2005年1月アーカイブ

不覚にも泣きそうになってしまった。映画やドラマを観てじゃなくて、鳴門教育大学附属養護学校の研究紀要(印刷中)を読んでいての話。

昨年度まで文科省の指定研究として進めてきた『自閉症の児童生徒のための指導プログラムの開発』。今年度はその成果を学校での日々の指導に実際に活かすことがテーマだった。

まずウルウルしたのがこの流れ図(一部割愛)。何がスゴいって、指導目標を「般化」の達成においていること。般化しなかったら「×」になり、もう一度指導計画から見直すことになる。

fuzoku-generalization

そして子どもたちの学習の進行を示すグラフ。指導目標を具体的に設定して、記録を取り、指導目標が達成できたかどうか、般化したかどうかを客観的に、事実に基づいて判断して、次の指導のステップを考える材料にしている。こんなグラフが、数えたら全部で30もありました。

fuzoku-graph

何をどうしてどうやって教えるのかをはっきりさせ、子どもが学ぶことにコミットする。そして記録をもとに教え方を改善していく。応用行動分析学のコアとなるこの考え方が学校全体に浸透してきたのがよく分かる。

鳴門教育大学附属養護学校の研究発表会は2月10日(木)です。ぜひ学校にいらして授業を観察し、先生方をつかまえて話を聞いてください。詳しい案内はこちらから。

ネット通販「お届け」スピード競うインターネットの通信販売で、受注から顧客の手元に届くまでの配達時間を短縮する動きが広がっている.... 商品到着まで2,3日かかっていた本も24時間以内に配達可能にした(日経新聞, 2005.1.28)

物にもよるだろうが、買いたいときが欲しいときという原則は変わらないと思う。確立操作が働いているときだからだ。そして強化(好子出現)までの時間は短ければ短いほうがいい。これも対応法則などの基礎研究から実証済みのことである。

商品の価格競争で差をつけにくくなったら次の好子である時間へ。消費者にとっては嬉しい限りの市場原理だ。

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
パソコンを買ったが使い方が分からない 24時間以内の配達を約束するオンラインショップで注文する 他よりも早く本を入手できる(↑)

ネット通販「お届け」スピード競うインターネットの通信販売で、受注から顧客の手元に届くまでの配達時間を短縮する動きが広がっている.... 商品到着まで2,3日かかっていた本も24時間以内に配達可能にした(日経新聞, 2005.1.28)

物にもよるだろうが、買いたいときが欲しいときという原則は変わらないと思う。確立操作が働いているときだからだ。そして強化(好子出現)までの時間は短ければ短いほうがいい。これも対応法則などの基礎研究から実証済みのことである。

商品の価格競争で差をつけにくくなったら次の好子である時間へ。消費者にとっては嬉しい限りの市場原理だ。

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
パソコンを買ったが使い方が分からない 24時間以内の配達を約束するオンラインショップで注文する 他よりも早く本を入手できる(↑)

「問屋」を「豚屋」、「田園地帯」を「電園地帯」と答えた小学生が多かったという財団法人総合初等教育研究所(岐阜県羽島市)がまとめた結果を各種メディアが面白おかしく報じている。

確かに他にも「赤十字」を「あか十字」と読んだり、「三日月」が読めなかったりして、大丈夫かなと思うところもあるのだが、反対に、「高そう(層)ビルが建つ」や「大とう(統)領の演説」などは80年に行われた同じテストのときよりも多くの子どもが正答している。

どうやら単純な漢字のテストらしく、言葉の意味がわかるかどうかについては検討していないらしい。だから、子どもたちが「問屋」を知っていて「豚屋」と書き間違えたのか、それとも「きっと豚肉を配送する店のことを豚屋というのだろう」と推定して書いたのかは謎である。

さらに、「読本」(「とくほん」と読んで教科書のこと)や、「畑に肥(こえ)をやる」など、子どもたちの日常生活ではほとんど使われないような言葉も出題されている。前者は「教科書」、後者は「肥料」なら、どのくらいの正答率になるか興味があるところだ。

かつて、知能テストが文化的・人種的背景や経済的な状況のバイアスを受けることを批判されたのと同じで、このテストの得点も子どもたちが現在生活している言語共同体のボキャブラリーに大きく依存していそうだ。

このテストの結果のみから、むやみに日本語力や漢字力が低下したと嘆いたり批判したりするのは妥当ではないだろう。

ところで、財団法人総合初等教育研究所という組織、googleで検索しても、タウンページで探しても見つからない。この時代にホームページがないとも思えないのだが.....

