2005年5月アーカイブ

修論のネタ探しに、自閉症児に遊びを教える研究を集中して見て回った。

流行はビデオモデリングとPivotal Response Trainingの流れの仲間遊びの指導だ。

遊びを教えるには、指導プログラムの中に遊び行動が自然に強化されるような随伴性を設定することが重要だが、手軽に使える教材を工夫して使うことも大切だなと感じた(あたりまえだけど)。

たとえば、市販の汽車のおもちゃ。銀行でお金をおろして、切符を買って、汽車にのって、汽車を動かして、家に帰る---なんていうパターンを登場人物ぶん繰り返すことで、自閉症の子どもが得意なルーチンの遊びにできる。

日本の学校の先生には教材を自作するのが得意で好きな人が多いけど、市販の教材を工夫して使うことを考えるのも、思考訓練として面白そうだ。

ABAに来るたびに女性の参加者や発表者が増えているような気がする。今年は8対2(♀:♂)くらいだろうか。

自閉症の療育や支援の仕事をしている、各地のセンターのディレクターやセラピスト、教師や研究者が増えているからだと思われる。

(特に若手の彼女らが)「IOA(アイ・オー・エー)は93%で...」なんて発表しているのを聞くと、頼もしいような、ちょっと恥ずかしいような気持ちになった。

IOAはInter-Observer Agreement(独立した観察者間の一致率)。行動の計測値が信頼できるかどうかを確かめる方法の一つだ。

「IOA」なんて省略して、カッコよく言ってしまうところに照れたのかな。昔はそんな言い方しなかったから。(あるいはオジサン化現象か?)

blogの更新

先週の更新回数は{5}回でした。

国際行動分析学会(ABA)の初日はワークショップから。

今回は 「Strategies for Successful Inclusion Programming in a Public School Setting」に参加した。

マサチューセッツ州の公立学校 Marlborough Public Schools のスタッフが、応用行動分析でインテグレーションを成功させるモデルを解説するワークショップだ。

ちなみにABAでは、大会前日と初日の午前中にかけて、さまざまなテーマのワークショップが開かれる。今年は80のワークショップが開催された。

ワークショップは認定行動分析士(BACB)の資格維持のための単位としてカウントされるので、教師やセラピスト、各地の療育センターで働くスタッフのための研修の場となっている。また、学生・大学院生にとっては、自分の大学では開講されていない内容を短時間でまとめて勉強できるというメリットがある。

今回のワークショップで学んだこと

・アメリカはメインストリーミング/インテグレーションが進んでいて、いわゆる「特別支援学級」みたいのがなくなっているのかと思っていたら、そんなことはなく、self-contained class という形式が残っている。

・特別な支援が必要な児童・生徒が、通常学級(交流学級)で授業を受けるときには、補助(educational assistant)がつく。ただし、残念ながらほとんどの場合、補助の先生には特別支援の専門性がなく、児童・生徒がそこで静かにしているようにするのがせいいっぱいのことも多い(日本と同じような状況)。

・Marlborough Public Schools では、この補助の先生たちの代わりに「ABA(応用行動分析)セラピスト」を雇う。補助の先生の時給より若干高めの給料を用意している($15-$17)。

・この学校にはABAの専門家が何人か配属されていて、「ABAセラピスト」のための研修を行なっている。

・インテグレーションの目標は、対象となる児童・生徒が、他の子どもと同じような活動を自立的にできることである。だから、健常学級で他の子どもが先生のレクチャーを聴いているときに、その子どもだけドリルをやらせるようなことはしない(これは発想の転換だなぁと思った)。

・健常学級で他の子どもと同じように動けるためにはどんなことを学習し、どんな支援が必要なのかを課題分析して、それを特別支援学級で練習する。そして、健常学級では、最初はABAセラピストがプロンプトやガイダンスなどの支援を行なうが、徐々にフェイドアウトしていくプログラムを組む。

・このプロセスを円滑に進めるために、各児童・生徒が、どの授業のどんな活動に参加するためには、何ができていなくてはならないか、といった客観的で詳細な評価基準をつくっている。

・この学校における取組みは、学校の中でABAを勉強した熱心な先生たちと保護者による後押しによって進められ、その成果が、州や教育委員会の特別支援教育に理解のあるスタッフに認められることで、特別な予算が組まれて運営されるようになった。

