2004年9月アーカイブ

eLearningやWBTの開発プロジェクトに関わっていると、「これじゃ学習は進まないだろうに...」という教材によくお目にかかる。

中には自らFlashなどのオーサリングシステムまで勉強して、教材を作ってしまう熱心な先生もいる。

残念ながらあまり理解されていないのは、マルチメディア教材でアニメーションを使うだけでは「学び」は進まないということだ。

今回のタイへの派遣でも何回か出くわしたのは下の図のタイプ。概念の弁別の練習をさせるゲーム(この場合、英語の動詞の現在形と過去形の区別を例にしてみた)。動詞のカードをマウスでつかんで、現在形か過去形の箱に入れていく。正しければ箱に入り、間違っていれば元に戻される。だが、これでは学びは保証できない。

flashexample350.jpg

なぜか?

ユーザーテストをすればすぐにわかると思うのだが、もちろん、動詞カードを読んで、現在形か過去形かの判断をしてからマウスの操作をする子どももいる。ところが、必ず、動詞カードを読まずに適当に箱に入れる子どももあらわれる。2回に1回は正しい箱に入るし、左に入らなければ右に入れればいいのだから、つまり、実は、動詞カードを読んで判断しなくても最後までできる課題なのだ。

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
動詞カードを見ないで マウスを操作する 箱に入る(↑)
(1/2は)

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
左に入らなければ 右に入れる 箱に入る(↑)

それでは「学び」を保証するにはどうすればいいだろうか?

最も簡単な改善策は各カードにつき、最初のトライで箱に入らなければアウトとして、たとえば8枚中6枚以上入らなければ失格とすることだろう。つまり達成基準をつくってそれを目標にゲームをさせるということだ。

あるいは時間制限をつけてもいいだろう。ユーザーテストをしてマスターした子どものスピードを調べる。そして上記のように適当に操作をしていたら間に合わないくらいのタイムリミットを設定すればよい。

そのような設定によって、「動詞カードを読んで、正しい判断して、正解する」という一連の行動が強化されるようになるのだ。

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
動詞カードを読んで 右(または左)に入れる 正解する(↑)

「芸術性は教えられるのか?」とタイの先生に質問された。

「ゴーンペーッ」という詩について教えるプログラムの中で、先生たちが「リズム」と呼ぶ指導目標について、検討していたときのことだ。

インストラクショナルデザインの考え方では、指導目標はできるだけ具体的に定義する。そのためには、まず何を教えようとしているのかを明確にしなくてはならない。

「決まった位置で韻をふむ」「決まった声調を使う」「擬人化、比喩などの技法を使う」などについては、かなり具体的に、明確に定義できたのだが、この項目については曖昧だった。

「リズム」がある詩とない詩では、どこがどのように違うのか? と質問していくと、「テンポ」とか「雰囲気」とか「ことばの選択」とか、さまざまな、しかも先生によって異なる答えが返ってくる。どうやら、人によって「リズム」の解釈が異なるらしい。

他の指導目標は、どちらかというと詩を書くときに守るべき約束事や技法に関するものだったのだが、どうやら「リズム」については、約束事やテクニックをうまく使ったときに詩の読み手に与える印象のことのようでもある。

「他の指導目標がすべて教えられたら、よいリズムの詩が書けるのか?」と聞いてみると、先生方は考え込んでしまった。どうやら、そうでもないらしい。そこで、一人の先生が「芸術性は教えられるのか?」と質問してきたわけだ。

体操などのオリンピックの競技にも技術点と芸術点があるように、おそらく詩にも客観的に評価できる技術点と、主観的にしか評価できない芸術点があるだろう。「ゴーンペーッ」の約束事や技法については、具体的に明確に定義することで、技術点を設定し、教えられるだろう。「リズム」については、先生たちの間で一つの詩についての評価が分かれるようなら、初心者には学びにくいはずだ(先生によって褒められたり、褒められなかったりするから)。

そう説明したのだが、先生たちは不満そうな顔をしている。自分たちは「芸術性」を教える仕事をしているのだという気持ちが強いのかも知れない。

そこで、ハトにピカソとモネの絵画を見分けるように教えられるというをしてみた。ピカソとモネの絵画を見分けられるようになることが「芸術性」を教えたことになるなら、「ゴーンペーッ」の「芸術性」も教えられることになる。「リズム」がある詩とない詩(弱い詩)を対提示して、どちらがリズムがあるかを判断させる練習をたくさんすれば、「リズム」という「芸術性」に関する判断はできるようになるかもしれない、と。