OECD(経済協力開発機構)が昨年実施した、国際的な学習到達度調査(PISA)の結果が公表され、日本の児童生徒の学力低下があらためて浮き彫りにされたと伝えられた。

このことに関して、100%同感という新聞記事を見つけたので、そのまま引用します。

子どもたちに罪はない。「学習者はいつも正しい」--インストラクショナルデザインの鉄則です。

耳塚寛明先生(お茶の水大学)PISAが改めて浮き彫りにしいたのは、大人たちの問題である。丁寧な分析なしに短絡的な政策を通してしまう、日本の教育政策と教育研究者の水準である。根拠を明示し、誰もが納得できる論理で立論する−PISAが求めたこの意味での「読解力」を私たち自身が欠く。子ども以前に、大人たちの学力低下が問われている(日経新聞 2005.1.22, p.29)。

桜美林大学の潮木守一先生によると、少子化にもかかわらず、2021年度には首都圏で教員不足の事態に陥る危険性があるらしい。今後数年間で大量の定年退職者がでるからだ。ただ、これも一過性で、これにそのまま対応して大量に採用すれば、そのあと需要が少なくなって、再び就職難が来るのは間違いない。

潮木先生は中長期の正確な教員需要を予測するために、統計の取り方など、かなり基本的なところから見直しをするべきだと主張しておられる。

上記HPには、都道府県別の分析結果も掲載されている。下の図はそこから引用したもの。徳島県は「安定」。常勤採用を抑えて非常勤を多く雇っている成果だろうか....

うちの大学を卒業・修了して、教員採用試験を受験する学生さんにはとりあえず、赤い地域を狙うよう勧めるということかな。

kyoinjuyou

コート整備

clay_court

今日は野放しになっていたクレーコートをテニス部で整備した。

草抜きしてトンボをかけ、ローラーを引き、ラインも一ヶ所だけ張り替えた。

引退した4年生も参加してくれて、久しぶりに大勢でわいわいがやがや楽しく作業。

これまで、たった一人でせっせと草抜きをしてくださっていた体育講座の藤田先生のおかげで、コート整備は順調に進み、午後からはダブルス5組で総あたり戦。土のコートの楽しさを味わった。

クレーの場合、ボールがバウンドしてからスピードが落ちるので、決まった!と思っても取られることが多く、どうしてもラリーが続きやすくなる。それにイレギュラーも多いから、常に小刻みに足を動かさなくてはならない。

コートの種類が違うだけでテニスのプレイも変わってくるところが面白い。

まぁ、ほんとはオムニにしてくれたらいいんだけどね。

戦績は遊びのblogで。

テニスのサーブ練習では、コースを狙う練習をするために、打ちっ放し時にサービスエリアの隅にコーンを立てたり、ボールを積み重ねることがある。

確かに狙いやすくなる気もするし(なんでだろ?)、的に当たったら明確なより強力な強化になるかもしれない(的がなくて、なんとなくその付近に打てたときに比べて)。

でも、もちろん試合では的はないわけだから、この手がかりは、できれば徐々に減らしていけたらいいはず(フェイドアウト)。大きなコーンから中くらいなコーンへ、小さなコーンからマットみたいな2次元の的へと。

それからリターンする相手をコートに入れて、かつ、的を使う練習も有効かもしれない。たいていはリターンする人をいれると的をはずしちゃうけど、コースを狙う行動の般化を促進することを考えたら、練習と本番の状況は近い方がいいわけだから。

「サーブを打つときは肘を高くあげて」「ラケットは下から上へ振りましょう」(テニス)、「谷足に重心をかけて」「膝を曲げて」(スノボー)と、スポーツの指導においては、言語による教示が中心的な役割を果たす。