 最も印象に残ったのは、特別支援を「baby-sitting(子守り)」ではなく、子どもたちの「自立」を目指した支援と捉えて、指導計画を作り、実行しているところ。

 子どもたちが自立して生活できるようになればなるほど、その後の生活でQOLも高まるし、州にとっては福祉の経費の低減につながる。それをデータで示しているからこそ、比較すると短期的にはコストが高くなるABAセラピストも雇える。

 日本で同じような支援をするには何が必要なのか、次回の徳島ABA研究会で先生方に問うてみよう。

駒澤大学の小野先生の書き下ろし(?)作品。行動分析学の基礎領域全体がバランスよくまとめられている。

言語行動の章では刺激等価性についても解説されていて、人間の高次の認知活動を行動分析学の基礎概念で分析するのに役立つ。

タイトルにあるように、人間を豊かに理解するための、基礎と応用の橋渡し的な教科書として最適ではないだろうか。

「罰」が「弱化」になっているところも◎。

「正の強化/負の強化」を残したのは、小野先生曰く、

負の強化、負の弱化あたりはどうするのがよいか、結構考えたところです。 結局、論理的な統一性をもたせるのが、最良なのかな、との判断です(私信)。

とのこと。

確かに論理性は一貫するですよね。こうすれば。

でも「負の弱化」と聞いて、行動が増えるか減るか一瞬で判断するのは、「負の強化」以上に難しそうな気がする(正解は「減る」)。

ルール支配行動や迷信行動、社会的行動のように、人間らしい行動の実験的行動分析の専門家である小野先生らしく、このあたりの章はとても読みやすく、わかりやすい。

初心者向けの本を何冊か読んだ後、さらに行動分析学に興味を持った人にぜひ奨めたい本です。

行動の基礎―豊かな人間理解のために行動の基礎―豊かな人間理解のために
小野 浩一

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血液型と性格との間に何らかの因果関係があるとは思わないけど、これだけ血液型信仰が広まると、その影響が生じることはあるかもしれない。

たとえばB型やAB型の人は「少し変わっている」というのがこの業界の定説である。

友達同士で旅行に行くという場面を考えてみよう。それぞれが別々の観光スポットに立ち寄りたいとする。こんなときには皆の要望ができるだけ通るように話し合って決めるというのが、日本的な集団生活のルールだ。

少なくとも昔は、幼少時からそうやって教えられてきた人が多かったから、自分のわがままを通すという行動は抑制された(わがままを言うと、「わがまま言わないの!」と消去・弱化された)。

でも、そんなとき「B型は少し変わっていて」「自分の意見を通す」という定説がこの仲間で共有されていたら。B型のBさんは、A型のAさんやO型のOさんに比べたら「私は○○へ絶対に行きたいの」と発言しやすいかもしれない。かつ、他の人も「Bさん、やっぱりB型ね。仕方ないわね」とあきらめやすいかもしれない。

血液型信仰によって、このように、血液型によって社会的な随伴性が異なれば、その結果、Bさんが少しわがままに自分の意見を言う行動は、次に同じような事態になってときに繰り返しやすくなる。そしてそのぶん、A型のAさん、O型のOさんには、ますます自分の意見を言う機会が少なくなっていく。

メディアに血液型性格論が横行して、幼い頃から友達同士で血液型と性格の関係について語り合い、友達の行動の「原因」を血液型で説明する行動が強化され続けられ、上記のようなやりとりが他のいろいろな生活場面で何百回、何千回と繰り返されれば、ありえないことでもあるまい。

A型のAさんやO型のOさんがわがままを言うと
A:先行条件 B:行 動 C:結 果
急にどこかに行きたくなって 「私、○○見に行きたい」 「わがまま言わないの」
行きたいところに行けない(↓)

B型のBさんがわがままを言うと:
A:先行条件 B:行 動 C:結 果
急にどこかに行きたくなって 「私、○○見に行きたい」 「仕方ないわね。さすがB型だわ」
行きたいところに行ける(↑)


もちろん、B型の人はA型やO型の人に比べてわがままである!と言っているわけではない。誤解のないように。
血液型と性格との間に何らかの因果関係があるとは思わないけど、これだけ血液型信仰が広まると、その影響が生じることはあるかもしれない。

たとえばB型やAB型の人は「少し変わっている」というのがこの業界の定説である。

友達同士で旅行に行くという場面を考えてみよう。それぞれが別々の観光スポットに立ち寄りたいとする。こんなときには皆の要望ができるだけ通るように話し合って決めるというのが、日本的な集団生活のルールだ。

