2011年6月アーカイブ

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越智先生が取り上げている「論文の紹介(41)「犬は飼い主に似るか」研究と論争・・・」「論文の紹介(42)犬と飼い主はホント、顔が似てるんだよ」シリーズ(?)。実は日本でも研究が行われています。

関西学院大学の中島定彦先生たちのチームによる研究でも,やはり飼い主と飼い犬は(日本でも)似ているという結果。飼っているうちに似てくるのではなく,おそらくは似ている犬を飼うのだろうという解釈です(確か,この研究,JALの機内雑誌で紹介されてました)。

中島先生,2009年のブログ記事では性格の類似性についての展開にもふれていますが,その後,どうなったのかな。こないだNHKの「極める 優木まおみの犬学」見てたらそんなようなことを言っていたような。このテレビ番組は興味深いこと満載だったのでまたいずれ書きます。

自分が中学生だった頃,実家では人からもらったマルチーズを飼ってました。夏になると長い毛が暑苦しそうだったのでばっさりと刈ってました(上の写真はネットでの拾いもの)。自分とは似ても似つかないと思うのだけれど,それは自分で選んだ犬ではないからだよね。

Nakajima, S., Yamamoto, M., & Yoshimoto, N.  (2009).  Dogs Look Like Their Owners: Replications with Racially Homogenous Owner Portraits.  Anthrozoos: A Multidisciplinary Journal of The Interactions of People & Animals, 22, 173-181.

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 今年も徳島ABA研究会のサマースクールが開催されます。

 初級コースは7/28 (木)-29 (金)、会場は徳島県立障害者交流プラザ(徳島市南矢三町2-1-59) 、中級コースは 8月/17 (水)-18(木)、会場は鳴門教育大学附属特別支援学校となります。

 法政での開催は延期となりましたので、四国は徳島への旅行がてら、ぜひご参加下さい。

 夏のお勧めはもちろん阿波踊りです。日程からすると阿波踊りの最終日8/15にからませ、8/16はたとえば大歩危小歩危あたりでラフティングを楽しみ、2日間、ばっちり研修する、なんてコースにすると、一生忘れられない夏休みになるかもです(笑)。

 日程などについて詳しくは徳島ABA研究会のwebサイトをご参照下さい。

Reparenting

エプシュタイン先生(Dr. Robert Epstein)といえばスキナー先生の直弟子さんで、ハトを被験体にして、自己認識、洞察、コミュニケーション、卓球などを題材に、いわゆる「認知」と言われているものを解き明かそうとしたコロンバン・シュミレーション(Columban Simulation)で知られていますが、最近は恋愛心理や親子関係などの研究も手がけ、メディアにもよく登場するポップな心理学者としての姿の方が有名かもしれません。

そんなエプシュタイン先生の親子関係に関する最近の研究では、子どもの幸せは、親のしつけに関するスキルよりも、親同士がどれだけ仲がいいかによって決まってくるという結果が示されたそうです。

なるほど。これは納得。

Scientific American: MIND (Nov-Dec, 2010)に掲載された記事の紹介と記事そのものはここで閲覧できます。また研究に使われた質問紙の項目(webアンケート)もここで閲覧できます。

上記の記事では親の行動マネジメントのスキルが子どもの発達によい影響を及ぼすとは言えないという結果についても正直に「告白」(?)されています。

webアンケートで親が自己評価したデータですから、親の持つ理想的な子育て観の平均値が反映されているものだとみなすこともできると思われますが、自分の子どもの頃のことや、自分の友人の家庭をみる限り、親同士の関係が子どもの発達に影響することには間違いはないでしょうね。

Susan Friedman先生から教えてもらったオモシロ動画その3(最終回)。

さすがにこれはないだろうってなどっきりカメラ風の介入(『どっきりカメラ』とは昭和の時代のいたずら番組。ロンドンハーツの元祖とも言えるかも)。

馬鹿っぽい企画だが、数百人の群衆から一斉に拍手されるなんて、フツーに生きているとそんなには味わえない。タレントやアイドルになりたいって人はおそらくこうした刺激が強力な好子になっているのだと思う。

自分もかつてたまたま大会場で講演し、発表がめちゃくちゃ受けたことがあるのだが(国際行動分析学会で日本のリサイクル活動について話をしたとき)、あのときの感覚は今でも忘れられません。会場がどかっと動くように笑ったり、波打つようにうなづいたり、スタンディングオベーションまでもらってしまって、まさに「高揚」した感覚を味わいました。

