2004年11月アーカイブ

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「一太郎 for Linux いよいよ発売!」という新聞記事を読んだ。WindowsだけじゃなくMac用とも互換性があるって書いてあったから、驚いてジャストシステムのサイトをチェックした。Mac向け一太郎なんてもう何年も前に開発中止になっているから。

互換性があるというのはAtokのユーザーインターフェイスと辞書データのことを指しているようだ。予想通り、Mac向け一太郎はでてません。MacOSXはBSDという、ほぼリナックスと同じようなシステムがベースになっているんだから、この一太郎 for Linuxの派生バーションとしてそのうち開発されたりして.... (ちなみにこの製品は、RedHat Linuxが対象らしいけど、RedHatってもうサポートが終わっているんじゃなかったっけ?)

一太郎には日本語ワープロの第一人者(?)として、ぜひとも、もっともっと使いやすくなるように改善してほしい。

Windowsユーザーの間では、Wordと一太郎を比較することがよくあるみたいだけど、自分にとってはどちらも使いにくすぎ。特に表の作成・修正に関する操作性は、どちらも投げ出したくなるほど悪すぎる。

たとえば、表のセルの上下のセンタリング。 EGWordやAplpeWorksなら一発ポンでできるこの操作が、Wordでも、一太郎でも、いまだにどうすればよいのか分からない。そもそもできるのだろうか?

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先週は書込6件でぎりぎりの目標達成。ネタはたまっていくばかりなんだけど....

ちなみに、土曜には楽しい飲み会がありました。

TVの教育番組はほとんど観ないのだが(イライラするから)、たまたま日曜の朝に放映されていたNHKの『課外授業ようこそ先輩』に興味を惹かれた。

MAYA MAXXさんという画家が小学校に招かれ、子供たちに「自分らしく描く」ことを教える。「絵を描くことに正解も間違いもない。自分の気持ちを見つめよう」というのが彼女のコトバ。

授業では子供たちを4~5人のグループに分け、「冷たい」をイメージする絵を自由に描くように指示。自ら特殊なクレヨンを使った印象画を例として見せていたが、ほとんどのグループはむしろ説明的な絵を描き上げて発表。そのギャップも面白かった。

「説明的な絵」とは、たとえばプールで水をかけられて冷たそうにしている女の子とか、友達に「シカト」されて寂しそうにしている子とか、あるいは北海道の地図のように、何らかの意味がこめられた絵である。行動分析学的に言えば、イントラバーバルとして「冷たい」を引き起こすような言語行動をタクトさせるような絵のことである(いま、そう定義した)。つまり、北海道の地図→「北海道」→「寒い」→「冷たい」など。

MAXXさんの見本は、そうした言語行動の介在なく、絵を見たら「冷たい」と思うような私的出来事を生じさせるような絵だった。簡単に言えば、見たらブルっとくるような絵である。つまり、(抽象的な)絵→寒け(私的出来事)。

もしかしたら、芸術とは、作者が感じている私的出来事を言語行動の介在なく、作品を鑑賞する人に再現することなのかな、なんて考えた。

ちなみに私は芸術性ゼロ。小学校では図画工作の成績はいつも「2」(5段階で)。描いていたのは下のような、まさに「説明的な絵」だった(教師から通知票にそのようなコメントをもらったことを覚えている)。

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立ちション vs 座りション?

TOTOの調査によれば、洋式便器を使っておしっこするとき、今や男性の4人に1人が座って用を足しているという(日経新聞、2004.11.21)。

「掃除が楽になるから立ってするのはやめてよ」という奥さんからのプレッシャーで座らされる旦那さんが多いそうだが、少し可哀想な気もする。

もちろん、そこらじゅうに飛沫を飛び散らかしたままにする旦那さんの味方をするつもりはないのだが、「立ってするなら自分で掃除してよ」という奥さんには、小言によるマネジメントはほとんど成功の見込みがないことをお伝えしたい。夫婦関係がギスギスするだけですよ。

むしろ、旦那さんの掃除行動の随伴性を分析して、賢いマネジメントを試していただきたい。(ちなみに、そんなときに参考になるのがでご紹介した『うまくやるための強化の原理』です。)

ここでは便器製造会社か洗剤会社にむしろ逆説的な提案をしてみたい。

最近ではトイレのタンクなどに入れておく洗浄液が普及しているが、どうやらこうした洗剤にも限界があるらしい。それなら逆に、飛沫した小便が見えやすいように化学変化を起こさせるというのはどうだろうか?