少なくとも昔は、幼少時からそうやって教えられてきた人が多かったから、自分のわがままを通すという行動は抑制された(わがままを言うと、「わがまま言わないの!」と消去・弱化された)。

でも、そんなとき「B型は少し変わっていて」「自分の意見を通す」という定説がこの仲間で共有されていたら。B型のBさんは、A型のAさんやO型のOさんに比べたら「私は○○へ絶対に行きたいの」と発言しやすいかもしれない。かつ、他の人も「Bさん、やっぱりB型ね。仕方ないわね」とあきらめやすいかもしれない。

血液型信仰によって、このように、血液型によって社会的な随伴性が異なれば、その結果、Bさんが少しわがままに自分の意見を言う行動は、次に同じような事態になってときに繰り返しやすくなる。そしてそのぶん、A型のAさん、O型のOさんには、ますます自分の意見を言う機会が少なくなっていく。

メディアに血液型性格論が横行して、幼い頃から友達同士で血液型と性格の関係について語り合い、友達の行動の「原因」を血液型で説明する行動が強化され続けられ、上記のようなやりとりが他のいろいろな生活場面で何百回、何千回と繰り返されれば、ありえないことでもあるまい。

A型のAさんやO型のOさんがわがままを言うと
A:先行条件 B:行 動 C:結 果
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B型のBさんがわがままを言うと:
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急にどこかに行きたくなって 「私、○○見に行きたい」 「仕方ないわね。さすがB型だわ」
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もちろん、B型の人はA型やO型の人に比べてわがままである!と言っているわけではない。誤解のないように。
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日本支援教育実践学会が刊行した特別支援教育の"ハンドアウト"---というより、ここまでくると立派な教科書ですね。

ここから郵便で冊子を購入することもできれば、ここからPDFをダウンロードすることもできます(PDF版はナンと無料!)。

京都市西総合養護学校の朝野浩校長先生兵庫教育大学の成田滋先生の監修。

親子の意識はいつだってズレているものである。インターネットの使い方に関しても例外ではないようだ。

全国PTA協議会による調査中学2年の子どもがアダルト画像を見ていると思う親:0.9%

アダルト画像を見ている中学2年の子ども:11.8%

親は子どもの行動をよく見ていなくてはならないと思う。ところが干渉しすぎると子どもは反発するし、逆に親に隠れてするようになる。そうなると親はますます干渉する。行動の悪循環だ。

どうやらゼミ生の竹田さんの娘さんは楽しく健全にネットを使っているようだ(チャットの魅力)。成功の秘訣を娘さんに聞いてみたいところである。

blogの更新

先週の更新回数は{5}回でした。

ブログのネタが連続しますが....

この自然と人間を行動分析学で科学するには毎週1000件以上のアクセスがある。

当然ながら眞鍋かをりのここだけの話とか室井佑月blogにはかなうべくもない(競争するわけじゃないけど)。

知人や匿名の読者から「内容が難しすぎる」とか「専門用語がたくさんあって分かりにくい」という苦情をもらうこともある。「いいんだよ、わかるヤツにわかりゃ」なんて開き直るのは簡単だけど、その前に、少しは工夫しようと思っている。

この本にはblogで使えるいろいろなサービスが紹介されている。画面右上のBlog Meterも、何回か取り上げたWikipediaも、この本で見つけたものだ。趣味のブログでは携帯の位置情報つき画像転送も試してみた。

他にも、注意を引きつけるタイトルの付け方とか、コンテンツ作成のノウハウにも触れている。

これからブログを作ってみようという人、自分のブログに味付けをしたい人にはオススメの一冊。

総務省が行なった「ブログ」に関する調査報告が新聞に掲載されたので引用しておく。

総務省の分析利用者:335万人 閲覧者:1651万人 2年後の予測:2.3倍

2年前、学校教育実践センターのプロジェクトとして、教育用ブログスペースを大学内外にレンタルすることを始めたのだが広がらなかった。あのときは時期尚早だったのかな。

タイトルが気になって読んでみた。

この本の前半にかなり詳細に解説されているように、日本では「ブログ」が導入される前からネットで日記を書くシステムがかなり浸透していた。自分もNiftyのサービスを使って「庭球日記」なるものを作っていたことがある。

