2011年4月アーカイブ

Ff4rightclick

Firefox を 4.0 に更新した。高速だし、画面レイアウトがシンプルだし、HTML5 導入の恩恵を実感するのはまだまだこれからだとしても、全般的には秀逸。

ところが.... リンクを右クリックで開くとき、タブで開くか新しいウィンドウで開くか、その選択肢の上下位置が逆転してしまっている。最初はそれがわからずに、いつものように操作すると新しいウィンドウが開いてしまうことにめちゃくちゃ違和感を感じていた。バグかとまで思った。が、よく見るとメニュー内の位置が逆転していた。

一日に何回もやるこういう動作は刺激反応連鎖が随伴性形成されている。つまり、手順を意識することなく、サブメニューを見ることもなく、マウスと指の感覚の刺激性制御下に入っている行動だ。

海外旅行に行って左ハンドルの車を運転したとき、頭ではわかっていてもワイパーとウィンカーの位置関係を何回も間違えてしまうのと同じで、至極不便である。

インターフェイスのインストラクショナルデザインからすると、こういう変更は《禁じ手》である。ちなみにMicrosoftはこういう禁じ手をバージョンアップのたびに常に犯すので困ったものなのだが(世界中で生産性を落とすという悪行をしていると私は思う)、mozilla先生までこんなことしちゃだめっす。

しばらくは消去と弱化の随伴性に耐えながら、新しい刺激性制御が成立するのを待ちますが、こういう随伴性の変化が他ブラウザーへの乗換行動を促進する可能性があることをお忘れなく。

Meter_setsuden

地球温暖化防止(CO2削減)というスローガンではなかなか進まなかった個人や家庭での節電だが、今回の福島原発での事故による大規模停電の怖れから、待機電力を減らしたり、照明を暗くしたり、冷蔵庫や空調の設定温度を変えたり、電球をLEDに買い替えたりと、"日本人らしい賢さ"を発揮している(随伴性の違いによるこのあたりの行動の差異はとても興味深いものだがその分析はまたの機会に)。

省エネ行動を引き出し、継続させるためには、測定とフィードバックが有効であることがコミュニティ行動分析学の研究からわかっている。これは以前にもこのブログで紹介した

実は原発の事故後から東電、そしてYahoo! Japan が東電の電力使用量をwebで公開していた。これだけ大規模なパフォーマンスフィードバックの例は世界初ではないかと、ひそかに興奮していたのだが、今回、それがさらに進化した。

これまで公開されていたのは、おおよそ1時間〜1時間半くらい前の実測値。だから、これから夏にかけて消費電力が上がって行くと、webでの数値は95%で、まだいくばくかの余裕がありそうに見えても、がん!と広域大停電が発生してしまうという悲惨な事態になりかねない。

そこでYahoo!は独自に計算したロジックにより、むこう24時間の電力消費の予報を公開し始めた。誤差2%程度というから、かなり信頼できる。天気や湿度、不快指数などの気象条件と電力消費の間の相関を使っているらしい(日経新聞, 2011/4/28, 朝刊)。

Setsuden

詳しくはこのページで。

ただ、こういうリアルタイム性が必要になるパフォーマンスフィードバックにはほんとうはwebは適さない。

放送各局には消費電力が許容範囲のたとえば85%を超えた時点でテレビ放送の右上とかに常に消費電力を表示したり、97%を超えたら「緊急地震速報」のように携帯に通知をして身の回りの電気機器をOFFにするように促すなどの手続きをぜひとも検討して欲しい。

見本合わせ訓練の実験において事前事後テストは各刺激間で何試行ずつ行うべきだろうか?