飛沫した小便はそのときは目立たないが、長期間の蓄積をへて、洗剤でも落とせなくなるような汚れ(尿石)になるらしい。便器を掃除する行動とこの環境変化の関係を分析してみると、これが「チリも積もれば山となる型」であることが分かる。こうした随伴性では便器をふく行動は強化されない。

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
汚れが目立たない 便器をふく 汚れをこびつかさなくてすむ(−)

だから、この問題の解決策は、便器をふく行動を強化する随伴性を新たに付加することである。たとえば小便が付着すると目立つ色(赤とか?)に変化するような素材あるいはコーディングを便器にほどこす。ただし、ペーパーなどでかんたんにぬぐい落とせるようにする。

そうすると随伴性はこう変わる。

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
汚れが目立つ(赤い点々) 便器をふく 汚れがとれる(赤い点々なし)(↑)

奥さんから小言を言われるとカウンターコントロールによっていよいよ飛ばしまくる旦那さんも(そんな人はいないだろうけど)、随伴性がこのように整備されれば、自発的に掃除をしてくれるのではないだろうか?

旦那さん・奥さんへの日頃の勤労感謝にささやかな提案でした。

立ちション vs 座りション?

TOTOの調査によれば、洋式便器を使っておしっこするとき、今や男性の4人に1人が座って用を足しているという(日経新聞、2004.11.21)。

「掃除が楽になるから立ってするのはやめてよ」という奥さんからのプレッシャーで座らされる旦那さんが多いそうだが、少し可哀想な気もする。

もちろん、そこらじゅうに飛沫を飛び散らかしたままにする旦那さんの味方をするつもりはないのだが、「立ってするなら自分で掃除してよ」という奥さんには、小言によるマネジメントはほとんど成功の見込みがないことをお伝えしたい。夫婦関係がギスギスするだけですよ。

むしろ、旦那さんの掃除行動の随伴性を分析して、賢いマネジメントを試していただきたい。(ちなみに、そんなときに参考になるのがでご紹介した『うまくやるための強化の原理』です。)

ここでは便器製造会社か洗剤会社にむしろ逆説的な提案をしてみたい。

最近ではトイレのタンクなどに入れておく洗浄液が普及しているが、どうやらこうした洗剤にも限界があるらしい。それなら逆に、飛沫した小便が見えやすいように化学変化を起こさせるというのはどうだろうか?

飛沫した小便はそのときは目立たないが、長期間の蓄積をへて、洗剤でも落とせなくなるような汚れ(尿石)になるらしい。便器を掃除する行動とこの環境変化の関係を分析してみると、これが「チリも積もれば山となる型」であることが分かる。こうした随伴性では便器をふく行動は強化されない。

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
汚れが目立たない 便器をふく 汚れをこびつかさなくてすむ(−)

だから、この問題の解決策は、便器をふく行動を強化する随伴性を新たに付加することである。たとえば小便が付着すると目立つ色(赤とか?)に変化するような素材あるいはコーディングを便器にほどこす。ただし、ペーパーなどでかんたんにぬぐい落とせるようにする。

そうすると随伴性はこう変わる。

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
汚れが目立つ(赤い点々) 便器をふく 汚れがとれる(赤い点々なし)(↑)

奥さんから小言を言われるとカウンターコントロールによっていよいよ飛ばしまくる旦那さんも(そんな人はいないだろうけど)、随伴性がこのように整備されれば、自発的に掃除をしてくれるのではないだろうか?