ネットで日記を書くという行動レパートリーとその行動にまつわる随伴性(「自己表現」や「他者とのコミュニケーション」など)の下地はすでに存在したと言える。

それでも「ブログ」の普及のスピードはただごとではない。ホリエモンで有名になったlivedoorなどが無料サービスを提供していることもあって、実に多くの人がネットで日記のようなものを書いて公開している。

その実数の正確な把握はとても難しい。参考までに、本書にも紹介されているBlog's Blogによれば、livedoorだけで513,648件のブログが登録されている(2005.5.8)。

“閉じたブログ”とも言える、ソーシャルネットワークシステム(SNS)の一つであるミクシィの会員数は2005年1月で30万人(p.128)。ちなみにミクシィには「行動分析学」というコミュニティもあるのだが、この会員が本日の時点で624人もいたりする。

「なぜ人はブログを書き続けるのか?」

本書の中核はここにある。でも、その分析は、自分の考えの確認とか、自己表現の欲求充足とか、他人とのコミュニケーションなど、直感的に推測できる範囲を超えたものではない。日記型やデータベース型のように、ブログのタイプを類型化しているのも、なるほどとは思うが想定範囲内。

もちろん、しっかりした調査と統計的分析を踏まえての解釈だから、そういう意味では、直感を裏付ける実証的な研究をまとめた本として評価できる。

自分には、たとえば、ネット上の日記というメディア(オペランダム)が利用可能になったことで、日記を書く行動自体が増えていることや(紙メディアでは書いていなかった人も書いているように思える)、コメントやトラックバックの仕組みを使っているブログとそうでないブログとでの執筆スタイルや頻度の差とかに興味があったりするのだが、そういうデータや分析はなかったなぁ。

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定点観測

仙田満こども環境学会会長都市の子どもたちの遊び場は路地遊びが中心だったが、自家用車の普及によって子どもたちが道端から追いやられた。道のスペースは様々な遊び場をつなぐ役割も果たしており、これが失われたことで遊び環境が大きく変化してしまった(日経新聞2005.5.5, p.26)。

この記事で興味深かったのが下の図。遊び空間の大きさに関する調査を横浜市で実施してきたという。「遊び空間」の定点観測データだ。横軸のスパンは30年。これだけの期間、同じ調査を継続するのはたいへんだと思うし、貴重なデータである。

asobiba

学力低下が騒がれ、大臣が中学生に謝罪したかと思うと、最近の文科省の発表では、基礎学力が復活した兆しもあるという。

学力低下については、何を学力と定義し、どうやって測るかが重要だと思う。一度、時間をかけて調べてみようと思っている(上述の文科省の調査は国立教育政策研究所という機関が実施したようなのだが、HPにはテスト問題のサンプルが公開されていないのでメールで問合せ中である)。

横浜市の「遊び空間」のように、長い年月にわたって定点観測できるようなテストができればいいのだろうが、なかなか難しいのかもしれない。

一つのアイディアとして、応用問題(文章問題や理科の知識など)ではなく、読み書き算術の基礎力を正答スピードで測るというのはどうだろう?

最近では、昔のように九九の暗算を徹底的に教える小学校が少ないというが、九九の正答スピードは大正、昭和、平成と変化してきているのだろうか?

実は、大学1年生の講義をするたびに、Precision Teaching の演習として、こうした測定を授業中にやっている。まだ3年分のデータしかないが、継続して測定してみるつもりである。

teiten

ちなみに、上の「遊び空間」のデータにとても興味があったので、日経新聞に問い合わせたところ、こども環境学会に問い合わせて下さいと言われた。学会事務局にメールを送って元論文を照会中なので、分かり次第、引用したい。

特殊学校免許 50年ぶりに改革ところで免許の科目っていうのは大学で履修するんだろうけど、現場での指導に役立つスキルとはかけ離れたものも多いのが実際である。現場とはほど遠いことを研究していたり、現場指導ができない大学教員が多いからだが、現職でばりばりやれてる教師を大学教員として積極的に登用することも必要だ。つまり大学の人事システムにも改革の必要性があるわけ(応用行動分析学&特別支援教育探求道)。

全く同感。

熱心な教員は、自ら大枚はたいて高額な外部研修に参加している。公的機関にだって現場のニーズにマッチした研修が提供できないはずはないのに....

