2013年6月アーカイブ

 散歩でしっかり運動させることが、健康のためにも、ストレスをためないためにも重要ということは、雨の日や私の帰りが遅くなったりしてどうしても十分に運動できなかった日に実感します。パソコンの前で仕事をしている私のところに、ひっぱりっこのタオルのおもちゃを持ってきて遊びを要求するし、海外ドラマをみながらゆっくりしていると(はるに注目していないと)、座椅子やクッションに噛みついたりするし、突然、部屋の中をものすごい勢いで走り回ったりします。

 そこで山本先生に教えていただき、臭気訓練を始めました。臭気訓練といっても、警察犬が犯人の残した匂いを追うような高度なものではなく、鼻を使ってフードを探させるという単純な練習です。それでも、普段使っていない嗅覚をフルに使わせると、横隔膜を拡げて鼻から空気をたくさん取り込むことで運動になるし、“探す”ことでメンタルな練習にもなるそうで、うまくすれば、ぐったりするくらい疲れるそうです。

 そこで大小さまざまなサイズの段ボール箱を捨てずにためておき(10-15個くらい)、これを居間に配置し、はるを一度廊下に呼び出し、待たせ、その間に、段ボールの一つに好物のゆで豚を一切れ入れ、「どこどこ」のコマンドと共に廊下から居間に呼び戻しました。

 最初は何をしたらよいかわからないようだったので、すぐ見つかるように底の浅い箱の中にゆで豚を入れました。すると、それを見つけ食べました。すかさず「そう!」と褒め、廊下に呼び戻し、フードで強化し、次の試行に進みます。

 これを十数回繰り返すと、はるも慣れてきて、廊下から呼び入れると、ものすごい勢いで走って居間に入り、耳で聞いてもわかるようにくんくんと匂いをかぎ、段ボールの間を巡回するように探します。鳩胸的な体型なので、横隔膜が広がっているかどうか見た目ではよくわかりませんでしたが、確かに体力は使うようで、これをやった日は寝付きもよかったです。

 この練習をし始めて気づいた面白いこと:目の前に肉片があっても素通りすることがあります。どうやら、この練習が進むと、「どこどこ」によって刺激制御が嗅覚に限定され、探索中、視覚をあまり使わないようになるようです。
 それから、段ボールを巡回する様子から、しっかり嗅覚を使っていないのではないかと案じていたのですが、匂いはすぐに拡散するし、あちこちの段ボールの箱に肉片を入れれば匂いも残るので、その試行で肉を置いた位置だけが匂うわけではなく、部屋全体が匂う中で、最も強く匂うところを探して歩く行動が「正解」だそうです。
 探索は二次元(平面)だけでなく三次元(高さ)でもできるようになるということなので、少しずつ、高いところに肉をおいて探せるようにしてみています。

 次のステップは肉を入れた段ボールを試行中に移動させ、1試行の時間を延ばすことだそうです。一試行5分くらいは探し続けるように訓練できるそうです。今は長くても十数秒で探してしまっているので、全体で5分、せいぜい10分くらいしか練習できていませんが、そうなれば30分くらい練習できることなり、肉体的・精神的運動量もそれだけ確保できることになるそうです。
 試しにやってみたのですが、こっそり段ボールを動かしたつもりでも見つかってしまい、そこを探しにきてしまうので失敗。肉が入っていない段ボールを動かすなどして、動かした段ボールを探す行動を消去しないとならなそうです。

 Youtubeに訓練の様子をアップしてあります。ただし、これは間違い例。見本ではありません。「どこどこ」のコマンドは最初の一回だけで繰り返してはいけないそうです。コマンドは繰り返さない(そうしないと単一のコマンドに刺激制御がつかない)というのは基本なんですね。

 これで今年の梅雨は万全と思っていたら、空梅雨。

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 犬を飼おうと思ったとき、忙しい毎日の中で、果たしてちゃんと散歩に行けるのか、それを検討するのに、どのくらいの時間が必要になるのか調べていました。

 散歩時間は30分から1時間と書いてある本が多く、ネットの“犬博士”さんには1ー2時間という強者もいました。一日2回、一回1時間の散歩を毎日続けるのはスケジュール的にかなり難しいなと感じていましたが、実際、はるとの生活が始まると、散歩が楽しくて(はると一緒にいる時間が楽しいし、散歩中の色々な発見も楽しいし)、自分の生活が変わりました。
 夜にテニスやジムに行く頻度が下がり、飲みに行くことも減りました。それはそれで少々寂しい感じもするのですが、不思議にも何かを犠牲にしているという感覚がありません。はるが来る前と来た後では私の行動の随伴性が大きく変わった証拠です。子どもがいる友達(で夫婦生活が円満な友達 ^^;;)からは、子どもができるとすべて変わるよとよく言われますが、たぶんこういうことなのでしょうね。

 現在、はるとの散歩は一日2回、一回30-40分くらいです。散歩と言っても、公園に行き、公園を一周し(およそ10分くらい)、あとはボール投げやかけっこをして遊びます。3回に一回くらいの割合で、公園には行かず、街中を歩きます。これはルースリードで歩く練習のためです。

 「散歩」の役割は十分な運動をさせることだそうですが、山本先生によると、ただ歩くだけだとどんなに長く歩いても犬にとっては十分な運動にならないそうです。猛ダッシュするときにみせる、両前脚が前方、両後脚が後方に伸びきったような形で走って、息がハァハァ上がるくらいの運動を、短時間でもいいからさせてあげることが健康のためにも、ストレスをためないためにも重要とのことです。つまり、時間的な長さではなく、運動の質をあげることが課題ということですね。

 幸いにも、はるは投げたボールを取りに行くのが“好き”なので(一連の行動連鎖の自発頻度が高いということです)、フレクシリード(伸びるリードです)の範囲内ではありますが、ハァハァしながら遊べています。“好き”と言っても、初めからできたわけではありません。最初はロープのひっぱりっこを室内でやっていて(ロープを噛んでひっぱって放さないのを放させて、投げてあげる)、それができるようになった頃に、たまたまボールを投げたらそれをくわえて持ってきたのです。その後、繰り返し遊べるようになりました。
 ボールそのものに飽きた後も確実に運動させたいので、公園で遊ぶときにはボールを持ってきたらフードで強化するようにしています。
 ボールは何でもいいわけではないようです(なので、フードの強化随伴性だけでボールを取りに行っているわけはないと推測しています)。硬式テニスボールはすぐに飽きました。しばらく軟式テニスボールにはまっていた時期もありましたが、ここ半年はかむと音がするボールです。それも通常のボール型ではなく、卵形のボールへの反応が強いです(音によっても選好があるように見えます)。
 卵形のボールは投げると無作為にはずみ、それを追いかけてキャッチする行動が内在的に強化されているようにも見えます。卵形のは小さく、軽いので、空中キャッチもします。これは特に教えていないのに、自然とやるようになりました。何かしらの行動内在的随伴性が作用しているんでしょうね。今は、私も一緒に走りながら、ラグビーのパスのようにボールを投げ、それを空中キャッチする練習なんかもしています(本番のない練習ですけども)。

 ボール遊びについては、ずっと誤解していたことがありました。ボールを投げ、はるが追いかけて走り、キャッチしたら「そう」と褒め、「おいで」とコマンドしていました。ボールを持って帰ってくるので、私はてっきり呼び戻し(recall)としての「おいで」の練習になっているものと思っていましたが、山本先生によればそうではないそうです。
 呼び戻しとしての「おいで」なら、ボールをキャッチする前に「おいで」と言って戻るようでなければなりません。そうでないと、オフリードで、何か他のことをしているときに呼び戻せません。ボール遊びをしているときに、はるが「おいで」で戻ってくるように見えているのは、「おいで」と言われたからではなく、ボールを投げてもらえるからです。なので投げてもらえるボールがなければ戻らないということになります。試しにボールを追いかけている最中に「おいで」と言ってみましたが、やはり戻りません(涙)。随伴性が異なるということですね。

 というわけで、呼び戻しとしての「おいで」は別途練習をすることになりました(これはまたの機会に)。

このシリーズの過去記事一覧:


NHK「あさイチ」からのスピンオフ(?)でベネッセから受けた取材が記事になって公開されています。

Yahoo!ニュースでも公開されたそうです。

若干の訂正:

 私はクセの専門家でも行動療法の専門家もでございません。この関連の仕事(取材など)はこのあたりで打切らせていただきますのでご了解下さい。

若干の捕足:

 私自身の爪かみは、およそ3ヶ月経過し、ほとんど無反応を維持しています。この間、爪を噛んでしまったのは2回、爪を爪で押したりめくったりしてちぎったのが2回で、これはベースラインに比べると大きな改善です。

 新しい発見もありました。ちょうどウクレレを習い始めているのですが、弦を押さえる左手の爪は、指からはみださないくらいまで、かなり短く切った方が良いと講師の先生にアドバイスをいただきました。そうしないと爪が邪魔して弦がしっかりと押さえられないのです。

 爪は案外と素早く伸びてくるので、今では週に一回くらい爪切りで切っています。伸びたらネールサロンに探検にと冗談半分に考えていましたが、爪を噛んでいた頃と大差ない長さなのでサロン行きはキャンセルです。

 それで今回気づいたことがあります。これまで色々な手法で爪噛みをやめようとしてきたときには、爪を伸ばすことを目的にしていたため、伸びた爪の管理に苦労し、結局、程よく噛みやすい長さになった頃に噛んでしまい、そのまま爪噛みが復活するということを繰り返していたわけです。何のことはない。噛めないほど短い状態でキープすれば、噛む行動の機会を除去できるわけですね。

 行動の機会を除去するだけだと、消去したり弱化するわけではないので、機会が再提示されれば行動は復活するはずです。ところが、左手に比べると長く伸ばしている右手の爪も噛みませんので、これはやはり習慣逆転法の効果かもしれません。

名言〔第18位〕:「信頼するということ」

解釈:
 部下がリーダーについていくかどうかは、リーダーの言行一致度とその一貫性にかかっている。言語行動と非言語行動が一致していること(やるといったことをやる、やらないといったことはやらない)、一致した言語行動と非言語行動が一貫していること(やるといったことは納得できる理由がない限りやり遂げる)が重要である。
 部下がリーダーのことを「好き(like)」と言うかどうか、リーダーの言うことに賛成しているかどうかは、必要条件ではない。
 言行一致度と一貫性が高く、リーダーの指示に従う行動が高い確率で強化されれば、リーダーの言語行動が生みだす言語刺激は部下にとって強化の弁別刺激となる。さらにそのことで、リーダー自身が部下にとって習得性の好子になる可能性は高く、ゆえに「好き」という評価が増えることもあるだろう。ただし、これはあくまで副次的な効果である。「好き」という評価を増やす方法は他にもあるだろうが(例:やたらと褒めるなど)、追従行動に影響するとは限らない。

本シリーズの過去記事一覧:

 家の中で移動させたいときに「おいで」が使えなかったり、使いたくないこともあります。

 「おいで」と呼んで犬が来たときに嫌なことがあると、「おいで」と呼んでもこなくなるということは、しつけの本によく書いてあることです。爪切りとかシャンプーとか、散歩が嫌いな子に首輪をつけるとか、ドッグランで遊んでいるときにリードをつけて帰るとか....

 自分もこの失敗をしてしまいました。昨年の秋、いつもボール投げで遊んでいる草むらに、近所の野良猫用に埋めた餌を(そういうことをする人がいるんですね)、はるが見つけて食べてしまいました。

 これがものすごい強化だったらしく、以来、ボール投げはそっちのけで猫餌を探すようになってしまいました(猫餌が強力な好子なのか、草むらで餌を探してみつけて食べるという随伴性が強力なのかは不明です)。それで自分も気づいたのですが、猫餌はその草むらだけではなく、公園のあちこちにまかれていたのです。公園の中を散歩しているときにも、はるがまるで臭気訓練しているときのように、鼻をくんくんさせ、猫餌を見つけるようになりました。

 実は最初は猫餌とはわからず、ポイ捨てされたゴミとか、最悪、犬虐待のための毒入餌かもしれないと疑ってもいたので、「だめ」や「おいで」とか、あろうことか名前まで呼んで、それでも来ないからリードを引っぱって無理やりその場から引き離していました。口の中に指を突っ込んで食べようとしたものを無理やり出したこともありました。

 当然のように、室内でさえも「おいで」が効かなくなりました。名前を呼んでも反応が薄くなりました(ドッグランから帰るときにも呼び戻しが効かなくなったのですが、これについてはまた別の機会に)。

随伴性を考えてみれば、

 「おいで」 → 飼い主の方にいく → 猫餌が食べられなくなる

ですから、あたりまえですね。

 「おいで」 → その場で踏ん張る(リードをひっぱる) → 猫餌が食べられる

でさえあります。さらに、何かを食べようとしているのを見つけたら、私も焦って呼んで引っぱるので)。

 リードを引っぱられる → その場で踏ん張る(反対方向にリードをひっぱる) → 猫餌が食べられる

なんていう、誤学習まで生じてしまいます。これでそれまで徐々にできてきていたルースリードでのお散歩が完全に崩れて元の木阿弥に戻ってしまったことはここでお話しました。

 「おいで」で来なくなるどころか、反対方向にリードをひっぱることを教えてしまったわけです。

 家の中でも同じです。

ベランダで日向ぼっこしているときに、

 「おいで」 → 部屋に戻る → 日向ぼっこなし

散歩に行きたくないのに、

 「おいで」 → くる → 首輪・リードをつけられる

散歩から帰ってきて、

 「おいで」 → くる → 脚を洗われる

ベッドで一緒に寝ていて、朝起きると、

 「おいで」 → くる → 飼い主が家事で忙しくしてほったらかし

と、よく考えると、罠だらけなんですね。

 フードを使って付加的随伴性を追加すれば、「くる」行動を増やすこともできますが、そうすると指示待ちになるということもよくわかりました。うちの場合、首輪・リードをつけて「おいで」で居間から台所、「おいで」で廊下、「おいで」で玄関、「おいで」で外、というように、移動しては次のコマンドを待つ、というような状態になってしまいました。

 そこで、毎日ルーチンでする移動については、できるだけ「おいで」のコマンドなしに、はるが自発的に動くように、強化随伴性を見直しました。

手続きは単純で、たとえば、ベランダから戻るのは、

 (特になし)→ 部屋に戻る → クレートにフードあり

としました。

 介入を始めたのが冬だったこともあり(元々ベランダにそれほど長居するわけではなく)、すぐにはまりました。ベランダの窓をひっかき、あけてやると、脱兎のごとくクレートに走り込みます。

 ただ、うまく行き過ぎて、ときにベランダと部屋の出入の頻度が増えたのと、ベランダにでてから私がクレートにフードを仕込むのを観察する行動がでるようになってしまっのがたまにきず。

 朝、寝室から居間への移動については、すでに書きましたが、実は逆方向、つまり、夜寝るときの居間から寝室はずっと前からそうしていました(居間で遊んでたり、寝てたりすると、呼んでも来なかったので)。

 散歩にでかけるときは、途中のフード提示を省き、玄関の外にでたときの一回にしたところ、しばらく時間(回数)がかかりましたが(たぶん2-3週間)、途中で止まることなく、移動してくれるようになりました。この間、指示待ちで止まるはるに、「おいで」は言わず、自分が先に進んだり、リードをちょこっとだけ引くようなプロンプトは使いましたが、それもだんだんとフェイドアウトしました。はるが自分で動き出すまで辛抱強く待つのがポイントだったと思います。

 散歩から帰った後は風呂場で体を拭き、トレイに脚を入れて洗っています。おそらくはるにとって、そんなに気分のいいものではないと思うので、やはり「おいで」はやめ、フード提示は、カバーをかぶせたバスタブの上に上がったとき(その後体を拭きます)と、風呂場に降りてトレイの中に入ったときだけにしました(その後、脚を洗います)。そのときどき「アップ」とか「ダウン」とか桶の中を指差すようなプロンプトはだしていますが、それ以外はコマンドなしで移動できるようになっています。

 バスタブから降りて、ぬるま湯をためたトレイの中に自分で4つ脚を入れてくれたときには感動しました。

 コマンドなし、最低限のプロンプトだけで教えると時間はかかりますが、学習が出来上がると、あとが楽だし、なんだか自分の子がとっても賢くみえてきますね(←親バカの自慢話でした  ^^)。

定義:

 「左右単眼像のずれを両眼視差、この情報を利用した相対的奥行き知覚を、両眼立体視という」(『キーワードコレクション 心理学』(新曜社), p. 88)。

行動分析学的解釈:

 奥行き知覚とは事物への距離がその事物に対する行動を制御する刺激性制御である。

 たとえば、バナナに対して確立操作が効いていて、手を伸ばして掴んで引き寄せ、食べる行動が誘発されるとき、二本のバナナのうち、近い方に向けて手をだす行動は、バナナへの距離によって制御される。

 こうした刺激性制御の弁別刺激となっているのが、両眼の網膜上に写るバナバナの像の差異だと考えられる。Schlinger (1998) はこうした刺激性制御が発達の過程でオペラント条件づけされる可能性を理論的に検討している。彼によれば、最初は両眼視差がSdになっていないので、乳児は異なる距離にあるものに同じ頻度で手を伸ばすが、近い方には手が届き(強化)、遠い方には手が届かない(消去)という弁別学習が進むことで、次第に両眼視差がSdになるとしている。

 3Dテレビの映像が立体に見えるのも両眼視差を使っているが、たとえば、エイリアンが飛び出してくるように(物体の距離が近くなるように)刺激変化を作成すれば、体を動かしたり、顔をそむけたりするような逃避/回避のオペラントが自発される。これも両眼視差による刺激性制御と言える。

 事物への距離が行動を制御するときのSdには他にもきめや勾配、運動視差などがあるが、Schlinger(1998)はこれらも同じように弁別の随伴性によって獲得されるオペラントの刺激制御であると解釈している。

本シリーズの過去記事一覧:


行動分析学から見た子どもの発達 行動分析学から見た子どもの発達
Jr.,ヘンリー・D. シュリンガー Henry D.,Jr. Schlinger

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名言〔第19位〕:「対立なければ決定なし」

解釈:
 (「反対意見がでない案件は採用すべきではない」と主張する真意がわからないので、あくまで予測ですが)企業の経営を左右する案件については、賛成/反対の両方の意見表明を明示的に強化する随伴性を準備して、賛否両論の根拠をできるだけたくさん浮き彫りにし、十分な情報を得た上で決定を下すべきである。

 例:経営者やリーダーの意見が無批判で通る会社には、正統な反対意見の表明を弱化したり、消去する随伴性が存在する可能性が高く、そういう環境では的確な意思決定に必要な情報(弁別刺激、警告刺激、ルールなどなど)が入手不可能になるリスクが高まる。

本シリーズの過去記事一覧:

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 先月、プライベートで日本に遊びに来ていた師匠のDick Malott先生と東京駅で落ちあい、食事をしました。

 色々、積もる話をしましたが、そのとき、かつてマロット先生が運営していた Behaviordelia という出版社の話になりました。

 "キャプテン コンマン"で有名(?)な『Contingency Management』など、マロット先生が書かれた本を中心に出版していた会社です。

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 WMUに留学して1年めのABAで、自分はアルバイト(だったかボランティアだったか...)としてBehaviordeliaのブースで Malott & Whaleyの 『Psychology』を売っていたという想い出があるのです(しかも前日にラボでぎっくり腰をやって、ほとんど動けない状態だった)。

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 しばらく活動中止していたのですが、オンデマンド印刷サービスの Lulu.com という会社を使って販売を再開したそうです。書籍のデータをPDFとして納品するだけで紙版(電子版ではなくて)を注文に応じて印刷、販売してくれるそうです。

 現在入手可能な本の一覧はここから取得できます。Dale Brethower先生の『A Total Performance System』もあります。 私はさっそく試しに『I'll Stop Procrastinating When I Get Around to It』の最新版と『Humanistic Behaviorism and Social Psychology』を購入してみました。日本から注文したのに1週間もたたずに届きました(ただしExpressの追加料金で)。印刷の質が若干低かったですが、これはおそらく元のPDF原稿の問題だと思われます。『Contingency Management』もそのうち販売が再開されるそうです。

 こういうサービスも面白いなと気にしていたら、日本でもデザインエッグという会社がMyISBNというサービスを開始したことがわかりました。

 こちらはAmazonと提携していて、PDFで入稿し、MyISBNでチェックを受けて、約一ヶ月するとAmazonのオンデマンド本として購買可能になるそうです(こんな感じで"店頭に"並ぶようです)。

 授業で配付する大量の資料をどのようにすればもっと簡単に印刷、配付できるか検討しているのですが、これは有力な選択肢になるかもしれません。

 独占契約を結ぶわけではないようなので、たとえば、お金がもったいないから自分で印刷しようと思う学生にはPDFをダウンロードできるようにして、それは手間も時間もかかって面倒だという学生にはAmazonで購入してもらえればいいのかと。

 今年度後半に来年度に向けて検討します。

 4ー5年前にメールで受けた取材です。この人の対応は丁寧でした。結局、番組にも謝金にもなんにもつながりませんでしたが、時効でしょう。ご本人の許可なく、公開します(笑)。

A氏からの問合せメール(抜粋)

突然のメールにて、失礼致します。私ども、○○○の「○○○○○」を制作しております制作会社□□□□のAと申します。

今回、私どもの番組にて「車掌さんは、なんで変な声なの?」という疑問をテーマにコーナーを設けようと企画しております。その話の最後に何で変な声の人を、人は良く物まねするのだろう?という話を付けようかと検討しております。何かお解りになる事項がございましたらお教えくださると、幸いです。

島宗の返信

ぴったりくる心理学の研究はなかなか見つかりませんが、推測するに以下のような理由があるのではないかと思います。

ものまねする行動は、ものまねをみた人がウケることで強化される(動機づけられるということです)。

誰も知らない人のものまねをするより、誰もが知っている人のものまねの方がウケやすい(ものまねをみている人が似ているかどうかの判定をしやすいため)。

特徴のない人のものまねをするより、特徴のある人のものまねの方がウケやすい(似せるのがより簡単なたね)。

“少し変”な人のものまねは、ものまねによるウケだけではなく、「あぁ〜、あるある」という、ものまねをみている人からの共感の笑いも得られる。

“少し変”なことが定番になっている人たち(車掌やバスガイド)は、ものまねしやすく(ものまねをしているのだということがみている人にわかりやすく)、従ってウケやすい。

などなど。

ちなみに、「車掌さんは、なんで変な声なの?」ですが、公共のがやがやした場で、多くの人が話をしている状況では、それは車掌さんの声であることがわかるように話をする必要があります(そうしないと他の客の声と区別がつきにくいから)。声の抑揚や高さ、イントネーションなどにわざと特徴を持たせているのにはそのような理由があるのではないでしょうか?(つまり、お客さんにそれが車掌さんの声だとわかりやすくするために)。

また、車掌さんにしてもバスガイドさんにしても(エレベーターガールなどもそうだと思いますが)、新人さんにそうした特徴ある話し方を学んでもらうための研修が用意されていると思います。そうした研修はおそらく先輩から後輩へ語り継ぐような形式で継承されてきたのではないかと推測します(現代であればたとえばDVD研修ビデオなどを作成してしまうところでしょうが、昔はそういうものはないので)。そうなると、後輩に教えやすくするために先輩は見本を示さなくてはならず、そのときに自分が本来仕事でやっているよりも若干大げさに見本を示してしまうという可能性があると思います。これが何世代も繰り返させることで、ちょっとした特徴が次第にデフォルメされていった可能性もあるのではないでしょうか?

あくまで推測ですが。

A氏の返信

1つご質問なのですが、相手の事を考えずに、変な声だから、その声を真似してみたくなる衝動にかられ、マネしてみる。などという自己満足的なパターンも考えられる話でしょうか?

島宗の返信

すみません。ご質問の意味が若干不鮮明です。

「相手の事を考えずに」というのは、マネしたらマネされた方が気を悪くするかもしれない..ということなどおかまいなしにマネするということですか?

