3月末からの新型コロナウィルスの感染拡大も,ようやく数の上では収まってきたように感じます。
もちろん,完全にウィルスが消滅することはないでしょうから,今後も長期間,様々な配慮が必要となるでしょう。

本学も,未だ学生は構内に入ることができず,首都圏以外からの新入生はご実家での滞在を余儀なくされています。

大学としては様々な対応を講じてはいるものの,学生の皆さんが大学での学びや活動を妨げられている現状が続いてしまっていることについては,心苦しく思っています。

 

 

さて,このような状況で各種学会についても中止や延期が続いていますが,3月に開催予定であった日本測定評価学会において,昨年度この学会の学会誌に投稿した論文に対して,令和元年度の学会賞を頂きました(2019年4月19日のブログでご紹介した論文です)。

 

○林容市,高橋信二,速水達也(2019)就学段階ごとの運動経験が大学生における把握の調整力に及ぼす影響.体育測定評価研究18: 35−46.

※PDFはこちらからダウンロードできます。

 

  

さほど規模の大きくない,国内の学会での受賞ですが,共同研究者の東北学院の高橋先生,信州大学の速水先生と一緒に悩みながら進めてきた研究内容が評価されたことは非常に嬉しいです。

この研究は把握力を指標に分析をしていますが,今後はもう少し大きな関節の調整力や,身体移動を伴うような動作や課題を対象にして検討していく予定です。

身体動作の巧みさ,美しさの要因となるような体の使い方,そしてその達成のための心理・生理的な要因を少しずつでも明らかにできたらと思っています。

  
とはいえ,現状ではヒトを対象にした実験を行うことは非常に困難でしょう。

いわゆる三密(密閉、密集、密接)の状況で実験を行わなくてはなりませんし,ソーシャル・ディスタンスが確保できないことになるので,現状では実験の実施は難しいと予想しています。

 

今後しばらくは,研究の倫理的配慮として新型コロナウィルスの感染予防への対策が求められるでしょうし,倫理委員会へ申請をする際にも感染リスクがある場合には,配慮や対策を明記する必要があると思います。

身体接触を伴うヒトを対象とした実験を行う必要がある学部学生や大学院生のために,組織単位ででも明確な方針を早めに規定していく必要があるかもしれません。

 

  
ちなみに,前回ご紹介したスペインでの学会は,とりあえず10月に開催時期が延期されましたが,未だ参加できるかどうかは不明瞭です。

内心,今年度は現状に鑑み参加が難しいとは思っていますが,もう少し様子をみて,事務の方々とも相談してから参加するかどうかを決めたいと思います。

欧州での学会にエントリーしました。

今夏の7月1〜3日にスペインで開催予定の第25回のAnnual Congress of the European College of Sport Science(ECSS)にエントリーしました。

 

友人の先生方に誘って頂いて初めて参加することに決め,1月末にAbstractを提出していたのですが,先日無事にLetter of Acceptanceをもらいました。

 

ただ,COVID-19の感染者数の増加を受けて,学会開催自体は微妙な感じになっているようです。

今日届いたメールでは,

The ECSS has been working very closely with Universidad Pablo de Olavide, the host university, FIBES II, the host venue and the City authorities in Sevilla. After careful analysis FIBES II and the City authorities identified the ECSS Congress as the first major event to take place after a brief closure. This closure is a precaution FIBES II took in canceling or postponing all conferences during April, May and June.

と記載されていたので,現段階では開催の方向で考えている様ですが,どうなるのでしょうか。

6月末までイベントができないのに7月1日から学会を行うって,準備などは大丈夫なのかと不安になりますね。

 

現在のところ,日本人は空路では入国できるようですが帰国後は行動制限処置の対象になるでしょう。

また,学会会場は渡航中止勧告の対象地域ではありませんが,感染症危険情報レベルは「レベル2(不要不急の渡航は止めてください)」に該当していました。

先が読めない状況ですが,これが続くようなら学会が開催されても無理に渡航することは避けなくてはならないでしょう。

 

 

とりあえず発表に向けて準備を進めたいとは思いますが,今後の状況によっては自発的な発表のキャンセルも早めに検討しなくてはならないかもしれません。

専門とする分野ではないのですが,大学院時代からお世話になっている情報系の先生にお声掛け頂き,身体活動時の感覚について原稿を書かせて頂きました。

情報系分野における「生体機能の"安全"な計測・評価を目指して」という特集の一部ということで,自分の原稿の内容は違和感が大きいのではないかと心配していたのですが,測定や利用の方法は理系のテクニカルな内容が多かったものの,主たるテーマは神経生理,自律神経,感情入力と脳など比較的近接したものでした。

