2010年7月アーカイブ

2010

 学部の授業『行動分析学』のセルフマネジメントプロジェクトでは今年も受講生たちがそれぞれの目標に向かって標的行動を決め、記録をとり、ABC分析をして原因推定し、解決策を考えて実行し、データを元にさらに分析を進めた。

 最終レポートを読んでいると、ほぼ全員がABC分析をうまく使って、よく考え、少なくとも「なぜ、○○したいのにできないのか」という原因が理解できるようになったことが伝わってくる。そして大部分の受講生が目標を達成。毎年のことながら、なかなかの感動もの。

 自分は何年か前に購入して放置したままになっていたウクレレの練習に取り組んだ。今回はウクレレの配置やチューニング装置の導入という解決策で練習時間を増大することに成功(マイレポートはこちら)。

 授業が終わってからも同じ介入を続けている。上は最新版のパフォーマンスグラフ。学期末のドタバタが終わったので、また練習再開できそうだ。

 ここのところオンラインレッスンでは単音でメロディーを弾く練習曲が続いている。そこで気がついたのが、昔、アコースティックギターを弾いていたことの名残、というか妨害効果、そして懐かしい記憶を蘇らせるプルースト効果だ。

 たとえば、C。アコギでは5弦の3フレットを抑える。ウクレレでは3弦の開放。不思議なことに、アコギだってもう何十年もふれていないのに、楽譜でCを見ると、ついつい3弦の3フレットめを抑えてしまうのだ。ギターは6弦、ウクレレは4弦なので、手前から2弦めの3フレットめを抑えるというとても強力な刺激性制御が残っていることになる。

 あまりに強力でなかなか消去されない(すでに練習曲も4曲めなのに)。というか、ウクレレの音階の習得を妨害。

 単音練習に入るまではずっとコードの練習だった。そのときにはこんな混乱はなかった(アコギの抑え方でCコードを弾こうとすることはなかった)。

 コードを弾くときの左手の感触(ネックの握り具合)がずいぶん違うからかなぁ。

 それから、単音メロディーを弾いていると、高校でクラッシックギター部に所属していたときのことを鮮明に思い出す(好きな子がギター部だったので、入部して、付き合い始めてすぐに退部しちゃったくせに)。

 アイネ・クライネ・ナハトムジークとか。

 そーいや、男女ペアになって発表会とか出たっけな。黒髪がきれいで、べっ甲眼鏡の○谷さん。お元気でしょうか。

 ギター的な楽器(クラシックギター・ウクレレ)で楽譜を見ながら単音メロディーを弾く練習をする状況に含まれる、かなり特殊な刺激の組み合わせが生みだす、ちょっとロマンチックな記憶の現象。

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