先生たちは、まだ納得がいかないようだったが、時間切れになり、次回までに検討してもらうことになった。

「技術点」を狙うか、「芸術点」に挑戦するか、先生たちがどちらを選ぶか楽しみである。

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タイの詩(ゴーンペェーッ)に引き続き、「消化器官」と「%」のコンテンツについて打ち合わせ。

「%」では、おそらく日本でもよくある問題を発見。

なぜか教材には買い物の例題が多いのだが(「120バーツの30%割引はいくらでしょう?」みたいな)、同時に、こんな問題も数多く含まれていた。

100バーツで仕入れた商品を105バーツで売りました。利益率は何%でしょう?

先生たちによれば正解は5%。

大学院生の頃に勉強した会計(組織行動マネジメント専攻コースでは授業の中にこうした単位が必修で含まれているのです)では、確か、

利益率=粗利益/売り上げ (売り上げ=仕入れ+粗利益)

だったはず。

ところが、タイの先生たちの公式は、

利益率=粗利益/仕入れ

である。

まず、これを確認したのだが、ミーティングに出席していたタイの先生全員(8人くらい)が後者の式が正しいと主張。

もしやタイの会計の特異性か?と思いながら、他の例題もみていくと、こんなものもあった。

おむつ50個入りで100バーツと70個入りで120バーツではどちらがお得でしょうか?

わかるひとにはわかると思うが、これは比率の問題であって、%(割合)の問題ではない。

おむつ1個あたりの価格=価格/個数

で計算するからだ。

これでわかった。%の教材に、割合を求める問題と比を求める問題が混在しているのだ。

上述のタイ式利益率も、

仕入れ1バーツあたりの利益=祖利益/仕入れ

とみれば比の問題としてとらえられる。

割合と比の区別を、タイの先生たちに説明して(かなり、たいへんだったけど ^^)、最後には自分たちが作った練習問題も「これは比の問題だわ」「これは割合ね」と区別できるようになった。

先生たちによれば、教科書では%の課題の直後に「利益率」がでてくるらしく、生徒たちはそこでつまづくらしい。「どおりで」と、先生たちも納得顔だった。

ちなみに、ミーティング後に、長期専門家の河原さんに調べてもらったところ、タイでも会社では日本や米国と同じように、割合として利益率を計算していることがわかった。

教科書の計算式がズレてしまっているようで...... う〜ん、この問題は私の手にはおえません。

おしゃべりMac

教材作成にMacの音声読上げ機能を使ってみようと、ターミナルから使う say というコマンドを使ってみた。

SF映画にでてくるロボットみたいで、笑えます。

あるサイトの英文を変換してみました(ただいま翻訳中の英文)。ここからどうぞ。

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JICAのタイ教育用情報技術開発能力向上プロジェクト(通称ITEd)でバンコクに出張中。

教育省のスタッフ(カウンターパートと呼ばれる)と、学校の先生たちが開発しているWBT(Web-Based Training Program)について、インストラクショナルデザインの立場から助言する仕事である。

昨日はタイ語の授業で取り上げられる「ゴーンペーッ」という詩について教えるコンテンツについてミーティング。
「ゴーンペーッ」は俳句のように音数が決まっている詩で8・8・8・8で詠む。決まった位置の音、決まった声調で音韻を踏んだり、比喩・暗喩・直喩、擬人化、あるいは枕詞のように、詩の世界でのみ特殊な意味を使うなど、たくさんのルールがある。

喧々諤々の討論だったが、タイの先生たちの文化を知るにはいい機会だった。

どんな文化か..... 時間があればゆっくり報告したい。

試しに@Niftyのココログへ引っ越してみました。

MTから書き出したファイルの文字コードをEUCからUTF-8に変換して、ココログから読み込んだら、一発で引っ越しできました。画像もok。

ベーシックプランだと細かなデザインの変更はできないけど、月額250円(税込263円)なら安いもの。

大学でサーバー立てて管理するよりもよさそうです。

行動展示!

