2014年12月アーカイブ

去る12/18に行われた澤先生の特別講義と私との対談(「連合学習理論と行動分析学─対話か対決か?─」)の内容を至極簡単にまとめてみました。私の勘違いなどがあれば澤先生がtweetして下さることでしょう w(@kosukesa)。当日は専修大学の学生さんや近隣大学の大学院生、そして何人かの“プロ”の方々まで聴講に来ていただき、たいへんな盛況でした。講義の後の懇親会も楽しかったです。澤先生、ありがとうございました。

1. 現在の連合学習理論とは(少なくとも澤先生のお立場は)

  • ヒトや動物の行動全般を「連合」という事象間の関係性から成立する情報ネットワーク的なモデルによって説明しようとする大理論。
  • 古典的条件づけにしろ、道具的条件づけにしろ、手続き(環境操作)と効果(行動変容)の関係を記述するだけではなく、なぜそうなるのかを説明することに興味関心がある。
  • 理論(モデル)はできるだけ単純で、できるだけ多くのことを説明できるものが望ましいと考える(よって、現在の心理学におけるミニ理論の散在的状況は望ましくないと考える)。
  • 歴史的にはハルやレスコーラ、ワグナーの流れを組む。

2. どのような研究がなされているか

  • 動物を対象とした基礎的な実験が中心だが、広告などの応用実験、不安症などを対象とした臨床実験なども行われている。
  • (ただし、応用研究へ理論を適用することで、理論なしでは生まれないような技法などが開発されているかどうかは不明とのこと)

3. S-S連合、S-R連合という区別や立場(?)は今でもあるのか。

  • どちらか一方の立場をとるという人は今ではいない。むしろ、どのような事象間にどのような連合がどのくらいの強さで成立するかという問いに変わってきている。
  • オペラントとレスポンデントを一元論的に捉えようとする昔ながらの学習理論を唱える心理学者は今ではいないが、神経生理や強化学習をやっている心理学以外の専門家には、そうした昔の学習理論を引用して仕事をしている人もいる。

4. 事象間の随伴性が情報として行動を制御するとして、随伴性の情報だけでは行動が適応的に制御されないことあるが(例:タバコは健康に害がわるとわかっていても喫煙を続けるなど)、そのような、情報ネットワークと実行の間の関係はどのように考えるのか。

  • モデルの中に個人差のパラメータを含めて捉える。パラメータの設定方法はモデルによって異なり、いくつかのモデルが存在する。

5. 連合学習理論を研究している研究者が集まる中心的な学会や学術雑誌は?

  • 日本では基礎心、動心。でも、数はとても少ない。

番外編

○「条件付け」ではなぜいけないのですか?

  • 文科省の用語集に「条件づけ」とあり、科学的用語として統一された経緯があるから(科学における用語は厳密に使われるべきである)。
  • 以前は「条件づけ」を「条件付け」では検索できなかったから(ただし最近はそういうこともない。googleの「もしかして○○○」など)。

○フリーオペラントについて

  • 行動を引き起こす何かしらの要因が行動の自発前に生じていないということは考えにくい(いわゆる「フリーオペラント」と言われる行動クラスにもそれを制御する何かしらの刺激があるはずではないかと澤先生は考える)。
  • フリーオペラントについては懇親会で話題になりました。弁別刺激による刺激性制御だけではなく、確立操作による誘発や強化歴による自発頻度の増加まで「S-R」のSに含めるなら、確かにSのないRなどは考えにくいかもしれません。ただし、フリーオペラントの「フリー」は“Sがない”ということより、反応型や反応のタイミングが行動体(人や動物)任せな状況にあることを示す概念なので、若干の誤解がある可能性を感じました。フリーオペラントの「フリー」についてはLindsley先生の下記の論文(Lindsley, 1996)が面白いです(笑えます)。
  • 後日考:刺激弁別訓練によって形成される刺激性制御の場合、S-Rには相関関係がありますが、確立操作の場合、S-Rには相関関係がありません(例:遮断化して“お腹が減った”としても、それだけでは反応して餌がもらえるとは限りません)。特別講義の中にも出てきたように、喫煙者にタバコのパッケージを見せタバコを吸いたくなります。これは習得性確立操作による反応の誘発だと推察できますが、連合学習理論でもこうしたパラメータを組み込んでいくことになるのか(あるいはすでに組み込まれているのか)、そのあたりが気になりました。