ところが、指導者が期待している動作がこれらの教示によって確実に引き起こされるとは限らない。

自分では肘を上げているつもりでも十分に上がっていなかったり、膝を曲げて欲しいのに腰が曲がっていたりと、言語と動作はなかなか一致しないからだ。

となれば、一つには、期待する動作をできるだけ確実に引き起こすには、どんな言語教示を使えばいいのか(逆にどんな教示はどんな間違った行動を引き起こしやすいのか)、という実践的な研究の方向が見えてくる。

もう一つは言語による教示で望ましい動作が引き出せないときの、矯正的な課題である。

健康スポーツのスノボーの授業では、上半身(特に腕)の回転で板を無理やりに回転させてしまっている私の動作を矯正するために(言語教示だけでは不十分だったため ^^;;)、大森コーチが、両手を後ろ手に組んで滑る課題を与えてくれた。上半身の回転が使えないので体重の移動だけでターンしなくてはならない。おかげでかなり矯正が進んだ。

望ましい動作を引き出すための言語教示と矯正課題。教えるのが上手な指導者はこの2つを豊富に持ち合わせているのだと思う。

borg

『スマッシュ』(2005年2月号, p.21)に昔懐かしいビヨン・ボルグ選手の逸話が掲載されていた。

B・ボルグは幼少時代に(サーブのトスを上げたときに)手の甲を見るようにと、テーピングを手につけていました。その名残でプロになってもテーピングを手に巻いていたのです。

応用行動分析学の初学者向けの研修や教科書などでは「プロンプトを使ったら、最後はフェイドアウトすること」みたいなルールを見かけることがある。でも、フェイドアウトしようとしてもできなければしなくてもいいこともある。ボルグのテーピングはそのいい例だ。

見かけは悪いけど、ウィンブルドン五連覇をはじめ数々のタイトルを獲得し、歴史に残るプレイヤーになったのだから。

gakuseinimotomeru

DISCO Networkによる「企業の新卒採用調査アンケート」の結果から引用。

文系も理系も「コミュニケーション能力」と「熱意」がトップにきているところが面白い。確かに最近の学生の苦手なところだ。

理系では3位の「専門的知識」が文系ではナント20位。

文系(あまりにおおまかな括りだけど)の専門的知識は企業では役に立たないということか? それとも文系の卒業生が企業でその専門的知識を発揮して活躍できるようになるまで指導できていない大学側の問題だろうか?

教員養成系の大学に関して同じような調査があるかどうか探してみようと思う(本来はこういうデータがあって、大学の教育システムも評価できるし、改善できると思うのだが....)

snowbord2005

過去数年間、保健体育講座が開設している健康スポーツという授業にはスケジュールが許す限り、「特別ゲスト」として、できるだけ参加してきた。

そうでもしないと忙しさにかまけて雪山にでかけないってこともあるが、ふだん交流のない学部生と話をして、昨今の学生気質を探ったり、スキーやスノーボードの講習プログラムを拝見して、インストラクショナルデザインの観点から考察したりと、他にもいろいろなメリットがある。

今回はボード講習に同席させてもらったのだが、いくつかの面白い発見があった。そのうちの一つが「パニック」である。集団ヒストリーとか発作まではいかない、言うなれば「戸惑い」程度ながら、それが起こると適切な行動が自発されなくなる状態だ。

たとえば、ボードの初心者にありがちなのが、進みたい方向とボードが逆に向いていることに気づかずに、一生懸命逆側に体重をかけ、それでもボードが反対側に流れていくので「パニック」になり、バランスを失って転んでしまうことだ。

対処法は一度完全停止して(座ってでも)ボードの向きを修正してから再開するか、それともボードの向いている方向に一度進んでからターンすること。

ところが「パニック」になると、こうした行動が出現せず、うまくいかない行動(逆側に体重をかけ続ける)ばかりが出現する。行動分析学的に言えば、消去によるバーストと呼ばれる現象であるが、学生たちを観察していると、単に不適切な行動が増加するだけではなく、体中の筋肉が過緊張し、(おそらく心拍数・血圧も上がり)、認知的にも「え〜? どうして〜? なんで前に進まないの?」と、頭の中は?マークだらけになっているようだ。

最終的には転んでしまって、次に立ったときに、たまたまボードの位置が進みたい方向と一致していれば、今度は問題なく滑り出せる。たまたま再度逆方向になれば、再びパニックとなる。