例:「りんご」の文字カードを提示されたら《りんご》と《みかん》の絵カードから《りんご》の絵カードを選ぶ課題。

訓練前(ベースライン)の真の正答率をチャンスレベルである0.5と仮定する。事前テストを1試行しかやらないと、偶然正解しちゃう確率は0.5。半分くらいはたまたま正答しちゃうからこれじゃだめだよね、というのはなんとなくわかる人でも、では何試行テストすれば真の正答率を推定できるか(もしくはできていない課題を間違ってできていると判断したり、できている課題を間違ってできていないと判断してしまうことを避けられる)と聞かれると、はたと困ったりして。

実は同様の質問を某大学院生から受けたので、珍しく統計的思考に没頭。とはいえ自分も統計の専門家ではないので、数学的な解説ではなく、何をどう使えば実験計画立案上のこうした問題解決の手がかりが得られるかと考えた。

正解か不正解かみたいな2つに一つの事象の生起確率は二項分布という確率分布を使って推定できる(これは教科書的な基礎知識)。便利なことにExcelにも二項分布を計算する関数がある(これはネットで検索すればみつかる)。binomdist(x, n, p, 関数形式)がそれ。引数はそれぞれ以下の通り。

x: 事象の生起数。この場合、正答数と考える。
n: 標本(サンプル)数。この場合、試行数と考える。
p: 推定される確率。この場合、チャンスレベルである0.5を使う。
関数形式:累積分布ならTrue、確率密度ならFalse。今回はテスト試行数のうちの正答数ごとの確率を推定するのでFalse。

日本語にすると「ほんとうは半々でしか正解しない(つまり偶然でしか成功しない)とき、n 回のテストのうち x回成功することがどのくらいの確率で生じるのかを計算する」となる(この日本語化作業のハードルがもしかすると高いのかも)。

テスト試行数を1-10までとり、それぞれそのうち正答が0から全正解までの確率をこうして求めると次のような表になる(これにはExcelを使った計算スキルが必要か)。

Photo

4試行中3回正答する確率は.25(4回に1回)。4回とも正答してしまう確率も.06あるから、慣習的な有意水準5%を採用するなら4試行では不足することになる(判定できないから)。5試行または6試行やっても厳密には両側の各1パターン(0/5と5/5、0/6と6/6)しかなく、これは事後テストで訓練効果を検討するときに改善をみる幅が小さくなる。

この表からすると7試行以上、できれば10試行はやっておきたいところ、ということになる。

もちろん、テスト・訓練する刺激関係の数によってはこれだけの試行数をテストするのが現実的には困難なこともある。

その場合、一度にテスト・訓練する関係性の数を減らすとか、刺激ごとではなく刺激クラス間の正答数として(刺激クラス内で正誤に大きな違いがみられなければ)プールしてしまうなどの工夫(というより回避手段?)を講じることになろう(このあたりは実験計画立案スキル。先行研究をそういう視線で読み直すといいかも)。

統計の専門家の皆さま(とーちゃん先生とか見てねぇよなぁ)、「違うよそれ」とか「こんなふうに考えたら」のようなご意見がございましたら、個人的にメール下さい。

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 スーちゃん(田中好子さん)が亡くなりました。キャンディーズの大ファンだった自分としては、仕事そっちのけでワイドショーに夢中--というわけにもいかないので、今週入稿の行動分析学研究26巻1号の「編集者より」を書きながら、ミキちゃん、ランちゃんの弔事を聞いていました。折しも次号は佐藤方哉先生の追悼特集。なんだか悲しみが二重三重で押し寄せてきて、おもひでぽろぽろ状態です。

 原稿を書き終えて、仕事も一段落したので、何の気なしにネットを検索していると、キャンディーズがパーソナリティをやっていた『GO! GO! キャンディーズ』のプログラムが見つかりました。すごい!どうやら録音されていたテープからあらすじを書き起こされたみたいです。

 『GO! キャン』は確か日曜の昼にやっていたラジオ番組で、自分はこの番組を録音するために貯金をためて"ラジカセ"を買いました。

 そして、懐かしいなぁと思いながらYouTubeを検索したら、なんと最後から3回めの放送がアップされていました。

 「ミックスしてマックスして」とか「バックアップのコーナー」に「がばてのコーナー」、「のうしたのスー」「出川のあひる」とか。あの頃、テープがすり切れるくらい繰り返して聞いたフレーズが再生。

