2010年2月アーカイブ

どこに出張かというと、徳島です。

3/6(土)はダブルヘッダー。

通常学級の気になる児童をクラブ活動で支援する! 実践研究報告会
日 時:2010年3月6日(土)9:15〜11:30
場 所:阿南市立富岡小学校
参加費:無 料
問い合わ先:徳島県立阿南養護学校特別支援教育課 田中敦子
TEL 0884-22-2010

小学校のクラブ活動の時間を活用した実践の報告です。2年目の今年度は他の小学校でも同じ取り組みができるための準備をするということを目的に進めました。ですので、研究発表会とはいっても、参加することで来年度から自分たちでも「チャレンジクラブ」が始められるような内容になっています。


徳島ABA研究:春の特別講座 『学校でここまでできる!』
日 時:2010年3月6日(土)13:30〜17:00
場 所:徳島県立阿南養護学校体育館(阿南市上大野町大山田52)
参加費:無 料
講 演:13:30~15:00
「障害のある子どもの生きる力と保護者への生涯にわたる支援を目指す個別の包括支援プラン」 ~京都市総合支援学校のカリキュラム作りから見えるもの~
講 師:朝野 浩先生(立命館大学)
研究発表会(ポスター発表) 15:00~17:00

詳しくはこちらから。

今年度で5回目の春の特別講座です。京都で特別支援学校の「総合化」に取り組まれた朝野先生のお話も楽しみです。地域の学校が今年度に取り組んだ30件以上の事例研究がポスター発表されます。先生方と直接情報交換できる機会ですので、興味がある方はぜひご参加下さい。


3/7(月)は「ひわさ地域支援プロジェクト・うぇるかめ」チームとの打ち合せです。

中日の日曜には徳島の友達と久しぶりに遊べればいいなと思っているのですが...  それまでにやっておかないとならない仕事が山積み。

がんばるべ。

030708

とても面白そうなシンポジウムの案内をもらいました。残念ながら私は出張のため参加できませんが、興味ある人はぜひ、どうぞ。

このたび、慶應義塾大学のグローバルCOE主催で、国際シンポジウムを、2010年3月7日(日)、8日(月)に開催することになりました。

大枠のテーマは、「論理と感性の進化・発達・教育」ですが、3月7日(日)の午後からは、自閉症の脳機能と支援に関するセッションを設けました。
場所は、下記の地図の(1)のビルです。
http://www.keio.ac.jp/ja/access/mita.html

海外からは、University of Birmingham の Joseph McCleery博士を招聘しました。彼は、University of California San Diegoで学位を取った後(行動的な自閉症支援法であるPRTの開発者であるLaura Schreibman先生の学生でした)、Harvard Medical Schoolで研究を重ね、最近イギリスに移った若手の優れた研究者です。専門領域は、発達神経科学ですが、定型発達、自閉性障害の社会的認知と支援についてたくさんの業績があります。
下記がWEB siteです。
http://sites.google.com/site/mccleerygroup/

日本からは、脳科学の第1人者で、海外のトップジャーナルに数多くの論文をご発表の順天堂大学の北澤茂先生が、自閉症と脳科学の研究成果について、先端的なお話をしてくださいます。北澤先生は、応用行動分析学について、たいへん造詣の深い先生でいらっしゃいます。

慶應義塾大学からは、近赤外分光法(NIRS)による脳機能計測で国際的にご活躍の皆川泰代先生が、定型発達乳幼児、自閉性障害のNIRSによる社会機能の発達と脳の可塑性に関するご研究を発表してくださいます。

また、若手では筑波大学(慶應義塾大学研究員)の高橋甲介先生が、自閉症の論理的学習への支援研究の成果をご発表くださいます。

発表は英語ですが、議論につきましては、是村由佳先生(慶應義塾大学)にサポートしていただきますので、自閉症、脳機能、応用行動分析学の成果、発達と教育などについて、様々な質疑応答できる機会かと思います。

先生方には、たいへんお忙しいことと存じますが、学生さん、ご関心のある方にもぜひご周知いただき、ご参加くださいますよう、お願い申しあげます。
ご関心がおありの方に、ポスターも含めてフォワード、掲示などしていただければ幸いに存じます。

山本淳一(慶應義塾大学)

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とくしま特別支援総合サポート事業として展開している『ひわさ地域支援プロジェクト・うぇるかめ』。

徳島県阿南養護学校ひさわ分校の先生方が、特別支援学校のセンター化にともない、地域に密着した発達支援ネットワークを構築中です。

Google Mapを活用して、地域の支援機関をまとめて紹介するなんて試みも始めました。

保護者や保健士、保育士や幼稚園の教諭、小中学校の教員やコーディネーター、病院や福祉施設の医師や職員、役所の担当者など、地域における特別支援の関係者に声をかけて、協力体制を整える第一歩です。

私の役割はコンサルテーションですが、同じように地域支援ネットワークを構築したい人たちのために、その手順を文章化しておくことも重要ではないかと考えています。

ひさわ分校のWeb版海部郡特別支援ハンドブックはこちらから

また随時報告します。

iPad登場!