旦那さん・奥さんへの日頃の勤労感謝にささやかな提案でした。

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『うまくやるための強化の原理—飼いネコから配偶者まで』
プライア,カレン【著】 河嶋 孝・杉山 尚子【訳】 二瓶社 1998 ISBN:4931199550

この本の原書は「Don't Shoot the Dog!」。叱ったり、なじったりしなくても、愛犬はしつけられますよというメッセージだ。

しかも犬だけではない。なつきにくい猫とか、近所のうるさいおじさんとか、あるいは、読者が自分でもやめたいと思っている癖までも。

「強化」の仕組みさえ理解すれば、行動は変えられるということを、とても分かりやすく解説してくれる本である。

行動分析学の初学者にお薦めです。

うまくやるための強化の原理―飼いネコから配偶者までうまくやるための強化の原理―飼いネコから配偶者まで
カレン プライア Karen Pryor 河嶋 孝

二瓶社 1998-06
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大学のネットにつながりません。 サーバーダウンの連絡あったっけなぁ? と思って調べてみたら、うちの大学ではなく徳島大学が停電だと分かった。 うちの大学は徳島大学の下流側にあるんで、上流が止まるとお手上げなのだ。

う〜ん。

独法化されたんだから、横並びのsinetのみに頼らず、独自の回線も確保して欲しいな。

午後はあさっての授業準備をする予定だったのに、これじゃ仕事になりまへんわ。

こういうとき、blogをココログに引っ越してよかったなと実感しますな。少し記事でも書きますわ(なぜか京風?)。

「若い人たちが変わればニッポンも変わる」... 旧態依然とした証券業界に、ネットを活用した個人顧客重視という新たなビジネスモデルを持ち込んで風穴を開けつつある、松井証券の松井道夫社長さんのコトバである。NHK総合、『週刊経済羅針盤:証券界の風雲児登場!』(2004.11.21放送)で特集が組まれていた。

インタビューの中で印象に残ったコトバがもう一つ。いわく、「給料をもらって働く社員はいらないんですね。働いて給料をもらう社員がほしいんです。」

まさに随伴性である。ただ、そういう「意識」を持つ--つまり言語行動の変容だけで--社員のパフォーマンスに影響を及ぼせるものなのか、それとも実際の随伴性(人事考課など)も変えないとならないのかが興味のあるところだ。

カリスマ的で強烈なキャラクターを持つ松井社長さんの存在が、むしろ社員が会社を選択する(そして会社が社員を選抜する)仕組みとして機能している可能性もありそうだ。社長のメッセージだけでパフォーマンスが変わる人--つまり価値観を共有している人--が残り、そうでない人は去っていくということかもしれない。

参考までに、松井社長さんのちょっと変わった語録は松井証券のHPに公開されている。

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徳島ABA研究会で自閉症の刺激の過剰選択性に関する古典的な論文を紹介した(資料はここ)。

「刺激の過剰選択性(stimulus overselectivity)」とは、環境の特定部分に注意を向けてしまって、他の刺激に注意が向きにくいという特性である。最近では「シングルフォーカス」とも呼ばれている。

学校現場ではよくよく見られる現象なので、先生たちにはわかりやすかったようだ。好きな活動をカードで要求するのを教えたのに、ちょっと場面が変わっただけでカードが使えなくなるなどの例があげられた。

類似した現象は健常児でも成人でも条件次第で見られることがある。たとえば、図と地では図の方に注意が向きやすいとか、一度、それで弁別学習が成立するとそれ以外の刺激要素が弁別刺激になりにくいという「ブロッキング」という現象だ(研究会では上の図を使って試しにやってみた)。先生によって注目する特性がばらばらで面白かった。

自閉症児のこの特性にどのように対応できるのか? 次回はそうした研究について情報提供する予定である。

日本人初のNBAプレーヤーとなった田臥勇太がナイキジャパンのCMに起用されている。

「何万回もパスをし、何万回もドリブルして、何万回も相手をフェイクし、何万回も速攻をだし、何万本もシュートを打って、何十足もバッシュを履きつぶし、僕はアメリカのコートに立った」という彼のメッセージはとても印象的だ。