確かに人には他の人のマネをする(模倣する)という行動傾向があります。これは生まれてからずっとそうすることで得をしてきたことで身についた習慣のようなものです。

子どもは大人やCMのキャッチフレーズや芸人さんのネタをすぐにマネますよね。

もちろん、やたらめったら模倣をしたら、他の人から変な目で見られます。注意もされます。

だから、大人になるにつれて人前でマネをするという行動は抑制されていきます。

でも、酔っぱらったりしてタガがはずれるとモノマネの頻度も高くなりますよね。

あれは、やっぱりどこかにマネをする行動傾向が残っていることを示しています。

特に、特徴のある、聞き慣れない声や音はそういう行動傾向を引き起こしやすいと思います。

A氏の返信

言葉足らずで、申し訳ございませんでした。

相手というのは、笑わそう!と思っている相手がいなくても変な声だから、マネしたくなる衝動にかられマネをする!などという事をお伺いしたかったのですが、

先生のご回答で理解が出来ました。また、ご質問させて頂く事があるかもしれませんが、宜しくお願い申し上げます。

 アレルギー問題でフードには苦労しているうちの犬ですが、記録更新を続けていることもあります。それはフードの完食です。

 栄養たっぷりで、人が匂いをかいでも食欲をそそるAFC特製生食でさえ残していたはるですが、現在、完食それも瞬食の記録更新中。

 フードを食べてくれないと、どこか悪いのか心配になりますよね。でも、どこも悪くないのにフードを食べなくなる犬はけっこういるらしく、うちもそうでした。

 生食に削りぶしみたいな犬用ふりかけやチーズをかけると、一回めは食べてくれますが、すぐにまた食べなくなります。食器からすくってあげると2-3口は食べますが、それ以上はそっぽを向きます。そのくせおやつは食べるわけです。獣医さんに診せても悪いところはなし。

 こういうときの確実な対処法は、フードを出し、食べなければ片づけ、その日はそれ以上何もあげないことだそうです。空腹で死ぬ犬はいないそうで(人も同じだと思う)、1-2日食べなくても犬は死なないそうで(人もたぶん同じだと思う)、こうすれば食べるようになるそうです。

 確かにそうでしょうね。遮断化という確立操作をきっちりかけることと、出されたフードをすぐに食べないと食べる機会を逸するようにすることで、食べる行動を好子消失阻止の随伴性でも強化するということではないかと推測します。

フードを食べなくなるたびにフードの種類を変えたり、トッピングをつけてあげたりしていると、そのうち犬が「食べない」ことを学習してしまうという説もあるそうです。

 この説はちょっと怪しいかな。数秒〜十数秒ごとにフードを少しずつ何回にも分けて与え、食べなければ種類を変えることをすれば、新奇性が好子として機能する犬なら、好子出現阻止の随伴性によって出されたフードをすぐに食べる行動が弱化される可能性もあるでしょうが、一日2回くらいの食事の頻度と間隔で阻止の随伴性が効いてくるとはちょっと考えにくいです。何しろ随伴性を記述する言語行動はありませんから。

 おそらく、犬だって味や食感で飽和化することもあるということなのではないでしょうか。特に食事やおやつの量が多く、全般的に“食餌”としてのフードが飽和化に近づいている場合にはそういうことが起こるのではないでしょうか。

 「甘いものは別腹(バラ)」と言ったりしますが、人だってお腹がいっぱいでも味が変われば“食欲”はでるものです。別の食べ物の味の遮断化が効いていればお腹いっぱいでも摂食行動が自発されるということです。だから味や匂いの異なるフードをあげればそのときは食べる。そういう様子を見て「食べなければ新しいものがでてくるってわかっているんだ」と解釈しているのが上の説ではないのかと思います。

 うちの場合、最初はフードを片づけ、それ以上あげない方法をとっていました。確かに二日くらいすると食べますが、その後、また食べないときがあります。食べるときも、少し食べて、食べるのをやめて、また戻ってきて食べてと、すんなりいきません。なにより、飼い主である私の心的負担が大きかったです。いちいちきをもむのも疲れるし、なにより元気良く、がっつり食べてくれた方が気持ちいいです。

 そこでフードの内容を見直すことにしました。方針は味や食感で飽和化させないように多様性を持たせることです。

 うちではK9ナチュラルというフリーズドライのフードを使っていました。これにお手製のヨーグルトをいれていたのですが、どうやら乳製品全般でお腹がゆるくなるとわかったため、整腸機能があるサプリとしてビール酵母を使うように変えました。K9は水やぬるま湯でほぐしてからあげられるフードです。ヨーグルトを使っていたときは何の考えもなく水でほぐしていたのですが(ヨーグルトを温めるという発想がなかったから)、ビール酵母を使うようになってからお湯でほぐすようにしました。そのときに気づいたのですが、お湯でとくとフードの匂いがより際立ちます(犬にとってはそれほど違いはないのかもしれませんが)。

 その頃、ちょうど散歩の練習に使うフードを豚肉や鶏肉を煮たものに変えたところでした。それまではジャーキーやドライフードを使っていたのですが、こっちの方が圧倒的に食いつきがいいのです。それに、散歩前に肉を温め、持って行くのに適温になるまでさましている間、食べたそうにうろうろして、ひーひー言うわけです。匂いをたてることが摂食行動の確立操作として機能するのではないかと思いました。

 そこで、散歩用のフードと同様に、牛肉やまぐろもあわせ、それぞれを一度熱を通して小刻みにしたものを20-30gずつラップでまいてフリーザーで冷凍しておき、食餌の前に解凍し、適温になるまでさましてからトッピングに使うことにしました。4種類の素材を無作為に使います。

 さらに、K9ナチュラルのほぐし方にも変化をつけることにしました。完全につぶしてさらさらにしたり、つぶさずそのまま大粒でだしたり、中くらいにつぶしたりと、これも無作為にして、食感に変化をつけます。ぬるま湯の量も調整し、スープ状になるときもあれば、しめった大粒状態のときもあるようにしました。

 まとめると、トッピングの素材、主食の食感、水分量の組み合わせてバリエーションを作り、飽和化する暇もないくらい日々それを変えたことになります。そして、フードを準備している時間に匂いが立ち上がるようにして、その間、“食べたいのに食べられない”時間をつくったことになります。

 最後に、フードをボールであたえるときには“おあずけ”としての「待て」を教えました。1秒以内から始め、少しずつ時間を延ばし、今では十数秒まで待てるようになりました(たぶん待たそうとすればもっと待てる)。さんざん待たされ、フードが目の前にでてきてもさらに待たなくてはならないのです。「待て」の間、待っているはるは、おそらく唾液が分泌しているのでしょう、舌をペロペロさせます。

 そして「よし」。150-200gくらいの食餌ですが十数秒で完食です。旅行に出かけたときを除けば(環境が変わると食べにくくなるようです)、もうすぐ連続完食が10ヶ月です。

このシリーズの過去記事一覧:

家事の罠

家事の時間が足りない(?) 総務省の調査では女性が家事をする時間は2011年で1日3時間35分と06年からさほど変化していない。一方で江崎グリコの調査では20〜30代の既婚女性のうち63%が「家事の時間が足りない」と回答している。思うように進まない「時短」を望む思いは強い(日本経済新聞, 2013/6/11)。

 4月からサバティカルに入り、自宅で仕事をする時間が長くなり、同時に、家事をする時間が増えた。

 いつもなら週に2回くらいにまとめてする洗濯が週3-4回に。ゴミ捨てもゴミ袋が一杯になる、はるか前に捨てるようになったし、食器もこまめに洗うようになった。

 納戸を整理し、ベランダを掃除し、風呂場の湯垢を洗い落とし、冷蔵庫の中を片づけ、いらなくなった寝具を整理し、棚の中のネジやビニール線や組み立て家具につけるホイールなどを分類、廃棄し....と、すでに年末が5回くらいきたかのような大掃除を繰り返している。

 それでも平均してしまえば一日あたり30分には至らないと思う。子育ての代わりにはるの散歩や世話をカウントして2時間ちょっとくらいだろうか。

 平均が3時間35分ということは毎日4-5時間家事する人がざらにいるということになる。よっぽど手広く、よっぽど手厚くしているのだろうか。まぁ、家も広くて、家族も多いということだろう。

 自分にとっての家事は明らかに逃避行動である。執筆(が進まない状況)から、ある意味、どうでもいい行動への逃避。こんなふうに書くと主婦の方々から総スカンをくらうかもしれないが、正直、うちの場合は、こんなにきれいにしとく必要はまったくない。そもそも元々きれいだし。

 掃除すると、片づいて、捨てるゴミがでる、そしてその間、執筆の仕事をしなくてもすむ。この随伴性の強力さにはお手上げだ。来年の4月から元の生活に戻れるか心配になるくらい。専業主婦に憧れる女子諸君の気持ちもよくわかるようになりました。

