J-ABA報告(2):心理学教育における実験実習の役割

次の2つの発表から考えたこと:

・記念公開講座「わが国の心理学教育を考える」今田寛(広島女学院大学学長)

・学会企画シンポジウム「心理学実験・実習科目における行動分析学テーマ」(司会:浅野俊夫(愛知大学)、話題提供:中鹿直樹(立命館大学)、石井 拓(慶應義塾大学)、山口哲生(大阪市立大学)

(すみません。敬称略です)

心理学教育というテーマは、APAにはTeaching of Psychologyというディビジョンがあって機関誌まで発行されているように、またABAにもTeaching Behavior Analysisという分科会があるように、次世代を次ぐ研究者や教育者を育てたり、あるいは高校生や大学生、一般人に心理学の知見を普及させるためにも重視されているのだが、日本の心理学会ではあまり系統だった研究や実践がみられないような気がする。

日本行動分析学ではときどきこのテーマの企画が開かれているのだが、今回は、今田先生の記念講座に関連して、実験実習の現状やアイディアを報告、披露するというシンポジウムも開催された。

「カウンセラー育成にも動物実験を!」あるいはそこまでいかなくても「基礎実験の経験は臨床心理の習得に有効または必須である」くらいのことを言う人はけっこういる。行動分析学の会員(特にある年代以上の大学教員)には、現在は臨床や応用の仕事をしていても、かつては動物実験をやっていた人も少なくない(私もそうだし)。

そういう人たちにとっては、実験室で動物の行動を制御する変数を見つけて行く作業の楽しさ、醍醐味、難しさなどが、各々の心理学の原点になっているわけで、しかも、現在の自らの仕事にそうした経験が活かされていることを実感しているわけで、おそらく世の中の大多数のカウンセラーの人たちにはピンとこないことなのだろうが、個人的にはたいへん共感できる考えだったりするわけである。

しかしながら、今回、この講演とシンポジウムを聞いていて、それが生存者の証言でしかないと説得力が低いなぁとも感じた。大学で教鞭をとっている人たちは、実験室や研究室、学会などの随伴性で強化されサバイブしてきた、つまり環境によって淘汰されてこなかった人たちだ。

実験がどんな行動のトレーニングにどのように有効で、それが臨床などの場面でどのように活かされるかが具体的に示されない限り、実験好きな人たちの感想で終わってしまうかもしれない。

今田先生は、科学的な態度というものは、研究室で仕事をするうちに“鼻腔からしみいるように”身に付くものであるというような表現をされていた(と思う)。シンポジウムの話題提供の先生たちも、そこで提案されていた実験実習を経験することで、“自然に”科学者としてのスキルが身に付くものだというような前提で話をされていたと思う。

ところが、あの浅野先生でさえ、シンポジウムの前振りで発言されていたように、実験実習のレポートは「書かされた」ものというタクトなのだ(vs 自ら進んで楽しく書きまくった)。

日常のいろいろな心理的出来事に「どうしてだろう?」「なんでこうなっているんだろう?」とwhyを感じることとか、「こういうことかな?」「これがこうなっているのかな?」「これの原因はこれかな?」のように推測することとか、「これを確かめるのはこうすればいいんだよなぁ」のような論理スキルなど、実験実習を楽しむための下位スキルには、大学1年生ですでに大きな個人差が存在しているように思う。

こうした下位スキルをすでに獲得していれば、実験実習も楽しめ、レポートもなんとか書き切り、もしかしたら研究者としてもサバイブできるのかもしれない。

しかしながら、こうした下位スキルがまだ未習得だったり、弱かったりする学生さんに、実験実習をただやらせるだけで果たしてこうしたスキルが身に付くかどうかは、かなり疑問である。

抽象的な教育目標を具体化し、指導計画に落として、トレーニングプログラムを開発し、洗練させていくことは、まさに行動分析学の得意中の得意であるのだから、「科学者としての態度」とか「臨床で役立つ基礎の思考」とかを課題分析し、実験実習の標的行動として組み込み、評価、改善していくことが重要なのだと思う。

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