2012年10月アーカイブ

漫画カメラで撮影した俺とはる。

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構造化のアイディアを使った支援では課題やスケジュールを、上から下、左から右に流れるように統一するけども、世の中そればかりじゃないという例。

ソフトバンクのiPhone下取りキャンペーンに申し込んだ。iPhone5購入後、3週間たってようやく古いiPhoneを送り返すためのパッケージが届いた。

手続きは簡単で単純なのだが、以下のインストラクションには要注意。

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返送する書類には製造番号を記入しないとならない。しかし、iPhoneを初期化しちゃうと、製造番号を調べるのに再設定しないとならない。自分の場合、無線LANにつながないとならなかった。無線LANがない人はどうするんだろね? (すでに新機種に移行して3G回線使えないわけだし)。

世の中すべて左から右へ流れるわけじゃないとも言えるし、このインストラクションが酷いとも言える。他の記入欄も妙なところがあるから、おそらくユーザーテストしていないのだろう。

ちなみに、次のステップのインストラクションでもイラストは右から左に向っている。少なくともこの書類の作成者にとっては「右から左」という方向で統一されているのかな。

Iphone2

しばらく前(1年〜半年くらい前?)、濁点つきの全角カタカナを含んだ名前のファイルをMacで作成して(例:「文献検索ガイダンス.pdf」)、授業支援システムなどにアップし、それをWindowsマシンで読み込むと、ファイル名中の該当箇所が濁点とカタカナが分離したように表示される(「ガ」が「カ ¨」のように)問題が生じていた。

その時点でぐぐったら、UTF-8には実は2種類の全角カナがあるようだということがわかったが()、対策は見つからなかった。

今日なにげに気がついたのだが、この問題が解決している。自然治癒??

この手の問題には深入りせず、誰かがどこかで解決してくれるのを気長に待つに限るね。

 震災後、東電の電気料金が値上げされたことで、そのうち電車の運賃も上がるのかなと思っていた。鉄道会社の組合からこんな要望もだされていたし。

 一方で、電気代が値上げする前から各社が自主的に取り組んでいた省エネによるコスト削減は、利用者にどのように還元されるのだろう?とも思っていた。動かないエレベータを歩いて昇ったり、暗い照明で我慢していたわけだから。節約したぶんで電気代の値上げに対応し、運賃を据え置きするのかなと。

 調べてみると、なんと、JRも都営地下鉄も、電力は東電に頼っておらず、自分のところで水力や火力発電をしていることがわかった。東京都交通局のサイトで公開されている決算報告を読むと、逆に、余剰電力を東電に(たぶん)売って利益を上げているくらいのようだ。

 今後は、その他の費用に東電の値上げの影響がじわじわとでるだろうし、自前の火力発電の燃料費も上がる可能性があるから、運賃が上がる可能性もなくはないけど、とりあえず、へぇ〜。

名言〔第22位〕:「明日のために今日なにをなすか」

解釈:
 「明日何をすべきか」ではなく「明日のために今日なにをすべきか」。拡大解釈すれば、「明後日のために今日なにをすべきか」、「来週のために今日なにをすべきか」、「来月、来年のためになにをすべきか」、「5年後、10年後のために何をすべきか」であり、かつ、「なにをすべきかを考える」だけではなく、「何をすべきかをする」ことである。
 かなり遠い未来の出来事を現在の行動の制御変数とできるのは言語行動という特別なレパートリーを持つヒトの特権だが、だからといって、まったくの訓練なしに身に付くスキルでもない。将来の転勤に向けて語学の学習を毎日するとか、万が一の災害に備えて食糧や水を備蓄するといった、個人的な行動でも未来事象による制御は難しいのに、ましてや企業の経営に関わる行動にこうした制御をいれるには、たとえば、Malottらの目的指向的システムデザインのような行動システム分析のツールを取り入れるなど、それなりの仕組みが必要だ。

Malott, R. W., & Garcia, M. E. (1987). A goal-directed model for the design of human performance systems. Journal of Organizational Behavior Management, 9(1), 125-159.

