのかという議論があった。それと同じで,複雑な行動の予測力と生物学的な妥当性という2つの基準を用いたときの,他のモデルとの性能比較を知りたくなった。

ADHDの症状についての再現性については若干の疑問が残った。このモデルだと,行動や好子の種類に関係なく,高反応率の自発や刺激性制御の成立しにくさが適用されなくてはならないけど(そういう説明はなかった),ADHDの子どもたちを観察していると,高反応率の行動にはかなり偏りがある。飛び跳ねたり,きょろきょろしたりする子どもは多いけど,たとえば自閉症をもった一部の子どものように,棚に並べてあるものをさわっていったり,おもちゃを並べたりという行動はあまり見られない。それに,確かに机に向かって書取りに長時間集中するのが苦手な子どもでも,ポケモンならいつまでも遊んでいたりする。

カタニア先生が引用していた基礎研究(即時の少量の好子 vs 遅延後の大量の好子の選択場面)でも,最初は遅延時間を同じにして(すると大量の好子を選択する),徐々に遅延時間を延ばしていくと遅延後の大量の好子を選べるようになることがあることがわかっている(セルフコントロールの確立)。その場合,強化力の減衰勾配の形がそのような手続きによって変わったと考えるだろうか。そしてそのような効果はその個体の他の行動や好子に関わる強化力の減衰勾配にどのような影響を与えると考えるのだろうか?

行動や好子の種類による差(があるのかないのか),強化力の減衰勾配の形は可変なのか,可変ならどのような手続きで変わるのか,などが,おそらく臨床場面で欲しい情報だと思う。

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基礎/応用の若手研究者によるシンポジウム。昨年は変動性に関して同様のシンポジウムが開かれた。今年のテーマは流暢性。応用研究や実践を基礎研究者が見直して提言するという流れであった。

基礎研究における「変化抵抗」に関する研究がレビューされ,反応率の予測にとって重要なのは反応率ではなく強化率であることや,低反応率の方が高反応率より高い変化抵抗を示すこともあることが示された。

方向性として,基礎と応用のこのような連携には大賛成で,実り多きものとなって欲しいと願う。ただ,残念ながら,シンポジウムで紹介されていた基礎研究における行動随伴性と,応用研究・実践における行動随伴性との間には埋めるべきギャップがあるように感じたので,ここに指摘しておきたい。

一つは,流暢性訓練の対象となる行動のほとんどは弁別オペラントであり,fluencyとはそもそも単なる高反応率ではなく,正高反応率であることだ。正反応と誤反応は別々の弁別オペラントである。制御変数が別であることも多い(高正反応率のみに強化随伴性をつけると,誤反応率も増加することがあるが,誤反応にペナルティをかけると減少する,など)。

だから,Precision Teaching ではStandard Cerelation Chartに正反応率と誤反応率を,それぞれ別々にプロットすることが多い(ちなみに「正反応率」とすると,機会あたりの正反応確率と混同しがちなので,私は「正反応スピード」と言うこともある)。

自分にとってABAは同窓会みたいになっていますが、卒業後、家庭を持ったり、専門分野が変わったり、職場が変わったりして、毎年必ず参加する同窓生は、年々少なくなってきています。

1993年に来日し、行動分析学会の公開講座で講演してくれたこともある(行動分析学の企業への応用 in 行動分析学研究 7(2),133-141.)、Judy Agnew博士とも実に4年ぶりの再会。2人の子どもが大きくなって、学会に連れて来れるようになったので、今回は旦那さんのBruce Hesse博士と4人で会場に現れました。

昔話とお互いの近況報告であっという間に時間が過ぎました。彼女はずっとAubrey Daniels Internationalでコンサルタントをやっていますが、今はそれ以上に、子育てを楽しんでいるようでした(Bruceと相談しながら、行動分析学的な子育てを実践しているそうです)。子育ては、子どもと関わっている瞬間瞬間、常に何かを教える機会があるのでエキサイティングなんだそうです。

行動的安全管理に関する彼女の著書にサインをもらいました。初学者向けのこの本、読みやすく、行動分析学の知識がなくても、安全管理のコツがわかります(帰りの飛行機の中で読みました)。そのうち邦訳もでるかもしれないとのことでした。原発やエレベータ、遊園地の事故など、安全管理は尊い命を守るための行動マネジメントでもあります。ぜひ、日本でもこうした考え方がひろまって、導入されることを望みます。

Removing obstacles to safety: A behavior-based approachRemoving obstacles to safety: A behavior-based approach
Judy L Agnew

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Photo_1

大学院の講義で小野さんが発表した嫌子消失阻止による弱化の随伴性の例。

近所の話の長いおばさんにつかまってしまったときに、自分から話題をふる行動が減るという分析。

自分もこれよくやります(やりません)。

かなり笑えました。

Aimchart

怪しげながら、どこかにtruthがありそうで、どうしても気になってしまうのが、Precision Teaching と Standard Celeration Society。いくつか発表をチェックしたが、あいからずしっかりしたデータが少ない(彼らの「データ」の基準はトラディショナルな行動分析学とはかなりズレているから仕方ないといえばそれまでなのだが....)

今回、最も興味を持ったのは、web上でStandard Celeration Chart(SCC)の共有を可能にする AimChart。行動研究をコラボするときには、視覚化したデータを、チーム全員で、できるだけリアルタイムでみられる環境が重要なのだが、これはそれを可能にするかもしれない。

帰国後、期待半分、猜疑心半分でアクセスしたが、うまく動作しない。

う〜ん。やはり、truthではなくfaithの世界なのか....

Sandeigo_sm

国際行動分析学会、通称ABA(“アバ”)の年次大会に参加してきました。今年はサンディエゴ(LA)でした。

“アバ”といってもスウェーデンのポップスグループではありません(あ、古いか。ちなみにABBAはちょうど自分が大学生の頃に“ディスコ”で流れる曲を歌っていた人たちです)。

ABAの学会webサイトはここ。年次大会には世界中から3000人規模で行動分析家が集まります。

昨年は法政に転職したばかりで余裕がなく、久しぶりにパスしました。なので、2年ぶりの参加。こうなると、学問的活動だけではなく、旧友との交流もかなりのウェイトを占めます。まぁ、同窓会みたいなもんですね。

日本の学会と違って、欧米の国際学会はパーティーがあったり、ポスターセッションでもお酒がでたりと、かなりインフォーマルです。ABAの場合、生バンドをいれてのダンスタイムや、有志会員による寸劇やコメディショーまであります。こういうイベントはたいてい夜の10時過ぎから翌朝の2時くらいまで続きます。

もちろん早朝から夕方まで口頭発表や講演やシンポジウムや分科会の会議などが、40以上の会場で同時進行してますから、本気になると(^^)、飯を食う時間もありません。

実際、ABAから帰ってくると、たいてい体重は落ちてますね。ABAダイエットだ。

そうそう、日本にも何度か来日している、親友のJanet Twymanが会長になりました。会長講演では、ABAの現状とこれからの展望が語られました。このへんの話はけっこう面白く、日本でも考えていかないとならないことなので、おいおいレポートします。

例年は、学会会期中、リアルタイムでブログを更新することでABAの報告をしていたんですが、今年は直前に勢いで購入してしまった小型のWinマシンの調子が悪く、かつ、後半はナントぎっくり腰で寝たきりになってしまったので、滞りました。

しばらく腰痛と戦いながら授業や会議をこなすことになるので、ABAのレポートは先送り。

まぁ、ぼちぼちと。

最新号の The Behavior Analyst に面白い展望論文が掲載されていた。

Silva, M. T. A., Gonçalves, F. L., and Garcia-Mijares, M. (2007, Spring). Neural Events in the Reinforcement Contingency. The Behavior Analyst, 30(1), 17-30.

脳内の特定部位に電気的な刺激を与えることが好子となり、ネズミのレバー押しを強化できたり、神経細胞の発火をドーパミンの投与で強化したり、あるいはマスコミでも話題になったロボットラットのように、無線で脳内刺激を提示することで、左右へ進む弁別を訓練するなど、行動分析学の原理やテクニックを駆使した、神経生理学的な研究をまとめたレビュー。

“ロボットラット”という名前からは、まるで人がねずみを自由自在に操るように聞えるが、この論文から想像するに(元論文は読んでません)、むしろ、人とネズミの遠隔コミュニケーションといえないこともない。「右に曲がって下さい」ぴぴぴ「う〜ん、いいよ」と右に曲がる。「ありがと」ぴぴぴ。みたいな。

興味を持ったのがNicolelisら(2002)のこの研究(←オンラインで読めます)。

はじめはねずみのレバー押しを水で強化する通常のオペラント条件づけ。ただし、この間、ねずみの脳内の発火パターンを収集・分析し、ねずみがレバーを押すときのパターンを特定する。そして、今度はそのパターンをリアルタイムで検知し、レバーを押す前に水で強化する。そうすると、ねずみはレバーを押さなくても、“レバーを押すことを考えるだけで(押すつもりになるだけで?)”で水がもらえるようになる。

思考が動作を介在せずに強化される。ほとんどテレキネシス。超能力とはこういうことか?(笑)

冗談ではなく、こうした研究が進むことで、身体に重篤な障害をもった人が、体を動かさなくてもコミュニケーションしたり、さまざまな機器を遠隔で操作できるようなる可能性がある。ロボットラットも災害時、たとえば建物が崩落して救助隊が入り込めないところなどを捜索することに役立つかもしれない。

SF的だが、おそくら近い将来に確実に実現する類いのテクノロジーだろう。われわれ行動分析家の活躍も期待されるのではないだろうか。

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来る6/2(土)、立命館大学にて標記のシンポジウムが行われます。

日本では発達臨床や特別支援教育の文脈で注目を集めることが多い応用行動分析ですが、最近では一般臨床においてもそのプレゼンスを示しつつあるようです。

従来から立命館大学では「対人援助」というテーマに学際的な取組みをされておりますが、今回のシンポジウムもそうした流れの一つのようで、とても面白そうです。

日本行動分析学会後援。お奨めです。

主催:立命館大学人間科学研究所(臨床人間科学オープンリサーチセンター)
後援:日本行動分析学会(公開講座)
日時:2007年6月2日(土)13:30~17:30(13:00開場)
場所:立命館大学衣笠キャンパス創思館1Fカンファレンスルーム(定員120名)

このシンポジウムは「一人称の科学」(First Person Science;Gendlin & Johnson, 2004)をめぐって,フォーカシングと臨床行動分析という通常では接点がないとされる,2つの対人援助の立場が対話する「知的アリーナ」です。ここでは,臨床心理学,心理療法,さらには対人援助の「共通言語」の構築を目指していくために,この領域における「科学(性)」や,その具体的な方法論をラディカルに捉え直していくことを目的としています。

皆さまには,このアリーナにおいて次代の対人援助の「共通言語」が構築されつつある,まさにその場面にお立ち会いくださり,その討論にご参加くださいますと幸いです。


話題提供者(発表順;敬称略):
1)村里忠之(帝京平成大学健康メディカル学部臨床心理学科/准教授)
「一人称の科学―複雑に応答する秩序について」
2)武藤 崇(立命館大学文学部人文学科/准教授)
「First Person(一人称)とは『私』なのだろうか-『科学』は何のために,誰のために」
3)村川治彦(イーストウエスト対話センター/主宰)
「『一人称』における体験と言語-身体感覚とメタファーの関わり」
4)井上雅彦(兵庫教育大学大学院臨床・健康教育学系/准教授)
「自閉症児に『一人称』を教えるために-内的事象の言語化と強化随伴性という環境操作の関係性-」


指定討論者(発表順;敬称略):
1)中川吉晴(立命館大学文学部人文学科/教授)
2)望月 昭(立命館大学文学部人文学科/教授)

以下に参加方法と予約フォーム:

Petrecycle

近所のサミットストアにあるペットボトルの自動回収機。

キャップとラベルをはいで、筒型のベルトコンベアに差し込むと、ガタガタいいながらのみ込んでいく(おそらく内部で粉砕しているんだと思う)。

何十本かに1回くらいの割合で当り券が発行されて、サミットでのポインと交換できる。

半年くらい前までは1ヶ月に1回くらいは当りがでてたのに、ここのところゼロ行進。

ペットボトルの取引価格によって強化スケジュールの比率を調整できるようにしてあるんだろうけど、こないだ試しに40本近く溜めてから持っていったのに、やはり当たらない。

もしかして故障?

もしかしてVI?

日本語で読める行動分析学」をAmazonへのリンク集としてまとめなおしたときに、これまではほぼ入手不可能だと思ってあきらめていた図書が、何冊か古書(ユーズド)として出品されているのを発見し、嬉しくなって即購入しました。

About Behaviorismの訳本である『行動工学とはなにか』は破格の¥6,800でゲット!! 他にも出品されてましたが、その価格は¥28,900よりですから、これは超が3ヶくらいつくお買得品。

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さらに今は亡きドン・ベア先生の奥さんであるピンクストン先生らが書かれた本の訳書『高齢者の在宅ケア』も¥2,640で購入。残念ながら今のところ他には出品されていません。高齢化社会で在宅ケアニーズが高まっている我が国では、いまこそ必要とされる本なので貴重です。

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他にも、かつて学生に貸出して紛失してしまった『オペラント行動の基礎と臨床—その進歩と展開 』も出品されています。価格が¥18,000と高価なので少し様子見です(笑)。

ネットで高価に売れるのに過小評価されている古書を、古本屋などをせっせと回って買い集め、このようにAmazonなどへ出品して稼いでいる人たちがいるそうです。

行動分析学関係の埋もれた古書をぜひもっと発掘して世の中へ再び流通させて欲しいものです。

Precision Teaching は、基礎学力の向上に有効であることが実証されている、行動分析学をベースにした教授法です。Ogden Lindsley博士らが中心になって開発しました。読み書き計算の基礎スキルの流暢性を向上させることで、注意や記憶の保持や応用力(文章題など)へもポジティブな成果を及ぼす指導法と言われています。

日本では100マス計算がブームになり、導入している学校も多いようです。基礎スキルの正答スピードを上げることを尊重し、繰り返しの練習をに注力するところは、Precision Teaching と共通です。

国際行動分析学会の分科会としてStandard Celeration Societyというコミュニティがあり、Journal of Precision Teaching and Celeration という機関誌も発行しています(1981-)。購入できる教材もそろっています(たとえば、ここ)。

しかしながら、初学者向けの教科書というかマニュアル本がなく、ゼロから学ぼうとすると、正直言って、何がなんだかわかりません。私も大学院生のときに授業で紹介され、国際行動分析学会のワークショップ(有料の研修会)にも何回か参加しましたが、いまだに謎の部分も多いのです。

このたび、Rick Kubina先生(Pennsylvania State University)が、Precision Teachingに関わるいくつかのビデオや音声をPodcastの形式で公開されました。教室で子どもたちが学習に取り組む様子もこれでわかります。

あ〜、こういうことなんだ。と、勘をつかむのにちょうどいいと思いますので紹介しますね。

動画の閲覧にはAppleのQuickTime(もしくはiTunes)が必要です。

Precision Teaching: Party Movies(←これをクリック)

公開講座「問題児なんていない!」に参加しました。

少子高齢化かつ女性の社会進出が進んでいる現代では、子育て支援が社会的に大きな役割を果たしそうです。かといって行政がふんだんに予算を配分してくれるわけでもありません。

ということは、誰にでもできるようなちょっとした環境設定で、お母さんやお父さんの子育てパフォーマンスが向上し、子どもたちがスクスク豊かに伸びて行くような仕掛けを普及させることには大きな意義があると思います。

今回の公開講座は、どちらかというと理論的、教科書的な話が多かったので、会場にきてらしたお母さんたちがどう思われたか、とても興味があります。講演の後では、お母さんたちから、とても具体的で現実的な質問が活発になされていました。あのような質問や疑問にわかりやすく回答でき、かつその後の子育てを見守れるようなサービスが提供されるべきなのだろうと感じました。