普段はどうしても入会している学会の発行する学会誌や専門分野の学会誌に注目しがちですが,異なる視点,切り口で同じ対象・事象を研究している論文を読むと新しい発見がありますね。

ちなみに今回の原稿の内容は,私が博士課程時代から取り組んできた身体活動時の努力感覚・疲労感覚と生理指標や運動強度との関係について,これらの関係に及ぼす種類・種目,個人の体力や過去の運動習慣などの影響についてまとめたものです。

初歩的な話を主に書きましたが,これまでの自分の研究が整理できたように感じ,今後の研究の展開についても焦点が定まったように感じました。

また,久々に昔の研究を読んで,改めて「こういう実験計画で実施すれば良かった」などの気づきもありましたし,久々に恩師の田中先生から様々な教えを頂き,執筆の労力は大変でしたが非常に充実した作業でした。

今回の原稿は研究業績ではありませんが,こういった作業を通じて他の分野からの視点なども踏まえて,自分の研究テーマを確認してみるのは良い機会かもしれません。

以下がこの記事の情報となります。

大きな学会の雑誌ですので,理工系の学部がある大学の図書館であれば蔵書があると思います。

○林容市, 田中喜代次(2019)感覚系の特性に関連した最近の課題. 電気電子通信学会誌102(8):801-804.

※以下で「あらまし」を読む事ができます。

https://www.journal.ieice.org/summary.php?id=k102_8_801&year=2019&lang=J

2019年度が始まりましたね。
4月も中旬を過ぎましたが,新元号も発表され今年はなんとなく落ち着かない感じでしょうか。

そのような年度の始めですが,先日,大学生を対象に把握の調整力を測定し,過去の運動経験との関係を検討した論文を発表しました。

就学前,小学校低学年,小学校高学年,中学校,高校および大学生(現在)の各就学段階における運動経験や運動量(運動時間×強度)と,調整して握力を発揮する能力の関係性を検討したものです。

例えば,「最大握力の30%の握力を発揮してください」と言われたとき,上手く握力計を握れるできるでしょうか。


今回の研究では,小学校の時期にしっかりと運動を行っていた学生ほど,このような握力の調整能力が高いという結果が得られました。

高校時代に毎日部活動でスポーツを行っていた学生でも,小学校の時に運動をしていなければ調整能力は高くないことも多く,また,高校時代は帰宅部でしたという学生でも,小学校に入る前や小学校時代にある程度高い運動強度で運動をしていた場合には成人になってからの握力の調整能力が高い傾向にありました。

筋力の最大値などは,成人になってからのトレーニングでも増大しますが,筋力発揮時の調整能力が小学生の時期における運動経験に影響を受けるならば,成長期前後の充実した運動の必要性をより強く主張できるかもしれませんね。

今回は,質問紙調査による結果ですので,あくまでも可能性を示すだけですが,時間をかけて縦断的な調査を行えればもっと明確な結論が導けるでしょう。


以下がこの論文の情報となります。
○林容市,高橋信二,速水達也(2019)就学段階ごとの運動経験が大学生における把握の調整力に及ぼす影響.体育測定評価研究18: 35−46.

※PDFがダウンロードできます。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjtehpe/18/0/18_35/_pdf/-char/ja

僭越ながら,3月12日に開催された本学能楽研究所の第20回能楽セミナー「シンポジウム 以心伝心・以身伝身―「ワザを伝えるワザ」とは何か?―」でお話しする機会を頂きました。
 
 
「客観的な動作分析からみたワザ伝達の要因--大島氏稽古のデータを踏まえて--」とのタイトルで、能楽師の大島さんが大学生に型付けをする際の動作を分析し、指導時の言葉がけや身振りなどによって、さらには個々人の身体感覚によって、大学生の動きがどう変化していくのかについてデータをご紹介させて頂きました。

ご紹介した結果は,事前の予想通りではあったのですが、能の所作の稽古に際して,他者の様々なポーズ(身体の外的な形)をより明確に認識でき、より正確に模倣できる学生ほど、同一の指導を受けても所作の習得状況が良いことが明らかになりました。
 
これは,自分の手足の空間的な位置や姿勢などを明確に認識できる感覚(固有受容感覚)が鋭敏であるほど,同じ稽古を受けても所作の習得状況に差異が生じる可能性を示しています。
 
スポーツの指導や技能習得場面の状況からは,ある程度予想できる結果ではありますが,能の世界でも,所作の習得において師匠と弟子との間の所作のイメージや身体感覚の共有が重要であり,稽古においてもこの点をより意識することが重要ではないかと感じました。
 