でもあんなのはあの一回こっきりだったなぁ〜(笑)。

TwitterとFacebookを始めて半年くらいになりますが、だんだんわかってきたこと、自分なりの使い方や感想など。

Twitter
・ちょっとした思いつきや考えたこと、後で引用したくなりそうな情報などをメモっておくのに便利。つまり私用メモ。
・それならEvernoteでもいいじゃんってことになるが、他の人の役に立つことがたまにでもわかると(リツイートされたり、直接メッセージをもらったり)、私用メモでも公開しておこうという気になる。公開しても損はないし、逆にメモを残すために情報を探したり、いつもより考えたりするようにもなるので、自分にもメリットがあるから。
・他の人のツイート(タイムライン)はよっぽど暇じゃないと読まない(失礼か!)。
・Twitterでの議論は難しい(文字数の制限や文脈が残りにくいという点で)。

Facebook
・ほっとくといろんな通知が送られてきてこうるさい。
・「いいね」ボタンは最小の行動コストで世の中に社会的好子を増やすという意味で大革命かもしれない。
・海外の友達の近況を知れるのは嬉しい。
・PCでみるより、iPadのFlipboardというアプリ(神、絶品)でみることが多い。
・「言語」というのがどれだけ社会的関係性において障壁になるのかよくわかる。逆に言えば、もしFacebookが正確で信頼できる自動翻訳システムを組み込んだら、と思うと、身震いするほどの革命の予感がする。言語共同体を地球規模で平坦にするというやまだかつてない試み。
・友達リクエストは知っている人、メッセージが書いてある人、共通の友達が数人以上いる人とかに限定して承認。得体の知れない人からのリクエストはさすがに怖いので無視。

Mixi
・ほぼ使わなくなってしまった。Mixiしか使ってない友達の日記を読むくらいか。

ブログ
・プライベートのブログへの書込み頻度は減少した。Facebookに完全に移行しちゃおうかなとも考えている。
・仕事のブログ(これ)は、Twitterよりもちっとしっかり考えたり、情報を整理したりして、論文や本にはならないけど、世の中には出しておきたい情報やお知らせを書くところとなってきた。自分の執筆の信頼性でいうと、低い順から、Twitter、ブログ、授業などで使う資料、本、論文という並びかなぁ。

以上。2011年6月20日時点での感想でした。



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今年の11月24-26日にスペインのグラダナで開催される国際行動分析学会にエントリーしました。発表申込の〆切は6/22。いつになく(?)、ぎりぎりになってからの仕事です。

しばらくABAIに参加していないので私が知らなかっただけかもしれませんが、今年から、発表申込みには抄録だけではなくデータ(図表)をPDFで登録するようになったんですね(実験の発表のみ)。

New in 2011: Proposals for data-based presentations and posters must include a graphic or tabular summary of obtained data. Data-based proposals submitted without a supporting graph or table will not be accepted. The proposals submitted need not be complete, but they must establish that the project is well underway. Attachments must be in a .pdf file format (PDF File Format) and limited to a single page.

理論的な話ではない限り、客観的なデータのない(逸話的なデータしかない、いやそれさえない)研究発表というのはそもそも行動分析学では考えられないことですが、日本行動分析学会のポスターにも最近ちらほらとそういう発表が散見されるし、おそらく国際学会でも同じような問題がでてきているのだと思われます。

学問が広がるということがいいことですが、学問の中核は守らないとね。

一昨年はノルウエーでの学会を急病・入院によりドタキャンし、ヨーロッパ初上陸が延期されてしまいました。今年こそは。

うまいもん喰うぞ〜

 今年の夏には法政大学ライフスキル教育研究所の企画として、小中学校の教員対象の応用行動分析サマースクールと、中小企業対象のパフォーマンスマネジメント講座を開催する予定でしたが、節電のために大学の教室が使えなくなる可能性があるということなので、残念ながら開催しないことに決定しました。すでに何人かの方々には「今年はやりますよ!」とお声をおかけしておりましたが、申し訳ありません。空調が必要のない時期(秋?)に開催するか、あるいはネットを使った研修会をゲリラ的にやってみるかどうかを引き続き検討しますが、今のところ白紙です。

 ところで夏の電力不足に対応するために、研究室でも節電を始めました。プリンターやPCなどにはスイッチ付きのコンセントをつけて使うときだけ電源を入れることにし、冷蔵庫はシャットダウン。たぶん大学の教員研究室のほとんどで非省エネ型の冷蔵庫が無駄に運転していると思われます。これだけでもかなり節電になるのではないかな。

 施設部から教員に「冷蔵庫を切って下さい」とは言いにくいだろうし、そういうお達しに反抗する教員もでるんだろうなぁ。

大学の施設部からの回答夏季休暇中の電力使用制限については、国の政策が流動的なため確定しているわけではありませんが、節電のために建物の使用制限を含めた対応を行う可能性は高いと思われます。本学はISO14001を取得し、教職員の知恵と工夫と努力で毎年数%の電力使用量削減を行っていますが、今回節電目標とされているのは2010年の使用量から15~25%削減です。これは努力の範疇を超えた数値であり、ダイナミックな対応が求められることになると思われます。以上の状況から、お問い合わせの件(夏休み中の研修会の開催)は見送っていただく方向でご回答したほうがよいと思います。