私には子どもはいないので、講師の先生方のお話を、理論的に分析しながら聞きました。いろいろ考えさせられることが多かったです。

Poster20070302

青木愛弓先生(日本大学大学院生物資源科学研究科 )から行動分析学会公開講座の案内が届きましたので、転載します。

おもしろそうな話題です。ポスターやブログもきれいです。

ゼミ生を叱らずに伸ばすコツを教えてもらいに参加しようかな(笑)。



問題児なんていない!
「叱る」をやめると子供はグングン伸びる
ほめるしつけのコツを教えます

【内容と対象】

 この講演会は、「子供のしつけに行動分析学を生かそう」がテーマです。教室で問題児として扱われてしまいがちなADHD、ADDや広汎性発達障害、アスペルガ
ー症候群の子供の保護者の方や子供のしつけにお悩みの方を対象にしています。

 講演会の目的は、「どうしてこういう行動をするのか」を行動分析の理論を元に考えられるようにすること。次に、行動の法則に基づいて「こうやって解決す
れば、親も子もハッピーになれるしつけ」をそれぞれのお子さんに応用できるようにすることです。短時間ですので基本的なことしかお話しできないかと思いま
すが、この講座が行動分析学との出会いのきっかけになればという思いを込めて企画いたしました。

【日時・会場について】
日:2007年3月26日 月曜日
時:開場 11:30より
  開始 12:00より
  終了 14:40(予定)

会場:日本大学生物資源科学部本館3階33教室
交通:小田急線 六会日大前下車5分

詳細は以下に続きます。

サトウタツヤ先生(立命館大学)から面白そうなシンポジウムの案内が届いたので転載します。

“質的研究”というのは、何回話をきいてもよくわからないのですが(^^;;)、心理療法と行動療法の人たちが共通のゴール(臨床サービスの向上?)を目指して語り合う姿勢を持つというのは、いいことですね。

先日、ABA(国際行動分析学分析学会)の大会プログラムを眺めていたら、初日のワークショップにACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)関連がずらりと並んで、いまが華といった感があります。

ACTに関する日本語の著書を昨年出版された武藤崇先生(立命館大学)が、ナラティヴ・セラピーの人の話にどう切り込むか、楽しみです。

以下、BMLにサトウタツヤ先生が投稿されたメールの転載:


今春発売される「物語りとしての心理療法—ナラティヴ・セラピーの魅力」・「臨床実践のための質的研究法入門」の著者、John McLeod (英国 アバティ大学)教授が東大・下山教授の招きで来日するのを機に、京都・立命館大学で講演とシンポジウムを行うことにしました。

「心理療法におけるエビデンスとナラティヴ:招待講演とシンポジウム」英国・アバティ大学John McLeod教授をお迎えして

*発表は日本語と英語で行われます。英語講演には通訳がつきます。
*参加ご希望のかたはメールでお申し込みください(詳細後述)。

■日時:2007年3月21日 午後1時半から5時半まで
■場所:立命館大学(衣笠) 創想館カンファレンスルーム(定員120名)

■参加費:無料
定員:120名

■内容
司会・進行(未定)
導入講演 サトウタツヤ
「機能主義と文脈主義からみた新しい心理療法の時代の行動療法とナラティヴ:その歴史と展開」
招待講演
John McLeod (英国 アバティ大学)(聴衆への逐次的通訳あり)
「How could Psychotherapy develop from the modern forms to post-modern」

シンポジウム 新しい時代の心理療法とカウンセリングの発展に向けて
話題提供者(日本語で発表。マクレオド先生向けの逐次的通訳あり)
下山晴彦 日本の心理療法の発展における物語り(ナラティヴ)の意義
能智正博 ナラティブの視点と“リハビリテーション・カウンセリング”
武藤 崇 認知行動療法とナラティブ:"close outsider"という倫理
松見淳子 EBP(Evidence-Based Practice) の今日的意味と展望
指定討論者
John McLeod (英国 アバティ大学)

■主催:
科研費(社会状況や海外学説との関連からみた本邦臨床心理学の歴史的展開。研究代表;佐藤達哉)
日本学術振興会人文・社会科学振興のためのプロジェクト研究事業「ボトムアップ人間関係論の構築」
立命館大学人間科学研究所
後援:日本質的心理学会

■タイムテーブル
開場       12:45
第一部
 あいさつ    13:30
 導入講演    13:40
 招待講演    14:00
休憩       15:00
第二部
 シンポジウム  15:20
討論       17:00
終了予定     17:30


■参加方法
下記の予約フォームに差し支えない範囲でご記入の上、以下のメアドまで予約をお願いします。当日夕方、懇親会をフランクな感じでちんまりとやろうと思っています。ご希望の方は下記通信欄にお申し出ください(参加者数を限る場合もあります)。

■申込み・連絡先:
人間科学研究所事務局
ningen@st.ritsumei.ac.jp

*******以下、予約フォーム*******

Ministersdiet

卒論発表会も無事終了。 ゼミ生のみんな、最後までよく頑張った!(自画自賛だけど拍手喝采)。

法政大学に赴任して最初のゼミ生。会ったこともなければ、授業を受けたこともない人間に指導を仰ごうとした、その時点での勇気と見識の高さ(^^)が、その後の「え〜、ぜんぜんわかんない」という苦悩の日々を乗り越え、少しでも報われたらいいのだけれど。

みんなのいい仕事、せっかくなんでこのブログで少しずつ紹介していきます(たいていの卒論は日の目を見ずにお蔵入りしちゃうからね)。

今日はその第一弾。尾ヶ井くんの「ブログを用いたダイエットのセルフマネジメント」。発表会で彼が引用していたように、“メタボリックシンドローム”対策は国家規模の大事業。「厚生労働副大臣のメタボ退治ホームページ」では、武見敬三さん、石田祝稔さんの写真と(そのままではちと辛いので油絵風に脚色して転用させていただきました)、セルフマネジメントの記録が公開されている。

セルフマネジメントにとって有効だと思われる「記録測定」と「目標開示」の2つの要素を、副大臣たちよりもスマートに、ブログを使って検討したのが尾ヶ井くんの卒論。目標値の設定とか、フィードバックの方法などに若干の問題があるものの、セルフマネジメントにブログを有効活用できそうな可能性を示してくれました。

厚労省は生活習慣病を予防しようと、“保健指導”の業務を外注化しようと計画している。このあたり、行動マネジメントの専門家と医療・保健機関、そしてIT系のサービス会社が連携すれば、面白く、かつ、社会に貢献できる仕事ができそうだ。mixiなどのSNSで、同じ目標を共有する友達同士でセルフマネジメントを支援し合うなどの方法も今後検討できそう。

新4年生へ > このテーマは面白いですよ。自分の卒論の候補としてぜひ検討を。

Okudaskypezemi20070126

奥田健次先生 (桜花学園大学)に「心の理論」に関する特別講義をお願いしました。

すでに授業期間が終了していたにも関わらず、学内からも、学外からもたくさんの学生さん、院生さん、教員さん、保護者の皆さまが参加してくれました(参加者数およそ80名)。

特別講義の直前までは前任校のゼミ生たちのスカイプゼミにも付き合っていただき、いつもながらの人使いの荒さにもめげず、ありがとうございました(特別講義のときは写真撮影をまたまた失念)。

自閉症をもった人ともっていない人を見分けるスクリーニングための「心の理論」のようにとかくとられがちですが、奥田先生のお話からは、何が弁別刺激になっているかが異なるだけであって、確かに自閉症児特有の行動特性はあるけれど、いわゆる“健常”の人たちには絶対に見られないかというとそんなことはないのでは?と思いました。試しに、翌日、この講義を聞きに来ていなかった大学生に、視線を追わせて「どこみてる?」と質問する課題をやらせたら、奥田先生の実験に参加した自閉症児とまったく同じ反応パターンをしたので面白かったです。

もちろん、ちょっとしたトリックあって、質問形態をあえて「どっち?」じゃなくて「どこを?」にしてみたんですけどね。

奥田先生からいただいた引用文献リストをアップしておきます。興味がある人はぜひどうぞ。

徳島県の保育士研修でABC記録を教えている猪子さんからの質問:

「ABC記録はどういう研究を背景に提案されているのでしょうか?」

一瞬「何をいまさら?」と思ったけど、考えてみたら、授業や研修ではあたりまえのこととして教えているこの記録法。果たして背景に<研究>はあるのだろうか?

児童や生徒の問題行動の原因をみつけるために、問題行動が生じている場面、きっかけ、問題行動が起こったときの回りの反応、環境変化などを、直接観察によって記述していくのがABC記録。

問題行動だけを観察していてもも答えはでない。親や教師に、行動だけではなく、行動が起こる直前・前後の環境に着目してもらうというのが主旨であり、どちらかと言えば親や教師のための支援ツールと捉えている人が多いと思う。

そこで、応用行動分析学で最も使われている教科書である Cooper, Heron, & Hewardの Applied Behavior Analysis をめくってみたら、ABC記録が初めて学術論文に登場した文献が紹介されていた(そろそろ待望の第二版がでます。和訳の話は聞いていません)。

それがこれ(ここから本文をダウンロードできます)。

Bijou, S. W., Peterson, R. F., & Ault, M. H. (1968). A method to integrate descriptive and experimental field studies at the level of data and empirical concepts. Journal of Applied Behavior Analysis, 1, 175-191.

ざっと読んでみた限りでは、そもそもは、発達心理学など、行動分析学以外の心理学ではよく使われる直接行動観察による記述的アプローチと、頻度の測定を要とする行動分析学の実験的アプローチの間のギャップをつなぐものとして考案されたようである。ABC記録を数値化してグラフに表示するということもやっており、単なる思考ツールという位置づけ以上の機能を想定したようだ。

直接行動観察によって発達に関する変数を行動分析学から検討した研究としては、Hart & Risley の Meaningful Differences がよく知られているが、確かにABC記録を徹底すれば、今学期、発達行動特論(法政の大学院の講義)でやってる、行動分析学から子どもの発達を捉え直すという作業につながっていきそうだ。

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少し早めの告知になりますが、来る1月26日(金)、桜花学園大学の奥田健次先生を法政大学にお迎えして、「心の理論」に関する実験的・理論的・臨床的なお話をうかがいます。学外の人にもオープンな講義ですので、興味がある方はぜひご参加下さい。参加費無料。事前に申込みの必要はありません。

題目;「心の理論」発達と認知のセレナーデの行動分析
講師:奥田健次先生 〔桜花学園大学人文学部助教授〕
日時:2007年1月26日(金)18:30〜20:00
場所:心理学実験室(法政大学・市ケ谷キャンパス、ボアソナードタワー11F)
   地図はここ

奥田先生のHPはここ。断筆中の過激なブログはここです。

教室などが変更される可能性もありますので、法政心理のwebサイトでご確認の上、ご来場下さい。

この講演の案内はこちらからダウンロードできます。

大学院の「発達行動特論」という授業では、シュリンガーの『行動分析学から見た子どもの発達』を教科書に、記憶や言語、運動の発達を行動分析学から再解釈している。

この本では、ピアジェなど、発達心理学メインストリームの中心的な研究が数多く紹介され、それが行動分析学から解釈されている。異なる理論への翻訳(translation)という作業である。

受講生と私とで取り組んでいるのは、こうした文章による解釈を行動随伴性ダイアグラムに書き表わすこと。

ダイアグラムのパーツ(部品)は、弁別刺激、確立操作、行動、結果(好子出現、嫌子消失,,,etc)、条件刺激、無条件刺激、条件反応、無条件反応などに限定し、こうしたパーツだけで実験結果が説明できるようにダイアグラムを描けるかどうかが第一ステップ(描けなければ解釈が不十分か、あるいは行動分析学ではまだ同定できていないパーツがあることになる)。次に、ダイアグラムを描くことで新しい洞察を得ることが第二ステップ。さらなる実験のアイディアや研究テーマが見つかればベスト。とりあえず、今のところは各自がホワイトボードを手にしてわいわいガヤガヤやってます。

ちなみに下の図は受講生へのサンプルとして記銘・再生課題をダイアグラムにしてみたもの。自由再生がうまくできるかどうかは、記銘刺激以外の、リハーサル時にあった他の刺激をうまく再現できるかどうかにかかっているということが表現できていると自負していたけど、受講生には「わかりづらい〜」と不評でした(涙)。

Diagram_rehearsal


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以下のシンポジウムから考えたこと。

「行動変動性の実験研究とその応用可能性」企画:石井 拓(慶應義塾大学) ・山岸直基(流通経済大学) ・小野浩一(駒澤大学) 、話題提供:八賀洋介(慶應義塾大学大学院) 、山岸直基(流通経済大学) 、武藤 崇(立命館大学) 、指定討論:長谷川芳典(岡山大学)

(すみません。敬称略です)

行動の「変動」とはバラツキのこと。新しい行動をシェイピングによって教えるときには、標的行動に近い行動を強化で増やしながら、実は、消去によって反応を拡散させるステップが重要だったりする。

行動変動性を強化によって増減できるのか?、刺激性制御下におくことができるのか?、つまり「変動性」そのものを一つのオペラントとして(あるいはオペラントの次元として)扱えるのか?という問いが実験的に検討されてきた経緯と、さらにこうした知見が教育や臨床などに応用できるのか?という問題設定がよく整理されていて、基礎と応用の連携という点で近年まれにみる(? ^^;;)上質のシンポジウムだった。

ハトが複数のキーをつつく順番の変動性と、ヒトが4桁の“ランダムな”番号をたくさん考えるという変動性と、子どもが粘土でこれまでつくったことがない形をつくるという変動性などを、同じように扱えるかどうかも含めて、今後、さまざまなデータが生まれそうな期待感を持った。

ちなみに、いわゆる旧来の「学校文化」では、どちらかという変動性を低める介入が多い。ただ一つの正解を教え、ルールを守り、みんなと同じという価値観が重視される。それが妥当かどうかの判断は文脈に依存すると思うが、少なくとも評価の視点としての変動性が組み込まれることで、より柔軟な思考や自由さ、そして発展性がうまれるような気もする。

以下の発表から考えたこと。

「行動的介入は自閉症児の「発達」を促進する:共同注意、模倣、言語理解、言語表出」山本淳一・直井望・横山久美子

(すみません。敬称略です)


発達障害で無発語の子どもの音声模倣を増やすのに「逆模倣」が有効だという話はこれまで何人かの発達臨床の専門家から聞いたことがある話だったが、データをみたのは初めて(のような気がする)。

どうして逆模倣が有効なのか、そのメカニズムについてはよくわかっていないが、自分が話す声を聞くという(行動内在的な)随伴性を強調するからではないだろうか?というような解釈を山本先生がされていた。

逆模倣の効果は音声模倣だけに見られるのだろうか、それとも動作模倣でも確認できるのだろうか? 子どもが(大人も)登山をしたときに「やまびこ」を楽しむように、自分の発声を自分で聞くということが何らかの好子(もしかして生得性の)になっている可能性はあると思う。動作模倣ではそのような好子は考えにくいから、もしかすると2つのモダリティで効果が異なるのであれば、そういう可能性も高くなるかも。

もう一つ。もしかして「differential outcome」と呼ばれる現象と関係している可能性もあると思う。differential outcomeとは、刺激弁別課題において(たとえば色弁別)、正解ごとにはっきりと異なる結果を使うことで(たとえば好子の種類)、弁別が促進されるという現象である。

単純な音声模倣の強化は単一で共通の好子(褒め言葉や食事など)でやっていて、逆模倣ではそれにプラスして、模倣すべき見本刺激に一対一で対応した(強化されるオペラントごとに異なった)結果を使っている場合には、後者の方が、differential outcomeの状況になっている。模倣という行動クラス全体の自発頻度が増えることの説明にはならないが、弁別オペラントの正確さが向上する理由は解釈可能かもしれない。

日本行動分析学会では学会からのお知らせにブログを活用していくことになりました。

そこでさっそく「自主公開講座」募集の記事を掲載させていただきました。

日本行動分析学会では、行動分析学の普及や啓蒙、あるいは行動分析学を取り入れた実践活動の紹介等を目的として開催される「自主公開講座」を支援する事業を行っております。申請は随時受け付けておりますので、これから「自主公開講座」を予定している会員の方はどうぞお申し込みください。

担当委員として、任期中の三年間の間に、全国でこの自主公開講座が開催されるように支援していく所存です。

我こそは!と思われる方はぜひ企画の申請をお願いします。


日本行動分析学会のブログはこちらから。

以下のシンポジウムから考えたこと。

主催校企画公開シンポジウム「テクノロジーと行動分析」:司会 :嶋崎恒雄(関西学院大学) 、話題提供:杉山尚子(山脇学園短期大学) ・山田恒夫(メディア教育開発センター) 、指定討論:望月 要(帝京大学) ・島宗 理(法政大学) ・八木昭宏(関西学院大学)