 あんまりにも片づけすぎてしまって、そろそろ大きな片づけをするところもなくなるので、そうなったら次にどんな逃避行動がでてくるのだろうかと、今から興味半分、不安半分。

大学生、親にべったり 少子化+就職難が影響 (記事の題目とは別件ですが) 大学生活でも受け身姿勢が目立つ。「教員が知識を一方的に教える講義形式の授業がよい」とした学生は83.3%に上り、「発表などをする演習形式」の16.7%を大幅に上回った。(日本経済新聞, 2013/5/28)。

うちの学科で同じ調査をしたら、ずいぶんと異なる結果になるような気がする。うちのゼミならたぶん真逆。

ベネッセのこの調査(第2回 大学生の学習・生活実態調査)、有効回答数は4,911人で、学部系統、性別、学年、設置者(国立/公立/私立)、入試難易度(偏差値)、大学所在地などの属性比率が母集団とほぼ同じにとのことなのだが、各属性の割合が一致していれば、その組合わせの割合もほぼ同じとみなすのだろうか。それに各属性の組合わせを考えると、組合わせごとのサンプル数はかなり少なくなってしまうはずだが、どうなんだろう。

たまたま自分は地方の国立教育大学と都心の私立大学に務めたことがあるわけだけども、学生の雰囲気はまったく異なる。同じ法政でも心理と経営では学生の様子がまったく異なる。

大学というのは、そうした多様性が大前提だと思うのだが、その上で、こうした調査における代表値にはどういう意味があるのか、よくよく考えてみないといけない。

名言〔第20位〕:「明日のために今日何をなすか」

解釈:
 経営に影響する、将来の景気や経済・社会環境を起こりえる行動随伴性の変化として予測することも重要であるが、予測だけに終わっては意味がない。
 必要なのはそのような変化に対応できる、今日できる行動随伴性の修正があるかどうかを考え、すべきこと、できることがあるのなら、それを実行する随伴性を設定することである。
 つまり、社内の(経営者や意思決定者の)未来予測行動のみを強化する随伴性を見つけ、妥当な未来予測に対応する実行をより強化する随伴性を整備すべきということになる。

 例:会議などで予測に関する報告があるときには必ずそれに対する実行可能な対応策も提案するように促し、採用の如何に関わらず評価し、強化する。

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今日の日経新聞の経済教室(神経経済学)で大阪大学の田中沙織先生が紹介している「エルスバーグのパラドックス」。人の曖昧性回避傾向を示す実験として、あちこちで引用されているが、実験の詳細が少しずつ違う。

そこで原著で確かめようと調べたのだが、なかなか見つからない。

ようやく見つけたのが、この論文。

Ellsberg, D. (1961). Risk, ambiguity, and the savage axioms. Quarterly Journal Of Economics, 75(4), 643-669.

数理経済学(?)の理論的な論文(だと思う)。心理学の研究ではありません。

壷の実験の話もでてくるが、内容はすごく複雑。数学的解釈をしていて、斜め読みでは理解できない。

で、なんと! 少なくともこの論文では、壷実験は机上の思考実験(hypothetical experiment)なのだ。

データとってないよ〜

Chipman という人がほぼ同じような実験をしていて、思考実験の予想通りの結果をだしていると書いてあるけれども、この文献は未確認(in Decisions, values, and groups, Ed. D. Willner, 1960)。

ダニエル・エルスバーグ(Daniel Ellsberg)という人、一般的には、秘匿されていた米軍の機密情報(「ペンタゴン・ペーパーズ」)を内部告発した人として有名だが、壷実験はまさかの都市伝説?

しっかり実験していてデータが示されている原典をご存知の方は教えて下さい。

 元々、シェルターで何十頭もの犬や猫や馬や亀と暮らしていたときも、ほとんど吠えなかったらしい、うちの犬ですが、玄関のチャイムに対してはすぐに吠えるようになってしまいました。

 経緯は覚えていないのですが、おそらく最初は来客に対して吠え、次第に、あるいは直に(←残念ながらこのあたり覚えていません。記録もとっていません)、来客前のチャイムに対してガン吠えするようになったように思います。もしかすると、ごくごく最初の頃は、吠えに対し「大丈夫だよ」とか声かけをしていたかもしれません。

 うちの場合、マンションの集合玄関で一回、うちの玄関でもう一回チャイムがなります。これは次第にそうなったと思うのですが、最初のチャイムでは吠えず、玄関のチャイムで確実に吠えるようになりました。

 来客といっても、頻度からすると、うちの場合、ほとんどは宅配やピザやカレーのデリバリーなどの業者さんです。友人がうちに上がって滞在する場合も吠えていましたが、これは部屋にあがってもらってからしばらくすれば(15-30分)止まりました。よく遊びにくる友人にはそのうち慣れ、尻尾を振って出迎えるようになりました(自分が出張中に留守番を頼む何人かの友達には私以上になついているように見えるときさえあります)。

 部屋に上がってくる業者の数や回数は少ないので(年にせいぜい数回)、これについては特になにもしないことにしました。同じく年に数回しか遊びにこない友人への対処もとりあえずおいておくことにしました。

 というわけで、目標は、宅配業者とその前兆であるチャイムへの吠えを止めることとしました。何しろ、玄関のチャイムだけでなく、テレビから流れてくる同じようなチャイムにも吠えるようになってしまっていたので、かなり煩く、かなり近所迷惑になると思ったので。それにしても、なんでチャイムってどこもかしこも同じなんでしょね。

 山本先生には、吠える前にフードをばらまくこと、宅配業者に頼んでフードを投げてもらうこと、というご助言をいただきました。うちの場合、玄関から廊下に上がるところにベビー用品のフェンスがあり(万が一、いきなり外へ出てしまうのを防止するためです)、廊下から居間にドア、ドアをあけると台所で、台所と居間の間にやはりベビー用品のフェンスが設置してあります(これは台所でこぼしたものやゴミ箱の中のものをはるがむやみに食べないように防止するためです)。なので、業者さんにフードを投げてもらっても届かないし、届く廊下まではるを連れて行くと余計に吠えそうだし、忙しい業者さんにそんなことを頼むのも気が引けるので、とりあえず最初の助言だけを実行しました。

手順としてはこんな感じです。

1. 最初のピンポーン(マンションの玄関)
 吠えないことが多いが、フードを二つかみ準備する(& 宅配の場合、受取の印鑑を準備する)。
2. 2回目のピンポーン(うちの玄関)
 一つかみめのフードをばらまく(う〜とうなりだしていても、吠える前に)。
3. フードを食べているうちに玄関に移動し、用をすませる。
 この間、吠えだすこともあるが、それに対しては反応しない(「静かに」とか「うるさい」とか言わない)。
4. 居間に戻ってきたら、宅配の荷物を見せ、フードをあげる。
 これは山本先生からの助言にはなかったところですが、当初、段ボールの小包にも吠えることがあったためです。また、吠えがほとんどなくなってからは、玄関から戻ってくるまでに吠えなければフードを与えることにしました。好子出現阻止による弱化の随伴性を狙ってですが、作用したかどうかはわかりません。

 そして、もう一つ。レスポンデントにしろ、オペラントにしろ、吠えるのを止めるには、吠える機会を増やさないとならないと考え、

5. 宅配の頻度を増やし、かつ、できるだけ自分が在宅していて上記の手順を実施できるときに来てもらうようにしました。
 Amazonのプライム会員になれば、原則、送料無料です。だから、まとめ買いはせず、おやつ買ったら精算、おもちゃ買ったら精算、本買ったら精算...というふうにすれば(そして準備ができたものから順次発送と指定しておけば)、発送回数を増やせます。楽天ではお届けの日時を指定できます。いつもなら近所のスーパーなどで買う炭酸水や洗剤や食料品などもネットで購入することで、一日2-3回、一週間3-4日、おおよそ週で10回くらいの配達の機会を吠えるのを止める機会として活用できました。

 最初のうちはばらまいたフードを食べずに吠えていたり、フードは口に入れながらゴホゴホしながら吠えていましたが、2-3ヶ月でほとんど吠えなくなりました。時折、思い出したように吠えることもありましたが、以前のように、吠えながら興奮していき、どんどん吠えが大きくなるということはありませんでした。