免許を出すのが大学だけっていう仕組にも問題があると思う。この業界、競争があるようで、まったくないから。

たとえば県の教育センターとか民間の研修会社でも、ある一定の要件を満たす教育研修プログラムを提供すれば、免許を出せるようにしたらどうだろう? 大学自体も許可制から認可制(アクレデーション)へ移行していくようだから、いずれそうなるのかな。

そのときにはいよいよどんな教育サービスを提供できるかという内容で勝負することになるよね。

blogの更新

先週の更新回数は{6}回でした。

「応用行動分析は“療法”ではありません」−授業や研修で、口が酸っぱくなるほど繰り返し言っていることの一つだ。

教師や保護者にしてみれば、すぐに使える指導方法とか○○療法に関心があるわけで、「応用行動分析は科学なんですよ」なんて言っても、正直なかなかピンとこないというのも理解できる。

そんなとき、逆に、○○療法を行動分析学から解釈して、おまけに改善策も提案しちゃうと、「あ〜、なるほど」と納得してもらえることもある。

先日、ちょうどゼミで感覚統合のことが話題になった。

遊具を使った遊びをABC分析すれば、セラピストがやっていることには、

(1)いろいろな遊具を試すことで、対象児にとって好子となる感覚を引き起こす遊具や、刺激の与え方などを見つけ出す。
(2)まずは、それを提供して、プレイルームやセラピストを習得性好子化する。
(3)対象児からセラピストへの働きかけ、たとえば、木馬をゆすって欲しいという要求をマンドとしてシェイピングしていく。

といった要素が含まれていることがわかるはず、というような雑談をしていた。

こうやって分析してみると、各ステップで優秀なセラピストがしていることが想定できる。たとえば(1)では、できるだけ多様な刺激を用意し、系統的に試し、その時々の対象児の反応を周到に観察するスキルが、対象児にフィットした好子を見つけ出すのに重要であることが想定できる、などなど。

兵教の井上先生も音楽療法について同じような分析をしている。

「音楽療法」を行動分析する子どもが先生にピアノを引いてほしくて先生の手に自分の手をそえる。ポロンポーン♪先生がおもちゃのチャチャチャをちょっとだけ引く。すると子どもはちょっと先生の手を押す。すると先生は続きを引く。

この場合行動分析学的(マロット流)では

   先行条件     行動      結果条件
    曲なし → 先生の手を押す →  曲あり

となる。

既存の、さまざまな○○療法をむやみに否定せずに、それぞれの療法に含まれている行動随伴性を解釈し、整理して、「こうやって分析すると、こんなことも考えられますよ」といった提案をしていくと、行動分析学を正確に理解し、有効活用してもらうのに役立つかもしれない。

カラスによる被害が全国のゴミ集積所の大きな悩みとなっているらしい。

これに対し「カラス博士」の異名をとる宇都宮大学の杉田昭栄教授は、化学メーカーと共同で黄色の半透明のゴミ袋を開発した(日経新聞, 2005.5.9, p.34)。

カラスの視覚では黄色が強調されるため、人間の目には半透明でも、カラスには中身が見えない。だから、つついたり、ついばんだりする行動が自発されないということらしい。

すでに杉並区や大分県臼杵市などで導入され、一定の効果を上げているようだ。

私の予想:袋がやぶけて中からゴミがでてしまったり、たまたま黄色いゴミ袋をつついて生ゴミにありついてしまったりということが数回あるだけで、逆に「黄色いゴミ袋」がそこに食餌があることの弁別刺激になってしまって、オセロゲームで土壇場に大逆転されるように、カラスがいっせいに黄色いゴミ袋をつつきだす−あたらないと、いいけど。

私の提案ーカラスにもカラスの事情があるはず(自然界に餌が少ないとか、それ以上に繁殖にとってプラスの条件が多いとか)。いっそ人間のパートナーとして迎え入れ、ゴミ拾いをしてもらうとか、発電してもらうとか(空き缶を拾ってきてポッドに入れれば自動で餌がでるような装置とか)、労働力を提供させたらどうだろう。線路に置き石するくらいだから、好子さえ出現させてやれば、代替行動を強化できるでしょう。

sasakimasami-IT

『自閉症児の学習指導-脳機能の統合訓練をめざして-』佐々木正美【著】学習研究社

TEACCHの世界では伝道者とさえ呼ばれることがある佐々木正美先生の昔の本を読んだ。まだ日本にTEACCHが紹介される前に書かれた本のようで、内容はタイトル通り、感覚統合の考え方を活かした自閉症児の指導方法について。