(すみません。敬称略です)


ちょうど、どこかの娯楽番組で紹介されていた、科学技術庁のレポート「21世紀の科学技術の展望とそのあり方」を読んだところだったので、指定討論ではそれと絡めてコメントした。

このレポートでは、21世紀中に実現しそうな画期的な新技術や社会変化について国内の研究者や技術者からアンケートをとったものがまとめられている。加えて、1901年ーー今から四半世紀前--に報知新聞に掲載された「二十世紀の預言」も紹介している。

Activityhandbooks

以下のシンポジウムで浅野先生がご紹介されたAPAのActivities Handbook for the Teaching of Psychologyについての情報です。

・学会企画シンポジウム「心理学実験・実習科目における行動分析学テーマ」(司会:浅野俊夫(愛知大学)、話題提供:中鹿直樹(立命館大学)、石井 拓(慶應義塾大学)、山口哲生(大阪市立大学)

Vol.1からVol.4までAPAのサイトでオンライン注文できます。この4冊は改訂版ではなくシリーズという形式をとっていて、中身は異なります。ものすごい量です(^^;;)。

TOPページからだと見つけにくいという人はこちらから直接どうぞ。

Activities Handbook for the Teaching of Psychology: Volume 1

Activities Handbook for the Teaching of Psychology: Volume 2

Activities Handbook for the Teaching of Psychology: Volume 3

Activities Handbook for the Teaching of Psychology: Volume 4

次の2つの発表から考えたこと:

・記念公開講座「わが国の心理学教育を考える」今田寛(広島女学院大学学長)

・学会企画シンポジウム「心理学実験・実習科目における行動分析学テーマ」(司会:浅野俊夫(愛知大学)、話題提供:中鹿直樹(立命館大学)、石井 拓(慶應義塾大学)、山口哲生(大阪市立大学)

(すみません。敬称略です)

心理学教育というテーマは、APAにはTeaching of Psychologyというディビジョンがあって機関誌まで発行されているように、またABAにもTeaching Behavior Analysisという分科会があるように、次世代を次ぐ研究者や教育者を育てたり、あるいは高校生や大学生、一般人に心理学の知見を普及させるためにも重視されているのだが、日本の心理学会ではあまり系統だった研究や実践がみられないような気がする。

日本行動分析学ではときどきこのテーマの企画が開かれているのだが、今回は、今田先生の記念講座に関連して、実験実習の現状やアイディアを報告、披露するというシンポジウムも開催された。

「カウンセラー育成にも動物実験を!」あるいはそこまでいかなくても「基礎実験の経験は臨床心理の習得に有効または必須である」くらいのことを言う人はけっこういる。行動分析学の会員(特にある年代以上の大学教員)には、現在は臨床や応用の仕事をしていても、かつては動物実験をやっていた人も少なくない(私もそうだし)。

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(↑大会記念クリッカー。Tシャツほど売れないのでは?という私の予想をくつがえし、完売だそうです。Hats off to 中島先生。)

関西学院大学で開催された第24回日本行動分析学会年次大会。この上ヶ原キャンパスに来たのは二回目ですが、ほんとうにきれいですね。正門入って正面に広がる芝生と時計台と背後の青空の組み合わせは、なんとなくスタンフォード大学を思い出させます。建物はすべて低層で、間に小川が流れていたりするところは、郊外型キャンパスの強みでしょう。忙しくても癒されそう。

会場に入るといきなり冷たいおしぼりのサービス!(こんなの初めて)。休憩室に常に最新の情報がスライドショーで流れていたり、ロゴ付きクリッカーが記念品として販売されていたりと、あちこちに工夫がみられた大会でした。快適な学会環境をつくって下さった大会事務局およびスタッフの皆さまに、この場を借りてお礼を申し上げます。

ちなみに発表件数、大会参加者数とも新記録達成だそうです。

山本淳一先生(慶應義塾大学)からお知らせがありましたので転載します。

8月17日から23日まで、ネバダ大学リノ校のリンダ・ヘイズ先生が、慶應義塾大学特別招聘教授として日本に滞在されます。リンダ・ヘイズ先生は、様々な心的機能(記憶,推論、夢、言語、想像、認識など)や高次の行動を、理論的、実験的に分析されており、大きな業績をお持ちです。2004年から2005年まで、国際行動分析学会(Association for Behavior Analysis; An International Organization)の会長をつとめられています。

この機会に、下記の要領で公開講座を開催いたします。参加費無料で、事前申し込みも不要です。夏休み期間中ではありますが、ぜひご参加いただきたく、ご案内いたします。

題目:行動分析学は「心」をどうとらえるか?
   〜心理学的視点から見た「感情」〜
講師:リンダ・ヘイズ教授(ネバダ大学リノ校)
   Professor Linda Hayes (University of Nevada, Reno)
日時: 2006年 8月20日(日)13時30分から15時30分
場所:慶應義塾大学三田キャンパス 北館4階会議室

講演要旨:
 リンダ・ヘイズ教授は、心理学の大きなトピックスである、ことば、意味、理解、思考、記憶、夢などの心的過程を、「言語行動(verbal behavior)」、「ルール支配行動(rule-governed behavior)」、「関係枠(relational frame)」など、行動分析学(Behavior Analysis)の枠組みから分析され、多くの業績をあげていらっしゃいます。
 本公開講座では、心理学的事象としての「感情(feelings)」が行動分析学ではどのように扱われてきたか、そして、今後どのような分析が必要であるかをお話ししていた だきます。心理学、生物学、哲学や関係領域を学んでいる学生(学部生、院生)、専門にしていらっしゃる先生方、現場で行動分析学を実践されている方々、心理学の幅広い領域に興味をお持ちの方、などを対象に、わかりやすくお話しいただきます。専門的な予備知識は必要ありません。英語でわかりやすくお話しいただきますが、要点につきましては、日本語で解説いたします。

問い合わせ:慶應義塾大学文学部心理学研究室 坂上貴之/山本淳一
共催:日本行動分析学会・慶應義塾大学三田哲学会

先にお知らせしたABAの自閉症カンファレンスでは、学生発表者向けに奨励金(参加費$150ぶん)が用意されているとのことです。

発表予定の人はぜひ申し込んで下さい。

Dear Dr. Shimamune:

ABA is pleased to announce the availability of 16 grants for students who are the senior presenters of posters at the upcoming Autism Conference, Progress and Challenges in the Behavioral Treatment of Autism, scheduled for February 2-4, 2007 at the Sheraton Boston Hotel. The grants will cover the $150 conference early registration fee. Every effort will be made to distribute the grants across the states and internationally.

Poster submissions can be made no later than Wednesday, July 26 at http://www.abainternational.org/autconf/cfp/form-poster.aspx.

The conference will offer 2 full days of presentations, poster sessions, and opportunities to network and explore jobs in the area of behavioral treatment of autism. Early registration opens Wednesday, August 30 and runs through Monday, December 4. The early registration fee for the conference will be $150.

For more details about the 2007 Autism Conference, Progress and Challenges in the Behavioral Treatment of Autism, visit http://www.abainternational.org/autconf/.

日本行動分析学会のウェブサイトには「行動分析学が学べる日本の大学」というコンテンツがある。藤原義博先生(上越教育大学)らのご苦労もあって県別に大学がリストされているとても便利なコンテンツだ(「○○県で教員をしているのですが、近くに行動分析学の先生はいませんか?」というような質問もよくされるから)。

今年度からこのリストの管理の仕事を引き継いだのだが、藤原先生によると、情報提供を呼びかけても大学の教員からはなかなか情報が送られてこないそうだ。

確かに、決まった書式に情報を加工してメールで送信するという仕事は手間になる。私のように、大学を異動した後に情報の変更があっても、忙しさを口実に変更願いを失念してしまうこともあるだろう。

手間を省いて簡単に情報を得るためには、web2.0的に、外部のデータベースを使うのが有効かもしれない。

たとえば、WebcatPlusで『行動分析学研究』が蔵書されている図書館のリストを取得すれば、少なくとも大学に機関誌が入っている大学のリストの最新版が自動的に表示される。

(自分は登録作業をさぼっているので恥ずかしいのだが)研究開発支援総合ディレクトリ(ReaD)で「行動分析学」をキーに検索すれば、行動分析学を専門と登録している研究者のリストが取得できる。

『行動分析学研究』が蔵書してある図書館のリスト(WebcatPlus)

行動分析学を専門とする研究者のリスト(ReaD)


今期の常任理事で広報委員長を務める望月要先生(帝京大学)に早速提案してみよう。

心理学の実験論文の質を評価する指標として、論文全体の頁数における序論と考察の割合(方法や結果など「事実」の部分をのぞいた「解釈」の割合)--“Discussion Ratio”というのがあって、この値が低ければ低いほど、実験論文としては質が高いと言える。

どこでどうやって刷り込まれたかわからないのだが、つい最近まで、これは心理学界全体で通じる標準的(スタンダード)な話だと思い込んでいた。

ところがどうやらそんなことはなく、知っている人より知らない人が圧倒的に多いマニアックな知識だったと最近判明した。

それでも、先日「心理学者のタマゴに手本となる日本語論文を」を書いたときにもふれたように、この指標はその実験の意義を公平に記述しているかどうかを判断する指標として、なかなか妥当なのではないかと思う。

そこで調べてみた。とはいってもgoogleなどでは何も見つからなかったので、行動分析学メーリングリスト(通称BML)で問いかけてみたところ、中島貞彦先生(関西学院大学)と佐藤方哉先生(帝京大学)からレスをいただいた。

佐藤先生によるG.S.レイノルズ先生への追悼文(『行動分析学研究』第2巻66-73頁)に、レイノルズ先生からの書簡が掲載されている。そこに“Discussion Ratio”に関する記述があり、元々はD. M. Brethowerが提唱した考えであると書かれている。

Brethower先生といえば、実は私の博士論文の副査でもあり、15年くらい前に来日したときには「Learning to Learn」関係のトピックで慶應義塾大学で講演もしていただいた。組織行動マネジメントやシステム分析で功績を残された先生だ。

そこでさっそくBrethower先生にメールしてみた。数年前にWMU(Western Michigan University)を退職され、今ではアリゾナにお住まいとのことである。

以下、Brethower先生からのメールの一部を引用する(前半が私の意訳、後半に原文)。

“Discussion Ratio”のアイディアは論文にはしていないんだ。あれはジョージ・レイノルズと私がハーバードの大学院生だったときの期末レポートで書いたものだよ。確か、ジョージ・ミラー先生の講義で、何か本を読んで書評を書く課題だったと思う。社会心理学の文献にはよくあることだけど、その本もデータは少ないけど解釈は長くて、だからデータを含んだ頁数と含んでいない頁数を数えて比率を計算したんだよ。確かレポートではその本を選んだ理由として、データが含まれている頁数の比率はその本でも低かったけど、それでも他の本に比べれば高い方だったからと書いたように記憶している。それからもう一つ。その本の著者は(エール大学の著名な教授だったけど)、数々の統計処理をしていたけど、どれも本来その統計処理が満たすべき前提条件をクリアしていないとも指摘したのさ。私の論点は的をはずしているとは言いながら、ミラー先生はいい成績をくれたよ。


The data to discussion ratio idea has never been published. It was in a term paper I wrote when George Reynolds and I were grad students at Harvard. As I recall, it was in a book review I did for a course taught by George A Miller in which I said that, like most books in social psychology, the book was long on discussion and short on data and computed a data to discussion ratio by counting all the pages that included data compared to all those that did not. I mentioned, as I recall, that I had selected the book in spite of the low data/discussion ratio because it was the highest among the
books I had looked at. Then I pointed out that, while the author--a well known professor at Yale--had presented many statistical analyses, none of them met the assumptions for the statistic used. Professor Miller gave me a good grade on the paper, he said in spite of my irreverant comments.

他にも、坂上貴之先生(慶應義塾大学)が心理学論文の“Discussion Ratio”について時系列的な研究をされていたという情報もあるのだが、論文として発表されてはいないようだ。

面白いアイディアだし、貴重な考え方だと思う。かつ測定も簡単にできそうなので、興味のある方はぜひ使ってみたらどうだろう?(心理の卒論とか?)

4月に法政に異動してから、学部2年生の論文講読演習のため、週に数本以上、行動分析学以外の心理学の論文を読んでいる。心理学研究や教育心理学研究などに掲載されている自分の専門以外の論文をまじめにじっくり読むのは、考えてみると修士コースに在籍していたとき以来だったりする(まさにdecades ago)。

実は最初はけっこう楽しみにしていた。ブランクの間、他の心理学でどんな新しい発展があったか勉強になると思っていたから。ところが、学期が進むにつれ、期待や希望は裏切られ、しぼみ、だんだん寂しくさえなってきた。

一番ツラいのは「青年期の○○○」とか「○○○におけるうつ病」などのように、タイトルや序論からは応用的な興味が持てるのに、内容はナントカ理論の検証だったり、単純な調査だったりして(しかも被験者が限定されていて、一般化できる範囲が狭すぎたりするような)、結局「こんなん役に立たないじゃん」とオチるパターン。苛立ちどころか怒りまで感じてしまう。

次にツラいのは、実験の内容は面白いし、手続きや分析手法もしっかりしているのに、データとはほとんど無関係でしかも論理性も怪しい解釈が考察で延々と続く論文。「せっかくのネタがもったいない」と叫びそうになる。

学生さんには「誠に残念なことに、質の高い研究は日本語ではなく英語の雑誌に載ることが多いので、できるだけ英語の論文を読んで下さい」と勧めているんだけど、こんな言い訳けがましいことを言わなくちゃならないこと自体がほんとに残念だ(ちなみに、前期に発表された32論文のうち英語論文は4本。読んだ学生さん、よくやった!)。

心理学者の卵たちにとって手本になる実験論文が豊富に日本語で読めるような環境づくりは、どうやら行動分析学だけではなく、心理学全体の課題のようである。

「行動療法と行動分析学ってどう違うんですか?」--- よく聞かれる質問、いわゆるFAQ(Frequently Asked Questions)です。

で、これまで何回も回答してきているから、ブログなりwebのコンテンツなり、どこかに書いたものが残っているはず、と探しまくったけど見つからない。そーいや、毎回こうやって探して、見つからず、その場その場で回答をでっちあげているような気もします(まるでmixiの「すぐモノをなくす」コミュネタじゃん)。

googleして引用できそうなものがないかどうか探したけど、ぴったりくるのがなかったので、ここで簡単に解説します。ただし、私見ですよ。

行動分析学の最もメジャーな学会誌である Journal of Applied Behavior AnalysisJournal of the Experimental Analysis of Behavior のバックナンバーがほとんどすべて無料で読めるようになりました。

これまでも各雑誌の抄録検索サイト(JABA / JEAB)から一部の論文のPDFをダウンロードすることが可能でしたが、このたびバックナンバーがアメリカのNational Institutes of Health (NIH)が運営する PubMed Central (PMC) に収録されたことにより、近々6ヶ月の最新号以外は無料で本文をダウンロードできるようになったのです。

試しに1968年に刊行されたJABAの創刊号を見てみると、

・Effects of teacher attention on study behavior. (授業中、教員が児童の課題従事に注目を与えることで課題従事が増えることを示した研究)

・Modification of a child's problem behaviors in the home with the mother as therapist. (母親を療育者として訓練することで、子どもの暴力行動を減らせることを示した研究)

など、現在でも役に立ちそうなテーマの論文が満載です。

1958年に刊行されたJEABの創刊号で面白かったのは、スキナーが書いたこの論文。

Diagramming Schedules of Reinforcement.

さまざまな強化スケジュールをダイアグラムとして視覚的に表現することを提案した論文ですが、正直言って、初めて見ました。ウケなかったんですね (^^;;)。

行動分析学やっている人はかつて「スキナリアン」と呼ばれたことがありました。確かに教科書や論文に「スキナーが○○と主張した」とか「○○はスキナーによって提唱された」という記述が目立つのは事実でしょう。

でもスキナーが提唱したことがすべて無批判に受け入れたわけではもちろんありません(宗教じゃないんだから)。この論文はそのことを表していると思いました(ご本人からすれば少々寂しいかもしれませんが)。

先週「死人テスト」について調べていたときに、Lindsley先生の業績リストの中に気になる文献を見つけたので読んでみた。

Lindsley, O. R. (1962). A behavioral measure of television viewing. Journal of Advertising Research, 2, 2-12.