天才のように見えるプレイの裏には単純な練習の積み重ねがある。

アトムにつながるヒントかも。

製品評価技術基盤機構では、医療・福祉で活用するために、人間の足の太さ、バランス、柔軟性、関節可動域など、さまざまな人間特性をデータベース化しているという(von Dionysos bis Physis, und....)。

先ごろ他界された行動分析家の O. R. リンズレイ先生は、今から30年以上前に、人間の読む、書く、計算する、つかむ、歩くなど、さまざまな行動の「頻度(fluency frequency)」のデータをデータベースとして収集、蓄積しようと発案していた。

「Behavior Bank」 と呼ばれたリンズレイ先生のこのアイディアは、あまりにも時代の先を行き過ぎて実現しなかったが、「頻度」という共通の測度と、スタンダードセレレーションチャートという共通のグラフ書式でデータを蓄積するという考え方は、プリシジョンティーチングを実践し、研究している教師や研究者に今でも引き継がれている。

人間の基本的な行動のリストアップとその標準的な頻度をデータベース化する.... 今では不可能ではないし、教育や福祉、産業界にとっても有益なプロジェクトになるような気がする。

ちなみに、リンズレイ先生には1997年にシカゴで開催された国際行動分析学会のとき、なぜか夕食のお誘いを受け、先生がひいきにしてらっしゃるというお店でソフトシェルクラブをたらふくご馳走になった。日本の九九の素晴らしさと限界を一生懸命話して下さった。また機会があれば思い出して書き綴ってみたい。

Cambridge Center for Behavioral Studies の特集ページはこちら

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実験装置を作るのに久しぶりにハンダごてを使って工作していたら、火傷してしまった(ブザマ)。

コードを踏んづけた途端、机から落下したハンダごてを“反射的に”つかもうとしてしまったのだ(疲れがたまってくるとこういう過剰般化が起こりやすくなるような気がする)。

傷跡は後の祭りだけど、授業でオペラントとレスポンデントの区別を教えるのには役立ちそう。

身の回りにあるレスポンデントの例をあげさせると、「泥水がはねたのを反射的によける」とか「殴られそうになったので反射的に殴り返した」など、実はオペラントである行動をレスポンデントと混同する学生がたくさんいる。

“反射的に”という表現が日常的には「とっさに」という意味で使われるようになってしまっているので、混同するのもやむをえない。

それに、日常生活に埋め込まれている自然の随伴性(行動内在的随伴性)によって形成される行動は、人から教えられたという意識がないぶん、まるで生まれ持って備わっていたように感じるのだろう。

ハンダごてを握った直後に熱くて手をひくのはおそらく反射だからそれと対比させればいい教材になるだろう。

転んでもタダではおきないぞ。

今週のWeb書込は11件で目標達成。さいさきよいスタート。

それからタイトルやカテゴリー名を日本語にしてみた。今週も継続して、閲覧しやすいようにちょこちょこ改善する予定。

ようやく出ました。

自分で自分のパフォーマンスマネジメントをしていて、最も達成率が低いのが執筆行動なんですが、この本は足掛け3年。出版社の米田さんに何度「ごめんなさい」をしたか数えきれないくらいです。

インストラクショナルデザインは行動分析学が「教育」に貢献できる大きな柱ですが、残念ながら日本にはこれまであまり紹介されていません。どちらかというと、教育工学系あるいは認知科学系の話かと思われるかもしれませんが、教育工学の基礎を作った一人はB.F.スキナーであることは(長井秀和風に)間違いないですし、お弟子さんの一人である S.M.マークルの著書はインストラクショナルデザイナーにとってはバイブル的な本となっています。

本書では「どうすれば上手く教えられるか」について、行動分析学にもとづいたインストラクションデザインの考え方をできるだけわかりやすく解説しました。

授業づくり、教材作成、研修計画の立案などにご活用いただければと思います。

インストラクショナルデザイン―教師のためのルールブックインストラクショナルデザイン―教師のためのルールブック
島宗 理

米田出版 2004-11
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機能的分析(行動随伴性の机上分析)を教えるのに、授業では『行動分析学入門』流ではなく、『パフォーマンスマネジメント』流の随伴性ダイアグラムを使っている。その方が短時間で簡単に理解しやすいからだ。