 スーちゃんは"ドラム缶女優"って言われてたんだよね。自虐女芸人の走りだったのだ。ちなみにミキちゃんは"エグレ"。YouTubeを続けて検索したら「エグレ泥棒」「エグレと言わないで」「はげ一番」の替え歌三連発を発見。

 笑えた。

 ありがとう、スーちゃん。ありがとうキャンディーズ。

 ちなみに、「おもひでぽろぽろ」はジブリのアニメ、。「想い出ぼろぼろ」は内藤やす子さんの楽曲です。

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ダイエットあるいはメタボ対策のために駅のエレベーターやエスカレータは使わずに階段を昇るというのはよくある標的行動だが、継続するのはなかなか難しい。

原発事故による電力不足で鉄道各社では構内の照明を落としたり、エスカレータを止めるなどの節電に取り組んでいるが、あ、こういう手があったのかというほど、みんな歩いている(あたり前だけど)。公衆衛生や予防医学などを研究されている方には、ぜひとも今回の大規模節電のメタボ予防への影響を測定していただきたいと思う。

そもそも駅のエスカレータって、ポッキーの小袋よりもさらに過剰なサービスじゃないだろうか。

照明にしても、海外の地下鉄の駅なんて元々もっと暗いものだ。今回照明を落としてみて、ようやく今までが不必要に明るすぎたのでは?という疑問が一般化するといいなと思う。実際、鉄道各社に寄せられている意見のなんと約8割が「もっと節電を強化すべきだ」という声らしい(日経新聞, 2011/4/24, 朝刊)。自分もそう思う。

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一方で日経の同じ記事には視覚障害を持った人たちへの配慮も不可欠であることが論じられている。その通りである。鉄道各社には、節電対策を考えて実行するチームに障害をもった人たちに入ってもらって意見を取り入れながら進めて行くという手順を、この機会に組み立てて欲しい。

節電で止めているエスカレータを階段代わりに使わせない理由も教えて欲しい。

急に動くと危険だから?

めまいを誘発するから? 止まっているスカレータを歩いて登ると、たぶん条件づけられた視覚と実際の視覚の不一致が妙な感覚を引き起こして、ちょっとクラクラするはず。そのせいなのかな?


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 上の図は「文化の違いと人々のふるまい 行動経済学で解明進む」(大垣昌夫, 日本経済新聞, 2011/3/9, 朝刊)に掲載されていたもの。あまりに興味深いので無許可転載。

 興味深いのは、確かに直感的にも納得できる、日本と米国の"国民性"みたいなものが見事に数字に表れていること(もちろん、"国民性"のような大きなテーマは、標本抽出など、よほど研究計画がしっかりしていないと妥当性のある結論は導けないもので、本論文を読まないと判断できないのだけれども)。

 もう一つ興味深いのは「確信度」の正体。行動分析学からすると「確信度」なるものを評定する行動(タクト)の随伴性である。

 この研究では「確信度」を以下のように算出している。

11個の世界観に関する質問を用いた。例えば、「死後の世界がある」「神様、仏様がいる」「人間は他の生物から進化した」というような信条に「完全に賛成」なら1、「どちらかといえば賛成」なら2、「どちらともいえない」なら3、「どちらかといえば反対」なら4、「完全に反対」なら5を選んでもらう、というものである。ここでそれぞれの質問で1か5の回答なら1点、それ以外の回答は0点として「確信度」と呼ぶ変数を作った。

 「日本人で一番多いのは、11点満点中「0点」の人々である」というから、上述の「それ以外の回答」が何なのか気になるところだが(記事には明記されていない)、日本人は米国人に比べて「どちらともいえない」「どちらかといえば賛成」を選ぶ人が多いということになる。