Nathan, P. E., & Wallace, W. H. (1965). An operant behavioral measure of TV commercial effectiveness. Journal of Advertising Research, 5, 13-20.

一つめの論文はTV視聴行動をオペラント的に評価する仕組みを考案した研究。映像と音声の提示(画面の明るさ・ピント、音声の音量)をそれぞれのオペラント(ペダル踏み)に随伴させる実験装置を使う。ペダルを踏み続けないとテレビが観れないようになっていて(画面がぼんやり暗くなってきたり、音が小さくなってくる)、放送の内容が強化的であればオペラントの頻度も高くなるはずだから、番組の感想をリッカード尺度で評定してもらうより直接的で信頼性のある測定になるはずだというのがポイント。

二つめの論文ではそのオペラント的TV視聴行動測定システムを使ってコマーシャルの効果を評価している。ある地域で実際にTV放映されたCMがどのくらい視聴者の記憶に残っているかを調査した大々的なマーケティングリサーチを行い、その結果と実験室でのオペラントのデータがほぼ一致することを示している。

この時代、このような研究があと何本か論文になっているけど、残念ながら業界のスタンダードにはならなかったようだ。

30秒とか1分という限られた時間の刺激提示で行動変容を促すというのがTVコマーシャルの役割だから、行動分析学の知見はもっと活用できそうだ。ちょっと考えてみよう。

PECS(Picture Exchange Communication System)は、B.F.スキナーの言語行動論に基づいて、Bondy博士らが開発した、絵カードを交換することによるコミュニケーションシステムです。近年、自閉症児に自発的コミュニケーションを教える効果的な指導法として、米国のみならず日本でも注目されています。今回は大学院の授業の特別講師としてBondy博士をお招きし、PECSの概略と最新の研究成果についてお話しいただきます。講演は日本語で解説しますので、英語が苦手な方も臆せずご参加下さい。

場所は法政大学市ケ谷キャンパスです。教室の位置がわかりにくいかもしれません。参加される方はここから地図を印刷されてくることをお勧めします。

参加ご希望の方はあらかじめメールで、お名前とご所属を心理学科稲垣助手までご連絡下さい。

自閉症児にコミュニケーションを教える指導法
〜 PECSと言語行動論 〜
講師:Andy Bondy ,Ph.D 〔Pyramid Educational Consultants, Inc.〕
日時:2006年7月7日(金)18:30〜20:00
場所:856教室(法政大学・市ケ谷キャンパス、58年館5階6番教室)
解説:島宗 理(文学部・心理学科)

パンフレットはこちらからダウンロードできます。

「死人テスト」について茅野一穂先生(明星大学)から質問をいただいた。

「死人テスト」とは「死人にもできることは行動ではない」という簡易なルールで、たとえば「静かにする」とか「廊下を走らない」などを標的行動(指導目標)としてしまう過ちを減らそうとする試み。

我々のオリジナルではなく、『行動分析学入門』でも紹介しているように、もともとは Ogden R. Lindsley先生が1965年に提唱された考えである。

茅野先生にはLindsleyの出典をリクエストされたのだが、残念ながら、これといった論文はない。

1965年というのは Lindsley先生はハーバードからカンザス大学へ異動された年であり、その動機は実験室で積み重ねた行動分析学の知見を学校教育へ活かすためだったと聞いている。

ちょうどこの頃が Precision Teaching(PT) という手法が確立されていった時期であり、想像するに、現場の先生たちと共同で子どもの指導に取組むうちに、先生たちが指導目標を適切に設定できるように考案したのではないだろうか?

つまり、教員のための思考支援ツールである。

裏付けとなる資料には、たとえばこんなものがある。

・Lindsley先生の業績一覧

・ABAのwebページにあるLindsley先生への追悼論文集

PTの人達が書いた文献。たとえば、

Burton, J.K., Moore, D.M., & Magliaro, S.G. (1996). Behaviorism and instructional technology. In D.H. Jonassen (Ed.), Handbook of research for educational communications and technology (pp. 46-67). New York, NY: Simon and Schuster.

・行動分析学のオンラインプログラムを提供しているカナダのAthabasca University のPTに関するコース

実験室のドアと準備室のドア。

Door1_1
Door2

取っ手の形がほとんど同一なのに、片方は引き戸で、片方は押し戸。

だから押すべきところを引いたり、引くべきところを押したりして、1ヶ月以上過ぎたのに弁別学習が進まない。

押し戸には「青いシール」、引き戸には「赤いシール」のように、弁別刺激を追加してやろかと思って、もう一度よく観察したら、取っ手は同じだけど扉の重なり具合が違うことがわかった。

赤い四角で囲んだところをよく見ると、引き戸は反対側の扉が奥に入り込んでいるし、押し戸は反対側の扉が手前に来ている。

Door3

そうか、取っ手ばかりを見ていて、弁別刺激として機能するところを見ていなかったんだ。

「発見」というのは、こういうことかもしれません。

さて、これで弁別学習が進むかどうか.... しばらく様子見。

ブログ仲間の奥田健次先生(桜花学園大学)が子どもの心・体と環境を考える会で講演をされるそうです。

第4回テーマ別研究会<テーマ>学童・思春期の問題と不登校はこう解決する!
日 時:2006年6月24日(土)13:00〜16:30
参加費:正会員2,000円、学生会員1,000円、非会員6,000円
場 所:国立成育医療センター研究所

奥田先生は『特別支援教育を支える行動コンサルテーション−連携と協働を実現するためのシステムと技法 』でも再登校指導の事例研究を紹介されていますが、今回のお話は不登校になる前に“予防”しましょうというところがミソですね。興味がある人はぜひ参加してみて下さい。

演習I、研究法I、障害児心理特論の受講生の皆さんにはボーナスポイント獲得の機会とします。

研究会のより詳しい情報はこちらから。

教育における問題を解決するために研究情報の流通改革を!をスローガンに始めたコラボレーションネットワーク(略称“コラボネット”)。実践で使えるように読みやすく加工した研究情報を、インターネットを使って全国からアクセスしやすく提供する試みも、立ち上げてからアッという間に8年の歳月が流れました。

最初は大学から学校への一方向を想定していたのですが、すぐにその限界に気づき、学校の先生方と協働で問題解決に取り組み、その結果をコラボネット上で公開していくという形式に進化していきました。

法政大学に異動したこともあり、コラボネットで私が管理運営していたコンテンツは、新しく立ち上げた『WorkItOut!:行動分析学で問題解決』というサイトへ引き継くことにしました。ご面倒をおかけしますが、教材データベースなどを引き続きご利用頂ける場合には、新サイトで再度ご利用登録をお願いします(会員情報は引き継げませんので)。

徳島の学校で先生たちが過去3年間取り組んできた113の事例研究も同時に公開します(WorkItOut!の「コンテンツ」からアクセスできます)。

Work It Out -ワーク・イット・アウト-とは「何とかしちゃう」という意味の英語です。新しいサイトでは、行動分析学を使って社会の問題を解決していくことに焦点を絞って、皆さまのお役に立てる情報を提供していきたいと考えています。今後ともよろしくお願いします。

面白そうなイベント情報を入手しました。

国立病院機構菊池病院の原井宏明先生が、ネバダ大学リノ校で応用行動分析学から認知行動療法をやっているO'Donohue博士を招聘し、立命館大学で下記のような研究会を開催するそうです。

興味のある方はぜひどうぞ。

オープン・リサーチ・センター整備事業 臨床人間科学の構築−対人援助のための人間環境研究

2005年度◇第2回(自己決定・QOLプロジェクト)
企 画:武藤 崇・望月 昭
日 時:2006年 2月 8日(水)
    15:00〜18:00
会 場:創思館4F
プロジェクト研究会室401-402
テーマ:
「連携と融合」を可能とするものは何か?—行動をめぐるQOL拡大のためにー
Integrated or eclectic?:Toward expanding “behavioral” Quality of Life

流れ:
 発表1:原井宏明 氏 
     OCD治療アウトカム,ストレス関連疾患の治療の質の改善プロジェクト
 発表2:増田暁彦 氏 
     ACTセラピストが「できる」まで
 発表3:O'Donohue 氏 
     Integrated Behavior Health & Theory of Behavior Therapy
 フリー・ディスカッション:
  論点は,
    1)theory(哲学も)とtherapyのinteractions
    2)各療法間のinteractions
    3)医療,心理,福祉のinteractions
    4)大学(研究・教育機関)と地域(病院など)のinteractions

超能力?

理研のCichocki教授が率いる脳信号処理研究チームでは、脳波を解析し、考えるだけでパソコンのカーソルを操作できるようにする研究を進めている(日経新聞, 2005.12.26)。

「右手を動かす」と考えるとカーソルが右に動き、「左手を動かす」と考えるとカーソルが左に動くようにできるそうだ。

脳とコンピュータをつなぐこのような仕組みはBCI(Brain Computer Interface)と呼ばれ、身体障害を持った人たちへの支援ツールとしても期待されている(理研ニュース, 2005 August, 290号)。

今のところまだ単純な信号の弁別力しかないようだ。上の例でも「カーソルを右に動かす」という思考を拾っているわけでは(たぶん)ない。ここから「のカーソルは右へ、のカーソルは左へ」という思考を同時にひろって解析できるところまでいくには、まだまだ大きなステップをたくさん乗り越えないとならないのではないだろうか。

しかしながら、コミュニケーションの仕組みさせ工夫すれば、左右2択、 あるいは go / no go (はい・いいえ)の2択でもかなりの意思表示が可能になるはず。

今後の展開に期待したい。

index_pic01

コクヨからこんなガジェットが登場。デジタル単語カードの「メモリボ」というらしい。

こういうのって、単語カードの教材がどのくらい充実するかで成否が決まりそう。著作権の問題があるから難しいだろうけど、できればGPLみたいなオープンソースで単語カードを共有できるような仕組みを用意するか、あるいはiTuneMusicStoreみたいに、とにかく数で勝負できるようにするとかしないとそのうちすたれちゃうだろうね(現時点では上記のメーカーHPの教材のセクションは「準備中」になってる)。

せっかくデジタル化しているんだから、パソコンにつないだら自動的に教材や学習データをシンクロして、学習履歴をグラフにしてくれるとかすれば、Precision Teaching してる人たちには大ウケしそうだけど。

ちなみに、Precision Teachingでは、SAFMEDS(Say All Fast a Minute Every Day Shuffled)、つまり「毎日1分間シャッフルした単語カードを全部できるだけ速くやる」っていう学習方法が定着しています。Eshleman先生のwebページにある解説がわかりやすいかな。

ハードウエア的には特別な性能は必要ないんだから、それこ国がお金をだして、子どもたちが持ってそうなポータブルゲーム機(DSやPSPなど)で動作する共通のソフトとネットワークの仕組みを開発して、読み書き算術の基礎学力はこんなのを使って達成基準まで練習することを「義務教育」の一部にしちゃたらいいのに(少なくともセンター試験専用使い捨てICプレイヤーに出費するよりはマシでしょう)。

さてさて、面白かったのは、こういう仕事にはまる人たち(Aボーイ?)の気持ちが少しわかったような気がしたところ。

まず、パソコンの操作という行動には反応コストがほとんどかからない。もちろん、うまくいかない理由を考えたり、webや資料を読んで調べたりするのはけっこうたいへんだけど、なにしろPCの前に座ったままでキーボードを叩いてればいんだから、他のいろんな仕事に較べると、少なくとも“動作”という意味ではラクチンだ。

しかも行動の結果は、うまくいったにしろ、うまくいかないにしろ、ほとんどの場合すぐに判明する。強化の即時性というパワフルな変数がここにある。

うまくいかないことも多いけど、それが部分強化になって、消去抵抗を増大させていく。だから、うまくいかなくてもなかなか諦められない。飯の時間さえも遅らせるほど、PCの前から離れられなくなる。

「うまくいかないこと」の中身はもう少し複雑だ。うまくいかないことの原因を突き止めようとしているときには何らかの仮説を持って作業を進めている(たとえば「このプログラムのこのパラメータの設定に問題があるはず」など)。そして仮説が正しいかどうかを実際にテストして確かめるわけだけど、たとえそれがうまくいかない場合でも、“実験”の結果が次の仮説を生みだすことが多いのだ(たとえば「なるほど、そのパラメータはこのプログラムに影響するのか...」など)。

そう、まさに“実験”なのである。しかも相手はコンピュータだから、よっぽどのことがない限り、再現性が高い環境での実験だ(問題が再現しないというときは、ほとんどの場合、自分が何らかのミスを犯しているときだ)。

ロジカルに問題の原因を推察し、テストし、検証して、そうすることで今まで知らなかったことがわかっていく.... これはまさに自然科学の方法論である。

心理学の実験の多くは仮説をたてて検証するまでにものすごい時間と労力がかかる。しかも結果が不明瞭(inconclusive)なことも多い。これに較べると、コンピュータの仕事は、同じような流れで仕事が進むのに、反応コストは少なく、結果はクリアだ。

(ひとつの)結論:

・学生にコンピュータの仕事をさせるのは、実験的思考をトレーニングする上では有効かもしれない。

・自分がコンピュータの仕事をするのは、できるだけ避けるべきだ。本来すべき仕事以外の仕事をモーレツに分化強化する環境が整っていると言えるから。

年末年始はサーバーの引越しに明け暮れた。

特に徳島ABA研究会のサイトの移転には予想以上に手間取った()。この仕事にかけた総時間はたぶん50時間をはるかに超えた(論文が1本書けるくらいの時間だ)。

このサイトではxoopsというCMSを使っているのだが、こうしたシステムは、

(1) サーバーのOS(WindowsやMacやLinuxのいろんなディストリビューション)
(2) xoopsのバージョン
(3) xoopsが利用するMySQLというデータベースのバージョン
(4) プログラム言語であるphpのバージョン
(5) xoopsの拡張機能である各種moduleのバージョン
(6) 上のそれぞれでの日本語の扱い(SJIS、EUC、UTFなど)

などの組み合わせの上に成り立っている。

今回は『xoopsでつくる!最強のコミュニティサイト』(ソーテック社)という教科書を参照しながら作業を進めたのだが、教科書通りではリストアしたデータが文字化けしてしまって、どうしてもうまくいかない。

日本語エンコーディングの組み合わせもかなり試したが、だめ。

結局、

(1) 新規にインストールしたxoopsに古いバージョンのモジュールをとりあえずインストールし(新旧のxoopsのバージョンが異なっていたため)、
(2) データベースから出力したデータの一部を(テーブル構造はリストアしない)、
(3) バックアップ用のモジュールBackPackでリストアし、
(4) その後、うまくリストアできていないデータを手で消してから、
(5) 各モジュールを削除あるいはバージョンアップする

という原始的な方法で、ギャラリー以外のデータを移行できた。(ふ〜。)

こういうことは、このサイトを読みに来てくれてるほとんどの人には興味のないことだと思うけど、同じように困っている人もいるかもしれないのでアップしときます。

Human Performance Technology. Dr. DONALD TOSTI (International Society of Performance Improvement)

Vanguard Consulting というコンサルティング会社を率いるTosti先生の招待講演。プログラムでは所属がISPIになっていたけど、なぜだろう?(ISPIはパフォーマンスマネジメント関係の学会)。

ローカル(中国からの参加者)向けにOBMの初歩を話してくれっていう依頼があったのだろう。最初はベーシックな話からスタート。中国語の同時通訳もついていたけど、会場に通訳の必要な中国人参加者がいなかったのと、HeadsproutのGregが「もちっと具体的な話をしてくれないか?」とリクエストしたことで、話が一気に面白くなった。

破綻していた British Airways に雇われて「No.1エアライン」を目指したコンサルティングを展開したときの話とか、GMに提供したリーダーシップトレーニングの話とか、ナマナマしい話が続出。ゴーンさんの下で日産の建て直しにも参画してたそうですよ。

「強化やフィードバックより、まずは経営者のリーダーシップだ」なんて、素直なご意見が爆裂(確かにそぉなんだけどさ)。

基礎の話をしてたときは、つまんねぇおっさんだなぁと思って欠伸してたけど、こういう話をしだしたらまったくの別人。生粋のコンサルタントなんですね。

組織行動マネジメントの研究が方法論的に難しい理由の一つは、介入効果とか、そもそも介入が始められるかどうかに、コンサルタント自身が持つ変数(話術、容貌、身だしなみ、人間関係などなど)が大きな影響を与える可能性があるから。

成功しているコンサルタントには確かにそういう“魅力”がある。論文にするのは難しい変数だ。

でもこれって、臨床研究におけるセラピストの変数にも同じことが言えるんだよね。

chinaABA2004gtomdojos
An Investigation of the Relationship Among Fluency, Application for Multiplication, and Divergent Thinking in Japanese Fifth-Graders. Dr. SATORU SHIMAMUNE (Naruto University of Education) and Dr. Richard M. Kubina, Jr. (Penn State University)

手前みそですが、自分たちの研究のポスター発表。

小学校5年生の、(1)数字を書く、(2)九九、(3)2桁のかけ算、(4)拡散的思考という4つの行動の正答スピード(rate)を測定し、その相関関係を分析した研究。

数字を書く、九九、2桁のかけ算の間には高い相関が見られたが、拡散的思考との間には相関がなく、こうした力を教えるためには別に指導プログラムが必要であることが示唆された(同様のデータは大学生を対象として実験でも得られて、今年の日本行動分析学会で発表した)。

また、日米の小学生のデータを比較したところ、九九、2桁のかけ算ともに、日本の小学生の方が正答率、正答スピードともに有意に高かった。正答率を比べるとどちらも95%以上で天井効果によって教育的には大きな違いにならない(ただし統計的には有意)。しかし、正答スピードを比べるとこの差がもっとはっきりする。さらに、九九よりも2桁のかけ算で差が広がることもわかる。スキナーが提唱したように、行動の頻度を指標とする方が、正答率よりも、より感受性が高いといえる。

それにしても、なぜ、ここまで九九の正答スピードに差が出るのか?