○行動分析家は戦闘的という澤先生の印象について(でも「世界中の人が行動分析家になれば戦争はなくなる」とも)  以下は島宗の私見です。

  • 確かにスキナーは「Are theories of learning necessary?」(Skinner, 1950)にあるように、仮説的構成体を使った説明を否定し、理論構築のための研究にも否定的でした。精神主義的、認知的(方法論的行動主義的)なアプローチに真っ向から反対し、そのような主張を積極的にしていたので(例:「Why I am not a cognitive psychologist」Skinner, 1977)、否定される側からみればとても戦闘的に映ったことに間違いありません。
  • しかし、その頃の心理学界というか行動分析学界は、今のように分野として完全に独立していたわけではなかったし、まだ「心理学界」全体としての方向性を論じあい、影響し合う余地があったのだと思います。そして、だからこそ、そのような熱を帯びた議論が展開される機会や動機があったのではないでしょうか。
  • 時は流れ、現在では行動分析学という学問体系は心理学の一領域として独立し、確固たる(?)地位を築いています。APAではDivision 25(Behavior Analysis)として組織が作られていますし、それよりはるかに大きな組織としてABAI(The Association for Behavior Analysis International )が発展し、今では行動分析学を基礎とした臨床家の国際認定システムまであるのです。
  • スキナーの時代とは違って、行動分析学の考え方を(ある意味で)防御的に、その他の心理学をやっている人たちに説明したり、攻撃される前に批判したりする必要性がほとんどなくなっています。それに、そうした議論によって心理学界全体がどうにかなるというわけでもなくなってしまっています。事の善し悪しはさておき、戦闘的な議論が強化される環境は年々少なくなっていると言えるのではないでしょうか。
  • もちろん、たとえば「行動分析家」を名乗りながら精神主義的、認知的な話をしたら、学問の正確性を遵守するという意味で批判されるでしょうし(論文の査読であれば議論になるでしょうし)、応用・臨床場面で、エビデンスに反した主張がなされ、クライアントの利益が守られない状況になれば「戦闘状態」になることもあるでしょう。でもこうした戦いは先代行動分析家たちの戦いとは根拠や目的が大きくことなると私は考えます。

○「なぜ」の理論について ( 以下も島宗の私見です)

  • 環境操作と行動変容の関係を記述し、「なぜ」そうなるかについても行動のレベルで完結させるところに行動分析学の特徴があります。そして、これがしばしば、行動分析学は“ブラックボックス”の中を無視するとか否定するという誤解につながっているようです。
  • 強化随伴性と行動の自発頻度の間の関係性の背景に何かしらの遺伝的(系統発生的)要因や、生理学的要因があることを否定したり、無視している行動分析家は存在しません(いるとしたら誤学習です)。ただ、そうしたメカニズムを解明するのは生物学や生理学の仕事であって、行動分析学の仕事ではないと、役割分担を明確にしているだけなのです。
  • 私自身、そういう研究には大変興味があり、ときおり大変苦労しながら(興味本位で)生理学の研究論文などを読んでいたりします。ちなみに、『Learning Complex Behavior』という面白い本があります。これは生理心理学から行動分析学という稀少ルートをたどった John W. Donahoeと、理論的行動分析家のDavid C. Palmerとの共著本です。知覚や記憶といったテーマを実験的、理論的行動分析学から総括的に解釈していて、その背景にある神経生理学的モデル(ニューロネット)も提案しています。この本、米国でもあまり注目されず、日本ではほぼ知られていませんが、この手のことに興味がある人にはお薦めです。
  • さて、生物学や生理学的な背景に興味があると言っても、まさか私自身、自分で生物学や生理学の研究をしようとは思いません。専門性が異なるのですから当然だと思うのですが、どうもそうした役割分担の説明がうまく伝わらないと、“ブラックボックス”の中を無視していると言われてしまうようです。

 連合学習理論も、同様に、私にとってはとても興味深い近接領域の一つのようです。ミニ理論ではなく大理論を指向しているところ、生理学との関連性(実体との一致度)をある程度重視しているところに好感が持てました。
 ただ、どんな理論に対しても私のスタンスは共通です。「その理論があればわかって、なければわからない行動の制御変数にはどのようなものがありますか?」ーこの問いにたくさんの説得的な回答を持つ理論はさらに勉強しようと思うものです。そしてそのような理論は残念ながら心理学にはそうそうないものなのです。
 澤先生の今後の研究にぜひ期待したいと思います。

 

引用文献

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