Ipad


とうとう出ますね。iPad。

さすがApple。うちはネットブックのような使えないガジェットは出しません宣言してたけど、はったり通りの一品になりそうです。

名前については、まさか「iTablet」というネーミングはないだろう、音節が多すぎるから。と思ってたけど、まさかそのまま「iPad」とは。ちなみに俺の予想は「iNote」もしくは「iBook」でした。

案の定、富士通が「iPAD」を商標登録していたそうで、協議・和解の手順を踏むのか?と報道されてます。

だけど、かっこ悪いよね。自分のところではつくれなかったiPadを、名前だけ前に登録してたからって理由で権利主張するのも。

iPhoneではセキュリティ上、FlashやActiveXが使えないようになっているけど、おそらくiPadもその線を踏襲すると思われます。これはちょっと残念。究極のwebブラウザーを標榜するのであれば、ぜひ対応して欲しいところ。

それに3G回線は既存のiPhoneのものを使えるような工夫が欲しい。そうしないとiPhoneと2台ぶん契約しなくちゃならなくなり、それはあまり現実的ではない。

早くでないかな。これは間違いなく即買いです。

渡辺先生越智先生のマスクネタに続いて、自分もマスクのことを書いておこう。

マスクは自分にとっては常備品。でも、それはインフルエンザ対策ではなくて、嗅覚刺激を文字どおりマスキングする手段となっている。

どうやら自分には嗅覚の感覚過敏傾向があるらしく、他の人には匂わない臭いも気になったり、場合によっては鼻水などのアレルギー反応さえ生じる。

デパートの1階は鬼門で、息を止めて一気に走り抜けたくなるくらい。

というわけで、マスクは電車の中などで、どうしようもなくキツい香水とか加齢臭に出くわしたときの自衛策になっている。

マスクだけだとマスキング効果が小さいので、マスクにメンソールスティックのアロマを滴らして使う。

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これでバッチリ。香水も、加齢臭も、まったく匂わなくなる。

ちなみに、嗅覚過敏は精神的疾患との関連性も指摘されていて、若干、不安。

マスキング効果:ある刺激の効果を他の刺激で覆い隠すこと。

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遅延証明書が好きになれない(好きな人はいないかもしれんが)。

なぜなら遅延証明書にまつわる随伴性が超紋切り型の言い訳を強化する随伴性だからだ。

遅延証明書が必要な状況っていうのは、遅延証明書があれば怒られなかったり、ペナルティを避けられるような状況だと思う。

そもそも遅延証明書を発行している主旨は、自分ではどうしようもない理由で(電車が遅れて)遅刻したときに、その事情を説明してわかってもらうこと、そしてそれが嘘ではないことを証明するもののはず。

ところが、どっこい。

たとえば都営新宿線の市ヶ谷駅だと、電車が少し遅れただけで(時刻表から遅れてるだけで電車は運はしていても)、改札の出口にこんな箱が設置される。

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電車の遅れで遅れた人も(ほとんどいないはずだけど)、自分が遅れて遅れた人も、遅延証明書は取り放題。だから、自分のせいで遅れたわけではないですよということを証明する機能はとうに失っている。

それに、そもそも約束の時間に遅れたなら、証明書どうこうの前にまずは「謝る」ことが社会を円滑にしていく大人の振る舞いというものだ。これはたとえそれが自分のせいであっても、電車が遅れたせいであっても同じ。だって、理由はなんであれ、遅れたこと、相手を待たせたことに変わりはなく、「謝る」のは自分に責があることを認めるという機能よりも、待たせた相手が持っているかもしれない感情的なしこりを解くことに意味があるのだから。

それが遅延証明書があるだけで、ころっと事情が変わる。謝る必要などさらさらなし。だって、俺のせいじゃないもん。ほら、遅延証明書があるでしょ。ってな感じ。電車がすんごい遅れたんですよぉ〜なんて説明する必要もなし。紙切れ一枚で済む、究極の言い訳なのだ。

