旅は修行だ(その8):そして事件は起きた

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 そしてとうとう事件が起きた。

 それはバルセロナ空港行きの電車を待つ、サンツ駅9・10番ホーム。旅行者で混雑するプラットホームで俺はスティーブ・ジョブズの伝記『スティーブ・ジョブズII』を読んでいた。ジョブズへの追悼作品とも言われるiPhone4s(fo(u)r Steve )で。

 この伝記の最後は、自らの死を受け入れたジョブズ自身が(それまでには七転八倒あったが)、最期の言葉を語る形でまとめられている。

 「いつまでも続く会社を作る」、「すごい製品をつくる(ことで利益は後からついてくる)」、「理系と文系の交差点」、「本当のことを包みかくさないのが僕の仕事」、「僕がやらなきゃ誰もやらない」、「そう思って、僕は歩いてきた」...

 この本(前編・後編)には、これまで知られていなかったジョブズの姿があからさまに、それこそ包み隠すことなく記されている。まるで破綻者のような彼のパーソナリティ、感情の不安定さ、世界は自分を中心に回っていると信じて疑わないような独善性には、正直驚かされた。しかし、そうした恐ろしくネガティブな面を知ってもなお、ジョブズが創り上げたもの--今のMacやiPhoneやiPadといったイノベーションを生みだし続けるAppleという会社--、そしてジョブズという人間その人に尊敬と感動を覚え、最後のページをフリックしたときには目頭と胸のあたりが熱くなっていた。

 iPhoneをナップザックのサイドポケットに突っ込み、ホームに入ってきた電車に乗り込んだ。車内は混雑していたが、奥に分け入って座ることができた。ザックの右サイドポケットに何となく手をやる。あれ、iPhoneがない??  胸騒ぎがして、左サイドポケットをまさぐるが、そこにもない。ザックの中も念入りに、繰り返して探すが、ない。座席の下、そしてたった今歩いてきた電車の床を見渡すが、ない。もう一度、ザックの中を見ても、ない。窓越しにさっきまで立っていたホーム付近を見ても、ない。

 やられた。

 出発を知らせるベルが鳴り、声を上げる間もなく、ドアが閉まって、電車が動き出す。サンツ駅のホームは見る見るうちに遠ざかる。もう後戻りはできない。

 2011年11月21日午前10時10分の前後10分間くらい。俺のiPhone4s(64GB、ホワイト)がすられてしまった瞬間だった。

 話には聞いていたのだ。飲み屋で鞄ごとすられたとか、おばさんが物を落としたのを拾ってあげたときにその相棒にすられたとか、何か強烈な匂いのする物体をかけられて戸惑っているうちにすられたとか。日本人観光客は特にカモにされているから注意すべしと。

 なんたる不覚だろう。あの短い時間に、背中に背負ったザックのサイドポケットとはいえ、ゴムで締まっている口から気配すらなく盗んでいくとは想像だにしていなかった。そしてなにより、自分がそんな間抜けな日本人観光客にみられてしまったこと、実際に間抜けだったことが恥ずかしい。いや、恥ずかしすぎる。

 怒りと羞恥心とで、俺の顔は赤面状態だった(と思う)。

 それでも凹んでいたのはものの10分くらい。空港に着くまでには対策を考え、メモをした。

 まずはバルセロナ空港で警察に行く。空港には分署があるはずだ。
事情聴取してもらいやすいように、そしてコトの詳細を忘れないように(記憶が変容しないように)、被害時の状況を書いておく。

  • Softbankに電話して、回線を止めてもらう。
  • Appleの「iPhone」を探すサービスを使い、遠隔ロックする。
  • iPhoneからすぐに使えるサービス(Evernoteなど)のパスワードを変更する。
  • これらはすべてMacBookAirを空港のWiFiにつなげばできるはず、などなど。

 警察以外は順調に進んだ。こういうときITはほんとうに役に立つ(後日、このことをまたもや身を以て知ることになる)。

 警察は... 分署は空港に確かにあった。でも列ができていて、飛行機に間に合いそうになかったので諦めた。スペイン語がわからないので何とも言えないのだが、なんとなくほとんどの人がスリや置き引きの被害者のようだった。話していた言葉からして東ヨーロッパっぽかった。そして、飛行機が到着してから、マドリッド空港の分署に行くことにした。

 ところがマドリッド空港の警察官は英語ができないということで、警察の電話番号をくれた。どうやらこうした軽犯罪用の電話窓口のようで、外国人旅行者にも対応している。自分の場合、日本語ができるスペイン人女性(だと思う)が丁寧に対応してくれた。電話で事件の状況を話す。彼女はこれを聞取りながらスペイン語で調書にして、データベースに入力する。すると、お近くの警察署で"被害届"(police report)を受け取れるという仕組みだ。この一連の作業は日常的によくあることらしく、その女性も「保険に入ってますよね。保険の請求に必要になりますから、ポリースレポートをもらって下さい」と、警官というよりもまるで保険会社の社員ような話し振りである。元より犯人逮捕とか、被害にあったiPhoneを取り戻そうとは、これっぽちも考えていないのはその対応から明らかだった。

 マドリッドのホテルの近くにある警察署(派出所?)で被害届を受け取り(これにも紆余曲折あったが省略)、クレジットカード会社に電話して保険金請求の手続きを確認し、とりあえずこれで一件落着。かと思いきや、iPhoneの再購入までにさらなる壁が出現する。この話はまた次回に。

教訓:『ここは日本ではない。大事なものは鞄にしまおう』

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