おそらく、こういうパニックが起こったことをまずは自分で認識して、対処策を考えられるように練習することが大切なのだろう。つまり、こういうことである。

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
動転している自分 「パニックだ」とタクトする 一度座ってみる(−)
転ばなくてすむ(↑)
どうすればよいかわかる(↑)

kyudo-2

スポーツアトム研究会の特別体験企画第1弾は「弓道を体験しよう会」。

元学生チャンピオンの江本さんによれば「初心者がはじめて弓をいって的に当てることなどあり得ない」とのこと。

自他共に認める負けず嫌いっ子は、この言葉にムキになって張り切ったが、これがなかなか難しい。

上田先生が指摘しているように

弓道体験(動きを)止めるのではなく、常に動いているなかで、その動きをうまくコントロールすることが重要になってくる

なにしろ、銃のスコープのような標的を狙うための道具がない。顔(視線)と弓は平行で、弓の後ろからではなく横というか、前の方で狙いを定めなくてはならない。そして、ブルーワーカーのように引っ張った弓は微妙に動いて止まらない。

ただし「矢が飛ばない」ってことは自分に限ってはなく、3射とも的の上方をはるかに超えて、後部のブロックに激突した。

江本さんは一撃で命中。カッコよすぎ。

自分の身体のさまざまな箇所の位置関係、動きなどを、射った弓がどの方向にどのくらいずれていたかによって修正していく能力が大きく関わっていそうだ。

比較的近いのはゴルフかもしれないなぁ....

参加者は江本さん以外はほとんど初心者だったが、皆、この新しい体験を楽しみ、興奮していた。日常的にはない動作をすること、少しずつでも上達すること、何人かが同じ課題に同時に取り組むことで競争的・協同的な要因が入ってくることなどで「楽しさ」が生まれるようだ。このへんに「遊び」の本質があるのかな。

kyudo
iwork

松井先生の予測は正しかった! ついに$500マックが誕生。

CPUがG4ってところがミソだけど、Windowsユーザーの移行を狙っているのだろうから、スペックはこれで十分だと思う(XPはウィルス対策などセキュリティソフトをインストールすると結局めちゃくちゃ遅くなる。Macならそういうことがないから)。

キーボードやモニターはご自由に!っていう考え方も、すべてを純正品で!という、アップルがこれまで奨めてきた、ある意味、無意味なポリシーを覆すもので好感がもてる(ワンボタン式マウスに固執してきたのに、スクロールマウスについて言及しているところが笑える)。

iPodやiPodMiniを買って、アップル慣れしてきたWindowsユーザーにはかなり魅力的なお品になることでしょう(ボディカラーもそれを考慮してオフホワイトなんだろうね)。

同時に何気に登場したiWorkにも注目(なんだろ、このワープロソフトみたいのは....)

macmini
tokusimakyoikucenter

新設された徳島県立総合教育センターを見学に行ってきました。昨年末のことです。

特別支援教育課の飯田先生にお会いしにうかがったのですが、国府養護学校の教材データベースをリンクしていただくため、情報教育課にも立ち寄りました。

それにしても立派な建物。敷地も広いし、部屋や臨床のための設備も立派です。プレイルームの遊具はオランダから取り寄せたそうです。

会議室や研修室も整っています。サマースクールなどの教員研修は将来的にはこちらで開催するほうがいいのかもしれません。

また、すでに近隣の保護者から教育相談の要望がたくさん来ているようですが、スタッフが足りないので、ウェイティングリストができてしまっているそうです。

部屋は十分にあるそうですから、大学に臨床の部屋を増やすより、提携して、こちらの施設で大学が臨床サービスを提供してもいいのでは?とも感じました。

所在地が板野なので、県南の人たちからは「遠すぎる」と批判されているそうですが、これだけの施設を市内中央部に作るわけにもいかないでしょうから、これは仕方がないと思います。

情報教育課の話では県内の学校(高校と盲聾養護学校)にはパソコンを使ったTV会議システムが設置されたそうですから、そのへんをうまく利用していく方法を見つけるというのも一案でしょう。さっそく来年度のケース研究では活用してみたいと思っています。

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