asahiyama.jpg

クローズアップ現代(NHK)で、北海道・旭川にある「旭山動物園」の特集をやっていた。

つい何年か前までは廃園の危機に瀕していたこの動物園。「動物のすごさを見せる」という方針を打ち出して以来、入場者数を飛躍的に伸ばしたという。

オランウータンが地上十数メートルで綱渡りをしたり、ふつーの動物園だとよたよた歩きしているペンギンがものすごい早さで泳ぐのを水中から観察できたり、アシカ(セイウチ?)が天井の上のプールからつながっているチューブに降りてくるのを側から観察できたりするらしい(携帯のカメラでテレビ画面を撮影したんでよく見えないけど)。

この園では、「動物のすごさを見せる」ための工夫を「行動展示」とよんでいるそうな。従来の「飼育係」は「飼育・展示係」として生まれ変わり、動物を飼育するだけではなく、担当する動物たちが持っている魅力をお客さんに見せるにはどうしたらいいかを考え、実行することが職務となったそうな。

動物いっぴき一匹が持っている行動レパートリーと好子を熟知し、それらが自然に自発されるように環境を整える---まさに行動分析学的動物園と言えるのではないだろうか?

北海道に遊びに行く口実がまた一つ増えました。

あんな分析をしておきながら(あるいは分析したからか?)、ETCを取り付けにオー○バッ○スまで行きました。

ところが、

まことに申し訳ございませんが、9月17日から始まった「阪神高速ETC化キャンペーン」のため、阪神高速道路公団のサーバーに申し込みが殺到し、接続できない状態です。キャンペーンが終わるまでは登録もできない状態ですので、現在のところ申し込みをお断りしています。

とのこと。

それなら電話したときにそういって欲しかった...と思いつつ、ここまで遅延されたらもう駄目だな、とあきらめ状態。

何とかしてくれ! 道路公団。

三木谷浩史さん(楽天社長)日経新聞の記事(2004.9.21)・他社が一年かかることを1ヶ月でやる気構え ・ミーティングでは前日の夕方5時までに資料を提出すること ・経営会議での...発言は一人30秒が原則

3つのうち最後の2つを遵守するだけで会議は変わる。たぶん組織も。

大学・学校などの組織をてっとりばやく改善するには、単純さからいっても最適な標的行動だと思う。

あまりにコメントスパムが多いので、上田先生のところもコメント機能を停止したそうだ。

コメントスパムめっ!最近おおすぎである。よって、しばらくコメントできなようにせざるを得ない。 あしからず。

仕方がないので MovableType3.X を購入し、導入することにします。もうしばらくお待ち下さい。

前回「指導目標を決める思考」(2004.9.12)で取り上げた事例に取り組んでおられる先生方からお叱りを受けた。「私たちの事例のことを誰もが見られるweb日記に許可なく書かれてとても嫌な気持ちがした」とのこと。嫌な気持ちをさせてしまったことに、この場を借りて深くお詫びしたい。

先生方には昨日直接お会いしてお話し、ご説明したのだが、実は前回の解説は、その先生方が取り組んでいるケース以外の事例も参考にして書いたものである。特に「長期目標と中期目標のつながりが弱い」とか「学校行事をうまく進めることが優先されている」というのは、他の事例で見られた問題点である。複数の事例について書くと話がこんがらがるので、ひとつの代表例を取り上げてまとめさせてもらった。私の意図は特定の先生を批判することではもちろんない。その点は理解していただけたように思う。

コラボレーションプロジェクトを始めのが4年前。この年の事例研究は『コラボレーションプロジェクト2000』として公開されている。行動分析学について何も知らずに果敢にも事例研究に参加して下さった国府養護学校小学部の先生方には今でも感謝している。なにしろ、強化とか、好子とか、ベースラインとか、標的行動とか、応用行動分析学の基礎的な知識の研修はまったくしないまま、ほんとうに大ざっぱなところから始めたのだから。

そういう事情もあったから、当時、指導目標(標的行動)については、先生方の要望や考えをそのまま採用していた。ほとんど無修正だったと思う。

4年後。今年は各学校で自主的な研修会が開かれ、先生方がチームで事例を検討している。私からプロンプトされる前に、ホワイトボードにABC分析を書き出す場面もたくさん見られる。指導目標に関しても、個別の指導計画とからめ、長期目標、中期目標へとつながり、児童・生徒のQOLにインパクトを与えるにはどんな標的行動を選べばいいのか、時に悩みながらも、深い話し合いが行われている。