特にNYにある「リーグ・スクール」という自閉症児のための学校に感銘を受けたらしく、かなりのページ数を割いて、そのプログラムを紹介されている。また、導入部では、自閉症が保護者の不適切な養育によって生じるということが全くの誤解であること、そして、精神分析的な(受容中心の)セラピーがまったく効果を持たないことがわかりやすく書かれている。

「リーグ・スクール」という学校に興味を持ったので、少し調べてみた。 この本に紹介されているプログラムは、感覚統合的というよりは、通常の行動分析学的なものだったからだ。

学校のHPはたぶんこれだが、ここにはほとんどコンテンツがない。この学校を紹介している記事を一つだけ見つけた。

NYの行動分析家で Behaviorspeak: A Glossary of Terms in Applied Behavior Analysis の著者の、Bobby Newman は、あるメーリングリストでこんな発言をしていた。

The League School, if it is the same place, is an eclectic place for all developmental disabilities. simple ham and eggs. nothing fancy. they wouldn't know research if it attacked them.

つまり、いいところどりの折衷的な学校だが、とかく先進的というわけではない、ということだ。

これを見つけて知らせてくれた、元ケラースクール校長のジャネットは次のようにコメントした。

there are 1001 programs for children with autism in the NY area, and 999 of them say they are behavioral.

佐々木先生を感銘させたような学校は、NYではすでに標準的になっている。それだけ行動的指導方法が普及しているということだろう。日本の実情からすれば羨ましいことなんだと思う。

個人情報保護法が施行されてから、学級名簿を作らない学校が増えているらしい。友達に年賀状を出すために、ひっそりと友達の家を自転車でまわり、近くの電柱に貼ってある番地表示をメモする子どもさえいるという。

私の師匠のマロット先生はよく「日本人はルール支配的だ」と言っていた。規律が高く、しつけがよく、街はゴミもなくとれもキレイ.... そういう古き良きニッポンのイメージからの褒め言葉だった。

確かにニッポン人はよくルールを守る方だと思う。少なくとも私の個人的な経験からは、アメリカ人より、タイ人より、よっぽどきっちりしている(人が多い)。

でも、同時に、本来は必要のないような、実際の行動随伴性とは隔離したルールを次々とやたらに作っていく傾向もある。

病院で患者さんを呼び込むときに、名前でなく番号で呼ぶとか(少なくとも選択制にできないんだろうか?)、クラス名簿を作らないというのは、まさにそういう過剰なルールのような気がする。

ルールに従っていないと怒られたり、注意されたりと、社会的な嫌子が出現する。過剰なルールをつくることで、そうしたリスクは確かに回避できる。

ニッポン人の過剰なルール支配行動は、嫌子出現阻止によって強化されているのかもしれない。

blogの更新

先週の更新回数は{4}回でした。

過去数週間、お試しで使ってみたBLOG Meter

横軸が最大一ヶ月ぶんしか表示できないとか、週一でデータを更新すると、データがない6日ぶんを折れ線で補完してくれないとか、いくつかの不満もかかえながら、今日から本格活用。

これまではblogで記事を書くたびに、事例データベースを使って記事数を更新し、グラフも手動で更新していた。

pmscreen050509

記事を書いた直後のこの環境変化がなくなることになる。

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
ネタをみつけて blogで記事を書く 【これまで】
すぐにグラフが更新される(↑)
【これから】
数日後にグラフが更新される(?)

これが更新行動の頻度にどのような影響を及ぼすことになるか検証してみよう。

teleport

研究室のMac、実験室のMac、自宅のMacはそれぞれキーボードのキー配列やサイズが微妙に異なる。それぞれのキーボードをそのまま使うと入力エラーがものすごく多くなってイライラする。だから、すべてのMacに同じキーボードをつなげて使っている。

自分が使っているのはPFU社のハッピー・ハッキング・キーボード(HHKB)。コンパクトな本体と、カチャカチャした打鍵感が好きだ。

この連休のように、長い期間、自宅で仕事をするときには、研究室のPowerBookを家に持って帰るのだが、キーボードまで運ぶのはめんどうなので、自宅のキーボードをその都度つなぎ変えて使っていた。

そんなとき見つけたのがこの「teleport」というソフト。複数のMacにインストールしてactivateすると、コントロールパネルにその画面が表示される。ディスプレイのコンパネと同じ操作性で、他のMacの画面を配置でき、コントロールする側のキーボードとマウスで、他のMacをコントロールできるのだ。しかもクリップボードが共有できるのでコピー&ペーストも可能。

これは便利そう!