 
また、大島さんと学生の重心移動と頭頂点の軌跡を紹介したのですが、この軌跡が指導していた大島さん自体のご自身のイメージと異なっていたとのご意見を頂き、ご自身が有している動作のイメージと実際の動きとをマッチさせることの難しさを改めて感じました。
 
 
最近は、握力や垂直跳びなどの細かな動作に関しての調整力のデータを測定していますが、様々な身体活動やスポーツの実際において有益な知見を提供しようとするならば、今回対象としたような実際の動作(パフォーマンス)を対象とした検討が重要ですね。

ただ,そうなるとどうしても複数要因を同時に検討しなくてはならないため,今後の検討時には細かな条件設定と計画が必要になると思います。

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ここ数年,共同研究者の皆さんとデータを測定しているグレーディング能力に関した内容を,専門誌の特集記事として執筆しました。
 
 
目的に応じて身体各部位を「随意的」に制御する能力には,選定した筋をどのぐらいの強さで収縮させるかを決める「グレーディング」という能力が含まれます。
 
神経,筋,感覚系などの身体機能が運動・スポーツの経験に適応して上手く動くようになることに鑑みると,出力を適切に調節するグレーディング能力にも運動経験が関与すると推察できます。
 
今回の記事では,このグレーディング能力に対する運動・スポーツ経験の影響について,これまでの関連研究,そして自分自身のデータを含めて紹介しています。
 
また,今回の特集ではグレーディングに関して様々な角度からの検討や研究結果の紹介がなされており,(マニアックな特集ではありますが)掲載されている内容は非常に充実していると思います。
 
商用誌なので,ネットでは全文を読む事はできないのですが,ご興味を有して頂けた場合には下記をご参照ください。
 
 
○文献情報
林容市(2017)運動経験によるグレーディングの変化.体育の科学67(12):820-825.

心理学科の吉村先生が主体となって執筆された論文が発表されました。

学校での体力測定などで,握力を測定した経験があると思いますが,日本では,1879(明治 12) 年にG.A. リーランドによって学校における握力測定が日本で初めて行われた記録があります。

また,古典的な心理学実験機器調査の資料でも, 1912(明治 45)年 2 月の「 京都帝国大学文科大学物品監守簿(心理学教室之部)」 の欄に「握力計(児童用)」2 台を購入した記録があり,心理学の実験機材としても古くから使用されていました。

今回の論文は,吉村先生の丁寧な資料整理と調査に基づくものであり,非常に価値の高い内容であると考えています。

私の貢献は微々たるものでしたが,体力やその測定・評価,認知・知覚などの分野においては今後も有益な情報になりえる論文ではないでしょうか。

論文情報
○吉村 浩一, 林 容市(2016)日本で用いられてきた握力計・背筋力計の歴史とその現存品.体育測定評価研究15:33-42.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjtehpe/15/0/15_33/_article/-char/ja

怒濤の春学期,ほとんど学会活動でつぶれてしまった夏休みを経て,気がつけば今日からは本学の市ケ谷キャンパスの学祭です。
この7ヶ月,法政に奉職してから,授業・公務共に最も充実した期間だったかもしれません。
 
ということで,ブログもなかなか更新できずにいましたが,ようやく少し時間がとれたので(気持ちに余裕が出来たので?)久々に更新します。
 
 
もうかなりの時間が過ぎてしまいましたが,春学期の末に本学が誇る野上記念法政大学能楽研究所の山中先生からのご紹介で,あるプロジェクトの研究会に参加させて頂き,非常に興味深いお話を伺うことが出来ました。
 
能に関しては以前からお話を伺っていて非常に興味があったのですが,特にこの所,僕自身が興味を持っている身体動作に関する「主観と客観」に関する種々の話題が提供されました。
 
 
個人的に興味深かったのは,能における「型(かた)」の修得過程でした。
 
能の稽古においては,基本的に,自らの動作に関しての「分析」はしないというコメントが聞かれましたが,「舞」という決まっている動作の自動化を目指す意味では合理的かもしれません。
 
しかし,「何も考えずに体が動く」というのは,「形(かたち)」の修得にはなっても,「動きの本質」を含んだ概念である(と僕は捉えたのですが・・・)「型(かた)」を修得するという観点から見ると,あまりに非効率ではないか,というディスカッションも為されました。もちろん,個々人によって様々な考えがあると思いますが,「沢山稽古し,既定の動き(つまり形)を修得することを通じて,本質である型を理解できる」という考え方が主流であるように感じました。
 