「指導の現場で教えるべき標的行動をうまく見つけて選ぶ技術はどのように身に付くのでしょうか?」と、核心をつく質問をする先生もいる。

これはたいへんな進歩である。そしてこの進歩は、私のような門外漢を学校に呼んで下さり、自分たちのこれまでの仕事のやり方に、ある意味で「いちゃもん」をつけられながらも、新しい考え方や視点、指導方法を、試し、取り入れ、失敗と成功を繰り返し、そして何より、それを研究として、次の指導や研修プログラムの開発に役立てることに同意して下さった先生たちのフトコロの広さによるものだ。

標的行動をうまく見つけて選ぶ技術はどうすれば習得できるか.... 先生方からの問いかけに応えるべく、来年以降のサマースクールで実施できるように研修プログラムの開発を進めて行くのが、今度は私の仕事になる。

協同で事例研究を進めながら、教育の現場に必要などんな思考やコミュニケーションが必要なのかを探し出し、そしてそのトレーニングプログラムを一緒にしていく。コラボレーションプロジェクトのこの枠組みに賛同し、参加して下さっているすべての先生方に、この場を借りて深くお礼したい。

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久しぶりに仕事を忘れて小旅行。明日から3日間。九州方面に温泉三昧。

ふと愛車にETCを付けることを思いつく。確か高速料金の割引があったはずだし。

ところが○ートバ○クスやイ○ロー○ットに電話して聞いてみると、ETCは1時間ちょっとで取り付けられるけど、カードはクレジットカード会社に申し込みが必要で2~3週間はかかるとのこと。つまり、明日からの旅行には使えない。なんだこの強化の遅延は!! と思ったけど、冷静に考えれば遅延だけで「塵も積もれば山となる型」でも「天才は忘れた頃にやってくる型」でもないから行動は自発されるはず。

おかしいなぁと思ってダイアグラムを書いてみた。

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
明日から旅行 ETCを取り付ける 明日からの旅行ではETCは使えない(↓)
来月行くかもしれない旅行では使えるかも(ー)

つまり、ETCカードの好子としての機能はあくまで「明日からの旅行」という確立操作による一時的なもの。来月以降にあるかもしれないし、ないかもしれない旅行については確立操作が働かない。

自分のように高速道路はたまにしか使わない人にETCを購入させようと思ったら、こういう「思いったら」の随伴性がうまく利用できるように、即時強化を提供しないと(店に行ったらすぐに使えるようになる)、普及は進まないとみたり。

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久しぶりに仕事を忘れて小旅行。明日から3日間。九州方面に温泉三昧。

ふと愛車にETCを付けることを思いつく。確か高速料金の割引があったはずだし。

ところが○ートバ○クスやイ○ロー○ットに電話して聞いてみると、ETCは1時間ちょっとで取り付けられるけど、カードはクレジットカード会社に申し込みが必要で2~3週間はかかるとのこと。つまり、明日からの旅行には使えない。なんだこの強化の遅延は!! と思ったけど、冷静に考えれば遅延だけで「塵も積もれば山となる型」でも「天才は忘れた頃にやってくる型」でもないから行動は自発されるはず。

おかしいなぁと思ってダイアグラムを書いてみた。

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
明日から旅行 ETCを取り付ける 明日からの旅行ではETCは使えない(↓)
来月行くかもしれない旅行では使えるかも(ー)

つまり、ETCカードの好子としての機能はあくまで「明日からの旅行」という確立操作による一時的なもの。来月以降にあるかもしれないし、ないかもしれない旅行については確立操作が働かない。

自分のように高速道路はたまにしか使わない人にETCを購入させようと思ったら、こういう「思いったら」の随伴性がうまく利用できるように、即時強化を提供しないと(店に行ったらすぐに使えるようになる)、普及は進まないとみたり。

watahikibook.jpg

スポーツアトム研究会がいよいよ面白くなってきた。

ここ数回はコーディネーショントレーニングの話題でいっぱい。

コーディネーショントレーニングは旧東ドイツで研究開発が進められたそうなのだが、最近では日本でも流行の兆しがあるらしく、コーディネーショントレーニング研究会なるものも発足しているし、コーディネーションを良くする子どもの遊びを啓蒙する動きもあるという。