行動分析学の初歩を学ぶ上では有効だと思うのだが、それでもゼミ生までが「弱化」と「消去」を混乱するたびに、『行動分析学入門』流ダイアグラムの方が、概念の詳細で正確な理解には有効かもしれないと思い悩む。

たとえば、対面で指導中、課題が難しくてかんしゃくを起こしてしまう生徒の行動の機能的分析。

『パフォーマンスマネジメント』流ダイアグラムならこうなる。

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
課題が難しいとき 課題を机の上から叩き落とす 課題をやらなくてもすむ(↑)

嫌子消失による強化である。この学習環境を矯正するための改善策をダイアグラムで書くところまではできるのだが、

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
課題が難しいとき 課題を机の上から叩き落とす 課題をやらなくてはならない(↓)

この随伴性の名前は? と質問すると「弱化」という答えが返ってきてしまうのだ。

これが『行動分析学入門』流ダイアグラムなら次のようになる。

直 前 行 動 直 後
難しい課題あり 課題を机の上から叩き落とす 難しい課題なし(↑)

直 前 行 動 直 後
難しい課題あり 課題を机の上から叩き落とす 難しい課題あり(−)

行動の前後で環境が変化していないので消去であることがことがわかりやすいし、嫌子が出現していない(あるいは好子が出現していない)ので弱化ではないことも明白である。

よって、おそらくこのダイアグラムを使えば、「弱化」という答えは返ってこないだろう。

とっつきの良さをとるか、正確で厳密な思考力をとるか、考えどころである。

機能的分析(行動随伴性の机上分析)を教えるのに、授業では『行動分析学入門』流ではなく、『パフォーマンスマネジメント』流の随伴性ダイアグラムを使っている。その方が短時間で簡単に理解しやすいからだ。

行動分析学の初歩を学ぶ上では有効だと思うのだが、それでもゼミ生までが「弱化」と「消去」を混乱するたびに、『行動分析学入門』流ダイアグラムの方が、概念の詳細で正確な理解には有効かもしれないと思い悩む。

たとえば、対面で指導中、課題が難しくてかんしゃくを起こしてしまう生徒の行動の機能的分析。

『パフォーマンスマネジメント』流ダイアグラムならこうなる。

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
課題が難しいとき 課題を机の上から叩き落とす 課題をやらなくてもすむ(↑)

嫌子消失による強化である。この学習環境を矯正するための改善策をダイアグラムで書くところまではできるのだが、

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
課題が難しいとき 課題を机の上から叩き落とす 課題をやらなくてはならない(↓)

この随伴性の名前は? と質問すると「弱化」という答えが返ってきてしまうのだ。

これが『行動分析学入門』流ダイアグラムなら次のようになる。

直 前 行 動 直 後
難しい課題あり 課題を机の上から叩き落とす 難しい課題なし(↑)

直 前 行 動 直 後
難しい課題あり 課題を机の上から叩き落とす 難しい課題あり(−)

行動の前後で環境が変化していないので消去であることがことがわかりやすいし、嫌子が出現していない(あるいは好子が出現していない)ので弱化ではないことも明白である。

よって、おそらくこのダイアグラムを使えば、「弱化」という答えは返ってこないだろう。

とっつきの良さをとるか、正確で厳密な思考力をとるか、考えどころである。

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手と脚の協応の課題を模索中。

コーディネーションの教科書に載っている「靴踊り」とか「操り人形」はわりと簡単にできるので、エアロビクスの得意な大西さんに、ちょっと難しめの動きを考えてもらった。

腕は「ライダー、変身」の要領で、右、上、左へと回す。同時に、脚はぐー(閉脚)、ちょき(前後に開脚)、ぱー(左右に開脚)に開閉する。この3拍子を繰り返す。動画はこちらから。

自分の場合、マスターするのに十数回練習が必要だった(竹田さんはまだ練習中)。

こうした課題をさらっとかわす人となかなかできない人との違いは何なのか。手だけ、脚だけならできるのだから、ポイントは「協応(コーディネーション)」ということになる。

手と脚の協応というオペラントとしての反応クラスがあるのだろうか? それとも、何らかの先天的な要因あるいは低年齢児の経験(発達的な要因)が決め手になるのだろうか?  トレーニングを上手にデザインすれば成人も学習可能な力なのだろうか?

