2008年11月アーカイブ

冬になって空気が乾燥してくると、静電気が天敵としてあらわれる。

なぜか人より静電気を受けることが多い。肌が乾燥しているんだろうか?

特に研究室のドアだと、部屋からでるときは100%に近いくらいでピシッとやられる。

指先にくる痛みと、驚きのダブルショック。

しかも、だんだんと、ふつうにドアノブに手をだせなくなる。手の甲でちょいちょい触ってみたり、腕を縮こませてみたり、なんだか、だらしがない。

その様子が、まるで権力者にへつらってるようで、ふがいなく思う。

堂々と対峙したいのだが、直接効果随伴性にはかなわない。鬱の人が「頑張ろう」と思ってもなかなか頑張れないのと、構造上、似ているかも。

しばらく前に毎日新聞の取材に応じて「女子トイレの生態学」について30分くらい電話で語った。

R25に引き続き、なぜかトイレにまつわる取材が多い今日この頃である。

後日、郵送していただいた記事は、おもしろくおかしくまとまっていたが、残念ながら、お話ししたことの1/30くらいしか活字化されていなかった。収録に6時間かけたのに、TVに映ったのはホンの一瞬だったときのひな壇・若手芸人さんの気持ちがわかるような気がした(と、これは冗談)。

そのときの取材のテーマはオフィスにおける女子トイレの実態。長時間化粧をしたり、合コンの打ち合わせをしたりと、男性にはうかがいしれないトイレでの女子の行動をふまえ、それはなぜだろう?という記者の方の疑問に応えるものだった。

女子と男子でトイレにおける行動に違いがあるなら、それはきっと、その行動随伴性に違いがあるからである。と、行動分析家はそう考える。

女子が合コンの話をデスクで軽々しくできないのは、そうした行動が弱化される随伴性があるからだ。上司から嫌みを言われたり、同僚の男性から「軽く」みられかねない。

逆に男子がキャバ嬢の話をデスクで軽々しくしても、昔は強化されることはあっても、弱化されることは少なかっただろう。最近ならセクハラ訴訟になりかねないから、そういう会話は陰を潜めているかもしれないが。

女子がトイレで化粧するのは、化粧した自分の顔が好子であり(あるいは化粧の落ちた自分の顔が嫌子であり)、化粧する行動レパートリーも、化粧のためのオペランダムもそろっているからだ。

男子が化粧しないのは、多くの男子にとっては化粧した自分の顔は嫌子だし、行動レパートリーもオペランダムもないからだ。

今からもう20年前くらいに自分がサラリーマンだった頃、女子にはまだ「おちゃくみ」という仕事が任されていた。あの頃、男子がタバコ休憩をする代わり、女子はキッチンに集まって、お茶をいれながら上司の悪口を言い合ったり、アフターファイブについて打ち合わせしていたように思う。

男女同権、機会均等が進み、「おちゃくみ」の仕事が減ったぶん、キッチンに集合することは減ったかもしれないが、話す事が減ったわけではない。男子と一緒に喫煙所に行って、男子に交じって合コンの話をするほど、“男女同権”が進んだわけではないから、男子の目の届かない「女子トイレ」が、代替的に、話をする場になるのもうなずける。

男女ではそもそもトイレに滞在する時間に差がある。これは「小便器」の存在が大きい。自分はだいたい限界の95%まで我慢してから急いでトイレに行き、さっさと用をすませて戻るタイプである。時間にして数十秒。

女子の場合、毎回、個室に入り、準備をして、座る。一度座ると、立つ行動にはコスト(労力)がかかる。だから、必要最低限でさっさと出る行動は弱化される。逆に、座ったまま何か考え事をしたり、雑誌を読んでみたりする行動は強化される。

ただし、このような行動随伴性の違いは、あくまでジェンダー(性役割)としての男女差であり、セックスとしての性の違いによるものでは(たぶん)ない。

性に期待される役割、つまり社会的な行動随伴性が時代や社会とともに変化すれば、当然、行動も変化する。

男子がデスクで女遊びの話をすると評判が悪くなり、出世にも響くようなら、そして、喫煙所にも同じような弱化の社会的随伴性が生まれて、男子トイレが相対的に聖域化すれば、男子も男子トイレでそういう話をするようになるだろう。

男子にとって化粧することが好子になり、おねえまんずのIKKOさんのようにものすごい技を身につけ、しかし、それをデスクでやることは弱化されるようなら、男子もトイレで化粧することになるだろう。

実際、大学の男子トイレでは、鏡に見入って髪の毛をいじったり、友達どおしで化粧品について語る学生が急増している。今日は、なんと、電気ごて(といったら学生に笑われたけど)で、髪の毛をセットしている男の子に出くわした!