バイオロギング 生物にカメラやセンサーを取り付けて、行動や生態を調べる学問。(中略)日本はこの分野をリードしており、南極のほか、ロシアのバイカル湖、中国の揚子江などで共同調査を実施している。
 データロガーと呼ぶ計測装置は1990年初めは、温度など1種類のセンサーしか搭載していなかった。現在では温度や加速度、進度など複数の情報を同時に測定できるようになり、詳細な行動の解析が可能になった(日本経済新聞 2005.12.4)。

ペンギンなど自然に生活する動物の行動を24時間観察記録することで、たとえば、餌を採りに一緒に潜るペンギンの群れの中には20mくらい潜る個体と30mくらい潜る個体がいて、「どのように意志疎通して潜る深さを決めているか興味深い」(高橋晃周先生@国立極地研究所)など、今まではわからなかった動物の生態が客観的なデータとともに浮かび上がってくるところが面白い。

学会のHPもある(日本バイオロギング研究会)。

ペンギンどころか、自分に取り付けて、自分の行動をグラフ化してみたくなった。

「バイオロギング」という命名もいい(「行動ロギング」より予算もつきやすいのかも)。

ゼミ所属のパパさんたちがご自慢の料理に対する家族からの評価をめぐって盛り上がっています。

カレーと言語行動@徒然なる随伴性日記「もしかして、『おいしい?』って田中さんが聞いて『おいしい』って子どもが答えるのは、エコーイックなのかな?」「いや、もしかしてイントラヴァーバルの可能性も?」

タクト、マンド、イントラバーバル....など、スキナーによる言語行動の分類は、あくまで「機能」の分類であることに注意しましょう。「タクト」や「マンド」という行動が存在するわけではありません。

確かに「この行動はタクト」「あの反応はマンド」という言い方をよくしますが、正確には「この行動はタクトの機能を持っている(タクトの機能が強化されている)」「あの行動はマンドの機能を持っている(マンドの機能が強化されている)」ということなのです。

それに、日常生活では一つの行動が複数の機能を持っていることがほとんどです。逆に純粋なタクトや純粋なマンドを見つける方が難しいほど。

スキナーは一つの行動が複数の機能を持っていることを「多重制御」と呼んでいます。

たとえばカレーを食べて確かに旨いと思ったとき、「おいしい」と聞かれて「うまい!」というより「おいしい!」と答えるようであれば、おそらく味のタクト以外にエコーイックの制御もあるでしょうし、「おいしい?おいしい?おいしい???」としつこく聞かれて「おいしい」と答えることでパパを黙らせることができるのであればマンドの機能もあるかもしれません。

何も聞かないうちに「おいしい!」と自発したからといって、純粋なタクトとは限りません。そのことでパパが嬉しそうにするのを見て強化されるマンド的機能も持っているかもしれないし、「あとでおねだりするのに役に立つかも」というルール支配行動の一部かもしれません。

言語行動の機能を分析することで、「意図」や「気配り」などの詳細な分析が可能ですが、わかったことを相手に伝えすぎると嫌がられますので要注意ですよん(^^)。

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Studying Fluency: Applications in Mathematics and Environmental Education. DR. PHILIP CHASE (West Virginia University)

行動の頻度を高める指導をすることで流暢なパフォーマンス(fluency)が得られる--というのがPrecision Teachingの考え方だ。「流暢なパフォーマンス」とは保持され(retention)、妨害刺激などからの耐性が強く(endurance)、安定していて(stability)、応用がきき(application)、その行動や他の流暢な行動を組み合わせた、より複雑な新しい行動を生み出す(adduction)とされ、こうした特性の頭文字をとってRESAAを目標とした指導プログラムが組まれている。

Precision Teachingは行動分析学のメインストリームとはやや独立した形で発展し、現場の教師を中心にした独自のコミュニティを形成している(Standard Celeration Society)。ジャーナル(Journal of Precision Teaching)も発刊している。

Chase先生は実験的行動分析学の立場から、流暢性トレーニングの効果について実証的研究を進めている。今回の発表ではそのレビューからいくつか問題提起をされていた。

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教育支援アドバイザー派遣で阿南養護学校へ行く途中でみかけた花畑。名前も知らない花だけど、こういう風景を見ると気持ちが和むように感じる。

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こちらは万里の長城。幾重にも重なった山々と稜線上に連なる壁。こういう風景も同じように気持ちを和ませる効果がある。

日常生活に自然環境があるということは、そうした視覚刺激を見るという単純な行動が高頻度で強化されているということだ。来年4月からの強化率低下が若干心配。

Motivational Procedures for the Treatment of Autism 自闭症治疗的激励程序  (プログラムにあるように中国語を併記してみました)

Chair: Karen Sze (University of California, Santa Barbara/加州大学, Santa Barbara分校)

Promoting the Development of Intervention for Children with Autism in Southeast Asian Countries (Service Delivery).

  促进东南亚国家对自闭症干预的发展

XIUCHANG HUANG, Dr. John Wheeler, Jie Zhang, and Yanhui Pang (Tennessee Technological University/田纳西科技大学)

Understanding Speech Acquisition in Nonverbal Children with Autism Using the Pivotal Response Treatment Approach (Applied Behavior Analysis)

通过关键反应治疗途径使无语言自闭症儿童获得语言(应用行为分析)

KAREN SZE, Dr. Robert L. Koegel, Amanda Mossman, and Dr. Lynn Kern Koegel (University of California, Santa Barbara/加州大学 Santa Barbara分校), Lauren Brookman-Frazee (University of California, San Diego/加州大学, 圣地亚哥分校), and Yvonne Bruinsma (University of California, Santa Barbara/加州大学 Santa Barbara分校)

北京ABAが開催されることになったのは一本の電話から。米国在住の中国人ビジネスマンで、自閉症児の息子が応用行動分析の療育支援を受け、めざましく回復したことに感動し、「これは中国本土にぜひ持ち帰らなければ!」とMaria Malott事務局長に連絡したのだ。

「自閉症」という発達障害の社会的認知が遅れた中国では、年々、自閉症と新しく診断される人が増え続け、現在では40 万〜 50 万人という推定もあれば(呂暁)、180万人という記事もある。

ところが診断されても療育が受けられるとは限らず、ほとんどは適切な指導が受けられていないのが現状らしい。

XIUCHANG HUANGさんによれば、ようやくTEACCHやABAの手法が導入されつつあるところだという。

香港にはKeller School などと同じ、コロンビア大学のGreer先生たちが提唱するCABASモデルの学校もでき、ABAの導入スピードというか加速度は、もしかしたら日本よりも早いかもしれない。

KAREN SZEさんの発表は、ケーゲルらの研究グループのピボタル(Pivotal Response Training)の概略の紹介と、それに行動的慣性(momentum)の知見を組み入れた事例研究の紹介。

行動的慣性(立命大学の武藤崇先生は「行威」と訳している)はけっこう面白い行動現象だし、臨床的にも役立つと思うので次回の徳島ABA研究会で紹介することにしよう。

追記:望月昭先生(立命館大学)が北京の自閉症ABA療育をリードする星星雨教育研究所を見学してこられたらしい。詳しくは望月先生のブログでどうぞ。

dickmasaya
Cultural Versus Biological Determinism

Chair: Dr. Masaya Sato (Teikyo University)

Are Women, People of Color, Asian's, and Southern European's Inherently Inferior to the Rest of Us? (Theory). DR. RICHARD W. MALOTT (Western Michigan University)

East is East, West is West: A Behavior Analysis of Cultural Difference (Theory). DR. MASAYA SATO (Teikyo University)

両者とも持ち味を十分に発揮したお話でした。

私的(わたしてき)ハイライト:

「知能テストで測定されるIQは、本来その人の行動の測度であり、記述的概念でしかないのに、ちょっと油断したスキに、知能指数が低いから〜できないというように説明概念として誤用・濫用されてしまう」(Malott先生)。

まったくその通りだと思う。「運動能力」「集中力」「問題解決能力」など、世の中にはこの手のエセ心理学的概念がはびこりすぎだ。

「日本と米国では、名刺や手紙の宛名における名前や所属の位置関係が異なり、それが両者の文化の違いを示している」(佐藤先生)

行動随伴性の違いから生まれる文化的習慣や言語のこうした分析は佐藤先生のお手のもの。お見事としか言いようがない。米国人の聴衆にはブッシュが「私が世界の中心」と叫ぶスライドがウケてました。

(画像は日大の眞邉一近先生からいただきました)

withsusan

北京で開催されていた第3回国際行動分析学会(Third International ABA Conference: Beijing, China)が終了しました。

通常のABAに比べると諸外国からの参加者の比率が高く、いつもよりアットホームな雰囲気で、異文化交流も進んだような気がします。

詳しくは帰国後に報告します。

(写真は学会ではなく休暇中のもの ^^)

lc

スキナーのユートピア小説『ウォールデンツー』のようなコミューンがメキシコに実在すると書いた(「罰なき社会」の探求)。

しばらくHPにアクセスできずにいたので心配していたが、とりあえず復活している。Los Horcones (−カタカナ読みすると“ロサコネス”かな)。

WMUに留学していたとき、冬休みにカラマズーから1ヶ月くらいかけて中古のフォードエスコートでロサコネスを訪ねた。現在、California State University (Stanislaus) 心理学部で教えている親友の Bill Potterと、当時、Arizona State University に留学していた千葉大学時代の先輩(森さん)と一緒だった。

詳しいことは上記のHPに詳しく書かれているのでそちらを参照していただきたいが、印象に残っていたのは、

・ロサコネスは『ウォールデンツー』を元につくったコミュニティではないこと(独自に自分たちで行動分析学を元にデザインしたと、リーダーのホワン氏が強調していた)。

・ロサコネスには“個人の所有”という概念がない。コミュニティに入るときに、服も持ち物もすべてコミュニティのものになる。The Behavior Analyst に掲載された論文も著者は「 Comunidad Los Horcones」(ロサコネス共同体)となっている。

・子どもも生みの親だけではなくコミュニティが協同で育てる。

・子どもたちから「私の」(my)にあたる形容詞の使用がほとんどみられなくなった。

・電力以外は自給自足している。夏休みに自閉症児のための療育サービスをしていて、そうした収入で電力を購入しているが、ゆくゆくは太陽発電などを使って完全自給を目指したい。

などなど(他にもたくさんあったと思うけど思い出せない。あのころブログがあればねぇ...)。

コミューンという言葉から、ヒッピーというかアウトサイダーというか、かなり思い込みの強い人たちを想像していたのに、田舎の大家族という雰囲気で、とても癒されたというのが正直なところ(カラマズーへの帰り道では交通事故にあったりして散々だったんだけど)。

Billに送ってもらった写真をいくつか《続き》にアップしておこ。

CAIメディア共同開発というソフト会社が、英語の単語やフレーズを発音すると、手本となる発音と比べてどのくらいずれているかを点数で表すソフトを発売するという。

日本人に苦手な「L/R」や「V/B」の発音も評価できるらしい。

はたして、このソフトで発音を分化強化できるのか? 卒論とかにはちょうどいい研究になりそうだ。

(手前味噌の)参考文献

Shimamune, S. & Smith, S. L. (1995). The relationship between pronounciation and listening discrimination when Japanese natives are learning English.Journal of Applied Behavior Analysis, 28, 577-578.

少し前になるが、日経新聞のコラムでプルースト効果のことが取り上げられていた。

匂いが記憶を呼ぶ現象を「プルースト効果」という。名前の由来はフランスの文豪の大作「失われた時を求めて」だ。主人公の「私」は、紅茶で湿らせたマドレーヌを口にした途端に、まるでページを繰るように過去の自分を取り戻した。人間の脳内で、嗅覚が情報の倉庫を鍵を握っているのは間違いないらしい(日経新聞(春秋)2005.10.17)。

フランス文学は読んだことがないが、この「プルースト効果」についてはスキナーの著書 Verbal Behavior でも取り上げられている。

なぜ、大昔の記憶が匂いによって突然蘇ることがあるのか? スキナーは、この現象を稀に複合する複数の条件刺激が誘発するレスポンデントとして解釈している。

紅茶の味や温感、マドレーヌの食感など、それぞれの刺激は日常的に繰りかえされることが多く、そのたびに他の多くの刺激と対提示される。ということは以前対提示された刺激は対提示されないということで、レスポンデントの消去が起こる。

ところが、ある温度の紅茶とそれにしっぽり濡れたマドレーヌの食感という組み合わせがとても稀で、他の刺激と組み合わされる機会がなければ消去も起きない。

だから、何年かたってからその組み合わせが再び提示されると、昔に対提示されたレスポンデントが消去されておらず誘発されるというわけだ。

最強のファイナンス理論』で紹介されている認知心理学の知見の一つ。“リンダ問題”と呼ばれる課題を引用して、行動分析学から解釈してみよう。

ここにリンダという名の女性がいるとする。彼女は31歳。独身で非常に知的で、はっきりものを言う女性である。大学時代は哲学を学び、学生の頃は社会主義と差別問題に関する活動に深く関わっており、核兵器反対のデモにも参加した。さて、あなたが、この女性の今を推測する場合、以下の二つの選択肢のうち、どちらの可能性が高いと考えるだろうか。

(1)彼女は銀行員である。
(2)彼女は銀行員で、女性運動で活動している。

正解は(1)。一つの条件を満たせばいい場合(1)と二つの条件を満たさなければならない場合(2)とでは、前者の方が可能性が高いからだ。

ところが、この課題では(2)と答えてしまう人がかなりいる。これが“連言の誤り”と呼ばれる。そして、認知心理学からの解釈は以下のようになされる。

友達や友達の子どもが任天堂のDSに夢中だ。

ペンで操作するというところが新しい。ボタンを押す代わりにペンでタッチするというだけでは、どちらも selection-based な弁別反応で新鮮味がないのだが、たとえば多岐選択の場合、カーソルで移動してボタンで選択するよりは圧倒的に簡単に素早く反応できるというところが強化的なのだろう。それに、中にはなぞり行動なでる行動を引き出すゲームもあり、もっとtopograph-based な弁別反応を使うソフトがでてくれば面白さも倍増するのではないかと思う。

先日、友達に借りて大爆笑したのが、やわらかあたま塾のこのゲーム。

DS

天秤にかかっているキャラクターのうち最も重いものを選ぶ。最初は天秤が一つで単純だが、だんだん天秤が増えていく。

A < B で B < C なら、A < C  .... なんて、Hayes & Barnes-Holmes もびっくりの Relational Frame Theory だったりする。

しかも、上の画像にあるように = もあるし、< > の向きも変わってくるから、めちゃくちゃ複雑になってくる。

キャラクターもいろいろあるから、Horne & Lowe の Naming Theory が必要になってくるし、どうしたって直感的には正答できず、 Palmer が指摘するように、「えっと、これはこれより重くて、こっちとは同じだから...」といった中間的なタクトやイントラバーバルが内言どころか外言したりする。

ABAへ持っていってプレゼンしたら大ウケ間違いなし。

珍品お宝発掘隊第3弾。

林 義樹(1990)教育工学に関する基礎的研究 : 第2章スキナーとティーチング・マシーンの理論化 中村学園研究紀要(人文・社会科学編), 22, 65-73.