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 行動分析学の授業では毎度おなじみの課題分析の演習(ペットボトルからコップに水を注いで飲む課題)。徳島のサマスクでも使ってます。

 頭で考えて書きだすだけでは不十分なステップを,ユーザーテストをしながら行動観察によって発見し,追加し,さらにテストを繰り返して改善していくことを練習する演習。

 この演習(に限らず,ホワイトボードを使って演習をしていると),必ず,ちょっとしたイラストを描くチームが現われて,これがけっこう自分にとっては楽しみになっている。しかも,みんなけっこう上手なんだよね。俺には無理(イラスト描くスキルまったくの未習得なり)。

 学習目標とは関係のない,いってみれば逸脱行動なんだけど,授業を楽しむ行動としてこれは歓迎です。

名言〔第25位〕:「成果をあげるのは才能ではない」

解釈:成果をあげる人(performers)とそうでない人(non-performer)の違いは“才能(talent)”という仮説的構成体によるものではなく、習慣や行動やルールによるものであるというのは、まさに行動分析学の考え方そのものである。「才能」や「能力」といった概念に成功や失敗の原因を求める限り、循環論を抜け出せず、改善の手がかりは得られない。成果をあげている人が何をしているのか(何をしていないのか)、成果をあげていない人が何をしているのか(何をしていないのか)、まずは観察し、行動レベルでの違いをつきとめることが重要である。

もう一つ。ドラッカー先生はこういう見方がなかなかできない理由を「組織」というものが私たち人間にとっては比較的新しい“発明”であるためとしている。組織の中で成果をあげるための思考方法も進化(集団、世代としての学習)していくものだという考え方は前向きで面白いと思う。

本シリーズの過去記事一覧:

第26位:「組織の存在意義

第27位:「組織は戦略に従う

第28位:「利益とは目的ではなく条件

第29位:「理論は現実に従う

第30位:「総体は部分の集合とは異なる

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興奮して目が覚めた。5:23AM。

これだ。これはあたる!

AKB48「会いに行けるアイドル」に続くのは、「会いにくるアイドル」に決まりだ。学校や企業のイベント、近所の催し物、子どもの誕生日やホームパーティーに来て、歌を1−2曲唄ってくれる。交通費別で1万円ぽっきり。ネットで予約できるのだ。つんく(モー娘。)、秋元(AKB)に対抗するためには、やはり小室か。でも目の前で歌っているアイドルを皆で見て、拍手して、盛り上がるという家族や地域の交流促進というコンセプトからすると、もっと朗らかな曲と素直な歌詞が方がいい。そう、阿久悠・都倉俊一のゴールデンコンビの復活だ。

さすがに阿久悠・都倉のところでこれは夢だとわかって目が覚めたわけだけど、すぐに枕の横においてある付箋にメモして二度寝した(こういうことがたまにあるので常備品)。

さて、メモを片手にぐぐってみると.....

絶句。

なんと、既出じゃねえか。それも幼稚園のお遊戯会や子どもの誕生会にゲストで来てもらったら、子どもはビックリ、ママたちからは大ひんしゅく間違いなしのサービス。

「デリドル」とはねぇ。世の中、腐っとる。

一攫千金の正夢崩れは忘れて、今日も仕事開始〜

Susan Friedman先生から教えてもらったオモシロ動画その2。

日本にも(うちの近所のサミットにも)ペットボトルを返却してVRスケジュールで「当たり」(サミットのポイント)がでる自販機のような機械はあるけど、このマシンには空き缶を入れるスロットが6つあって、投入者に“選択の機会”を提示しているところに特徴がある。

おそらくはスロットの位置と当たりには何の関係もないのだろうが、それでも投入者は「迷って」「考えて」「選んで」いるように見える。そしてそれを「楽しんで」いるようにも見える。

人が何らかの意思決定をするときに、うまくいく確率を過大評価してしまう傾向を制御幻想と言う。選択肢があることで過大評価してしまうのは日常的にもよく見られる現象だ(たとえば、宝くじの当選確率はどこで買っても同じなのに自分で場所を選んで購入したり、その方が当たる確率が高いと思い込んだり)。

上の選択式の空き缶回収マシンで投入者が当たりの確率を過大評価しているかどうかはわからないが、当たりかはずれかをサミットのマシンよりも楽しんでいることに間違いはないだろう。もちろん、新奇性という要因もあるのだろうけど。