そんななか、本学の綿引勝美先生の『コオーディネーションのトレーニング』を上田先生からお借りして読んでみた。新体育社。残念ながら品切れでAmazonでも紀伊国屋でも入手不可。

面白いことに、さすが旧東ドイツだけあってパブロフの理論が引用されている。そして、パブロフの理論は受動的で、より能動的なスポーツの動作・運動を扱うには限界があるとして、環境からのフィードバックを重視する、独自の運動論を展開している。

あぁ、この人たちがスキナーのオペラントの理論を知っていたら(知っているんだろうか?)、この枠組みももっと整理できるし、実証的な研究も進むだろうにと、そこはちょっと残念。

それでも、「コオーディネーション」を高める意図で行われるさまざまな運動のアイディアはとても興味深い。ぜひともデータを見てみたいのだが、なにぶんにも原著は独語である。学生時代、第二外国語はドイツ語だったし、そういえば大学院入試はドイツ語で受験したんだよなぁ〜と、今となっては遠い霧の中の思い出。上田先生におんぶにだっこになりそうだ。

それにしてもAmazonで「この著者のその他の作品」をクリックすると、『ドラえもん恐竜サイエンス』とか『懐かしのビジュアルで甦るぼくらのゼロ戦』とかがヒットする。同一人物だろうか?

先日、ある養護学校の研究会で「避難訓練」のあり方が話題になった。

特に、いきなり大きな音がするとパニックを起こしてしまうような聴覚過敏を持った児童・生徒や、ざわざわする集団活動が苦手なお子さんの場合、避難訓練自体がとても嫌悪的な経験になってしまう可能性がある。最悪の場合、いざというときには先生の目を逃れてどこかに隠れてしまうかもしれない。

ネットで検索したら、避難訓練のたいへんさを報告する親御さんの悩みは多くみつかったが、しっかりした研究報告はなかった(まだ、探しきれていないだけかもしれないけど)。

そんな中、徳島ABA研究会の「こんな本読みました」でも紹介した『すぐに役立つ自閉症児の特別支援Q&Aマニュアル 通常の学級の先生方のために』には避難訓練のさいの配慮について記載があった。実はこの本の元版は、国立特殊教育総合研究所のホームページから閲覧することもできる。ぜひ参照していただきたい。

また、ご本人が自閉症をお持ちで有名なテンプル・グランディンさんの見解も見つかった。彼女によれば「聴覚過敏の強い自閉症児は、予測できない突然の大きな音に慣れることが困難なので、避難訓練が始まる前に部屋から出す方がよい」とのこと。

いずれにしても万が一のときには生命に関わることなので、もっと研究が行われてもいい領域ですね。

tollfreecall.gif

なんでもフリーダイヤルにすればいいってもんじゃない。

いつも話し中で、つながらなかったり。ここみたいに携帯からはかけられなかったり。

せめて「恐れ入りますが、携帯やPHS、一部のIP電話からおかけになる場合にはこちらの番号をご利用下さい」という配慮が欲しい。

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今週も目標達成(11件/週)。

5週間連続して目標が達成できたので、今週からはこのweb日記での公開・報告をやめて、自己記録とグラフ化(とはいってもグラフのありかを告知しているので半分公開みたいなもんだが)だけでパフォーマンスを維持できるかどうかを検討することにする。

新学期が始まり、サマースクールに参加した先生たちによる事例研究がいよいよスタート。

7つの学校でのべ40以上の事例が取り上げられている(新記録更新中)。

指導目標を標的行動として定義し、ベースラインを測定する段階だが、このステップがけっこう難しい。子どもの生活にとって大切で、先生が学校で教えられる行動を選ばなくてはならない。例年、この段階であまり適切ではない行動を選んでしまって、後々まで糸を引くことがあるので、今年は特に注意を払っている。