 半年くらいしてからはまず吠えなくなったので、今はフードの提示をしていません。吠えるとしたらピザやカレーの宅配を頼んだときです。これは原因が匂いにあるのか、商品や支払の手続きで時間がかかったり会話が生じるからなのか、宅配業者さんはほぼいつも同じ人たちなので匂いを覚えてしまったがピザやカレーは頻度が低いし、いつも違う人なので学習が進まないのか、よくわかりません(それを確かめるには毎日ピザやカレーを頼めばいいわけですが....  ^^;;)。

 ピザやカレーの場合も吠えるときには前兆行動を示します。それまでクッションで寝ていたり、クレートの中にいたりしたのが、玄関にむかうドアの方に歩いて出てきます。うなることもあります。こうした前兆行動がはっきりしているときには吠える前にフードを投げています。でも、ピザやカレーの宅配がきても、ずっと寝ていることもあり、一貫していません。

 そもそもチャイムに対してガン吠えするようになってしまったのが、見知らぬ人への不安なのか、住処への侵入への警戒なのか、たまたま吠えたのを私が強化してしまったのか、その複合体なのかはよくわかりません。
 散歩中、見知らぬ人にはおびえ、手をだされたら逃げるような臆病な性格ですが、それでも散歩中、人に対して吠えたことはありませんでした。なので、純粋に不安だけで吠えているとは思えなかったです。

 一度、吠えるようになったら、私が声かけをしなかったとしても色々な強化随伴性が生まれます。玄関のピンポーンでは私が立ち上がって移動します。はるが吠えるから移動するわけではありませんが(因果関係はありませんが)、随伴関係は成立します。吠える→飼い主が動く、という随伴性です。

 ずっと吠え続ければ、そのうち業者は用が済んでいなくなります。吠えたからいなくなったわけではありませんが(因果関係はありませんが)、吠えた→見知らぬ人の気配、音、匂いがなくなる、という随伴関係は成立します。宅配の時間設定をできるだけして、留守中にピンポーンがなる回数をできるだけ減らしたのは期せずしてこういう偶発的な強化が起こることを避けるためでもありました。

 今でも火災報知器の検査の人など、見知らぬ人が部屋に入ってくると吠えます(以前に比べれば声もずっと小さく、興奮も弱くなっていますが)。そのことからすると、見知らぬ人全般や住処への侵入全般に対する不安反応が拮抗条件づけで減ったというわけでもなさそうです(少なくとも般化はしていない)。もしかすると、単純に繰り返して不安を喚起する刺激を提示していて馴化したのかもしれません。フードにはその曝露療法的な渦中、強い情動反応を抑えるという効果があったのかもしれません。

 機序はわかりませんが、玄関のピンポンにも(テレビのピンポンにも)、宅配業者さんにも吠えなくなったので、方法論としては成功です。

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 中学生の頃、実家でマルチーズを飼っていました。成犬を譲渡してもらった犬で、名前は「ルナ」。

 あの頃は、行動分析学も知らなかったし、しつけの本を読みあさるってこともなくて、たまたま図書館でみかけたしつけの本に書いてあったことをやってみてました。本に書いてあることを疑うこともないナイーブな少年だったわけです(笑)。

 排泄に関しては、失敗したら粗相をしたところに犬の鼻をなすりつけて「ダメ」と叱るという手続きだったと思います。

 今ならこれがどれだけ間違っているか、なぜ間違っているかもわかりますが、当時は盲目的にそうしていました。それに昔の日本ではこの方法がある程度一般的だったようですね。30年以上も前のことですが。

 はるがうちに来る前に、犬のしつけ本をたくさん読みました。ほとんどの本に、こういう昔ながら方法は間違っているとはっきり書いてありました。子犬に対する排泄訓練法は、どの本を読んでもほぼ同じ。定時で(おしっこしそうなときを見計らって)トイレシーツなど、排泄させる場所に移動させ、排泄したらフードで強化、しばらくしてもしなければ元に戻し、しそうになったらまた移動というもの。アズリンが開発した人の子ども用のトイレットトレーニングと原理原則は同じです(ちなみにアズリンのトイレットトレーニングの日本語訳『一日でおむつがはずせる』、残念ながら絶版のようですが、Amazonでまだ古本が手に入ります:この記事の最後にリンク)。

 昔ながらの方法が間違っている理由も、叱るだけだとどこでおしっこすればいいのか教えられないとか、そもそも排泄してから時間が経ち過ぎていたら叱っても何で叱られているかわからないとか(60秒ルールの"認知的"解釈ですね)、下手に叱ると注目獲得になってしまってわざわざ色々なところでおしっこすることを増やしてしまうとか、あるいは飼い主から隠れてするようになるとか、どれも納得のいくものです。

 はるが来たら、まず排泄訓練をしないとならないのだろうなぁと身構えていたのですが、ラッキーなことに、AFCのスタッフさんたちによる訓練で、排泄はお散歩に行ったときにお外でするということをすでに学習してくれていました。何冊かの本には「和犬は家の中で(すみかの近くで)排泄したがらない」と書いてありました。はるが和犬かどうかは不明なのですが(1/16くらいでパグが入っていることしかわからず、15/16は不明)、訓練のおかげで、今まで室内で粗相してしまったのは数えるくらいしかありません。その数回も、下痢で我慢できなかったり、遊びに来た奥田先生にびっくりしてちびったり、寝室の布団が変わったり(一回だけ)と、ほぼ特異な要因を推定できるものばかりです。

 なので、うちでやったことは、散歩にだしてすぐに排泄でき、ご近所の迷惑にならない場所を見つけること(公園の端っこ)、そこでコマンドを声かけしながら待ち、おしっこしたらすぐに褒め、フードで強化するということです。はるがうちに来た初日はAFCから同行して下さった山本先生と察子さん(と杉山先生)が一緒に公園まで来て下さり、山本先生が察子さんにおしっこをさせてくれました。すると、はるも察子さんがおしっこをしたところにおしっこをするじゃないですか。那須塩原からの長距離ドライブで確立操作もばっちり効いていたということでしょう。さっそくフードをあげました。

 これが強化として機能したかどうかはわかりませんが、翌日もそこでおしっこをしてくれました。そのあたりは近所のわんちゃんたちの散歩コースで、他のわんちゃんのおしっこの臭いもついているところでした。それで排泄が誘発されやすかったのだと思います。以後、ここが工事で使えなくなるまで、排泄場所となりました。

 機会と場所が決まったので、後はスケジュールです。はるが来たのが2月。ちょうど後期が終わったところで、授業もなく、比較的自由に時間がとれる時期でした。でも、4月になれば授業も会議も再開し、家にいられない時間が長くなります。それまでにお留守番ができるように教えなくてはなりません(お留守番の練習についてはこちら)。

 同時にそれまで日中は4-6時間おきにクレートから出され、散歩がてら排泄の機会があったのを、最終的には一日2回の散歩のときだけですませるように教えないとなりません。一日2回といっても、きっちりと12時間おきに散歩にだせるとも限らないので、最長で14時間くらいは保持できるように教えようと考えました。

 これについては「月齢+2時間」が目安になると書いてある本がありました。ただ、排泄を我慢できる最長時間についてはどの本にも書いてありません。ネットを調べると「24時間我慢したことがあった」という報告がある一方、「そんなに我慢させたら尿道炎になってしまう」とか「うちのワンちゃんは4−6時間おきに散歩してます」といった飼い主さんの声が目立ちました。獣医さんなどによる専門的な意見は見つかりませんでした。

 犬のことについて専門的な知識もないのに色々と語る飼い主さんを"犬博士"というそうです。心理学でも、心や行動の働きについて、科学的根拠も論理性もなく、素人さんが(時に素人さんレベルの専門家が)解釈する"理論"を「素朴心理学」と呼んでいたりしますが、犬については、心理・行動面だけではなく、生理・医学・遺伝など、様々な学問領域について素朴な理論を展開する飼い主さんがかなりいて、まともな訓練士さんにとってはときに弊害になるそうです。飼い主さんに助言しても近所の"犬博士"の意見でくつがえされてしまって、しつけが進まなくなることがあるからだそうです。

 幸いなことにうちのご近所にはそういう"犬博士"さんは見当たりません。せいぜい、時々、はるの犬種について推論する人に出会うくらい。でもネットをみる限り、確かにこういう"犬博士"らしき人たちがたくさんいるんだなという印象は持ちました。