行動分析学では選択肢の数あるいは選択肢があるかどうかが好子として機能するかどうかが実験的に検討されてきた。並立連鎖スケジュールを使った研究の多くでは、一般的に、選択の機会がある選択肢が選ばれる傾向にあることが示されてきた。しかし、その一方で、リスク回避、曖昧性の回避などの要因で、選択の機会を制限するような選択をする傾向も確認されている。

しかし、これらの研究はどれも選択行動とそれを直接強化している変数を検討したものであり、選択の機会が生みだす(のかもしれない)副次的な「楽しさ」についてはあまり研究がなされていない。強化を最大化する選択と「楽しい」選択が必ずしも一致しないこともあるわけで(もちろん「楽しさ」を強化に含めると、こうした議論は論理的に成立しないのだけれども、「楽しさ」は副次的な反応で、強化力はないと仮定した場合)、人生や社会を楽しくする(社会的妥当性を高める)介入を探すという意味ではもっと検討されてもいいのではないかと思う。

参考文献

  • Catania, A. C., & Sagvolden, T. (1980). Preference for free choice over forced choice in pigeons. Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 34, 77-86.
  • Hayes, S. C., Kapust, J., Leonard, S. R., & Rosenfarb, I. (1981). Escape from freedom: Choosing not to choose in pigeons. Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 36, 1-7.
  • Ono, K. (2004). Effects of experience on preference between forced and free choice. Journal of Experimental Analysis of Behavior, 81, 27-37.
  • Hayes, S. C., Kapust, J., Leonard, S. R., & Rosenfarb, I. (1981). Escape from freedom: Choosing not to choose in pigeons. Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 36, 1-7.
  • 増田真也・坂上貴之・広田すみれ (2002).  制御幻想とは何か? : 実験操作と測定方法の検討  心理学評論, 45(2), 125-140.
  • 増田真也・坂上貴之・広田すみれ (2002).  選択の機会が曖昧性忌避に与える影響 : 異なる種類の曖昧性での検討  心理學研究, 73(1), 34-41.

ユタ州立大学のSusan Friedman先生から教えてもらったオモシロ動画を紹介します。

これはストックホルムの地下鉄(?)でエスカレータではなく階段を登る行動を「音楽」で強化しようとしたプロジェクトのビデオ。Volkswagenのキャンペーンのようです。

こっちの方が電力もお金もかかるだろうとか,普通の階段を登る行動が増えるわけではないだととか,いろいろなツッコミはもちろん可能ですが,とにかくワロタ。

世の中を楽しくする,こういう発想,大事だと思います。

ちなみにFriedman先生のwebサイトからはインコやオウムのしつけに関する記事の日本語訳も入手可能です(「インコ・オウムがあたなに知ってほしいと願う,行動に関する10の知識」など)。興味のある方はぜひどうぞ。

定義
 “今より先の時点で、あるアクションを起こしたり‘プラン’を実行することを覚えている記憶”(『心理学辞典』(有斐閣), p. 619)。

行動分析学からの解釈
 「駅までの道のりの途中にある郵便ポストで葉書を投函しよう」というようなルール(「A:後でポストを横切るときに、B: 葉書を投函すれば、C: あさってには相手に到着する」と等価な省略形)には、今はここにないが将来提示される郵便ポストに投函行動の弁別刺激としての機能(行動喚起)を付加する機能がある。これはルールの機能変容作用(function-altering effects)の一つと考えられる(Schlinger, & Blakely, 1987など)。行動が遂行されるためには、弁別刺激が提示されなくてはならない。たとえば、駅まで歩いているときに考え事をしたり、他の刺激を注視(カラスがゴミを喰い散らかしているのを見たり)していると(つまり、郵便ポストを見る行動と両立しない/しにくい行動が自発され強化されていると)、行動が自発されない(「〜し忘れる」)。将来の行動の遂行率を上げるためには、様々な方法で(例:玄関を出るときに葉書を鞄に入れずに手に持ったままにして、「ポスト、ポスト」と言い続けるなど) 弁別刺激が確実に提示されるように工夫する必要がある(旅行の予定を手帳に書き込んだりするのは。こうしたスキルの一つである)。なお、歯磨きなど日常的にルーチン化した行動は行動連鎖化によって引き起こされているので、そこに関与している制御変数を検討すると、上述のような未来の行動計画とその遂行とは別のものとして捉えるべきであろう。なお、ルールがもつこのような作用については理論的な分析が多く、実験的な検証はまだまだこれからである。

Schlinger, H., and Blakely, E. (1987). Function-altering effects of contingency-specifying stimuli. Behavior Analyst, 10(1), 41–45.

本シリーズの過去記事一覧:

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