多くの人は子どもの頃にした運動の質と量によって決まる、不可逆的な能力だと考えているようだが.....

これからいろいろ調べてみようと思う。

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アメリカではブッシュ大統領が再選をはたした。
嘆き悲しんでいる友人も多く、日本でも報道されているように、東海岸と西海岸の州をカナダと合併し United States of Canada を建国したいなんてバカげた話まででている(カナダ人にとっては迷惑な話だ)。

日本のニュースで一番気になったのが、州別の知能指数ランキングと勝敗の結果。IQが高い順に州を並べ、ケリー候補が勝った州を青、ブッシュ候補が勝った州を赤に塗ったこの表は衝撃的だった。それでネット検索したら情報源のサイトがみつかった(IQ and Politics

IQの取り扱い、そしてこの手の相関関係の分析は意外にややこしく、この分析が妥当なものであるとも言えない(現に、ネットでは他のデータや分析をだす人もあらわれている)。

自分にとって興味深かったのは、教育に関するこのような地域格差のデータが公のものとして入手可能なことである。

おりしも我が国では「三位一体改革」の名の元、義務教育費の国庫負担を減らし、地方への税源移譲をする案が、喧々諤々進められている(停滞しているみたいだけど)。

税源移譲することで地方での教育格差がでるからというのが反対派の主な理由だが、「地方格差」に関する何らかのデータはあるのだろうか?

文部科学省のHPを始め、ネット検索を続けているが、県別IQランキングのようなデータは見つからない。文科省はかつて全国学力テストを実施していたはずだし(またやるらしい)。センター試験などの得点も県別で分析できるはず。

ところが見つからない。

元メディア教育開発センター長の坂元昂氏は「Eスクエア・プロジェクト総括評価報告書」の中でこう述べている。

日本でも実証的な評価研究は必要となる。コンピュータ利用校で教科の学力を上げるのに本当にどれだけ役立ったか。日本ではこれまでタブーになっていた。教科の学力検査は、現場ではなかなかできない。県別の比較も難しかった。コンピュータの普及率でも、県別の比較表が出るようになったのは、何年か前のことである。地域間の格差を表に出すのを、日本は徹底的に嫌っていたので、それを表に出して、悪いところを叱るのを日本は避ける傾向にある。悪いところは、ほかと並ぶように伸ばそうとすべきである。そのために比較データを使う。学力が伸びたところがあれば、伸びていないところでも上手に使えば伸びるはずという発想が大切である。原因研究して伸ばせばよい。

同感である。

官僚の皆さん、議員の皆さんには、ぜひデータを元にした議論を進めていただきたいと思う。

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Webでの情報発信を活性化する夏のセルフマネジメントプロジェクトを総決算。
グラフから明らかなように、日記での週間報告を中止してから、書込件数が減少した。
もちろん、新学期が始まってより一層忙しくなったという外的な要因が影響しているとも考えられる。
そこで反転法を使ってこの真偽を確かめてみることにする。

ここから先は「秋」のプロジェクトである(あっという間に「冬」になると思うけど)。

今回はグラフを毎週アップしなくてすむように、この日記(トップページ)の左下に自動的にグラフが表示させるように設定してみた。週ごとに累計した上のグラフよりは読み取りにくいけど、傾向はつかめるだろう。