と思ったけど、マウスのコントロールが効かなくなったり、キーボードの特殊キー(ALTなど)を受け付けなくなったり、コピー&ペーストの動作も不安定だったりする。そのたびにコンパネでteleportの「activate」をオフ・オンすると直るんだけど、頻度が高すぎる(2分に1回くらい)。

ドライバーをインストールしないとならない特殊なキーボードを使っているせいだろうか。

以前、どこかで紹介したような気もするのだが(J-ABAニューズだったかな)、ネットで閲覧できる行動分析学の用語集はすでにいくつか存在している。すべて英語版だけど、英語の論文とかを読み進めるのには役に立つと思うので、まとめて紹介しておく。

・University of South FloridaのGlossary for Behavior Analysisは主に教科書などからの引用で構成されている。一つの用語に複数の定義がついていたりして理解を深めることができる。このプロジェクトは複数のスタッフが共同で取り組めるシステムを使っているところも特徴的。

・University of IowaのGlossary of Terms for the Experimental Analysis of Behaviorは実験的行動分析に特化した用語集。

APA(American Psychological Association)の
PSYCHOLOGY MATTERSには心理学全般の用語集が整備されていて、行動分析学の用語も含まれている。

・教育心理学の教科書としてよく使われている「Educational Psychology: Theory and Practice」の著者Robert E. SlavinのHPにも用語集があり、ここにも行動分析学の基本的な用語がカバーされている。

・応用行動分析学に特化した用語集として出版された本としては、Newmanらの
Behaviorspeak: A Glossary of Terms in Applied Behavior Analysisがある。

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 そう言えば、立命館大学の望月昭先生が、ネット上で用語集を作るプロジェクトを始めたとおしゃっていたような気もする.... (打ち上げの席で聞いたせいか、記憶が曖昧)。

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NHK教育で平日の朝に放映中の「からだであそぼ」に注目している。

松岡修造が子ども(たいきくん)にテニスを教えているコーナーをたまたま観て、こりゃ面白いと録画したら、他にも歌舞伎やサムライの動き(ナンバ)や、からだほぐしなど、コーディネーショントレーニング的な「動き」や「遊び」が満載。

テニスのコーナーは「たのもう」というコーナーで期間限定のようだが、脚の動きでボールを打つとか、呼吸法によって体(腰)を回転させるとか、バラエティーでみせる熱血のみのキャラとはうってかわって、松岡修造のかなり賢いコーチングが興味深い。というか役に立ちそうです。

wikipedia

ウィキペディア(Wikipedia)は誰でも自由に内容を編集できる百科事典。WikiというCMSを使ったネット上の壮大なプロジェクトだ。

現在、サマースクールの準備として応用行動分析学の用語の整理をしているのだが、一人でするにはたいへんすぎると、ため息ばかり。

これまで用語集を整理したり、有志で行動分析士認定協会による職能分析(タスクリスト)の翻訳をしたり、それなりの蓄積はあるのだが、もっとオープンな環境で、たくさんの人が関われる仕事の形があればいいのにと思っている。

ウィキペディアでいくつかの用語を検索してみたが「強化」さえもヒットしない。ようやく見つけたのが「スキナー」の解説。「短期記憶」とかもヒットしないところからすると、心理学関係の用語はあまり登録されていないのかもしれない。

現時点で「約114148本の記事」があるそうだ。どんな人が書いているんだろう。どんな随伴性で書き込み行動が強化されているんだろう。原稿料とか印税のような経済的な好子はないわけだし、筆者の名前も表示されないから「名誉」の好子もはたらきそうにない。それに「ガイドライン」にもあるように、

ただ、政治的だったり宗教的だったりするいわく付きのトピックについては、参加者によって見解が違うことが多くなるのも当然で、お互いに見解に沿うように記事を改変しあう「編集合戦」が起きたりします。

こういうリスクもあるだろう。行動分析学関係だったら、訳語の統一とかでモメそうだし....(汗)

でも、せっかくだから、少し調べてみようかな。

blogの更新

先週の更新回数は{6}回でした。

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