家庭では奥さんのしつけで、おしっこするときにも座って用を足す男性が増えているらしい。そういう家庭に育った子どもなら、学校やオフィスのトイレでも座っておしっこするかもしれない。そうなれば、トイレで長い時間をすごす環境が整う。

十年後には「男子トイレの生態学」の取材を受けているかもしれない。

「鳥が群れたりアリが秩序だって動いたりするのはなぜか。生物がアルゴリズムに基づき情報処理しているからで、『自然は計算している』ともいえる。自然や社会に潜むアルゴリズムの解明が新しい挑戦分野だ」

2008年度の京都賞を受賞したカリフォルニア大学バークレー校のリチャード・カープ教授の談話である(日経新聞, 2008/11/17)。

「自然は計算している」と「生物がアルゴリズムに基づき情報処理している」とは必ずしも同義ではないが、前者にも、後者にも、そこはかとない違和感を感じてしまう。

そこで「違和感」の正体を考えてみた。

たとえば、海流や潮の満ち引きは、一見複雑でデタラメに見えながらも、実は一定の法則性をもった地形(リアス式海岸とか)を形作る。精巧に作られたサイコロを振れば、1から6のでる頻度は、最初は偏りがあっても、長期的には収束していく。

それを、砂や、水や、サイコロが、“アルゴリズムに基づき情報処理している”とは、カープ教授でも、たぶん言わないだろう。生物の話になったとたん、現象の原因をそこに求めてしまっては、モーガンの公準をおかすことにはなるまいか。

自然科学は、それが物理学であれ、生物学であれ、心理学であれ、自然の法則性を記述することが仕事である。それは、まさに、“自然や社会に潜むアルゴリズムの解明”である。しかし、法則性が見つかったからといって、その主体(主体という構成概念を設定すること自体、検討を要するが)が法則性を生みだしていることにはならない。

「違和感」の正体は、そこから、計算の主体を想定し、ほぼ根拠のないまま断定してしまっているところにあったようだ。

もちろん、新聞や雑誌の記事の取材においては、しばしば、語ったことがそのまま活字にはならないこともある。カープ教授の談話も、歪んで伝えられているのかもしれない。

奥田先生流:不登校問題への挑戦的提案!!「不登校は必ず治せる」「休ませれば休ませるほど、再登校は難しくなる」「待ちましょう、では困るのです」「ジャイアンはいるけど、それを乗り越えて学校へ行けるように支援する方法があるわけです」「学校に行きたくない、と言われたら…」*

講 師:奥田 健次 先生(桜花学園大学人文学部准教授
日 時:2008年11月26日(水)4時限
    15:10〜16:40
場 所:法政大学市ケ谷キャンパス
    ボアソナードタワー11F 心理学実験室

本講義は「学校心理学」「行動分析学特講」の特別講義として開催しますが、受講生以外の学生、学外者の聴講も歓迎します。参加費無料、予約も必要ありません。

*奥田健次(2007)不登校の行動論的予防に向けての挑戦的提案(1) 子どもの健康科学, 7(2), 3-11.より引用。

iPodTouch購入から約1年、色々なことに活用しようとチャレンジしてきました。

成功あれば、失敗もあり。

今回は成功例をレポートします。

必要なもの:
 PCとつなぐTVキャプチャー装置。自分の場合、PixelaのCaptyTVという製品。テレビのアンテナをつなぎ、MacとはUSB接続。Macから専用ソフトで番組予約(EPG対応)。番組のキャプチャとエンコーディングはハードウエアがやってくれるのでMacにはほとんど負担なし(家の古いG5 iMacでも、問題なく作動。ただし、番組を予約して録画するため、Macはほぼ24時間体制で起動しておかないとならない)。
 録画した番組の動画ファイルをiPodで鑑賞できるように最適に変換し、iTunesに転送してくれるソフトも付属しているので、後はiPodを同期してやるだけ。
 超がつくくらい簡単です。