そんな中「う〜ん」と唸ってしまう目標がでてきた。

『体育館で泣かずに教師と肩を並べ一人で決められたコースを10周歩く』という目標だ。

何かが引っ掛かるのだ。直感的にどこかヘンだと思うのだが、うまく説明できない。「肩を並べ」と「一人で」が矛盾しているが、これは些細なこと。他に《何か》ありそうだ。

そこで、少し時間をもらって、一人で考えてみることにした。「直感」を「理論」で裏付けられるかどうかの作業をしてみる。

体育の時間、決められたコースを歩くように指示しても、動かなかったり、体育館から飛び出したり、先生を叩いたりする妨害行動が出現するなら、その原因を機能分析で調べてから、たとえば、何をしなくてはならないかを明確に示す(先行条件Aの整備)、「つかれました」「休ませて下さい」など、妨害行動と等価でかつ社会的により望ましい行動を教える(他行動Bの強化)、あるいは歩き終わったら好きな活動に従事できる(結果Cの整備)などの指導策が考えられる。

聞けば、このお子さんは、登下校時や散歩の時には泣かずに歩けているという。歩くこと自体が嫌子というわけではないらしい。

このお子さんの「泣く」がオペラント行動なら、上述の妨害行動と同じようにその機能をABC分析して、原因に見合った指導を考えるべきであろう。もし、先行条件にも結果にも問題がなく、他行動を教える必要があるなら、指導目標は『体育館で歩くとき、疲れたら「休ませて下さい」と要求できる』になるだろう。

なんとなく引っ掛かった理由(その1): 指導目標を決める前に、なぜ泣いてしまうのか?という原因推定が行われたのだろうかと思ったこと。

さらに考えてみる。

『体育館で泣かずに....』という記述は『泣くのを我慢して...』のようにも読み取れる。もしそうなら、これも引っ掛かるところだ。嫌なことを我慢させることも大切かもしれないが、むしろ「なぜ泣いているのか」その気持ちを他の人に使えるコミュニケーションを教えた方が、長期的なQOLの向上には役に立つからだ。

なんとなく引っ掛かった理由(その2):「嫌なことを我慢する」という指導よりも「嫌なことを伝える」という指導の方が長期的には役に立つから。

さらに考えてみる。

このお子さんの「泣く」がレスポンデント行動だったらどうなるだろう。犬に噛まれてから犬の写真を見ると泣き出すようになった子どもに、犬の写真を見せ続けることは、指導としてはかなり大ざっぱだ。レスポンデントの消去によって泣かなくなることもありえるが、写真を見せて泣くことで、そのときの状況(教師や教室など)が派生の原理により、副次的に条件性の嫌悪刺激になってしまう危険性もある。

なんとなく引っ掛かった理由(その3):レスポンデント的に泣いているなら、泣かせ続けることでうまくいくこともあるが、失敗してさらに泣くようになってしまうこともある。注意深い介入計画が必要である。

さらに考えてみる。

担任の先生たちによれば、体育館を歩くという習慣を身に付けることで、このお子さんの健康増進にも役立てたいとのことである。しかし、もし健康増進が長期的な目標であるなら、余暇につながるような、すなわち本人が自ら選んで活動しそうな運動を選んだ方がいいだろう。それはエアロバイクかもしれないし、バスケットボールかもしれないし、家の近所を散歩するということかもしれない。

なんとなく引っ掛かった理由(その4):長期目標と短期目標、そして指導目標(標的行動)が一貫していない。あるいは、下位目標が上位の目標達成のための最適な目標とはいえない。

さらに考えてみる。

先生たちから提出された資料の中に「運動会に参加できるように」という趣旨の説明があった。他のさまざまな運動からあえて体育館の中を歩くことを選んだ背景には、「そうすれば運動会に参加できるから」という先生方の意図があるのだろう。しかし、個別の指導計画を作成する本来の目的は、一人ひとりの教育ニーズにあった指導をするためであり、学校の行事に子どもたちをあわせていくというのは、実はまったく逆行した発想なのだ。

なんとなく引っ掛かった理由(その5):指導目標の選択が、子どものニーズというより、学校のニーズにあわせたものである可能性がある。


というわけで、このweb日記を使って、「直感」を「理論」で裏付けられるかどうか、web日記を使って自分の考えを整理してみた。

あとは担任の先生方にうまく伝えられるかどうかだ。


学校現場で日々子どもたちの問題行動に取り組んでいる先生方にとって、問題行動の原因や、そもそも何が問題なのかをじっくり考え、しかもそれを一人ひとりの児童・生徒の長期的なQOL向上と結びつけた上で指導計画を作るという作業は確かに難しい仕事だ。