本シリーズの過去記事一覧:

第23位:「成果をあげることは習慣

第24位:「リーダーとは何か

第25位:「成果をあげるのは才能ではない

第26位:「組織の存在意義

第27位:「組織は戦略に従う

第28位:「利益とは目的ではなく条件

第29位:「理論は現実に従う

第30位:「総体は部分の集合とは異なる

4901480479385 教えたいことを教えるためには教えたいことが教えられたかどうかを確認するために測定(テスト)しないとね。
 教えたいことほぼすべてを測定しないとね。そうしないと「山かけ」という望ましくない行動を自発させ、ときに強化してしまうから。
 そうすると、学期末テストでは不十分だね。期末テストだとテスト時間も限られているし(問題数が制限されるし)、テスト直前の「一夜漬け」という、これまた望ましくない行動を自発させ、ときに強化してしまうから。一夜漬けできる時間には限りがあるから、教えたいことをすべて学んでもらうには妥当ではないね。
 だから、テストは何回かに(or 何回にも)分け、出る問題も予告して(勉強すれば強化されるように)、解答したら、できるだけ直後に、正誤のフィードバックや解説をした方がいいね。

 というわけで、担当する講義科目の中で知識の獲得を主目的にした授業では、小テストをできるだけたくさん実施しています。そうなると、当然ながら、採点という手間がかかります。教員側の行動を弱化する要因です。

 なのでマークシートを使って自動採点していますが、多岐選択で良問を作るのはなかなか難しいし(不可能ではないけれど)、チャンスレベルを低く抑えるのも難しいので(不可能ではないけれど)、全体の1/4〜1/2の配点を自由記述問題にあてています。

 これまで自由記述問題については、採点してから、個々人の得点を成績管理しているExcelファイルに手入力していましたが、一つ進展がありました。

 自由記述問題の得点を学生のマークシートにマークしてしまい、多岐選択問題と一緒に自動で読み込ませるという方法です。

 今までも考えてはいたのだけれど、何十人ぶんもの得点をマークするくらいなら、数値を手入力した方が早かったと、唯一希望がもてた、「マークシート5倍速塗り鉛筆」はめちゃくちゃ高価なのと、なかなか手に入らないので(いつwebサイトにアクセスしても売り切れてる)諦めてました。

 それが、このたび、「マークシートは本当にボールペンを読まないのか?」という卓越したレポートを見つけて、ホワイトボードマーカーを試してみたら、問題なく読み込めるじゃないですか! 一筆でマーク完了。

 これぞローテク、ローコストのFD(Faculty Development)です。

 

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 先日、はるの第二の故郷である那須塩原に里帰りしてきました。

 AFCでは佐良先生や秋元先生、スタッフの方々と再会。最初はきょとんとしていましたが、すぐに腰をふりふり喜んで飛びついていきました。半年以上経っているのに、2週間ほどお世話になった人たちのことをしっかり覚えているようです。普段、見知らぬ人にはまず見せない行動ですから、記憶していることに間違いはないと思います。匂いでしょうか、見かけでしょうか、おそらく声ではないと思います(無言のスタッフにも飛びついていったから)。

 AFCの無数にあるドッグランを思う存分走り回り、穴を掘り(^^;;)、どろんこ遊びに興じました。ちょうどナンシー・レイズ先生のオビーディエンストレーニングや競技会も開催されていて見学させていただきました。お利口なわんちゃんたち(というよりもそのように訓練されている飼い主さんたち)に感心しました。

 はるの第一の故郷である福島(原発20km圏内)からはるを保護して下さったシェルター、みなしご救援隊にも里帰りしました。主宰者の中谷さんが、はるの双子の妹のみなこちゃんの里親さんに連絡して下さり、お母さん、お姉さん、妹との再会となりました。敷地内に入るときに他の犬にめちゃくちゃ吠えられ、最初は超ビビっていて何が何だか分からん状態のはるでしたが、しばらくして落ち着くと、家族に囲まれていることに気づいたようで、特に妹のみなこちゃんとは、これまでみたこともないくらい元気に取っ組み合いをしていました。

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 中谷さんからは、はるを保護したときのお話を詳しくお聞きし、また、その頃のはるの写真をいただきました。はるの家族は住人が被災、非難した後のどこかのお宅のコタツの中にいたそうです。飼い主と別れ、犬だけになり、それでも子犬を生んで育てたお母さん、生まれてきた子犬たちのことを思い浮かべると、ぐぐっときてしまいました。

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 よい里帰りになりました。

 わー。やっちまいました。特殊教育学会、初日のシンポジウム;「特別支援教育における教育現場と研究機関の協働・連携 (2) 〜 教員のパフォーマンス・マネジメントを支える組織づくりに向けて 〜。持ち時間と終了時間を把握せずに話し始め(指定討論)、気がついたときには時間切れになってました。自分が企画や司会をやっているときには、もっともメーワクな指定討論のパターン。関係者の皆さま、ごめんなさい。

