再考シングルケースデザイン:吉田寿夫先生からの問いかけに答える(その11で最終回):その他、諸々について

このシリーズの最後に、吉田先生からいただいた問いかけの中で後回しにしたものに、まとめて回答します。おかげさまであらためてシングルケースデザインについて考えることができ、よい勉強になりました。三十周年記念のシンポジウムへのご協力と、このブログで記事を書くことをお許しいただいたことに感謝致します。吉田先生、ありがとうございました。

吉田先生からの問いかけ:

○効果の規定因分析に関するメタ分析は有用だと考えられるが,この領域では公表バイアスが顕著に生じているのでは?

  「この領域」というのがシングルケースデザインを用いた研究という意味なのか、応用行動分析学の研究という意味なのか、もっと別のことを参照されているのか不明ですが、一般的に、応用行動分析学の研究では、行動変容が確認できるまであの手この手で介入を変え、探索的に実験を続けますから、最終的には行動が変わることが多いのです。仮説検証を一発ですますことが多い群間比較法を用いた研究との違いがでるところかもしれません。ですから、研究の数を分母に、行動の変化が確認できた研究の数を分子にとれば、その割合が高くなったとしてもさほど不思議ではありません。
 ただし、行動が変容しただけでは論文は受理されないことが多いです。つまり、行動が変わっても、なぜ変わったのかが実験計画により明らかになっていなければ出版されないことになります。
 公表バイアスが実験計画種別によってどれだけ変わるかはわかりませんが(ちょっと調べたところではそのような研究は見当たりませんでした)、論文を投稿しない(もしくは投稿しても採用されない)理由は、介入に効果がなかったからではなく、因果関係を示せなかったという場合が多いのではないかと、個人的には思います(例:応用行動分析学の博論で、結論が「効果がありませんでした」というのは聞いたことがありませんが、博論を学術誌に投稿しても実験統制が不十分だったりして不採用になったというのはよく聞く話です)。

○統計的分析の基本的な考え方に習熟することは,視覚的判断を精緻なものにすることにつながるのでは?

 はい。少なくとも、平均、傾向、分散、差のような基礎概念は必要だと思います。ただ、それだけでは不足するようです。一応、基礎統計は学んでいるはずの大学生、大学院生、あまつさえ大学教員でさえも誤反応しますから。おそらく、確実な習得には、それなりのツールを用意し、使用を練習する訓練が必要なのだと思います。以下にそのような文献を一例としてご紹介します。

  • Fisher, W. W., Kelley, M. E., & Lomas, J. E. (2003). Visual aids and structured criteria for improving inspection and interpretation of single-case designs. Journal of Applied Behavior Analysis, 36(3), 387-406. doi:10.1901/jaba.2003.36-387
  • Stewart, K. K., Carr, J. E., Brandt, C. W., & McHenry, M. M. (2007). An evaluation of the conservative dual-criterion method for teaching university students to visually inspect AB-design graphs. Journal of Applied Behavior Analysis, 40(4), 713-718.


○ short reports というものについて
・「これだけのデータで論文にしてしまうの」と思ったものがたくさんありました。
*個々の介入に時間がかなりかかるので致し方ないのかもしれませんが(特に,大学院生の人たち などの場合は)。

 これはシングルケースデザインについてではなく機関誌の編集方針についてのコメントだと思います。また、投稿論文の数と質の確保はどこの学会の編集委員会でも課題に取り組まれている課題ではないかと推察します(「これは!」という研究は海外の雑誌に投稿する傾向がある我が国においては特に)。
 機関誌の編集方針や査読の基準という随伴性は、もちろん個々の投稿者の行動に影響する要因でありますが、その成果はより長い時間の広がりの中で評価すべきことと考えます。
 創立三十周年を迎えたとはいえ、日本行動分析学会はまだまだ若く、これからの学会です。現在は、まだ、できるだけたくさんの研究をできるだけ早く掲載し、研究や執筆の回転を早める段階だと私は思います。つまり、シェイピングの初期段階だと個人的にはみなしています(編集委員会には質を重視すべきであるというもっともな意見もあります)。そして、シェイピングの初期段階では、今できていることよりほんの少しだけ上を狙って強化するのが常です。
 現在の状況が四十周年でも変わっていなければ、この方針を修正すべきでしょうが、今のところはこれでいいのではないかと思います。
 こう書いてしまうと、なんだかとても質の低い仕事をしているように読めてもしまいますが、それは、たとえば JEABやJABAなどとは要求水準が違いますという意味であり、具体的な名前は差し控えますが、国内の心理学関係諸学会のジャーナルに比べて、ことさらにハードルが低くなっているということはなく、むしろ高い方ではないかとさえ感じることもあります。

○方法の why に関する記述の必要性について
・なぜ,そのデザインを適用したのか?
・なぜ,そのような介入パッケージにしたのか?
・各期のセッション数の判断基準は?
・(行動間マルチベースラインデザインを用いた場合) 複数の標的行動に対する介入の順序はどうやって決めたのか? etc.

 ご指摘の通り、論文に書くべきことも多いですし、専門家には自明のことでも専門外の方には明示しないとわかりにくいこともありそうです。
 書くべきことでも、紙面の都合で(頁数、文字数制限で)、相対的な重要性判断から省略するものもありますから、このあたりは難しい判断が必要で、万人が満足する正解はなさそうな課題のような気もします。

 次の質問については教科書的な回答になりますが(あるいは、私の研究室ではやっていますが、ということになりますが)、それぞれ回答します。

○以下のような基本的なことをきちんとしているか?

・ベースライン期の変動に実際に注目しているか?

 ベースラインもしくはベースラインの測定を開始する準備段階の観察や測定で、変動を探し、それを制御変数の特定に活かします。

・標的行動を定義するためのパイロット観察をきちんとしているか?

 上述のように、しています(すべきです or しないと次の段階で大抵コケます)。

バイアスの異なる複数の方法による測定をしているか?

 具体的なイメージがわきませんが、一度に複数の測定方法を実施するということはその比較検討が目的の研究でない限り、あまりないことだと思います。ただ、測定してみたけれどうまくいかない(信頼性が確保できなかったり、妥当性が怪しかったり)ときに、うまくいくまで他の測定方法を順次試していくということはよくあることです。

・観察の一致度のチェック以前に,訓練や定義の精緻化などに手間暇をかけているか?

 観察対象によります。一致度が低くなる要因は定義が不鮮明だったり、訓練が不足していることが多いので、高い一致度をゴールにしておけばある程度自動化されるプロセスです。もちろん、たとえば九九の計算を回答シートで数えるような場合には、このあたりのプロセスは簡略化できます。なので、観察対象によりますとなります。

以上です。

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