さて、どうなるか。

怪しげだけど真実が潜んでいそうな理論に興味を惹かれる。「ナンバ」の動きもその一つだけど、この本もまた面白い。

たとえば、国や文化や母語にかかわらず、多くの幼児が母親をM音で呼ぶことを(「マム、ママ、マミー、など」)、乳児が母親の乳首に吸い付いて乳を吸うときの音にその起源があると分析し、さらに、

こうして、赤ん坊にとってM音は、口いっぱいの乳首や、掌いっぱいの乳房、お腹に満ちていく甘い乳と共に存在している。Mは赤ん坊のまっさらな脳に、満ち足りた、充足感の音として刷り込まれているのである(p.20)

と解釈している。

このように、ことばの音にはそれぞれ「クオリア」(感性の質)があり、組み合わせによってサブリミナル的に働くというのが著者の理論である(たとえば「タナカマキコ」が「タナカマユコ」だったらあそこまで攻撃的なイメージにはならないだろうなど)。

面白いのは、音のイメージという心理的な特性が物理的な特性と環境的な要因から説明できると考えているところ。

M音に関して言えば、確かに乳児が最初に作る音がM音であり(物理的に)、そしてそれがちょうど乳を飲むときにでる音なので、母親が最初の要求行動(マンド)として強化しやすい音となる。さらに、レスポンデント的にも、乳や安堵感と組み合わされるということによって、M音が条件刺激となる可能性もあるだろう。

また、いくつかの刺激が組み合わされて、複合的な効果を及ぼすという仕組みは、スキナーの言語行動論にも一致するところがある。

このような理論は実験的にどこまで検証できるのかどうかは不明だが、行動分析学から解釈して、どれだけ辻褄があうのかを検討するのも面白いかもしれない。

怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか
黒川 伊保子

新潮社 2004-07
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大学が独法化されて半年経った。

残念ながら今のところ仕事上のメリットはほとんど感じられない。

労働裁量制ということで、たとえば出張のためのお役所的なペーパーワークなどはずいぶん軽減されるだろうと見込んでいたら、そんなこともない。裁量が効くぶん、あとから責任を問われないように、むしろ杓子定規的な仕事が増えたようにさえ感じる。

研究費の使い方も同じ。たとえば、Movable Type を大学の経費で購入するのも、結局、諦めざるをえなかった。会計係が支払い処理できなかったからだ。ところが、先日、ある新聞に「官僚がblogで情報発信」という記事を読んだ。メモをとらなかったので記事の出所がわからなくなってしまったのだが、たぶん、経済産業研究所の「e-Life Blog」のことではなかったかと思う。

経済産業研究所は独立行政法人である。ここのサイトでは Movable Type が使われている。Movable Type を取り扱っている Six Apart ではクレジットカード決済しか受け付けていない。うちの大学はクレジットカード決済ができないので購入できなかったのだが、国立大学法人と独立行政法人とは会計上のルールが異なるのだろうか。

いみじくも、現在、大学からの情報発信を推進するために、各講座や教官のホームページを充実させる取り組みが大学をあげて行われようとしている。講座や教官がblogページを持てるようにすれば、この手の仕事はかなり進めやすいと思うのだが.....

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今日、ふと気づいたこと。

学内で書類をやりとりするのに、古い封筒に宛先と差出人を書き込める、いわゆる「再利用封筒」を自作して使っている。

再利用されているなら廻り回って自分のところに返ってきてもよさそうだけど、これまでそんなことはほとんどなかった(自分が宛てた先からそのまま返ってきたことはあったけど)。

長旅の末、どこかで任務を完了し、親元に帰るまでに処分されているのだろうか。それとも再利用封筒というものはなかなか再利用されないものなんだろうか。

謎である。

長らく更新が停滞していた日本行動分析学会のHPだが、いよいよ新しいサイトが立ち上がるようだ(現時点では準備中)。

事務局だより」もblogで登場。画期的である。 ☆5つ。

これからは学会の最新情報がタイムリーに発信されそうで、期待できる。

「WEBサイト再開プロジェクト」として結成されているチームの先生方--浅野俊夫先生、藤健一先生、望月要先生に感謝したい。

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