 ただ、そういう雑駁な情報も使い方によっては有益です。基本的なことですが、自分の場合は「事実」と「解釈」に区別して、「解釈」はほぼ捨ておき、「事実」だけを抜き出すようにしています。たとえば、排泄の間隔については、なぜ短くしなくてはならないのかとか、犬がどういう"気持ち"なのかとか、我慢させたら○○になってしまうかもしれないとかいう不安はあくまで参考程度に読みとばし、実際、どのくらいの時間間隔をおいているのかを拾って読んでいきました。そうすると、事実として、ほとんどの犬は7-8時間は我慢していることがわかります(「4−5時間おきに散歩に連れて行っています」という人も自分が寝ている間は散歩させていないわけだから)。それから散歩をさせているのが一日2回でそのときに排泄させている人がけっこうの数いることがわかります。となると、排泄間隔の最大値が12-14時間というのは、それほど珍しくないとわかります。そして膀胱炎などを心配する書込みがある一方、一日2回の散歩しかしていなくて(そのせいかどうかはわからないにしても)膀胱炎になりましたという報告は見つかりませんでした。また、膀胱炎になったときの症状については複数のサイトで共通項目が見つかりました。これらを総合すると、犬の様子を観察しながら、成長にあわせ、徐々に排泄の間隔を延ばしていけば、12-14時間間隔にすることは、おそらくそれほど問題ない、という結論に達します。

 そこで記録用紙に「排泄間隔の最長時間」を記入し、様子をみながら、2月(月齢6ヶ月)に8時間から初め、月に+1-2時間のペースで少しずつ、ゆっくりと延ばしていき、4月には11時間、6月には13時間、7月には14時間でも問題ないことが確かめられました。4月の半ばにはそれまで一日3回散歩に行っていたのを、2回に減らすことができました。

 それ以後は必要もないのでそれ以上間隔を延ばそうとはしていません。9月くらいから、別の理由で、家でも排泄訓練を始めたので(これについてはまた後日報告します)、今では、たとえば夕方4時くらいに散歩に行っても、夜寝る前に家でおしっこしたり、朝、散歩に行く前に家でおしっこしたりもしています。つまり、散歩まで我慢する必要はない状況でもおしっこをする間隔は12時間くらいということです。

 会議などが長引いてお留守番が14時間を越えてしまった日も何回かありましたが、そんなときも粗相はしてませんでしたし、帰ったら自分と遊ぶことに夢中で、散歩に行きたそうにするわけでもなかったです。

 犬によっても、年齢によっても、摂食や摂水状態、あるいは体調によっても排泄の時間的間隔は変わってくるでしょうが、うちの場合はこのようにして排泄の間隔を延ばしました。

 最後に冒頭のイラストです。家で排泄訓練をするのに(主に体調が崩れて下痢したりしたときのためです)、購入したトイレトレーについていた取扱説明書(「指導法」)の一部です。説明書きからは「犬を叱る」は削除されているのですが、イラストには残っているところが面白かったので掲載しました。ガミガミと叱られて申し訳なさそうにしているワンちゃんが哀れですね。

このシリーズの過去記事一覧:

一日でおむつがはずせる 一日でおむつがはずせる
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入試、30年ぶり大改革 学力向上を大学期待(日本経済新聞, 2013/6/7) 文部科学省が導入を検討する新たな全国統一試験「到達度テスト」は高校在校中に複数回チャレンジできることが大きな特徴だ。

個人的には以前から提案してきた方向に一歩前進なので嬉しいニュース。

でも、

  • 文科省が作成するなら、高校ではなく義務教育の「到達度テスト」を作ることが先。
  • それも、PISA型学力ではなく、読み・書き・算術の「基礎学力」とせいぜい一般常識(理科、社会など):9割以上の児童・生徒が「到達」できるテスト。
  • これについては指導要領に即して、各学期、各単元で使えるテストをプールし、教員は無料でダウンロードして使えるようにする(教員がテストを作成しなくてすむようにする/教員の役目は児童生徒がテストを通過できるように教えること)。
  • 同じ問題を繰り返し使わなくてもすむように、ものすごく「多数」作ること(初期投資はかかるが、全国すべての学校で共通に使えて、教員の手間を省け、品質も高く維持できるなら安いもののはず)。

高校については、基礎学力+αの「到達度テスト」でよいと思うが、

  • これについては民間に任せる(諸外国はそうだと思う)。
  • 民間で複数の異なるテストが開発され、大学側がその質を確認しつつ採用することで、競争や品質管理を促す。
  • 特に「+α」の部分は、生徒の得意な分野を延ばす、様々なテストがでてきていいと思う(それこそPISA型学力とか、あるいはコミュニケーションに特化したテストとか)。そうすれば単純な序列化を防ぎ、大学としても多様な学生の受入を積極的に進められる。
  • 基礎学力の問題については、天井効果を避けるために、正答率(正答数)だけではなく、流暢性(正答スピード)も測定すること。

上記の記事には、都立高校の50代の副校長の声としてこんな記事があるが、正直、理解できない。

少しでも良い点数を目指して何度も受ける生徒は多いだろう。生徒も教諭も試験に追われる生活を送ることになりかねない。

少しでも良い点数を目指して「勉強し」何度でも受ける生徒がいるなら、いいことじゃないか。

「生徒も教諭も試験に追われる生活」というが、今はどんな生活なんだろうか。勉強は学生の本業のはずである。もちろん、余暇や部活や友達や家族との時間も重要だが、そのあたりのバランスは学生本人が主体的に決められるはず。そうでないのなら、自立的にバランスの取り方を教えるのも教員の仕事である。

Wheredoesmymoneygo

Where Does My Money Go?とは?  あなたの年収のうちいくらが市税や町税で、それらが何の目的に使われているのか、1日当たりの金額で可視化するWEBサービスです。 このサービスを立ち上げた目的は、納税者である国民一人ひとりが、支払っている税金の使われ方を具体的に理解し、税金の使われ方を決める当事者として責任ある意見を述べることを手助けすることです。
 私達は、国民一人ひとりが、公共サービスにおける受益と負担の関係を数字で理解したうえで、私ならこう税金を使って欲しいという具体的で責任のある意見を述べることができるようなることが、日本の財政を健全化させ、日本を新たな成長へと導く近道に違いないと考えています。 現在のヴァージョンでは、県市町村といった、いわゆる地方自治体の財政データを扱えるようになっています。

現在では全国十都市のデータについてサイトが立ち上がっている。なんとすべてボランティア有志によるもので、しかも、この取組みに参加したい人が同様のサイトを立ち上げられるようなサポートの仕組みも整っている。

私が学生時代を過ごした千葉市版はこちらから

以前、霞ヶ関の官僚某氏と話していたときに、やたらと批判されることが多い行政だけども、公務員の志気を高め、人々のためになる仕事をすることを動機づけるためには、税金を使って達成したことをもっと目に見える形でアピールした方がいい。それに対する市民の意見もフィードバックできるようになるともっといい。そのためには、たとえば、自分が収めた税金の使い道がわかるような仕組みと、それを評価できる仕組みをネット上に構築したらいいとアドバイスさせていただきました。

残念ながら、それは実現しませんでしたが、こういう草の根的な形のシステムが生まれてきたことは素晴らしいことだと思います(この仕組みは元々は英国のNPO発信らしいです)。

願わくば、これにのっかる行政がでてきて、税金の使い道をさらに詳細にブレークダウンしてみせて欲しいです。現在は、たとえば「健康・福祉」は「健康」と「福祉」ブレークダウンできますが、そこまで。会計システムとリンクさせ、もっと細かな勘定科目まで見せて欲しいところです。あぁ、あの公園の改修に自分の支払った税金のうちXX円が使われたのなら納得とか、道路の掘り起こしにXX円も使われてるじゃん(怒)とか。

それに、各項目について、Facebookの「いいね」ボタン的なものを用意して、納得がいく使い道と、納得がいかない使い道を、市民が「投票」できるようになれば、行政の行動に市民の要望や満足度を反映した随伴性が設定できます。

Facebookと同じで否定的な投票ではなく、肯定的な投票のみ受け付けることで、行政の行動の中の望ましい行動を増やすことに専念する(そうすれば自動的に望ましくない行動は減る)という発想です。

ぜひ、どこかで。

Twitterで流れていて面白そうだったので、Beran et al. (2013)を読んでみた。

Michael J. Beran, M. J., Smith, J. D., and Perdue, B. M.  (2013).  Language-Trained Chimpanzees (Pan troglodytes) Name What They Have Seen but Look First at What They Have Not Seen.  Psychological Science, 24(5), 660-666.