という事情で、自分の授業では遅刻は遅刻。遅延証明書があろうがなかろうがマイナス点というポリシーを貫いてきたのだが、だからとってより社会的に望ましい行動が自発されるわけでもないことがわかった。遅刻して申し訳なさそうに教室に入ってくる学生はほぼ皆無。みんな堂々としている(出席する行動は強化したいからアンビバレンツ)。

なので、今年度からは遅刻による減点はやめました。でもそれによって遅刻が減ったようにも見えないので、おそらく遅刻による減点は効果がなかったということでしょう。

せめて遅延証明書による紋切り型の言い訳を強化しなくてすめばと思っていたけど、相変わらず無言で教壇に遅延証明書をおいていく輩もいる。

いらないんだけどね。

熊野宏明氏というお医者さんが書かれた裏(?)行動分析学本です。

著者ご本人が「はじめに」に書かれているように『二十一世紀の自分探し』というタイトルからはフシギ系の怪しい本のような印象を持ちかねませんが、内容の大半は行動分析学の考え方、特に、ACT(Acceptance and Commitment Therapy)の紹介になっています。

ペッパーバーグによるアレックスの研究や関係フレーム理論(Relational Frame Theory)の紹介から、言語行動論をふまえて、マインドフルネスとはどんな状態なのかをわかりやすく解説している本です。ACTの概略をざっと理解するのはとてもいい本だと思います(新書だし)。

ただ、所々に専門的な概念の解釈が正確ではないところもみつかります。誤解が生じるといけないので、そのうちいくつかを指摘しておきたいと思います。

p.71には「確立操作」が「(餌が)強化子として機能するための個体側の条件」と定義されていて、その例として「空腹」があげられています。しかし、これは間違い。確立操作は行動分析学において「動機づけ」を個体の内部ではなく環境操作として操作的に定義するために整理された概念であり、この場合「餌の遮断化」が確立操作になります。また、餌を強化子として確立する操作は「餌の遮断化」に限りません。「運動」もそうだし、人の成人の場合、たとえば自分の子どもが「チョコが欲しいぃ〜」と泣いていれば、自分はチョコに対して「空腹」ではなくても、チョコが強化子として確立され、棚からチョコを取り出す行動が誘発され、強化されるかもしれません。このあたり、詳しくは、拙著『行動分析学入門』やJack Michaelの『Concepts and Principles of Behavior Analysis, Revised (2004) Edition』をご参照下さい。

p.72には「(もう一つの)随伴性行動」として、レスポンデント学習(パブロフ型の条件づけ)が紹介されていますが、ルール支配行動に対応する随伴性行動はオペラントに限定する(レスポンデントは含まない)のが一般的です。

p.76では“わが国を代表する行動分析学者の佐藤方哉氏は「われわれが、いわゆる『自由意志』を持っているという考え方はまったくの幻想である」と表現しています”との引用があります。残念ながら原典が参照されていないので、佐藤先生のどの文献を引用されているのかは不明ですが、この考え方は元々は行動分析学の創始者であるB.F.スキナーのものです。しかも前後の文脈がないとたいへんな誤解を招くので地雷のように要注意な物件です。

スキナーは、そしてもちろん佐藤先生も、われわれが環境に対して積極的に働きかける生き生きとした生物であることは否定していません。否定してないどころか、環境に働きかける自発的な行動としてオペラントを定義したくらいです(どちらかというと、行動そのものの形態は遺伝的に固定されているレスポンデントに比較して)。

『自由意志』が幻想であるという表現は、行動の原因(行動を引き起こす究極の原因)は実体のない「意志」にあるのではなく、それを強化する環境(系統発生的に学習される遺伝要因も含めて)によって影響されるという主張でしかありません(いわゆる「Locus of control」の問題です)。

「○○しなくちゃ」とか「自分はこうありたい」というように、我々が頭で考えているような、実在する言語行動(それをもって人は「意志」と呼ぶとしても)の存在を否定しているわけではないのです。もちろん、たとえば憲法で保障されている様々な人権としての「自由」を否定しているわけでもありません。

要は、行動の制御変数をどこに見いだすかという話です。このあたりの話は『行動理論への招待』という本に詳しく、しかもわかりやすく書かれていますから、ぜひご参照下さい。

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注意して読み進めていくと、このように、いくつか「あれれ?」と思うような点もありますが、全体的には読みやすいし、その割には、仏教とマインドフルネスを対照させたり、それとACTの関連性を考察したりと、概念的分析のレベルはかなり高度で、楽しめる一冊です。行動分析学から「意志」とか「認知」を捉えようとしている人にもお勧めです。

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