 上の図からわかるように、米国人のデータは5と6にゆるい山があるものの、ほぼ平坦で、なんでもかんでも「完全に」と、いつでも自信たっぷりなわけではない(個人のデータをみればそういう人もいるだろうけど)。

 ということは、このデータからわかることは、日本人がことさらに「完全に」の選択肢を回避しているということである。

 "確信"していないのかもしれないし、"確信"していることをタクトした後にそれが間違っていたときに起こりうる環境変化(「間違っていたじゃないか」と批判されることなど)を回避しているオートクリティックなのかもしれないし、その両方の成分がどれだけ作用しているのか回答者本人にもわからないような状態で多重制御されているのかもしれない。

 「〜である」の替わりに「〜と思う」と言ったり、書いたりする日本人は多い。英語でいちいち"I think ...."と言っていたら、まず、行動コストが余分にかかるのと(言語--Language--の持つ特性)、場合によっては "You think!?" (「いったい、ほんとうのところどうなんだ!?」)と問いつめられるかもしれない(事実と解釈を区別する言語共同体の持つ特性)。これは今回の原発関連の政府による一連の発表を英語圏の記者がいらいらしながら聞いていることからもわかる。

 最近の日本語だと「〜と思う」だけではすまなくて、「私の中では〜と思う」というように、まるで「〜と思っているのはあくまで私の中での話なんだから、それ以上、入ってこないで!」と、あたかもAT フィールドをはりめぐらしたオートクリティックが自発されることも多い。

 そうかと言えば、ネットでの匿名発言(2ちゃんねるにしろTwitterにしろ)でも、友達同士の会話でも、「絶対に」とか「間違いない」とか「〜に決まっている」というような断言のオートクリティックもよくみかける(授業やゼミではあまりない)。それが故に、私は、上のデータが"日本人の確信度の低さ"だけを純粋に表しているわけではなく、断言することが弱化される随伴性による(or その類似の随伴性の履歴効果による)回避の機能をもったオートクリティックであると考えるわけである。

Before

 3.11により被害を受けた研究室。あのときここにいなくてよかったとつくづく実感。

 余震も続くし、事実を元にした改善実践(Evidence-Based Practice)をここでも活かそうと、次に同じような地震があってもこのような惨状を繰り返さないような工夫をした。

 まず棚の上段に置いてあった箱はすべて棚の中段以下に移動。そのものが動いてたロッカーには論文や資料などの重いものを入れ、かつ、突っ張り棒で固定。

 倒れたディスプレイやPCには振動吸収のゲルパッドをひき、HDDなどはそうしても大丈夫なものは最初から倒しておき(横置き)、そうでないものは両側から挟んで固定。滑り落ちた書類箱などの下には滑り止めシートを敷いた。本棚には頭よりも高い位置には物を置かないことに決め、このため古い資料、もう読まない雑誌、図書は処分。

 問題は図書や雑誌の収納。福田先生によると、本棚に下着のゴムをはるだけでもずいぶん違うとのこと。でも、さすがに下着のゴムはかっこ悪いし、強度も不安なので、ホームセンターを巡って安い素材を探索。

 その結果、網戸の枠にするゴムローム(5.5mm)が強度、伸びともに合格(20mで350円くらい)。これを本棚の幅で切り、両端に金具のフック(10円/個)を、ビニールホース(9mm径、4mで500円くらい)を使って取り付けて、本棚の棚板を固定する穴にひっかけられる部品を作成。

Rubberband

 取付けるとこんな感じになります。

Rubberbandinuse

 果たして効果のほどは? こればかりは次に大きな地震が来るまではなんとも言えないところだけど、棚にしまった収納箱はロープでしっかり締め付けられ、まず落ちてこなくてすみそうだ。背の低い本は倒れてひもの下からずれ落ちそうなので、あとはブックエンドを使ってできるだけ本を詰めて置くことが肝心になりそう。そう考えると伸縮式のブックエンドなんかがあるといいなぁ。これは夏休みの工作の宿題にしよう。