人以外の動物に「メタ認知」があるかどうかは“大論争”になっているそうで(昨年度、大阪大学の三宮先生の特別講義でもそのような話をされていた)、この研究はチンパンジーにはメタ認知があることを示したもの(と著者らは主張している)。

手続きとしては、まず、チンパンジーにタクト/マンドを教える。反応形は記号を使ったselection-based tact/mandで、好子はバナナ、ジュース、さつまいも、キウィ、オレンジ、M&Mなどなど。

実験者が好子を容器に入れ、事前にチンパンジーに見せてから反応機会を与えるのだが、実験条件として、容器に入れた好子を見せる条件と容器だけで中身は見せない条件を設定する。その後、実験室の別区画に移動し、チンパンジーは対応する記号のついたボタンを押してタクト/マンドするか、容器に近よって何が入っているのかを観察してからタクト/マンドできる(近よれば中に何が入っているのか見えるようになっている)。

このような条件で、容器の中に何が入っているのか「知っている」ときにはすぐにボタンを押し、「知らない」ときには観察反応が生じることから、容器の中に何が入っているか知っているか、知らないかをチンパンジーは自分でわかっているとしたのが実験1。

ただ、それだけだと、事前に見せられた好子を手がかりにしているだけの可能性がある。見せられたもの名前をタクト/マンドし、見せられなければ観察しにいけばいいから。だから実験2では、異なる好子を入れた2つの容器を使い、そのうち一つだけをチンパンジーに見せ、そのどちらかを移動させ、タクト/マンドする機会を提示した。つまり、今度は、見たものの名前をタクト/マンドするだけでは強化率は50%になってしまう。中身を見たものが移動されたかどうか、その中身が何であったか、すなわち、より「知っている」ことを示す条件を厳しくしたわけだ。そして、それでも実験1と同等の結果が得られることが示されたことになる。

やたらと複雑な手続きを用いているが、要するに、ある反応(この場合、タクト/マンド)が強化されそうかどうかを弁別刺激とした弁別(できればそれぞれに対応した異なる分化反応を形成?)が成立することが示されているようである。

であるなら、たとえば、ハトを使った遅延見本合わせで、比較刺激提示時にFR20とかの反応コストをかけた観察反応を見本刺激の再提示で強化するなどをしたら、遅延時間が短く(例:遅延0秒とか)、そのまま比較刺激に反応しても正解する(強化される)ときはそうするだろうし、遅延時間を長くして正答率がチャンスレベルに近づいてきたら(強化率が下がったら)、観察反応が自発されるのではないだろうか。もちろん、これだと、本当にハトが覚えているかどうかではなく、遅延時間がSdになっているだけという可能性があるから、たとえば、プローブとして比較刺激に見本刺激が含まれていない試行や、見本刺激を提示しない試行などを含めてもいいかもしれない。つまり、実験者側がハトが明らかに正解を「知らない」とわかっている条件を工夫する。

“大論争”に関する論文はまったく読んでいないので、ピントを完全にはずしている可能性はあるけれども、ある反応の強化可能性を手がかりにした弁別であるなら、人やチンパンジー以外の動物でも成立しそうな気がする、というのが感想。

それを「メタ認知」と呼ぶかどうかについは定義の問題だと思うので、認知心理学者の方々にお任せである。

なお、ヒトに特有そうな「メタ認知」の行動分析学からの解釈はこちらから。

本シリーズの過去記事一覧:

蛇足:

この論文、けっこうあちこちで取り上げられている。検索したら、メディアに取り上げられそうな、この手の研究を紹介するサイトがいくつか見つかった。見つかったのだが、たとえば、独立行政法人国立健康・栄養研究所という組織が運営しているLinkDeDietというサイトでは、出典の「Psychological Science」が「心理科学」になってたりする。もしかして自動翻訳??

名言〔第21位〕:「顧客にとっての価値」

解釈:
 企業や組織の生存はその活動を強化する顧客の行動によって決定する。顧客の行動は企業や組織から対価を支払って受取る商品やサービスによって強化される。すなわち、好子消失による弱化を上回る好子出現による強化(あるいは嫌子消失、好子消失阻止、嫌子出現阻止による強化)を提供しなくてはならない。
 このとき、顧客の購買行動を制御する好子、嫌子、随伴性は、企業や組織がそうであるに違いないと思い込んだり、企業や組織の内部事情によって決まるものではなく、あくまで顧客側の環境によって決まるものであり、何が顧客の購買行動を強化するのか(好子/嫌子、確立操作、随伴性)は顧客の行動随伴性の生態学的調査ならびに実際の購買行動のデータから推測し、確認し、修正し続けるべきものである。
 企業や組織の内部事情(組織内の随伴性)と、顧客側の随伴性を一致させていく方法については、たとえば、Brethowerのトータルパフォーマンスシステム(Total Performance System: TPS)などの行動システム分析の考え方などを適用することが有効だろう。

本シリーズの過去記事一覧:

重体の高3男子死亡、サッカーゴール下敷き  千葉県茂原市の県立茂原樟陽高校で、倒れたサッカーゴールの下敷きになり意識不明の重体だった3年の男子生徒が、30日午後2時50分ごろ、搬送先の県内の病院で死亡した(日経産業新聞, 2013/5/31)。

またしても悲惨な事故である。しかし「事故」で片づけてしまってはいけない。サッカーゴールやハンドボールゴールが壊れてたり、落下したり、移動したりして起こる事故はこれまでに何件も発生しているからだ。

文部科学省は2008年に「学校施設における事故防止の留意点について(第一次報告)」の取りまとめを公表している。

国立教育政策研究所のHPからは非常に詳細な報告書がダウンロードできる(「学校施設における事故防止の留意点について(第一次報告)

「課題と対策例」には、サッカーゴール、バスケケットゴール、テントなどの、転倒の危険があるものについては、杭などで固定したり、十分な重さと数の砂袋などで安定させるべしと明記している。

毎日JPの報道によれば「通常は土のうで固定するが、最近は部活動のグラウンド使用のため、移動させることが多く、この日も固定していなかったという。また、校内でもゴールポストの老朽化や腐食を指摘する声が上がっていたという」。

県の教育委員会は高校などに対し、ゴールが倒れないような対策を講じるよう“指導”するというが、これまでと同じように“注意喚起”するだけでは不十分である。

学校は児童生徒や教員にとって「安全」な場所でなければならない。しかし、事故の成り行きがいかに重大、重篤でも、発生確率が低い出来事の対策は、より直近の諸事情(風が強くなるたびに片づけるのはたいへんだし時間がかかる、土のうの移動も労力がいるし、生徒、教員ともにやりたがらない、ゴールポストを固定すると他の活動に使いにくいなどなど)が優先されてしまいがちになる。

天災は忘れた頃にやってくる型の随伴性で行動を制御するのは非常に困難である。そして、“注意喚起”は随伴性を変えない。よって、行動は変わらない。

学校現場の随伴性を、随伴性の真っ只中にいる教員や児童生徒が変えるのも至難の技であり、だからこそ、教育委員会がこの仕事をすべきである。

たとえば、上記の資料にある「課題と対策例」をチェックリスト化し、職員を学校に抜き打ちで派遣し、定期点検を実施し、結果を学校にフィードバックし、不十分なところは対策を求め、対策を約束する行動をそのための予算配置という好子で強化し、あるいは対策が講じられるまではグラウンドを使用禁止にする(好子消失阻止による強化随伴性)。

学校の独立性、裁量性は重視されるべきだが、子どもの命を守るためには、そのためのルールづくりに現場の意見が必ず反映されるという条件つきで、教育委員会がそのくらいの強制力を持ってもいいと思う。

チェックリスト作成(カスタマイズ)には現場の意見を十分に取り入れるべきだし、点検やその後の処置のルールも話し合いで調整すべき。また、こうした仕組みを改善していく手順も内在化しておくべきである。

学校が学校の機能を十分に果たすために、学校現場だけではできないことを補助する仕事こそが教育委員会がすべきことであり、安全確保(これにはいじめや体罰の防止も含めるべき)は最も高い優先順位をつけるべきことだと考える。

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