スキナーの生い立ちから、ティーチングマシンを開発するにいたった経過まで解説している論文を発見。

娘の授業参観に行ったとき、その授業があまりにひどかったので、ラボに帰ってさっそくティーチングマシンの開発に取りかかったというエピソード。

つまり、当時の学習心理学からわかっていた教えるためにすべきことはほとんどせず、すべきではないことばかりしていたという、学校教育における研究と実践のギャップがきっかけだったという話。とても興味深い。

j-aba2005voting

日本行動分析学会の理事選挙の開票速報が送られてきました。

選挙によって10名が選出され、残りの10名を互選することになります。ですので、最終的な顔ぶれは10/23(日)に明らかになります。その後、会員の皆さまには事務局から正式なお知らせがなされるはずです。

ここでは一足先に最終投票率をどこよりも早くスッパ抜きます(??)。

投票率は33.6%(投票総数142/有効投票総数423)。これは前回よりも11.2ポイントのアップです。

夏の衆院選の盛り上がりがキャリーオーバーしたのでしょうか。参加型学会(←勝手にそう呼んでます)の面目躍如ですよ。

上の図はJ-ABAニューズの過去記事から投票率を抜粋したものです。今回、投票行動がジャンプしたことがわかりますよ(拍手)。

この調子で、次回は年次大会での懇親会参加率レベル(90%以上?)を目指しましょう!

たまたま見つけた珍品論文(?)。お宝発掘隊第2弾。

橋本茂(1994)心理学者B.F.スキナ-との対談 明治学院論叢, 542, 63-83.

社会学者のG.C.ホーマンズによるスキナーへのインタビューの邦訳。オリジナルは Homans, G. C. (1977) A conversation with B.F. Skinner, Psychologist. Harvard Magazine. ということだが、まず、雑誌記事の翻訳文が論文になっていることに驚いた(こんなのあり?って感じで)。

内容は、もし人間行動が「自由意志」ではなく遺伝や過去の学習や現在の環境などによって決まるなら「責任」の所在はどこにあるのか?とか、“ウォールデンツー”のようなユートピアは実現可能なのか?とか、利他的行動はどのように生まれるのか?など、哲学的な話題に関する会話がほとんどで、まとまりはない。

ですます調とである調が混在した訳文もフシギな雰囲気を醸し出している。

スキナーが自らの愛児を「エアクリブ」というベビーベッドで育てたことに対する誤解や根拠のない噂話のこともでてきて、トリビア情報としては面白かったかな。

China-ABA

11/25(金)から3日間、北京で開催される第三回国際行動分析学会に参加する。

本日、航空券を予約したら、関空と北京の往復でナント¥53,000!!  さすが中国国際航空(Air China)、お買い得である。下手したら沖縄や北海道に旅行するより安い。

会場の Kerry Centre Hotel は北京でも有数の豪華ホテルらしい(杉山尚子先生談)。それがツインで一拍¥14,000くらいで泊まれる(学会割引)。4人でシェアすれば¥3,500/日。申込みは10/20までに。

学会への参加申込みはABAのHPから。

北京なら時差もほとんどないし、旅行時間も短くてすむ。アメリカのABAに出かけるのには躊躇する人も、このさいだから参加してみてはいかがですか?

待ってました! 奥田健次先生(桜花学園大学)のブログ、教育改革ぶろぐろ部 がスタートしました。

キーワードに「エンターテインメント」が含まれているところがナントモ奥田先生らしいっすね。

これでトラックバックするネタも増えそうです (^^)v

眞邉先生のサイトペンギンのオペラント条件づけの動画が公開されました。

・反応パネルは通常のハト用のチェンバーと同様、正面に設置されています。
(自然界のペンギンって下向いているような印象があったので、なんとなく、パネルは下方につけるのかなと思ってました。「反応中および餌をくわえるときに、開口部を確保するために設置した突起部に、左のヒレをのせています。」という解説がありますが、パネルをつつくこうと伸び上がるのにヒレを使っているようにも見えます)

・好子提示から飲み込むまでがあっという間です。何回か再生を繰り返して見たところ、好子はコアジ丸一匹のようです。ペロッといっちゃいますね。すごい。何匹くらいで飽和化するんでしょうね。

動画を見る上の技術的な注意点は〔続き〕で。

Penguin

眞邉一近先生(日本大学)がペンギンのオペラント条件づけの実験を始めたそうです。

ペンギン用スキナー箱を自作しての長さの弁別実験。世界初の試みとのこと。

実験が進んだらwebで動画を公開されるそうなので楽しみです。

ちなみに実験に参加している“ゴエモン”と“ソラ”は八景島シーパラダイスのショーに出演しているペンギンくんたちということですから、見たことがある人もいるかもしれませんね。

かつてミジンコのオペラント条件づけに取り組んだことがありますが(「続き」に参考文献)、やっぱペンギンの方が絵になりますね。

いじめっ子大西@徒然なる随伴性日記私自身は,いじめているという意識はなかったのですが,愛らしい天使のような顔をした弟が姉を慕って(?)追ってくるのにわざと隠れてみたり,弟が最後に食べようと思って残してあるだろうカラアゲを横取りして食べてしまったりしました。弟の困った顔や泣きそうな顔が私にとって好子となっていたのです。まさしく好子出現による行動の強化です。弟のことは好きだったし,可愛いと思っていたのに,どうしてそういう行動に出てしまったのでしょう?心の問題ではありません。モヤモヤしたストレスを弟にぶつけていたわけではないです(大西浩子)。

自分もよくやりました、こういうの。

おそらく弟の方は、(1) 馴化によって多少のツッコミではうろたえなくなり、また、(2) 我慢しよう、知らんぷりしていれば過ぎ去るだろうという、素人特有の消去への過剰な期待によって、まずは姉の行動を一次的に消去し、次にバーストや反応拡散によってエスカレートするいじめの中で耐えきれなくなったものに反応して、(3) 姉の行動をさらに強化し、いじめをエスカレートさせたのではないでしょうか?

まさしく無意識のシェイピング。我慢しきれなくなって反応するたびに、より強度ないじめ行動を強化してしまうという意味では、“社会的悪循環”(『行動分析学入門』, p.36)にも似た構造さえあります。

いじめがまだエスカレートしていない、“ちょっかい”くらいのレベルのうちに手を打った方がいいんだと思います(完璧な無視か、逆襲か、代替行動の強化か)。

まぁ、大西さんが川村くんにツッコミを入れるくらいなら、放置しておいても楽しいからいいけどね。

HERO@徒然なる随伴性日記バットマンの恋人役がバットマンにこんなセリフを言いました。 人は中身じゃなく、行動よ… そういえば、行動分析学も強化するのは人ではなく行動でした(田中 清章)。

バッドマンビギンズ、まだ観に行ってませんが、このセリフを聞き逃さないようにしよっと。

ところで、日本行動分析学会の“司法のシンポジウム”で、佐藤方哉先生(帝京大学)が、スキナーの行動分析学的“人間観”みたいなものを引用されていました。

上述のセリフにマッチしているので調べてみたけど、ぴったりくるものが見つからず、佐藤先生にメールで問い合わせたら、学会で引用したのは、言語行動について E. Segal がインタービューしたときのビデオからおこしたものだそうです。

私が見つけたので一番近いのはUpon Further Reflectionに掲載されているSelection By Consequences の中のこの段落(p.55)。

human behavior is the joint product of (1) the contingencies of survival responsible for the natural selection of the species and (2) the contingencies of reinforcement responsible for the repertoires acquired by its members including (3) the special contingencies maintained by an evolved social environment.

佐藤先生の引用では"I am where ..." とあり、「私という存在は、系統発生的、個体発生的(社会的な随伴性も含む)な随伴性によって生じる行動の“場”である」となっていて、より「人は中身じゃなく行動よ」に近い感じがします。

『教育現場に活かす行動コンサルテーションのシステム・技法の課題』加藤哲文先生(上越教育大学)・渡部匡隆先生(横浜国立大学)企画の自主シンポジウム。

話題提供の4人の先生方がそれぞれの事例を紹介した。行動コンサルテーションという“サービスモデル”が日本でも確立されつつある様子がうかがわれた。

武藤崇先生(立命館大学)が指定討論で問題提起した2つの疑問点に関しては全く同感。じっさい、我々も、どうやって解決していこうかと、リアルタイムで検討中の事項である。

一つはコンサルタントのコストの問題。

現状ではほとんどすべての事例が“研究活動”として行われている。コンサルテーションのフィー(料金)は無料か、研究費からの謝金などで支払われていると思われる。全国的に、サービスが必要な学校に継続的にサービスが提供されるためには、誰がどれだけコストを負担するか(できるか)が課題になる。

もう一つはコンサルタントのフェードアウトの問題。

コンサルタントが関わらなくなってもコンサルティーの教育行動が維持され、結果、子どもの行動も維持されるようにするためのテクノロジーやシステムの開発や検討はこれからの課題である。

『司法において心理学に期待されるもの、「罰なき社会」の探求』 常磐大学では被害者支援の研究が盛んに行われているらしく、その流れで実現したというシンポジウム。

広島少年院の向井先生、法務局保護局の岡田先生のお話は、主に少年犯罪の現場の状況がなまなましく、かつ正確に伝わってきて、面白かった。近年稀にみる優良企画だったと思う。

特に、矯正教育に関しては、行動分析学から多くの貢献ができそうだなという印象を受けた。

正の強化(好子によるマネジメント)は“信頼”とか“友情”“自信”といった感覚や自己・他者認識を育むのに有効だ。嫌子や弱化をまったくなくすというのはナンセンスだけど、正の強化を十分に用意することのこうしたメリットはもっと研究&実践されるべきだろう。

佐藤先生のスキナー解説はいつも新鮮。スキナーをスキナー以上に理解しているのはJack Michaelか佐藤方哉と再確認。ただ、スキナーによればヒトには“責任”というものがないという話は誤解を生む可能性があるので要注意。行動分析学的に、行動の究極の原因は個体側にはないという意味での“責任”がないということと、日常用語、司法の概念としての“責任”とはかなり異なるはず。このあたり、できれば司法の専門家さんたちのご意見を聞きたかった。

佐藤先生が話題提供の材料としたウォールデンツー(スキナーが小説として描いたユートピア)。それと類似のコミュニティがメキシコに実在する。Los Horconesについてはまた別の機会に記事にしたい。

『行動分析の科学をビジネスへの応用に翻訳する:良い面、悪い面、醜い面(Duckling)』ダーネル・ラッタル(オーブリーダニエルズ・インターナショナル)

オーブリーダニエルズと言えば組織行動マネジメント(OBM)のコンサルティング会社の老舗。10年くらい前に行動分析学会の公開講座として「応用行動分析学の最前線」を開催した時には、この会社のコンサルタントの一人、ジュデイ・L・アグニューに話題提供してもらった(この公開講座の内容は行動分析学研究7巻2号に掲載しているので興味のある方はご参照下さい)。

今回は経営者の一人であるダーネル・ラッタル氏の講演。私は、企画者の大河内浩人先生(大阪教育大学)に依頼され、解説をお引き受けした。

実は、7月の中頃にいただいたPowerPointは今回の講演の1.5倍以上の分量があり、しかも内容が高度だったので、量を減らしていただいたという経緯がある。

せっかくだから、ここでは公開講座ではカットされたところを補足してしまおう(裏話)。

日本行動分析学会第23回年次大会@常磐大学のレポート。

「なぜ行動分析は教育実践に大きな影響を与えなかったか?−教育界による応用行動分析の大規模採択を促すもの阻むもの−」ウィリアム・L・ヒューワード(オハイオ州立大学)

ヒューワード(Heward)先生は、応用行動分析学の最もポピュラーな教科書の一つである『Appied Behavior Analysis』(Merrill)の著者の一人。そして、実はこの本よりはるかに売れている(障害児教育の教員養成で教科書として使われている)『Exceptional Children』(Merrill/Prentice Hall)の著者でもある。後者はまもなく日本語訳が出版される。

講演は、米国の学校教育界において、どうして行動分析学的なアプローチが多数派になっていないのか、もっと普及を促進するためにはどうすればいいのかについて。

効果のある指導法は研究からたくさん積み重ねられているのにもかかわず、学校現場にはそれが普及していないー研究と実践の間に大きなギャップがある(practice gap)ことをヒューワード先生はまず指摘された。

これこそ、我々が7年前からコラボネットを始め、さらに地域の学校とのコラボレーションプロジェクトを通して、研究で分かっている、効果のある指導方法や考え方を学校で活用していくための環境整備を探求している理由であり、まったく同感・共感。首が痛くなるほどうなずいた。

また、どうすればいいかについての結論の一つ−地道に一歩一歩進むこと−も我々が学校教育の改善に必要なプロセスとして感じていることだ。

ひとつだけ、ヒューワード先生との意見の相違があった。

阿波踊りネタその2。

阿波踊りの基本は二拍子。笛、三味線、大太鼓、締太鼓、竹、鐘などの鳴り物にあわせて踊る(阿波踊りネット)。

今年のテーマは“長差し”と呼ばれる踊り方なんだけど、これがなかなか難しい。

特に、舞台用の、数十秒間、比較的早いリズムで踊るやつが、どうにもぴったりこない。

二拍子がうまく聞き取れないことも原因の一つ。その理由は“選択的注意”あるいはブロッキングと呼ばれる行動的現象にあった。

どうやら、大太鼓の「どどんがどん」という音ばかりを聞いてリズムをとっていたせいで、大太鼓が控えて、他の楽器だけで演奏されるとリズムがとれなくなってしまうようなのだ。

p_habanero

2週間くらい前、空きっ腹状態で「暴君ハバネロ」をダブル喰いした。しかも寝る前に。

次の日、腹に大きな石でも入っているんじゃないかと思うほどの激痛で目が覚めた。その痛みは、丸一日続いた。

以来、あれだけ大好物だった暴君のことをすっかり忘れていたのだが、2日前、コンビニで暴君のパッケージを見た瞬間、あの日の腹痛がリアルに蘇った。

これぞ味覚嫌悪学習。しかもフォビアなみの強烈な条件づけ。正直、驚いた。

だが、こんなことに負けてはいけない。夕べは、夕食をたっぷり食べた後、お酒を少々飲んで、明石家電視台を観ながら(つまり、リラックスして他に楽しい刺激を与えながら)、2週間ぶりの暴君をいただいた。

一口目はなんとなく胃に違和感を感じたが、あとは大丈夫。今朝もok。

これでリハビリ完了。超ブリーフセラピーでした。

T.V. Joe Layng から彼のABAでの“心の理論”に関する発表の資料が届いた。

残念ながらプレゼンで使われたパワポのコピーは、講演での口頭発表よりも情報が少なく(あたりまえだけど)、知りたかったこと(abstract macthing が心の理論にどう関係しているかなど)は、不明のまま。

ただ、行動分析家は、“心の理論”のあるなしを言わしめる行動レパートリーが何であるかを同定する研究を進めるべきで、自閉症児がさまざまな課題を苦手とするからといって、その理由をすべて“心の理論”で説明しようとするのは単純すぎるし、さらなる研究の発展を妨げかねないという主張は再確認。


以下は、有名な「サリーとアン課題」について、Joeの資料を読みながら考えたこと。

「サリーとアン課題」@Wikipedia心の理論の機能を調べる検査の一つとして、以下のような方法(サリーとアン課題)がある。

「サリーが、ボールをかごの中に置いておいた。サリーが席を外している間に、アンがボールを別の箱の中に移した。しばらくしてサリーが戻ってきた」という内容の人形劇を児童に見せ、その後「サリーはボールを見つけるためにどこを探すかな?」と質問する。

「かごの中」と答えるのが正解であるが、心の理論の障害が想定されている自閉症などの子供は「箱の中」と答える割合が高い。事実のみに目を向けてしまい、他者が自分とは違う信念を持っているということを理解できないのである。

「箱」と答える子どもにとっては、おおざっぱに言えば、「ボールはどこにある?」という質問と、「ボールはどこにあるとサリーは思う?」が、同じ質問として機能していることになる。機能的に等価であり、分化していないということだ。

それでは、この子どもたちはほんとうに状況を理解していないのだろうか?