指導計画を考える前に、ほんとうにどこに問題があって、その原因は何なのかを考える時間的余裕や機会があまりなく、すぐに指導を始めなくてはならない、せっぱ詰まった状況なのだと思う。

事例研究をするということは、いつもより時間をとって、このような思考をめぐらせるいいチャンスだ。あとは、いかにこのような思考を促し、習得できる教材や研修プログラムが組めるかということになる。これは、我々、教員養成系大学に勤める者がしなくてはならない仕事である。

さて、この事例に取り組んでいる先生方とは来週ミーティングをすることになっている。その前に、いくつか提案をしておこう。

長期目標が「健康」に関わるのなら、「運動の時間に自ら取り組める(選択肢を提示すれば選んで行う)運動レパートリーをいくつか持つ」が中期目標になり、短期目標としては「自分で進んで5分間できる運動が一つ以上ある」になるのではないだろうか? この場合、指導の手続きとしては、このお子さんにさまざまな運動の機会を提示して、その中で自分で選択する運動を強化することなどが考えられる。

長期目標が「社会性」に関わるのなら、「集団の中で決められた活動に従事できる」が中期目標になり、短期目標としては「他に子どもがいる体育館で教師の指示に従って1つの課題を遂行できる」になるだろう。その中には「教師と一緒に1周する」などが入ってくるかもしれない。

「泣く」に関する長期目標は「社会性」あるいは「コミュニケーション」に関わることかもしれない(その機能がオペラントの逃避・回避なら)。その場合、短期目標は「自分の気持ちを相手に伝えられる」などになり、標的行動としては「体育の時間、疲れたときは休憩を要求できる」などが立てられるのではないだろうか。

「泣く」がレスポンデントだったら、長期的目標は「情緒的安定」になるのかもしれない(このあたりは自分でもあまり自信がないのだが)。「学校生活を楽しく過ごせる」が目標になるのなら、泣く行動を引き出している条件性刺激を突き止めて(「体育館」かもしれないし「先生と肩を並べる」かもしれない)、レスポンデント的関係を弱める指導が必要になる。たとえば、体育館では楽しいことばかりをまずはして(マットに寝転がる、音楽にあわせて自由に動くなどなど)、そこから徐々に苦手な状況に近い課題に近づけていく(系統的脱感作法的指導)。

以上。

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fukuoka2.jpg

今年は福岡教育センターでサマースクールの出張版を実施した。

最初は通常の研修依頼をいただいたのが、担当の中野康子先生(福岡県教育センター特別支援教育部)がとても理解のある方だったので、

(1)講義形式の研修はやりません。
(2)研修後に事例研究や実践研究につながらない研修はやりません。
(3)全二日で実施するプログラムになっているので、一日でやるなら相当駆け足になります。
(4)参加者には事前課題をたっぷりやっていただきます。

という、こちらからの数々の提案(というか条件)をすべてのんで下さった。

参加者のほとんどは小学校・中学校の教員で(中には校長先生もいた!)、応用行動分析学も初めてという人が多かった。にもかかわらず、たいへん熱心に事前課題に取り組んでいただき、集合研修(8/9)も無事終了した。

先日、中野先生が終了後のアンケートとスナップ写真を送って下さった。

案の定、参加者の感想には「事前課題がたいへんだった」「進行がとても早かった」という声が多かったが、「新学期から活かしていこうと思った」という宣言もあり、ほっとした。

事例研究をどのように支援できるかという大問題は残されたままだが、出張版サマースクールも、地域の研修担当者のコミットメントと協力体制があれば実行可能であることが分かったのは収穫だった。

今年の日本行動分析学会年次大会では『特別支援教育に行動分析学はどう貢献できるか?
『教育現場からの提案 ?』というタイトルの公開シンポジウムが開催された。

川崎市立東菅小学校の取り組みを小野學先生が、守谷市立松前台小学校の取り組みを藤田直子先生が話題提供して下さったのだが、両学校での実践に共通していたのは、

障害の有無に関わらず支援の必要なすべての子どもを支援する

ということ。

しかもこの骨太の方針を学校の先生たちは自分たちで話し合って決めたということだ。

この定義は、ある意味、アメリカの「No Children Behind」法の主旨に通じるものがあり、日本の文部科学省の定義(軽度発達障害を持った子どもの支援に限定)より先進的で、何より現場のニーズにそったものだと言える。はっきりとした障害を持っていなくても特別な支援が必要な児童・生徒はたくさんいるから。