 せめてもの罪滅ぼしに、指定討論で話したこと、話すべきだったろうに時間切れで話さなかったことを書いておきます。

参加への選択機会

 研究会の運営で最も重要な変数の一つは、先生たちに選択の機会があるかどうかだと思います。教育委員会や学校主催の「強制参加」vs 先生たちが主催の「自主参加」が大枠の図式ですが、「自主参加」をうたっていても、実際にはだんだんと続けることがノルマになってくるものです。徳島ABA研究会には現在30名ほどのスタッフの先生方がおられますが、このスタッフは毎年更新制で決まります。各々が次の年もスタッフをするかしないのかを決めて参加しているのです。なので、30名の顔ぶれは、発足当初からはかなり変わってきています。数字は持っていませんが、のべで数えたら10年間でこの3倍くらいの先生がこれまでスタッフとして参加してきたのではないかと思います。

 それでも毎年の参加機会を完全に「自主性」にするのは難しい。特に会長や会計、各校のリーダーの先生方にとっては、自分たちがやめてしまっては研究会が存続しないことがわかっているだけに「今年はやめます」とはなかなか言えないわけです。実際はことあるごとに「そろそろやめようか」という発言が、半分冗談、半分本気ながらみられます。これは逆に自主性を担保する上では重要な言語行動だと思います。

 先生たちの行動を強化する源泉(好子と強化随伴性)は、子どもの学び、自らの学び、同僚の先生方の学び、そしてその成果として、学校が楽しく充実した職場になっていくことに尽きるようです。こうした強化随伴性が働くように、つまり、「やらなくちゃならないからやる」から「やりたりからやる」への変換を随伴性としていかに設計するか、そのあたりが重要ではないかと思われます。

グラフの罠

 事例研究を進めるさいには(あるいは事例研究までしなくても難しい指導を進めるときには)、子どもの行動を記録し、視える化することが大切ですが、これはExcelなどを使って複雑なグラフを作ることでは必ずしもありません。卒論や修論やその他の研究におけるグラフの機能と、学校で教えながら、教えるためにつくるグラフの機能は完全に一致するわけではないからです。前者は変数間の関係性を分析したり、あるいは研究からわかったことをわかりやすく他の人に伝えるためのグラフであり、どちらといえばすべての(あるいはある一定の期間の)記録がでそろってから、色々と描き変え、解釈しながら、作り上げて行くものです。これに対して後者は、指導目標である標的行動をリアルタイムで作図しながら、子どもの過去と現在(と、そこから予測される未来を)、標的行動の頻度の移り変わりという単純化された形式で図式化し、「明日、どうするか」を日々決めるのに使うものだからです。最も重要なのは指導との同時性。なぜならグラフは指導行動を子どもの学習状況の制御化におく道具だからです。

 学校の先生方の忙しい毎日を考えれば、事例研究をしながら前者型のグラフを作成するのは、まず困難です(グラフおたくの先生以外は)。むしろ、そういうグラフを作らなくちゃ、でもそんな時間ないし、記録は記録用紙にとってあるから、後でグラフを作りましょう....という先延ばしの原因になって、指導目標がすでに達成されているのに同じ指導を続けたり、学習が停滞しているのに同じ指導を継続したりすることになってしまいがちです。

 グラフは手描きでOK。むしろ大切なのは毎日つけて、視て、考えることが大事です。グラフが好子として機能して先生たちの行動を動機づけるのには違いありませんが、好子となるのはグラフのきれいさではなく、そこに顕われてくる子どもの学習であるはずなのです。

ビデオの罠

 卒論や修論やその他の研究(研究者による研究)をするときには指導の様子を録画して後から再生、観察して記録することはよくあることです。しかし、これを学校で日常的に先生の仕事としてやるのは現実的ではありません。とてもそんな時間はないからです。学生や院生が共同研究として参加するとか、あるいは先生たちが研究者としての研究を試みるとき以外には、つまり、学校現場における事例研究のほとんどでは、いかにビデオ撮影せずに記録できるように簡略化したり、工夫できるかが要となります。