たとえば、子どもの好きなお菓子を佐藤先生が棚の上の箱にしまう。佐藤先生が教室をでた後、竹田先生が棚の上からお菓子の入った箱を降ろして、引き出しの中にしまう。

子どもはこれをすべて見ていたとする。

すぐにおやつの時間になる。

(1)佐藤先生にも竹田先生に対しても、おやつの要求行動を同じくらいマスターしていたとして、この子どもはどちらの先生に要求するだろう?(もし、竹田先生の方に要求するようなら、この子どもは竹田先生の方がお菓子の在りかを「知っている」ことをわかっていることになる)。

(2)教室に佐藤先生しかいないとする。佐藤先生は懸命に棚の上を探すがお菓子が見つからず、この子どもにもお菓子が与えられない。子どもが、クレーンでも指差しでも、佐藤先生にお菓子の在りかをしらせることができるように教える。お菓子の在りかを教えるレパートリーが確実に自発されるようにした後、同じような状況で、誰もいない教室に、佐藤先生か竹田先生のどちらかが入ってくる。もし、子どもが竹田先生よりも佐藤先生に、お菓子の在りかを教える行動をより多く示したら、この子は、佐藤先生はお菓子の在りかを知らないことを知っていることになる。

要するに、「○○は□□を知っている」という、スキナーの言語行動論でいう“オートクリティックフレーム”へ反応させることなく、「サリーとアン課題」と類似の課題をやってみて、もしそれならできるのであれば、その場合の“心の理論”とは実はオートクリティックフレームへ反応レパートリーということになる。

と、思うのですが、いかがでしょうか?

Hawthorne Country Day School の清水裕文先生と、ABAで発表して聴衆から強化されることについて話していた。清水先生は、自閉症などの発達障害を持つ子どもたちを対象に、パソコンを使った指導方法や、刺激制御、言語行動の獲得などについて研究している。

口頭発表の内容は、自閉症児にパソコンを使って同一マッチングを教える課題。画面の中央に表示される見本刺激を見ながら、その下に提示される2つの比較刺激のどちらかをクリックして選ぶのが通常の操作法だが、これができない子どもがいる。ところが、“ソーティング課題”と呼ばれる、見本刺激をドラッグ&ドロップの形式で比較刺激の上に移動して重ねるような操作法にすると学習が進むことが分かっている。清水先生は、移動する見本刺激を徐々にフェイドアウトしていくことで、最終的にはクリックして比較刺激を選べるように教えられることを示した。

興味深い内容である。なぜ子どもたちはそのままだと比較刺激をクリックできないのか? 自閉症という障害の特性に関連した、行動の制御変数を明らかにする地道ながら生産的な仕事だ。

ところが、この口頭発表を聞きに来た参加者は十数名。これはABAの口頭発表としては少ないほうだ。正直な話、どう思っているか聞いてみたら、確かにもっと多くの人に発表を聞いて欲しいとのことだった。あっと驚くような研究をして人を集められるようになりたいですと、正統派らしく語っていた。

ABAの発表で強化されるのはけっこう難しい。人を集めるだけなら、有名人と一緒にシンポジウムをするのが一番。自分もそうやって何度か甘い蜜を吸わせていただいた。

現在のABAでは自閉症に関するハウツーを模索している人が数多く参加している。だから、自閉症関係の実践的な研究などは、ポスター発表でも人をたくさん集められる。

ところが同じ自閉症の研究でも、どちらかというと地味な、制御変数を一つひとつ明らかにしようとする研究だと、奥田先生の「心の理論」系の発表のように聴衆を惹きつけるキーワードにからめない限り、お客の入りは悪くなる。

それからABAでは、海外からの発表には「International」の帯がつくのだが、どうもこれが聴衆を少なくする要因になっているような気がする。発表内容がよくても英語が聞き取りにくいと、アメリカ人の参加者はあまり聞きに来ないから。

もちろん、聴衆の数だけが好子ではない。聴衆が少なくても、どんぴしゃの質問やコメントをしてもらったときの嬉しさはまた格別だ。とはいえ、どんぴしゃの質問やコメントをもらえる確率も聴衆の数が多いほうが高くなる。

自分はというと、成人の思考についてポスター発表をしたのだが、予想通り、客の入りは最悪。どうもABA向きではないようだ。

日本ではかなり前から「心の理論」に行動分析家が興味を持ち、理論的、実証的な研究をしてきた。

ABAで“Theory of Mind”が取り上げられるようになったのはここ最近の話。実際、Fred. S. Keller Schoolを始めて訪問したとき(1996年?)、当時校長だったJanet Twymanに質問したら、ほとんど聞いたことがないという反応だった。アメリカのABAはABAの中だけでも十分活動していける基盤があり、他の領域に無頓着な人が多いというのは事実だと思う(特に実践家の人たち)。

今年はHeadsprout のT. V. Joe Layng が、彼らしい切り口で、「心の理論」があると言われるような行動を示すために必要な下位行動を課題分析してみせた。

Joeによれば、それらは、
・他者の注視反応の弁別
・絶対的なマッチング(見本刺激を見ながら比較刺激を選ぶのではなく、「赤」といわれて絵の具で自分なりの赤色をつくりだすような行動)
・独言
・「〜は〜と思っている」のようなautoclitic(フレーム)への反応
・行動随伴性を調べるような反応(観察反応?)
の5つ。

例によって例のごとく、Joeのジョーク交じりの発表は我々外国人には理解しにくいこともあり、絶対的なマッチングがどのように関連しているかなどはよくわからなかった。

資料を送るようにお願いしているんで、もらったら復習してみます。

ちょっと息抜き。

ABAソーシャル(最終日前夜のダンスパーティー)の会場の前で師匠のDick Malott先生と、奥田先生とで撮った記念写真。

まさに“The ラディカルズ”(The Radicals):徹底的行動主義者たち、です。

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これは奥田先生のポスターセッション。“心の理論”の下位行動の一つである視線の弁別を教えた研究で注目を集めていた。

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うら話は「続きを読む」で。

今年は "Class-Wide Peer Tutoring" (CWPT)というプログラムに関する発表をいくつか聞いてきた。

CWPTは、カンサス大学の行動分析家が中心となって60年代から運営している The Juniper Gardens Children's Project から生まれた指導方法で、発達障害を持った子どもたちにも、健常児にも、健常児と発達障害児が一緒に学ぶインクルージョンの環境でも効果が認められている。

今年のサマースクールで小中学校の先生方に詳しく紹介できるように資料をまとめて、できれば9月からの事例研究で試してみたいと考えている。

CWPTはどちらかと言えばすでに開発済みの指導方法だから学会発表の件数は少ない。その中でも面白かったのは、ニューヨーク州立大学教育学部、Maheady博士によるプレゼン。

資料が手に入らなかったのでメモしか残っていないのだが、Maheady博士によると、何年か前に、米国の議会で教員養成の効果が議論され、データが示されたらしい。

それによれば、教育学部による教員養成(pre-service training)には効果がまったく認められず、さらに教員養成系の大学を卒業して教職に就いた教員に指導された児童・生徒の学業成績にも効果が認められなかったそうだ。

Maheady博士らは、そうしたデータを踏まえ、教師が効果があると実証された指導方法を使ええるような教員養成を目指しており、CWPTが使えるように教えることもその一つだそうだ。発表では、教員志望の学生にCWPTを教えることで、実際にうまく使えたかどうか、それにより子どもがより学んだかどうかを確かめるデータが示されていた。

日本の教員養成系大学は国(文部科学省)の直轄下にあるから、米国議会に提出されたのと同じような調査は政治的に難しいかもしれないが、教育改革のためには必要なことだと痛感。

修論のネタ探しに、自閉症児に遊びを教える研究を集中して見て回った。

流行はビデオモデリングとPivotal Response Trainingの流れの仲間遊びの指導だ。

遊びを教えるには、指導プログラムの中に遊び行動が自然に強化されるような随伴性を設定することが重要だが、手軽に使える教材を工夫して使うことも大切だなと感じた(あたりまえだけど)。

たとえば、市販の汽車のおもちゃ。銀行でお金をおろして、切符を買って、汽車にのって、汽車を動かして、家に帰る---なんていうパターンを登場人物ぶん繰り返すことで、自閉症の子どもが得意なルーチンの遊びにできる。

日本の学校の先生には教材を自作するのが得意で好きな人が多いけど、市販の教材を工夫して使うことを考えるのも、思考訓練として面白そうだ。

ABAに来るたびに女性の参加者や発表者が増えているような気がする。今年は8対2(♀:♂)くらいだろうか。

自閉症の療育や支援の仕事をしている、各地のセンターのディレクターやセラピスト、教師や研究者が増えているからだと思われる。

(特に若手の彼女らが)「IOA(アイ・オー・エー)は93%で...」なんて発表しているのを聞くと、頼もしいような、ちょっと恥ずかしいような気持ちになった。

IOAはInter-Observer Agreement(独立した観察者間の一致率)。行動の計測値が信頼できるかどうかを確かめる方法の一つだ。

「IOA」なんて省略して、カッコよく言ってしまうところに照れたのかな。昔はそんな言い方しなかったから。(あるいはオジサン化現象か?)

以前、どこかで紹介したような気もするのだが(J-ABAニューズだったかな)、ネットで閲覧できる行動分析学の用語集はすでにいくつか存在している。すべて英語版だけど、英語の論文とかを読み進めるのには役に立つと思うので、まとめて紹介しておく。

・University of South FloridaのGlossary for Behavior Analysisは主に教科書などからの引用で構成されている。一つの用語に複数の定義がついていたりして理解を深めることができる。このプロジェクトは複数のスタッフが共同で取り組めるシステムを使っているところも特徴的。

・University of IowaのGlossary of Terms for the Experimental Analysis of Behaviorは実験的行動分析に特化した用語集。

APA(American Psychological Association)の
PSYCHOLOGY MATTERSには心理学全般の用語集が整備されていて、行動分析学の用語も含まれている。

・教育心理学の教科書としてよく使われている「Educational Psychology: Theory and Practice」の著者Robert E. SlavinのHPにも用語集があり、ここにも行動分析学の基本的な用語がカバーされている。

・応用行動分析学に特化した用語集として出版された本としては、Newmanらの
Behaviorspeak: A Glossary of Terms in Applied Behavior Analysisがある。

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 そう言えば、立命館大学の望月昭先生が、ネット上で用語集を作るプロジェクトを始めたとおしゃっていたような気もする.... (打ち上げの席で聞いたせいか、記憶が曖昧)。

wikipedia

ウィキペディア(Wikipedia)は誰でも自由に内容を編集できる百科事典。WikiというCMSを使ったネット上の壮大なプロジェクトだ。

現在、サマースクールの準備として応用行動分析学の用語の整理をしているのだが、一人でするにはたいへんすぎると、ため息ばかり。

これまで用語集を整理したり、有志で行動分析士認定協会による職能分析(タスクリスト)の翻訳をしたり、それなりの蓄積はあるのだが、もっとオープンな環境で、たくさんの人が関われる仕事の形があればいいのにと思っている。

ウィキペディアでいくつかの用語を検索してみたが「強化」さえもヒットしない。ようやく見つけたのが「スキナー」の解説。「短期記憶」とかもヒットしないところからすると、心理学関係の用語はあまり登録されていないのかもしれない。

現時点で「約114148本の記事」があるそうだ。どんな人が書いているんだろう。どんな随伴性で書き込み行動が強化されているんだろう。原稿料とか印税のような経済的な好子はないわけだし、筆者の名前も表示されないから「名誉」の好子もはたらきそうにない。それに「ガイドライン」にもあるように、

ただ、政治的だったり宗教的だったりするいわく付きのトピックについては、参加者によって見解が違うことが多くなるのも当然で、お互いに見解に沿うように記事を改変しあう「編集合戦」が起きたりします。

こういうリスクもあるだろう。行動分析学関係だったら、訳語の統一とかでモメそうだし....(汗)

でも、せっかくだから、少し調べてみようかな。

竹田さん@徒然なる随伴性日記オランダのスキポール空港の、男子トイレの小便器にハエの絵を描いたところ、トイレの汚れがかなり減ったそうです。それまで年間7億円かかっていた清掃費が20%(1億4千万)削減されたという、驚きの数字が・・。

この話、3月の特別講座で望月先生も引用していたような....

竹田さんが分析しているように、これは内在的強化随伴性をうまく工夫した介入だと思う。

 ハエあり → おしっこでハエを狙う → ハエに当たる (結果的に、便器の周りが汚れない。) というダイアグラムなのかなぁ?

大ざっぱに言って、罰則(嫌子出現/好子消去)でも、ご褒美でも(好子出現)、それを示したルールを「指示」(あるいは「脅し」?)のように使うと、カウンターコントロールが起こる可能性が高くなる。

我々は幼児期からの発達・成長の過程で、親から付加的随伴性による「しつけ」を受ける。付加的随伴性が設定される状況は、全般的に、他者から何からのコントロールを受ける状況と重なることが多い。だから、付加的随伴性が設定された状況という刺激クラスに、カウンターコントロールを引き出すような確立操作の機能が転移するのかもしれない。

内在的随伴性にはこのようなヒストリーがないから、同じ行動をしても「自分の意志で」「楽しんで」できるのかもしれない。増税には大反対する人でも、宝くじとかギャンブルで「自発的」に自分のお金を政府に支払うことには抵抗がないのと類似している。

内在的随伴性と付加的随伴性と「幸せ感」みたいなことに関しては、岡山大学の長谷川先生が「じぶん日記」の中でたびたび取り上げられているので、興味のある人は参照して下さい。

paypal

「怪しい、あやしすぎる」と思ったら、やはりフィッシングメールだった。

海外の学会費やオークション決済のためにPayPalというサービスを利用しているのだが、そこから、

「あなたのアカウントの銀行情報を更新して下さい」

なるメールが届いた。銀行の口座が閉じられていて決済できないからだという。ご丁寧に、

「セキュリティのため以下のURLをブラウザーに手入力して下さい」

なんて指示まで書いてある(でもメールにはリンクが張ってあってワンクリックでそのURLにとべるようになっている)。

ここ半年くらい支払いをしていないからこれはおかしい。怪しすぎる。

セキュリティを確認したURLを手入力して本物サイトへログイン。

予想した通り、銀行情報には何の問題もなかった。というか、クレジットカードしか使っていないから、元々銀行情報は登録していないのだ。

そこでPayPalの「セキュリティーセンター」に問題のメールを転送して調査を依頼したら、1時間もしないうちに返信があった。

「このメールはわが社から送ったメールではありません。さっそく調査します。このメールにあるサイトでは決して個人情報を入力しないで下さい」

とのこと。素早い。ただ、ここまでがすべて手の込んだ詐欺かもしれないという不安も残るけど.....