これは,おそらく「舞」という既定の動きを完全に継承することが必要な「能」の世界において,最もシンプルにその事項を遵守できる方法だったのではないか,と思います。
 
 
一方で,能の稽古場面において,お弟子さん(習得者)は「同じようにやっているのに,昨日は動きが速いといわれ,今日は遅いと言われる。お師匠は日によって言うことが違う」などと思う事があるそうですが,これはどちらも主観的な判断に基づいているので,厳密に言うとどちらが客観からズレているか解りませんよね。
 
まあ,通常は師匠の見る目(客観的評価)の方が動作の質的の評価としては正しく,習得者が同じようにやっている「つもり(perception)」と実際の「動き(performance)」が客観的に合致していない可能性の方が高いとは思いますけど・・・。
 
 
 
世阿弥は「花鏡」の中で,客観的な自分の姿を想定する事が重要であり,「自らの見る目と観客の見る目が一致する事が重要である」という「離見の見(りけんのけん)」について述べていますが,これはまさに,身体の種々の体性感覚からの情報を集約し,イメージ通りの動作を発現できることが重要であることを示していると思います。
 
主観的なイメージ通りに身体を操作できることは,以外と難しい一方,様々な日常生活やスポーツの実践場面で適切な動作を行う上では非常に重要な事項です。
 
今のところ僕は能については素人で,あちこち解釈が間違っているところもあるかもしれませんが,奈良・平安時代から続く舞の継承過程における様々な事象から,主観(perception)と実際の動き(performance)との関係に有益な示唆を与えてくれる興味深い知見・ヒントがあるのではないか,と強く感じた研究会でした。
気がつけば,もう3月に入っていました。
授業期間が終わって時間がありそうですが,やはり年度末だけにもろもろの会議などで休みらしい日々は過ごせていません。
 
 
さて,前回に引き続き,本年度の僕が担当したゼミ生の卒論内容をご紹介したいと思います。
 
「アーチェリー上級者における内省感覚が初級者のフォロースルー技術改善に及ぼす影響」というタイトルの卒論です。アーチェリー上級者が行射(矢を放つこと)する際に感じている身体感覚(内省感覚),つまり「肘を現在の位置から○cm上げる」などという具体的な指示では無く,「肩と肘の中間部分が外側に引かれる感じで」などのように感覚的なイメージを初級者に教示して弓を放った場合に,実際のパフォーマンスが変化するかを検討したものです。
 
結果としては,初級者に上級者の感覚的なイメージを伝えても,動作を発現している骨格筋の活動に有意な変化は生じていませんでしたし,実際に行射して的に刺さった矢の得点も際はありませんでした。ただ,的に刺さった矢の集合の程度(矢が刺さった点を結んだ図形の面積を計算)は,教示を受けた場合に小さくなっていました。今回は映像を用いた動作分析自体を行っていないため,動き自体が変化しなかったのかどうかは不明です。しかし,骨格筋活動には有意な変化が生じていなかったにも関わらず,より小さい面積に矢が集中して刺さるようになったことは,アーチェリーのパフォーマンスを考えると,悪くない結果かな,と考えています。
 
 
僕の博士論文のテーマでもある,「身体感覚と生理的状態の対応」という課題にも共通するのですが,本人が思うとおりの動きを「行っているつもり」であっても,実際の動きは全然思うような状態になっていなかったり,動作ができていなかったりすることは意外とよくあります。このような感覚と身体状体の差異は,スポーツ場面でのパフォーマンス低下や日常生活における不都合を生じ,酷い場合には種々の障害に繋がる場合もあります。
 
 
実際に「発揮されている相対的な力(最大の何%にあたるか)」と出力に際しての主観的な努力度との関係はベキ関数関係であるという報告が見られる一方で,出力の高まりに比例して主観的な努力度はS字状の関係(低強度と高強度では客観的な強度の変化が主観的に関知しにくい)を示すという報告もあり,少なくともヒトの出力における主観と客観の関係については現在も不明瞭な部分が多いです。
 
 
現在,このテーマに関係した論文を執筆中なので,この論文が上手くどこかの学会誌にアクセプトされた暁には,このブログでも内容を紹介させて頂きたいと思います。

 

 

長らくブログの方は更新をせずに(出来ずに?)いましたが,久々に。
 
 
昨年度から指導していた僕のゼミ生が無事に卒業論文を提出しました。僕にとっては,初めての卒論生となります。論文を提出し,先月末の発表会を終えての感想は,感慨深さよりも疲労感の方が強い,でしょうか(笑)。
 