 ビデオ撮ってあるから、後で観て記録すればいいよねというように、これも上述したようにリアルタイムでの判断の先延ばしにつながる危険性もあります。 

 事例研究をするならビデオを撮影して後から観察しなくちゃと先生たちが思い込み、それはたいへんすぎる、できないと決めているなら、これも罠の弊害ですね。

研究機関(大学)側で考えるべきこと

 このように考えてみると、大学で教えていること(たとえば、ビデオ録画、インターバル記録法、観察者間一致率、シングルケースデザインなどなど)は、すべてそのまま学校の先生が日々の仕事してできる事例研究には適用できないということです。制御変数を特定する研究に必要な要件と、子どもの学習記録に基づいた指導に必要な要件とを整理して、研究を恊働して進めるためには、その研究の目的と成立要件をできるだけ事前に話し合い、学校側と大学側でお互いができること、したいこと、できないこと、したくないことをまとめ、両者が「やりたりからやる」と参加できる選択肢を作ることが必要そうです。 

 徳島ABA研究会で積み重ねてきた300以上の事例研究は、研究者からみれば変数が制御しきれておらず、測定の信頼性確保もできていなくて、当然ながら、たとえばそのまま『行動分析学研究』に投稿しても受理されないことでしょう。ところが、多くの場合に、事例研究を進めることで、そうしなければもしかしたら教えられなかったこと、教えるのにもっと時間がかかったことなどが教えられてきているのです。

 大学側が、学術雑誌に掲載できるような研究でしか恊働できないとするならば、こうした形の連携はそのままでは難しいかもしれません。研究者には論文を書く(雑誌に掲載する)という随伴性がありますから、論文にならない事例研究に多大な時間と労力を割くのは弱化されます。 

 大学院教育で先生たちの専門性を高めるという方法は、全体的にはうまくいっていないと思います。ただこれは、学校現場で必要とされる知識や技能と、大学院のプログラムで教える知識と技能がマッチしていないことが主な原因ですから改善の余地はあると思います。「修士号」とか「修士論文」に拘らず、たとえば学校に務めながら、2年間、校務分掌はなくし、授業担当も半分にすることで研究の時間を確保し、授業改善や事例研究を4-5件、専門家の指導のもとに進めるようなプログラムなら機能するように思います。大学院側も(文科省側も)それを「授業」と単位認定できれば、大学教員は仕事として時間を割くことができますので、上記の随伴性の問題も解決できます。

 教員免許を修士以上にするという議論は度々でてきていますが、なぜそうした仕組みが必要で、そのためにはどんなプログラムが必要なのかについての議論は不十分です。単に学位の条件を変えただけで問題が解決しないのは自明の理なのですが、こういう意見は少数派なのでしょうね。 

 もう一つの可能性は、大学以外に、仕事として、学校における事例研究の助言ができる人や職業を確保することです。今回の話題提供者のお一人であった笹田先生のように地域の発達センターで働いてらっしゃる専門家が学校の先生と一緒に事例研究に取り組むケースは増えているのでないかと思います。他にも地域の教育センターや研修センターなども同様な機能を担える機関でしょう。地域の発達支援・教育支援の拠点に、地域の先生方の事例研究を応援できる人材と資源(仕事として取り組むための予算措置)が配分されていけば、もしかしたら大学院プログラムの改善よりも、確実に、安定したシステムが確立できるかもしれません。この手の仕事は中央集権的にやるよりも地方分権的にやった方が現場のニーズに柔軟に対応できるぶんうまくいくからです。

 以上です。

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徳島県の県南部で取り組んでいる、地域における特別支援体制改善プロジェクトについて、特殊教育学会でポスター発表(写真は田中あ先生)。

3年めに突入したこのプロジェクト。予算はほとんどありませんが、先生方の熱意でここまでやってきました。

保育所や小中学校での状況をチェックリストを使って把握し、年度内で継続的に支援しながら改善したり、連携協議会に情報提供することで、年度を超えても改善を続けていく、そんな仕組みの確立です。

チェックリストを使うことで、取組みの状況をできるだけ客観的に捉え、かつ、次の一手を具体的に決めるのに役立てることができ、年度内では明らかに支援状況が改善されたことがわかりました。

今年度はチェックリストの内容を見直して、学校や園の体制づくりに関わること(年度を超えて、どんどん改善できること)、子どもや学級に関わること(年度内でどんどん改善できること)に切り分けてみることになりました。こうした話し合いを学会の年次大会という機会を活用して進めました。学会が専門機関と学校や園、施設等との協同を推進するのに、そういうセッションを支援しても面白いかも。

ポスターはここからダウンロードできます。

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