ワンクリックで詐欺サイトに接続してしまい、インチキな請求をされるという被害が止まらないようだ。

この「ワンクリック」というのがくせもので、反応コストがとても低く(たとえば、長いURLを手入力するのに比べて)、好子は確実に即時に出現する(たいていの場合、欲しい情報がすぐに表示される)。

行動的なセキュリティ対策として、ここに強化スケジュールを導入したらどうだろう。怪しげなサイトへの接続には警告をだすようなソフトウエアの機能も出はじめているようだが、それだと警告画面のOKをワンクリックするだけで、犯罪サイトへログインしてしまう行動をブロックできないかもしれない。

いっそ、怪しげなサイトにはFR100とかを設定して、100回クリックしてようやく辿り着けるようにすれば、詐欺にひっかかる行動を弱化・消去できるかもしれない。

毎回くだらない勝負で盛り上がるTVチャンピオン。こないだは「だめ犬しつけ王選手権」ってタイトルで、プロのドッグトレーナーが飼い犬のトレーニングを競っていた。

英国紳士風トレーナーとか、クリッカーなど、いろんな小物を使いまわすオタクっぽいトレーナーとか、それぞれキャラがたってて面白い。

そんな中、がぜん注目したのが、強化 vs 弱化、好子 vs 嫌子 の戦い。

褒め上手のトレーナーはまさに正の強化しか使わないっていう優しそうな女性。これに対して迫力で勝っていたのが、鬼のようなスパルタおばさん(確か宮坂ナントカさん)。

叩いたり、リード(首ひも)を思いっきりひっぱったりして、犬はきゃ〜んとか悲鳴を上げる。それでも効果はあるようで、飼い主の指示にいっさい従わないような犬が、みるみる柔順になっていく(どこか怯えたふうではある)。

トレーニングをよく観察すると、確かに嫌子提示による弱化を多用しているけど、減らしたい行動を見逃す、瞬時に、はっきりと、しかもできるだけ短時間の刺激提示で済ませている(いじいじと長時間叱っていない)。叱る場面が目に付くけど、褒めるときはしっかり褒めている。

思わず見入ってしまったけど、用事があったんで最後までは観れなかったのが残念。

誰が優勝したんだろう。

FireFoxにいくつかの拡張機能をインストールして、Safariと同時利用中だったかが、気づいてみると、FireFoxを起動している時間が長くなってきている。

目新しさか、それとも以前書いたのが間違いで、機能性の好子は嗜好性の好子より勝っているのだろうか?

しばらくはフリーオペラントの状態で、どちらのソフトを使う行動が分化強化され、選択されていくかを観察してみよう。ルールは後付けでね。

そういえば、昔(留学していたとき)、研究室に机を2つ用意し、片方にMac、もう片方にWindowsを置いて、どちらのマシンを使う行動が生き残るかやってみたことがあった。

確か半年くらいかかって徐々に反応が分化し、ティーチングアシスタントをしていた授業でどうしても使わなくてはならなかったソフト(GrandViewとかいう名前のアウトライン作成ソフト)以外は、Macを使うようになったように覚えている。

自分のMac好きは随伴性形成行動なのです。

yahoo-web-trasnlation

藤原先生に教えてもらったYahooのウェブ翻訳を試してみた。

1.JABAの検索エンジンで、キーワードに「autism」(自閉症)と入力して、翻訳したい論文を見つける。
 『わが子よ声を聞かせて』にでてきたセラピストのブリジット・テーラーの論文があったので、これを選択。ちなみに彼女は、現在、ニュージャージーでABAの自閉症学校を運営しています。

2.上記論文の要約が表示されたページのURLをYahooのウェブ翻訳のサイトへコピー&ペースト。

3.しばらくアイコンがくるくる回って、表示された日本語訳は以下の通り(原文と併記)。

Bridget A. Taylor, Carrie E. Hughes, Erin Richard, Hannah Hoch, & Andrea Rodriquez Coello (2004). ブリジェットA.テイラー、キャリーE.ヒューズ、アイルランドリチャード、H・ヘッヒとアンドレア Rodriquezコエリョ(2004)。 Teaching teenagers with autism to seek assistance when lost. 失われるとき自閉症でティーンエイジャーに援助を求めることを教えること。 Journal of Applied Behavior Analysis, 37, 79-82. 実用ふるまい分析ジャーナル、 37、79-82。 Three teenagers with autism were taught to respond to a vibrating pager to seek assistance in community settings when physically separated from their parents or teachers. A multiple baseline probe design across participants demonstrated that, upon being paged, participants successfully handed a communication card to a community member indicating that they were lost. Generalization was assessed in nontraining community sites and on outings with the participants' parents. 身体的に彼らの両親または先生から切り離されるとき、自閉症の3人のティーンエイジャーはコミュニティセッティングにおいて援助を求めるために振動しているポケベルに反応することを教えられました。参加者の中の複数のベースライン調査設計は、ページをつけられると、即座に、参加者がうまく、彼らが失われたことを示しているコミュニティメンバーにコミュニケーションカードを手渡したことを証明しました。一般化は、nontrainingしているコミュニティ場所で、そして、参加者の両親と一緒の遠出に関して評価されました。

DESCRIPTORS: autism, safety skills, vibrating pager, getting lost, seeking assistance
記述:自閉症、安全技術、振動しているポケベル、援助を求めて、道に迷うこと

雑誌名“ Journal of Applied Behavior Analysis”が「実用ふるまい分析ジャーナル」って訳されているのには大うけ。

藤原先生は翻訳の精度を60%くらいと評価していたけど、確かにそのくらいかな。言いたいことがなんとなくわかるって感じ。

英語が苦手だけど、特別支援教育における応用行動分析の先進的な研究について知りたいという人はぜひ試してみて下さい。

速読って、風水みたいな眉唾のトンデモ系かと思っていたけど、新聞で取り上げられていた「トレーニング例」を見て、もしかしたらそれなりに意味があるかもと、さっそく本を注文した。

とりあえず、気になったのは、これ。

sokudoku

「あ」から順番に「い」「う」「え」とかなを探していく課題。1分間でどこまで探せますか?ということで、まさにPrecision Teaching と同じ手続きだ。

この課題で必要とされる行動は読み(テクスチャル)というより、視覚的探索。これが、意味をとりながら速く読む行動の下位行動にあたるのかどうか、とても興味深い。

「注意力が散漫」とか「視野が狭い」という人に文章読解を教えるのに、まず課すべきなのは、どれだけ視線を速く移動しながら音読するかということかもしれない(vs 「主人公の気持ちになって読みましょう」と教示する)。「注意のスパン」みたいなものが神経生理学的な限界としてあるなら、行動のスピードを上げることでそれを補償できるかもしれないからだ。

記事によれば、60-80時間のコースで10万円くらいかかるスクールもあるという。授業料返還などを要求する訴訟が起こっているとは聞かないから、それなりに効果があるということだろうか?

ネットゲームでアイテムを盗難されたと届けでる被害者が増えているという。元恋人から別れた腹いせにすべてを盗まれた人もいるらしい。

当局は「盗難」ではなく「不正アクセス禁止法違反」などで立件可能かどうかを検討しているそうだが、中には盗難後、高額で取引されているアイテムもあり、そうなると「バーチャル」などと言っていられないリアルな事件である。

パソコンやネットが普及してから、「仮想現実」とか「バーチャルなんとか」とか、やたらに「仮想」と「現実」と区別しようとするようになってきているが、そもそもそんなに違うものなのか、よく考えてみなくてはいけないと思う。

たとえゲームであったとしても、ゲーム中の行動随伴性はまったくリアルである。強い敵がいるところを回避したり、アイテムが見つかりやすいところを探したり、プレイヤーの行動はリアルに強化され、弱化され、消去される。

2チャンネルでの目を避けたくなるような誹謗中傷書き込み行動なども、「バーチャル」だから生じるというより、反社会的行動を弱化する行動随伴性の欠如などに原因があると考えてみれば、たとえばかつて東南アジア諸国から非難をあびた日本人海外旅行者の「旅の恥はかき捨て」的な非人道的行為や、もっと極端な状況では、戦時下の兵士の行動(たとえば米兵のイラク人虐待)にも通じることがあるとわかるのではないだろうか。

もちろん、その上で、ゲームをしているときにさらされた行動随伴性によって、現実での行動にどのような影響が起こりえるのかを検討していくべきだろう(たとえば、バーチャルなゲームばかりしていると殺人や殺傷に麻痺してしまって、現実社会でも命の尊さを軽んじるようになるという批判がほんとうに的を射ているのかどうか、など)。

残虐な殺人/傷害事件が起こると、容疑者や犯人の精神鑑定が行われる。犯人に刑事的責任能力の有無を調べるために行われるものだが、その過程から「悪魔の声が聞えた」とか「誰かに追われて殺されそうになった」など、事件が幻覚や妄想によって引き起こされたという「証言」が得られることがある。

こういう記事を読むたびに「なぜ、そういうネガティブな妄想ばかりが生じるのだろう?」と疑問に思っていた。統合失調症などの精神障害によるものでも、薬物の濫用によるものでも、たとえば、「神様が一日一善しなさいと言うのが聞えたので、毎日、近所を掃除しています」なんていうポジティブな妄想を聞いたことがないのはなぜだろうか?と。

事件性がないとメディアでは報道されない。だから、もしかしたら、本人にとっても回りの人にとってもハッピーな幻覚や妄想を抱えている人はけっこういるのかもしれないが、我々が聞くところの幻覚や妄想にはどちらかというとひどく反社会的なものが多いような気がする。

いずれにしても、幻覚・妄想はどのようにして獲得される「行動」なのかなぁと思っていたら、こんな論文を見つけた。

Layng, T. V. J., and Andronis, P. T. (1984). Toward a Functional Analysis of Delusionaal Speech and Hallucinatory Behavior. The Behavior Analyst, 7(2), 139-156.


著者らはGoldiamondのノンリニア行動随伴性分析論とスキナーの言語行動論にのっとり、幻覚や妄想を《適応的な》言語行動と捉えている。そして、その理解と対処には、本人の置かれている環境をよく調べて、幻覚や妄想的行動の持つ機能を分析することが重要であるとしている。

一般に、幻覚や妄想は、不適応行動とか異常行動とみなされている。しかし、彼らの臨床経験と理論的分析からすると、その背景には必ず納得できる理由が行動随伴性として見つかるというのだ。ちょうど、発達障害児の問題行動に何らかの意味があることが機能的分析からわかるのと一緒である。

そして、そうした理由がわかれば代替的行動を教えることで、幻覚や妄想を減らしていくこともできるというのである。論文にはいくつか具体的な臨床事例も紹介されている。行動分析学をベースに臨床心理的な仕事をしている人、目指している人にはオススメの論文である。

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ドッグトレーニングのためのこんな装置がオンライン販売されているらしい。

説明書には「正の強化を使って飼い犬のしつけを楽しくしましょう」とある。

トレーニングプログラムのDVDが付属。犬飼ってたら試してみたくなりそうな一品です。

日本大学の眞邉一近先生のHPの「ビデオライブラリー」で、セキセイインコの発声を強化する様子を撮影した動画が公開されています。

行動分析学の基礎研究でよく使われるハトやラットに比べて、親しみのあるセキセイインコ(自分も子どもの頃にはよく飼っていました)。しかもキーつつきやレバー押しではなく、「発声」を強化している貴重なビデオです。

たとえば「発声オペラントの色の刺激性制御」のビデオを見ると分かりますが、まず、緑か赤のライトが点灯し、それに対応して高い声か低い声で鳴くと餌で強化されるという、弁別と分化の組み合わせになっています。

インコに色の名前を言うことを教えているわけですね。

こうした実験はコンピュータによって制御されていることが多いです。セキセイインコの声を読み込んで自動的に認識し(この場合は声の高さだけですが)、正しい反応と間違った反応に即座に対応します。

他にもいくつかの実験のビデオクリップが用意されています。眞邉先生によれば、これからもビデオライブラリーを充実させていかれるそうです。乞うご期待。

そう言えば、一時期、国際行動分析学会で、コンピュータを使って自閉症児に発話を教えるコンピュータプログラムの開発が脚光を浴びていましたが、あの後、どうなったんだろう?

日本行動分析学会の年次大会の日程が確定したもようです。

日時は7月29(金)、30(土)、31日(日)の3日間。
会場は常磐大学(茨城県水戸市)です。

今から手帳にマークです。

理系の男はなぜモテないのか」を読んで、大爆笑&大納得。

共感をベースにした女性同士の会話と、問題解決をベースにした男性同士の会話を比較しつつ、共感を求めている女性に問題の解決策を求めようとする男性は、それが原因でモテないと分析している。

おおウケしたは、自分の私生活にあてはめると、あまりにピッタリくるからだけど、冷静になれば、共感をベースにした旧来のカウンセリングと、問題解決を志向する行動的コンサルティングとの違いとしても捉えられる。

恋愛相談にしろ、教育相談にしろ、相談に来る人は少なからず共感を求めているわけだろうから、解決策だけを押し付けてもうまくいかないこともあるだろう。もちろん、共感だけじゃ前に進まないわけだけど。

要はバランスが重要ということと、たとえば自分だったら「すみません。ウチは問題解決支援がウリなんで、共感のところはここやここでサポートしてもらって下さい」みたいに、説明とリファーによって説明責任を果たすことだろう。

ちなみに、個人的には、共感を求める男性も、問題解決型思考の得意な女性も知っているし、理系の人(あまりにおおざっぱなカテゴリーだけど)がみんな問題解決能力が高いとも思わないんで、決して性差別や専門差別(?)をしているわけではありません。誤解のないように。

大丈夫! 行動分析学家はモテます(笑)。

TVの教育番組はほとんど観ないのだが(イライラするから)、たまたま日曜の朝に放映されていたNHKの『課外授業ようこそ先輩』に興味を惹かれた。

MAYA MAXXさんという画家が小学校に招かれ、子供たちに「自分らしく描く」ことを教える。「絵を描くことに正解も間違いもない。自分の気持ちを見つめよう」というのが彼女のコトバ。

授業では子供たちを4~5人のグループに分け、「冷たい」をイメージする絵を自由に描くように指示。自ら特殊なクレヨンを使った印象画を例として見せていたが、ほとんどのグループはむしろ説明的な絵を描き上げて発表。そのギャップも面白かった。

「説明的な絵」とは、たとえばプールで水をかけられて冷たそうにしている女の子とか、友達に「シカト」されて寂しそうにしている子とか、あるいは北海道の地図のように、何らかの意味がこめられた絵である。行動分析学的に言えば、イントラバーバルとして「冷たい」を引き起こすような言語行動をタクトさせるような絵のことである(いま、そう定義した)。つまり、北海道の地図→「北海道」→「寒い」→「冷たい」など。

MAXXさんの見本は、そうした言語行動の介在なく、絵を見たら「冷たい」と思うような私的出来事を生じさせるような絵だった。簡単に言えば、見たらブルっとくるような絵である。つまり、(抽象的な)絵→寒け(私的出来事)。

もしかしたら、芸術とは、作者が感じている私的出来事を言語行動の介在なく、作品を鑑賞する人に再現することなのかな、なんて考えた。

ちなみに私は芸術性ゼロ。小学校では図画工作の成績はいつも「2」(5段階で)。描いていたのは下のような、まさに「説明的な絵」だった(教師から通知票にそのようなコメントをもらったことを覚えている)。

bokunouchi.jpg

製品評価技術基盤機構では、医療・福祉で活用するために、人間の足の太さ、バランス、柔軟性、関節可動域など、さまざまな人間特性をデータベース化しているという(von Dionysos bis Physis, und....)。

先ごろ他界された行動分析家の O. R. リンズレイ先生は、今から30年以上前に、人間の読む、書く、計算する、つかむ、歩くなど、さまざまな行動の「頻度(fluency frequency)」のデータをデータベースとして収集、蓄積しようと発案していた。

「Behavior Bank」 と呼ばれたリンズレイ先生のこのアイディアは、あまりにも時代の先を行き過ぎて実現しなかったが、「頻度」という共通の測度と、スタンダードセレレーションチャートという共通のグラフ書式でデータを蓄積するという考え方は、プリシジョンティーチングを実践し、研究している教師や研究者に今でも引き継がれている。

人間の基本的な行動のリストアップとその標準的な頻度をデータベース化する.... 今では不可能ではないし、教育や福祉、産業界にとっても有益なプロジェクトになるような気がする。

ちなみに、リンズレイ先生には1997年にシカゴで開催された国際行動分析学会のとき、なぜか夕食のお誘いを受け、先生がひいきにしてらっしゃるというお店でソフトシェルクラブをたらふくご馳走になった。日本の九九の素晴らしさと限界を一生懸命話して下さった。また機会があれば思い出して書き綴ってみたい。

Cambridge Center for Behavioral Studies の特集ページはこちら

長らく更新が停滞していた日本行動分析学会のHPだが、いよいよ新しいサイトが立ち上がるようだ(現時点では準備中)。

事務局だより」もblogで登場。画期的である。 ☆5つ。

これからは学会の最新情報がタイムリーに発信されそうで、期待できる。

「WEBサイト再開プロジェクト」として結成されているチームの先生方--浅野俊夫先生、藤健一先生、望月要先生に感謝したい。

法政心理ネット