こういう学校がある。こういう先生たちがいるという事実は、ほんとうに嬉しいことだ。

自分は極端に楽観的な方だけど、その楽観さに加速がかかりそうです。

日本行動分析学会の年次大会で気になった発表シリーズ その1:『通常学級において目標設定とフィードバックが授業準備行動に及ぼす効果』 道城裕貴・西山亮二・松見淳子から

通常学級でのクラス全員への介入。標的行動は授業が終わった後に(1)机の上を片づける、(2)次の時間の教材を机の上に出す、(3)いすを机に入れる、の3つ。

休み時間の間に机の上に教科書があったら邪魔じゃない?っていうツッコミは置いておくとして、目標設定とフィードバックだけでパフォーマンスが71%増加したというから驚き。

介入は6週間続けられたが、その間、この効果は持続した。でも、できればもっと長い間(たとえば半年とか)、同じ介入を続けて効果が持続するかどうか検討して欲しかった。

なぜなら、多くの場合、フィードバックだけでバックアップ好子がないと効果が持続しないから。

それに、こんなに簡単な介入なら、担任の先生が最初から導入できていてもいいのは?とも思いがちだけど(今回の実践は道城氏が大学院生ボランティアとして学校に入って行った実践だという)、おそらく、「目新しさがなくなれば元に戻ってしまうから」はこの手の介入をためらうときの、よくある理由だと思う。

そんなことを考えていて思ったのは、逆に、なぜ「目新しさ」は好子として機能するのだろうか?ということ。バックアップ好子がないことは最初から分かっているのに....

ようやく出ました(笑)。

これまで障害児教育関係の臨床、というか臨床心理学一般では、専門家がクライアントと直に接して、指導や治療をするという一次的な関係が主体だった。しかし、そのような介入で対処できるクライアントの数には当然制限がかかる。

この本で紹介される「行動コンサルテーション」とは、たとえば学校場面では、児童・生徒と直に接する教師をコンサルティ、教師に対してアドバイスをする専門家をコンサルタントと位置づけ、教師を介して(あるいは教師と共に)指導に関わるアプローチを指す。

教育相談や巡回相談員、特別支援コーディネーターなどには、そのように、子どもたちに間接的に働きかける仕事が期待されており、本書はそうした仕事につく人にぴったりの内容である(宣伝 ^^)。

第11章:養護学校への支援では、国府養護学校とのコラボレーションプロジェクトについて、その導入期と専門性マトリクスについて解説してあります。 ぜひご一読を。

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先週は金曜から日本行動分析学会の年次大会があって時間がとれなかったけど、ぎりぎり目標達成(6件/週)。

ほんとうは大会期間中に、面白い発表とか情報について書き込もうと思っていたんだけど、久しぶりに会う人たちと話したり、飲んだりするという両立しない行動への強化随伴性が絶大すぎて断念。

フェスティンガーの認知的不協和理論じゃないけど、「早めにホテルに帰ってblogを更新しなくちゃ」っていう内言によって引き起こされる嫌子(不協和)は、「でも、年次大会は1年に1回しかないし、こんなにいろいろな行動分析家と話をできるのは今しかない」という言い訳的な内言を嫌子消失強化するなぁと実感しました。

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
「ホテルに帰ってblogを更新しなくちゃ」と思いながら懇親会にいるとき 「こんな機会は1年に1回しかないし」と思う 罪悪感が弱まる(↑)

よだれモノ

newimacg5.jpg

新しいiMacがでた。久しぶりに自宅に欲しくなるマックだ。外見も中身もまったくセクシー。

面白いのはアップルのホームページ。こんなに「売り」のマシンが登場しているのに、さっき見たらトップページはすでにiPod miniに戻っていた(ランダム表示かもしれないけど)。

文字通り、消えてしまった。

ミュージックプレイヤーに負けるとは....  Apple、どこへ行く?

集中砲火

夕べ夜の8時から10時すぎの間に200通近くのコメントスパム攻撃を受けました。

うざすぎ。

とりあえずしばらくコメント機能を閉鎖します(コメント用のcgiを削除します)。

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