自分の中で,「何を教育して,そのために何をサポートすべきなのか」,という点で明確な基準が作りにくかったのが原因かもしれません。学生の能力における個人差(学力ではなく,卒論執筆に関する能力)にはどうしても個人差が生じてしまいますので,ある程度は致し方ないかもしれません。ただ,卒論は基準を設定して評価されるものですので,指導上の大きな課題として解決に向けた取り組みをして行きたいと思います。
 
 
 
さて,今年度の卒論のうちの一つは,成人女性の痩身志向について客観的な体型評価や社会心理的な指標との関係から検討したものでした。 
 
女性における「理想」もしくは「適切」と思う体型が, 医学的に適切である体型と比較して「痩せ」に傾きすぎていることは,今日では常識的なものとなっていますし,多くの人が実感していると思います。これに反して,今回の卒論の結果では,本人が望む体形や「最適」と感じる体形に自分の体形が近づいても(または該当していても),痩身思考は低減しませんでした。つまり,「外見的な体形評価」の軸と「痩身志向の強弱」の軸における値は,パラレルではなく,独立した変化を示す,という結果でした。 
 
従来から,自尊心や公的自己意識などの社会心理的要因が痩身思考へ影響することが報告されています。
そのため,「体形評価そのものは痩身志向そのものに大きく影響しない」という今回の結果は,ある程度予想できたものでもあります。
 
しかし,自らの体形が「個人が理想」と思う体形に近づいているまたは該当しているにもかかわらず,痩身志向が減衰しなかったという結果は,単に「痩せたい」とか「理想の体形になりたい」という一般に痩身志向の原因と思われている要因の影響が実はあまり大きくないことを示しています。
 
このことは,以前ヨーロッパで話題になった,やせ過ぎのモデルをファッションショーで使わないなどという「ビジュアル的な要因」を排除する対策だけでは痩身志向の減衰に効果が期待できないことも示唆しています。 確かに,メディアにおける女性タレントやモデルの痩せた体形は,現代の女性における痩身志向の一要因として大きな影響を有していると思います。「あんな素敵なスタイルになりたい」という願望は確かに痩身志向を強めるでしょう。
 
ただ,自分自身とタレントやモデルの骨格的な差異(身長や四肢の長さ)はおそらく十分に認識されているでしょうし,全く同じ体形になりたいと望む(なれると思う)女性はそう多くないでしょう。 そのため,メディアからの情報が女性の痩身志向に及ぼす影響は,単に「痩せたスタイル」のステレオタイプを提供しているところにあるのではなく,人気のある(社会的に価値の高いような)女性の多くが痩身である,という認識を(結果として)提供するものになっているところにあると思います。 
 
 
では,実際に自らが理想または適切と思う体形になっても痩身志向が低減しない理由はどこにあるのか,というと,先行研究では,個人の自尊心や公的自己意識,称賛獲得欲求,拒否回避欲求などの社会的要因の影響が示唆されています。今回の卒論でも,結果としてこういった社会的要因の方が,個人の痩身志向には大きく影響しているということが確認されました。
 
一方で,「どのレベルまで自尊心が高まれば(称賛が獲得されれば)痩身志向は低減するのか」という点については,現状では全然わかりません。それぞれの社会的要因の関与の程度も研究ごとに異なっていて,本人が置かれている社会的状況によって大きく変化すると予想されます。
 
論文としては未発表なのですが,男性が非常に多い中での少数の女性よりも,女性が非常に多い集団(または女性のみの集団)に属している女性の方が,「自身の身体的特徴(つまり体形)を気にする」,そして「自身の体形が他人からどのように見られているかを気にする」程度が高いというデータあります。もしかすると, 女性においては,異性から魅力的にみられるという要因よりも,同性の中で自身がどう見られているのかという社会的な位置の方が痩身志向に強く影響するのかもしれません。
 
ちなみに男性では,男性が多い中では体形を気にする人は少なく,女性が多い中では体形を気にする人が多いという,予想通り(?)の結果でした。男性の痩身志向については,その主たる要因が先行研究で示唆されていますが,こちらも面白い課題になるかもしれません。
 
もちろん,社会的要因は年代・時代によって異なるでしょうし,それに応じて痩身志向にかかわる諸要因の影響度も異なるとは思いますが,今後の痩身志向に関する検討は,肥満以上に重要視されていく可能性があるでしょう。
 
 
この痩身志向に関する研究は,4年生が引き続いて様々な始点から検討してくれる予定です。
僕自身も色々と研究を進めて行く予定なので, 成果が出れば,また紹介する機会を設けたいと思います。