録画する番組:
 これはもちろんお好みで。自分は通勤時間を有効活用しようと、最初はニュース番組や語学番組をメインに録画してましたが、あまり観ないことが判明。朝は新聞読むし、帰りは疲れていて、知的負担が高い活動は自発されないようです。これは失敗例。
 それで頭を切り替えて、お笑い番組を録画し始めたら、これが大ヒット。『さんまのスーパーからくりTV』、『踊るさんま御殿!!』、『さまぁ〜ず式』、『アメトーーク!』などなど。

効用:
 笑いが健康によいことは、科学的にも証明されつつあるらしいです。ガン細胞を殺してくれる、ナチュラルキラー細胞ってのを活性化するらしい。どうも、自分は過敏性腸症候群のケがあるので、どんどん笑って、がんがんお通じをよくしたい、ということもあって、少々の恥ずかしさをブレークスルーし、通勤電車でiPodを観ながら、時にクスクス、時にはゲラゲラ笑ってます。まぁ、誰も気にしていないと思うけど。

 なんだか削除するのが惜しくなって、どうせ二度とは観ないと思うような動画ファイルがどんどんたまっていくのが唯一の問題点。あとは文句なしの成功例ですよ〜

  下のは最新型のCaptyTV。地デジも録画できるようになったんですね。自分のはアナログのみ。すでに販売中止。でもiPodで観るぶんにはそんな高解像度は必要ないし、処理に時間がかかるだけのような...

 圧勝でしたね。バラク・オバマ大統領候補。「チェンジ」で共通認識を作った合衆国民の皆さまを祝福です。こういうところはさすが。かなり感動。

 さてさて、黒人初の大統領が誕生するまでには、まだ時間がありますが、百年に一度と言われるくらいの金融危機はまったなしの状態のようです。

 先日、報道ステーションでは、米国の中産階級の人たちのクレジットカード破産を特集してました。サブプライム問題が表面化したと同時に激増しているそうですが、アメリカ人のクレジットカード破産は、前々から、知ってる人は知ってる、わりとありきたりの問題だったりします。

 特集では、米国のクレジットカードでは、我が国でいう「リボ払い」が一般的であることを指摘していました。初耳だったけど、考えてみると、なるほどと思うところです。

 「リボ払い」の場合、どんなにクレジットカードを使っても、月々の返済額は変わりません。限度額に達するまでは、ただただ、返済期間が延びて行くだけ。通常の1回払いであれば、カードで購入した月、もしくはその翌月には、そのぶんの金額が口座から引き落とされます。

 現金で買物をすると、支払いのときに財布からお金が消えていきます。つまり、購買行動は、好子出現による強化(購買して商品やサービスを入手)と、好子消失による弱化(購買して現金を失う)の並立随伴性で制御されています。

 クレジットカード払いだと、現金が財布からでていきませんから、弱化の随伴性はゆるく、だから購買行動が抑制されにくいわけですが、1回払いであれば、その額はそのまま一ヶ月くらいのうちに口座から引き落とされます。これに対して、「リボ払い」の場合は、数年後の支払期間が数ヶ月延びるだけです。これは塵も積もれば山となる型の随伴性。購買行動がいよいよ抑制されにくくて当然でしょう。

 クレジットカード破綻を減らしたいなら「リボ払い」を禁止すべきですね。

 もう一つ、これは留学していたときに考えていたことですが、米国では、給料の支払いが月単位ではなく、二週間に一度の人も多いです。子どものお小遣いも、庭の芝を刈ったら2ドル、というように、その時々でもらうことが多いようです。
 幼い頃からも、就職してからも、おこずかいや給与の月給制度に慣れてきた、私たち日本人にとっては、月の前半で持ち金が減ってしまうということは、次のおこずかいや給料日まで、困窮と生活していかなくてはならないことを意味します。二週間なら、ちょっと我慢すればなんとかなるかもしれません。でも、一ヶ月、学校帰りに友達と一緒に駄菓子を買って楽しめないのは辛いし、家庭生活なら崩壊です。
 もしかしたら、この月給制のおかげで、私たちはお金を貯めたり、計画的に使ったりする行動が、一般的なアメリカ人に比べると得意なのかもしれません。

 クレジットカード破綻をさらに減らしたいなら、おこずかいも給料も、月給制にするといいのかもしれません。

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