 というわけで、研究室、復旧作業、完了です。

 

After

 

Hoseibookoff

法政心理・新入生の皆さまへ

心理学実験室(BT1100)の窓際(奥)にて「法政心理ブックオフ」を開催します。

研究室が3.11の地震でめちゃくちゃになった後、耐震も兼ねて読み終わった本を処分することにしました(とにかく本棚に置く本の数を減らす作戦)。

捨ててしまうにはもったいない本もあるので、入学祝いの代わりなればと思っての企画です。

ほとんどが一般書ですが、心理学の専門書も数冊あります。

4月中は新入生優先としますので、ご自由にお持ち帰りください。

中には古本でも1万円近くする掘り出し物もありますよん (^^)。 わかるひとにはわかるかも。

5月6日以降は心理学科・心理学専攻の在校生全員に開放します。

5月末日まで開催予定。

お気軽に立ち寄り、お気軽に持ち帰り下さい。

授業開始までまだしばらく時間があります。この時間にぜひ読書を!

Hoseibookoff2

 このたびの大震災で被災された方々の心のケアを支援するために、日本臨床心理士会、日本心理臨床学会がさっそく「東日本大震災心理支援センター」を立ち上げたという。迅速な対応、素晴らしい。

 ただ、被災地に入るボランティアが増えると、心のケアどころか被災者にとって迷惑せんばんになる人もでてきてしまうようだ。

 私はこの領域の専門家ではないが、テレビなどのメディアで連日のように「ストレス」「こころ」「ボランティア」などが強調されているのをみると心配になる。“地震酔い”なんていうのも、それそのものは極めて正常な(健康)な反応なのに、極度のストレスが原因とか、リラクセーションが必要とか、あげくのはてに耳つぼに効果ありなんてでたらめチックな報道がまかり通っているのに立腹気味。

 そんなことを話していたら武藤崇先生(同志社大学)がとてもいい資料を紹介してくれた。兵庫県こころのケアセンターがwebページで無料公開している『サイコロジカル・ファーストエイド』である。

 これはアメリカの国立PTSDセンターと国立子どもトラウマティックストレス・ネットワーク(NCTSN)によって作成された手びき(Psychological First Aid: Field Operations Guide 2nd Edition)の翻訳版で、災害支援の現場での活動やコーディネートに携わっている人々のための具体的なノウハウが凝縮された資料である。

 たとえば、「避けるべき態度」として「被災者が体験したことや、いま体験していることを、思いこみで決めつけないでください」とか「災害にあった人すべてがトラウマを受けるとは考えないでください」、「病理化しないでください。災害に遭った人々が経験したことを考慮すれば、ほとんどの急性反応は了解可能で、予想範囲内のものです」、「反応を「症状」と呼ばないでください」、「また、「診断」「病気」「病理」「障害」などの観点から話をしないでください」などなどというように、心配していたことが見事にカバーされている。子どもの支援についても「子どもに十分な情緒的支えを提供できるよう、親の機能を補強し、支えてください」とある。これもまったくそうだろうと考えていたところ。

 兵庫県こころのケアセンターは、阪神・淡路大震災の後に、被災者や被害者の「こころのケア」に取り組む組織として設立された、全国初の拠点施設らしいが、失礼ながらこれまでその存在を知らなかった。こんないい資料をだしているとは素晴らしいじゃないですか。興味のある方は、ぜひ一度、お読み下さい。なにしろ無料ですから。

 それから臨床心理以外の心理専門家としては、もちろん「心のケア」は大切だとしても、もっと大事なのはまず衣食住の環境を整えることだと思う。体育館の雑魚寝状態で食事も睡眠も入浴も不備な状態なら、いくら心のケアしても焼け石に水のはず。とにかくまずはそこを改善すべきなのだと心理の専門家からも声を大きくすべきと考える。

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